ep.43 皇太子の実力と豊穣の舞
「はい!」
私は返事をすると、玉座に向って歩き出した。チェーザマリーが私の手をとってエスコートしてくれた。
その間、痛いほどに魔族たちの視線が突き刺さった。
玉座の真下まで来ると、私とチェーザマリーは優雅に一礼をした。
顔を上げると、第二王女が口を開いた。
「この会場には百本の燭台があるわ。まずは、燭台の炎を色炎に変えてごらんなさいな」
「かしこまりました」
私は振り返って会場に向き直ると、指を鳴らした。
直後、燭台の炎が風もないのに揺らいだ。そして、燭台の内五十本の炎は銀色に、残りの五十本の炎は虹色に変色したのだ。
銀色の炎からは眩いばかりの白い光が溢れ、虹色の炎からはプリズムのきらめきが溢れて会場を照らした。
「なんて美しいの!?」
「これが色炎!?」
「目の前に虹があるようだ!」
「銀色の炎の輝きは眩しいな! なんと華やかだろう!」
会場中がどよめいた。
竜王は拍手をして言った。
「美しいぞ! 素晴らしい前座だ! 会場が一気に豪華な空間になったな」
「ええ。色炎の美しさは伝承通りですね」
皇太子も遅れて私に拍手をした。
私は控えめに面を伏せると竜王に向き直って言った。
「実は、もう一つ贈り物があります。それは炎玉です。パーティー開始前に第二王女殿下に渡しておきました。後で第二王女殿下から受け取ってくださいませ」
第二王女は竜王と皇太子に微笑んだ。
「炎玉からは、五十本の蝋燭に着火できるそうですわ。お父さまにはリラックス効果のある銀色の炎を、お兄さまには安眠効果と楽しい夢を見られる虹色の炎を用意しました。寝る前に寝室まで私がお届けにあがりますわ」
竜王は嬉しそうに笑った。
「素晴らしい贈り物だ。ありがとう、ムーン。ユリジェンヌ侯爵令嬢もご苦労だったな」
「光栄ですわ」
皇太子も私に労いの言葉をかけた。
「美しい前座をありがとう。ユリジェンヌ侯爵令嬢。今日は君のおかげで素敵なパーティーになりそうだ」
「身に余るお言葉でございます」
私が再度一礼すると、竜王が上機嫌で口を開いた。
「では、パーティーを始め……」
「お待ち下さい」
皇太子が竜王の言葉を遮った。すると、会場がどよめいた。しかし、皇太子はざわめきなど気にせずに優雅に笑って言った。
「私からも前座をご用意しました」
「皇太子も前座? 一体、何を用意したのだ?」
竜王は面白そうに口角を上げた。対照的に、第二王女は怪訝な顔をした。
皇太子は声を張り上げた。
「シェルバ公爵! こちらに来たまえ!」
会場が一気にどよめいた。すると、一人の男性が玉座に向って歩き出した。オレンジの髪にピンク色の瞳をもつ美男――シェルバ公爵だ。
――ええ!? シェルバ公爵!?
シェルバ公爵はカラフルな衣装を着ていた。
袖からは何本もの赤と緑の布が垂れ下がり、振袖のようになっている。全体に施された紅葉の刺繍も印象的だ。
まるで、舞台衣装のようだ。
シェルバ公爵が玉座の下まで来たので、私とチェーザマリー公爵は、五歩下がった。
シェルバ公爵は玉座の真下まで来ると、優雅に一礼した。
「シェルバ=ファル=チョコレータ。本日は舞手として参上いたしました。ドラゴンの国の豊かな実りを願い、来年の秋の豊穣を祈る精霊の舞を献上させて頂きます」
竜王は楽しそうに笑った。
「それは嬉しい。シェルバ公爵は精霊大会舞の部で、百年連続一位だったな。俺たちに素晴らしい舞を見せてくれ」
「かしこまりました」
シェルバ公爵は微笑むと、周囲にいる魔族たちに声をかけた。
「皆さん! 離れてください! これからここで舞いますから」
私とチェーザマリーはシェルバ公爵の近くにいたので、二十歩ほど後ろに下がった。
スペースができると、皇太子が窓際にひかえていた楽師たちに命じた。
「演奏を始めよ!」
楽師たちがハープやヴァイオリン、琴、笛を奏で始めた。
すると、シェルバ公爵が舞い始めた。
――なんて美しいの!?
私は思わず息を呑んだ。
シェルバ公爵の動きは、とにかく早かった。そして、迫力がある。
ジャンプは飛び台もないのに高く、バレリーナのように開いた足は百八十度を超えている。着地の仕方一つとっても、水面に舞い降りる水鳥のように美しい。
それでいて、関節の動きは滑らかで柔らかい。指の傾げた方一つとっても、繊細で複雑だ。
シェルバ公爵が体を斜めにして腰を落とし、腕を真っ直ぐにするだけで、体が一本の線になったかのようだった。
そして、袖の布の使い方も素晴らしかった。
シェルバ公爵は腕から垂れ下がった布を振り上げ、細かく揺らした。垂布はわずかに音を立てて広がり、まるで、彼の腕が羽になったかのようだった。
銀色の炎と虹色の炎のきらめきの中で舞う姿は、この世のものとは思えないほどに美しかった。
見惚れている内に、あっという間にシェルバ公爵の舞はおわった。
シェルバ公爵が竜王に一礼をすると、会場から割れんばかりの拍手が沸き起こった。
拍手が鳴り止まない中で、皇太子は竜王に丁寧に一礼して言った。
「来年も、我が国の太陽の元に、畑も森の恵みも豊かに実ることとは間違いないでしょう。国家を照らす太陽の豊かな恵みに感謝申し上げます」
会場から口々に称賛の声が上がった。
「我が国の太陽に永遠の栄光を」
「来年も豊作は間違いなしです!」
「ドラゴンの国の太陽は陛下です!」
「陛下の威光に感謝申し上げます!」
竜王は満足そうに笑うと、口を開いた。
「素晴らしい舞だった。流石、シェルバ公爵だ! 皇太子もご苦労であった! 流石は世の跡継ぎだ! では、パーティーを始めよう!」
――皇太子ってば、陛下の呼称の太陽と自然の恵みの太陽をかけたのね……。それに、シェルバ公爵の舞の素晴らしさっていったらないわ……。
まるで、私の炎がシェルバ公爵を照らすための舞台装置みたいだった……。私の色炎が霞んでしまったわ……。
これが皇太子の実力なのね……。
私は夢中で拍手をしていて気づかなかった。
第二王女が歯ぎしりしていたことに。
◇◇◇
パーティーが始まった瞬間、私とチェーザマリーはすぐに二十人以上の魔族たちに囲まれた。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢、素晴らしい色炎でした!」
「あんなに美しい輝きを見たのは初めてです!」
「ユリジェンヌとワルシャワの組合せだなんて素敵ですわね……。お二人はいつお知り合いに?」
――うわ……。誰から話せばいいんだろ?
私が困っていると、チェーザマリーが全員に微笑んだ。
「すみません。これから皇太子様に挨拶に伺うところでして……。一旦、失礼いたします」
言うなり、チェーザマリーは私の手を引いて歩き出した。
――助かったわ……。
「あの……。ありがとうございます」
私がチェーザマリーを見上げると、チェーザマリーは視線を鋭くした。
「これから皇太子と話すけどな。俺に話を合わせろよ」
「分かりました……」
――何を話すんだろ?
少し歩くと、皇太子の姿が見えた。しかし、皇太子は十人以上の魔族に囲まれていた。
――話せなくない?
「リト。一礼するぞ」
「えっ? ……はっ、はい!」
「ドラゴンの国の次期太陽に挨拶いたします」
チェーザマリーは声を張り上げた。
私とチェーザマリーは、皇太子から十歩ほど離れた位置で一礼した。
すると、皇太子と皇太子を囲っていた魔族が私たちを見た。
私たちが顔を上げると、皇太子は微笑んだ。
「少し失礼するよ」
周囲の魔族たちにそう言うと、皇太子は私たちの前まで歩み寄ってきた。
「やあ。チェーザマリー公爵。ユリジェンヌ侯爵令嬢。先ほどは素晴らしい色炎をありがとう」
「こちらこそ……。献上させて頂き光栄です」
私が微笑むと、チェーザマリーが皇太子に言った。
「リトから皇太子に、お話があるそうです」
――ええ!? なんですかそれ! ないですわよ!




