ep.39 第二王女と第三王子との出会い
「コーヒーって何ですか?」
「人間界の苦いドリンクだ。砂糖やミルクを入れれば甘くできる。魔界のコート茶に似た味だ」
「うーん。お腹いっぱいですから、今日はいいですわ」
「そうか。俺もお腹いっぱいだな」
そう言って笑うと、チェーザマリーは伝票を持って立ち上がった。
「ちょっと待っててくれ」
「まあ。テーブル会計じゃないんですね」
「ああ。魔界と逆で、帝国では高級店でもレジ会計の店が多いんだ。変わってるよな」
チェーザマリーはレジに行ってしまった。
――今日は楽しかったな! チョコレートも料理も美味しかった! 香水も香りがよくて最高だわ!
少しすると、チェーザマリーは戻ってきた。
「お待たせ。じゃあ帰ろうか」
「はい!」
店を出ると、私は丁寧に頭を下げた。
「今日は本当にありがとうございました! チョコレートも香水も料理も最高でした! 楽しい体験をありがとうございます!」
「喜んでもらえて嬉しいよ。暗いし、男爵邸の近くまで送ろうか?」
私は頭を上げると、クスリと笑った。
「帰りはシャム猫姿で帰りますから大丈夫ですわよ」
チェーザマリーもクスリと笑った。
「そうか。なら安全だな」
「ええ! それにしても、人間界って楽しいですわ! 来てよかったです!」
「良かったら、また首都を案内しようか?」
「え? いいんですか? ありがとうございます!」
「次はどこがいいかな? ……そうだ! 帝都乗馬クラブはどうだ?」
「帝都乗馬クラブ?」
「ああ。首都に唯一ある乗馬クラブだ。俺はそこの会員なんだ。リトは乗馬が好きなんだろ? 帝都乗馬クラブにはペガサスもいるぞ? 乗馬コーチも優秀な魔法使いばかりさ」
「ほんとですか? 私、黒馬ペガサスが好きなんですよね!」
「黒馬!? あの気性の荒いやつが?」
「こう見えて、私は馬と仲良くなる達人です! 私と競争しましょ?」
チェーザマリーはにやりと笑った。
「俺も乗馬には自信があるんだ。手加減しないぞ?」
◇◇◇
私は銀色と虹色の箱を持ってうきうきしながら薄暗い路地を歩いていた。
――二週間ぶりのバー・ゴスメーデだわ! 楽しみだな!
店の前まで着くと、私は気分良くバー・ゴスメーデの扉を開けた。
「マスター! こんばんは!」
「いらっしゃいませ。こんばんは」
グラスを洗っていたマスターは手を止めて顔を上げると、私に微笑んでくれた。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢! こんばんは」
「リト! こんばんは!」
カウンターには、チェーザマリーとダータン伯爵の姿があった。
「お二人とも、こんばんは! あっ。ダータン伯爵! この前の仮面舞踏会では本当にありがとうございました!」
ダータン伯爵は静かに微笑んだ。
「お安い御用さ。なかなか楽しいパーティーだったね」
「ええ。ダータン伯爵に刺されたときの男爵の顔ってば笑えますわ」
おそらく、ダータン伯爵から事の顛末を聞いたのだろう。チェーザマリーとマスターも可笑しそうに笑った。
私はまず、銀色の箱をダータン伯爵に差し出した。
「こちら、お約束の銀色の炎ですわ」
ダータン伯爵は笑顔で受け取った。
「ありがとう。明日魔界に帰るんだ。屋敷に戻ってからじっくり眺めさせてもらうよ」
「はい! そうしてください!」
次に、私はカウンターに虹色の箱を置いた。マスターはグラスを洗っていたからだ。
「マスター! お約束の虹色の炎ですわ!」
「ありがとうございます。実は今日は、店内にキャンドルを沢山用意したんですよ」
マスターは嬉しそうに笑った。そして、タオルで手を拭くとリボンを解いて箱を開けた。
その瞬間、プリズムのきらめきが周囲に散った。
「なんて綺麗なんでしょう! ユリジェンヌ侯爵令嬢。こんなに貴重な炎をありがとうございます」
「うわ……これが色炎か。人生で初めて見たよ。美しいな。なあ、ダータン?」
「ええ。まるで宝石の輝きが散っているようですね」
チェーザマリーとダータン伯爵はため息をついた。
マスターはカウンターから、キャンドルが二十一本入った透明で大きな箱を取り出した。そして、キャンドルの先端を色炎に入れて、手早く着火していった。
キャンドルに虹色の炎が灯る度に、店内を照らすプリズムの輝きは増えていった。
全部に着火し終わると、マスターは三つのテーブル席にはキャンドルを五つずつ、六人掛けのカウンター席にはキャンドルを六つ並べた。
店内は、虹色のきらめきに照らされて華やかになった。
「うわ! 素敵ですわ!」
「アルフィスは内装に元々こだわってるからな。幻想的な感じが増したな」
「ええ。虹色の輝きの中でカクテルを飲むだなんておしゃれな体験ですね」
私とチェーザマリーとダータン伯爵が楽しそうに笑い合うと、マスターも楽しそうに笑った。
「これは、これから来店されるお客さんたちの反応が楽しみですね!」
「ところでリト。ずっと立ってないで座ったらどうだ?」
チェーザマリーに言われて私ははっとした。
「お隣失礼しますわ」
「どうぞ」
チェーザマリーが椅子を引いてくれたので、私は彼の左隣に座った。
――今日は何を飲もうかしら。……そういえば、この前、シェルバ公爵が原液でジュースを飲んでたわね。私もジュースにしてみようかな。
「マスター! マスカットジュースください」
私が注文すると、チェーザマリーとダータン伯爵が吹き出した。
「おいおいリト。シェルバに影響されちまったんじゃないか?」
「ええ。バーでジュースを頼む粋なシェルバ公爵を真似したくなりましたわ」
チェーザマリーは声を上げて楽しそうに笑った。
「少々お待ち下さい。すぐに用意します」
マスターは微笑ましそうに笑うと、グラスを取り出して手早く氷を入れ始めた。
すると、ダータン伯爵が私に聞いた。
「さっきチェーザマリーから聞いたんだけど、乗馬で競争したんだって?」
「ええ。悔しいですがね。私が負けましたわ」
私が口を尖らせると、チェーザマリーが嬉しそうに言った。
「俺の全勝だ」
「まあ! 大人げないですわよ! チェーザマリーってば、少しも手加減しないんですから!」
「勝負にレディーファーストは無しだ」
「もう! 次こそ勝ちますわよ!」
「そうか。次はいつ乗馬クラブに行く? 俺は来週の土曜日なら一日フリーだ」
「よし! 土曜日に勝負ですわ! 今度は私が勝たせて頂きますわよ」
「言ったな? じゃあ、十時に帝都乗馬クラブ集合だ。乗馬が終わったら一緒にランチしないか? 腹減るだろ? またおいしい店に案内するよ」
「ありがとうございます! ぜひご一緒させてください」
私たちが会話をしている間に、マスターはジュースをグラスに注ぎ終わっていた。そして、ストローを入れると私にグラスを差し出した。
「お待たせしました。マスカットジュースです」
「ありがとう。マスター」
私は受け取り、一口飲んだ。
――濃くておいしいわ! シェルバ公爵がジュースばっかり注文するのはちゃんと理由があったのね。
あまりにおいしくて、私はもう一口吸った。そのときだった。
――リリリン。
扉が開き、男性二人と女性二人が入店してきた。
そのうち二人はエメラルド公爵とディスシーン卿だ。
あとの二人は、見たことのない男性と女性だった。
男性は、パープルブロンドとアメジストのようなジュエルアイを持っていた。女性は、銀髪とムーンストーンのようなジュエルアイを持っていた。
私は驚いて、すぐにストローから口を離した。
――まさか、ドラゴンの国の第二王女と第三王子殿下!?
しかし、私より驚いたのは四人だった。
「ええ!? 店内がきらきらだわ!」
「キャンドルに虹色の炎が宿ってるよ」
「色炎ではないですか?」
「めちゃくちゃ綺麗だな」
四人は口々に反応した。その瞬間、エメラルド公爵と目が合った。




