ep38 二人でプレートディナー
私はチェーザマリーに手渡されたテスター用紙をくんくんした。
とても甘いのに、ビターなニュアンスもあるせいか、大人っぽい香りだ。
「食べたくなっちゃいますわね。人気が出たのも納得ですわ! この香り、好きです! ウルティカの香りに似てますわね!」
チェーザマリーは嬉しそうに笑った。
「それは嬉しいな。実は、俺がチョコレート香水の開発チームを主導したんだ。事前にウルティカに行って香りを覚えて、できるだけウルティカの香りに似せてみたんだよ」
「ばっちり再現できてますわよ!……あっ! この香水瓶も可愛いですね! ハート型ですわ!」
チョコレート香水の隣に置いてあった瓶に目が向いた。そこには、ショッキングピンクの香水瓶があったのだ。
「もしかして、これもチェーザマリー作ですか?」
「いや。これは俺は開発に関わってないやつだ。でも、俺がアビス時代に品種改良した薔薇の花エキスが使われてるな」
「まあ! 関わってるじゃないですか」
私はクスリと笑ってしまった。チェーザマリーも笑うと、テスターのハート型の瓶とテスター用紙を手に取り、用紙に吹きかけた。
その瞬間、薔薇の花の香りが広がった。だが、私は首を傾げた。
「なんか、いまいちかも。さっきの九十八番とチョコレート香水の方が良い香りですわ」
――もしかして、チェーザマリー作の方が他の調香師が作った香水より香りが良いとか?
「そうか。なら他の香水も試してみよう。あと、テスター用紙はたまったら店員に渡すと捨ててくれるよ」
「分かりましたわ! 色々見てみましょう!」
◇◇◇
私はその後、十七種類の香水を試した。
最終的に、チョコレートの香りの香水を買ってもらうことにした。一番気に入った香りだったからだ。
「チェーザマリー! ありがとうございます」
「楽しんでくれて嬉しいよ。じゃあ次は、ご飯を食べに行こうか」
チェーザマリーは腕時計を見た。
「時間も調度いいな。三軒隣の店だから、すぐだよ」
「予約してくれたんですか? ありがとうございます」
「ああ。あそこの店は、肉料理がうまいんだよ」
「私、お肉料理は好きですわ! 猫ですが、魚より肉派です」
「まじか。なら肉料理が美味い店にして良かったよ。あそこは魚料理も美味いけどな」
「チェーザマリーも肉派ですの?」
「ああ。俺は魚より断然肉が好きだな」
そんな会話をしながら歩くと、すぐに店に着いた。
そこは、赤いレンガ造りの店だった。中からは、焦がしたソースの美味しそうな香りが漂っている。
「うわあ! 良い香り! 楽しみです」
「それは良かった。さあどうぞ」
「ありがとうございます」
チェーザマリーが扉を開けてくれたので、私は先に入店した。
――チョコレート店で扉を開けてくれたときもそうだったけど。チェーザマリーってば、所作がスマートで洗練されてるわ。やっぱり公爵ね。……実は平民じゃないって、バレないのかな?
そんなことを考えつつ、私は店内を見回した。
こじんまりした店内には、テーブル席が十、カウンターが四席しかなかった。
テーブルクロスは菫の花が刺繍されていて可愛らしい。照明は少し暗めのオレンジ色だ。
カウンター席は満員だが、テーブル席には誰も座っていなかった。しかし、予約済みのプレートが全てのテーブル席に置かれていた。
「いらっしゃいませ。ご予約されてますか?」
すぐに奥からサロンをつけた店員が出てきた。
「ああ。十八時から予約したチェーザマリー=アヴェランだ」
店員はにっこりと笑った。
「お待ちしておりました。奥のテーブル席へどうぞ」
テーブル席につくと、店員が椅子を引いてくれた。
「ありがとうございます」
私が座ると店員は微笑み、次にチェーザマリーの椅子を引いた。
チェーザマリーが座ると、店員は二つ置かれていたメニューの内一つを開いて私に見せた。
「本日のお勧めは牛頬肉の赤ワイン煮込みプレートですよ。デザートはトンカ豆のプリンがお勧めです。お決まりの頃お伺いしますね」
そう言うと、一礼して奥へ行ってしまった。
「わあ! どれにしましょうか?」
私はメニューをぱらぱらとめくった。メニュー名の横には、料理のイラストが描かれていた。しかし、どこにも値段は書かれていなかった。
「ここも高級店なんですね。値段がないですわ」
「いや、ここはちょっと背伸びする店だな。水も有料だし。だがこの通りではリーズナブルな方さ。ちなみに、俺のメニューには値段があるよ」
「え? なんでですか?」
「首都では男女で来店した場合は、レディには値段がないメニューを渡すのさ。値段を気にせず選んでもらいたいからね。帝国では兄妹でも、毎回、男性が奢るのが一般的だし」
「まあ。そうなんですか。変わった文化ですね」
「ああ。それで、どれにするかは決まったか?」
「うーん。迷いますが……。牛頬肉の赤ワイン煮込みプレートにしようかな」
「デザートは?」
「トンカ豆のプリンにします。お勧めって言ってましたし」
「そうか。俺も同じやつにしようかな。ドリンクはどうする?」
「クランベリージュースにします。チェーザマリーは?」
「俺は赤ワインだな。カベルネ・ソーヴィニヨンにするよ」
チェーザマリーがそう言ったときだった。奥から店員が出て来て、私たちに聞いた。
「お決まりですか?」
「ああ。牛頬肉の赤ワインプレートとカベルネ・ソーヴィニヨンのグラス。あと、クランベリージュースを頼む」
「かしこまりました。デザートはいかがされますか?」
「トンカ豆のプリンを二つ頼む」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
◇◇◇
「わあ! これが牛頬肉の赤ワインプレート!? ゴージャスですわね!」
私は料理を見て驚いた。
大きな陶器のプレートには、白米、牛頬肉の赤ワイン煮込み、サラダ、キャロットラペ、キッシュ三つがのっていたのだ。小さな丸い容器にはプリンも入っている。
チェーザマリーは私の反応を楽しむように笑った。
「この店は、プレートで全部どかんと出てくるんだよ。特にサラダが山盛りで新鮮だから女性に人気さ」
「へぇ。ユリジェンヌ邸の夕食では基本、食べ終わったら次の皿が出てきました。こんなの初めてですわ!」
「そうか。嬉しいよ」
「チェーザマリー! 乾杯しましょ!」
「ああ。でも、人間界ではグラスで乾杯はしないんだ」
「え? どうして?」
「人間界ではグラスをぶつけないんだ。魔界のグラスより繊細だから、昔からグラスを軽く掲げて目を合わせるのが礼儀なんだよ」
「へえ。変わってますわね。じゃあ、目線で乾杯ですわ」
私は自分のグラスを軽く持ち上げると、チェーザマリーに微笑んだ。
チェーザマリーもグラスを少し上げると、目元を和らげて微笑んでくれた。
私たちはドリンクを一口飲んだ。
「まあ! フレッシュでおいしいジュースですわ!」
「ここは果汁百%しかおいてないぞ? 店内のミキサーで搾ってるらしい」
「それはいいですね!」
私はまずはサラダとキャロットラペを食べた。
サラダは新鮮でシャリシャリしていて、キャロットラペは酸味が効いていた。
次にキッシュを食べた。
「わあ! このキッシュ、ほうれん草がたっぷりでおいしいですわ!」
口の中に、卵の甘さが広がった。
「ああ。焼き加減も絶妙だな」
次は、牛頬肉の赤ワイン煮込みを口に入れた。
「んー! おいしいです! 口の中で蕩けますわ!」
「ああ。赤ワインの味も効いてる。ソースも甘じょっぱくて濃厚だな」
「これはご飯が進みますわね!」
あまりのおいしさに、私は夢中になって食べた。チェーザマリーはそんな私を見ながらにこにこしていた。
あっという間に、食べ終わり、最後はトンカ豆のプリンになった。
「あの……。トンカ豆ってなんですか? 聞いたことありませんわ」
私が首を傾げると、チェーザマリーは教えてくれた。
「人間界の豆だな。バニラや桜、アーモンドみたいな香りがするよ」
「へえ! ではいただきます」
一口スプーンですくって驚いた。本当に桜のような味がする。それに、香り高い。
「こんなに甘い香りの豆があるんですね! 驚きですわ!」
「ああ。トンカ豆は俺も好きだよ」
「チェーザマリーの一番好きな食べものはなんですか?」
「ゼリーかな。特にフラシェルのトマトゼリーが好きだよ。リトは?」
「私、蜂蜜が好きなんです!」
二人で楽しくお喋りしている内に、あっという間にプリンも平らげてしまった。
「おいしかったですわ。チェーザマリー。今日はありがとうございます。ごちそうさまでした」
「どういたしまして。俺も楽しかったよ。食後のコーヒーか紅茶は飲むか?」




