ep.37 超一流の香水体験
「そうなんですね」
店長は穏やかに頷くと、鳩の形をしたチョコレートを指差した。
「であれば、ホワイトチョコレートをお勧めします。とても甘くて、おいしいんですよ」
「へえ。そうなんですね」
私が鳩のチョコレートを見つめると、店長は鳩の左隣のフラミンゴの形をしたチョコレートも指差した。
「こちらのチョコレートもお勧めです。新作のストロベリーチョコレートです。甘酸っぱくて食べやすいと思いますよ」
「可愛い見た目ですね!」
私がはしゃいだ声を上げると、黙って微笑みながらやりとりを見ていたチェーザマリーが店長に言った。
「じゃあ、鳩のやつとフラミンゴのやつを二つずつくれ。リト。他には気になるやつはあるか? 俺がプレゼントするよ」
「まあ。ありがとうございます。でも、ひとまずそれだけで大丈夫ですわ」
「そうか」
チェーザマリーは笑顔で頷くと、レジまで行ってしまった。すると、店長が私に聞いた。
「箱はどれにしましょう? 当店では箱は全て無料です。お好きなものを選んでくださいね。小型なら、あちらからお選びください」
店長は正面の壁を指差した。そこには、壁棚に可愛らしい箱がいくつも並んでいた。
「まあ! 可愛い! じゃあ、あのピンクのハート型の箱がいいですわ!」
「かしこまりました」
店長は微笑むと、近くにいた店員に声をかけた。
「鳩とフラミンゴを二個ずつ箱詰めしてくれ。箱はピンクハートで。会計は今してるとこだ」
「かしこまりました」
店員は頷くと、手早くチョコレートを箱詰めしてくれた。
「お買い上げありがとうございます」
「ありがとうございます」
私はワクワクしながら箱を受け取った。そして、店長にもお礼を言った。
「お忙しいでしょうに。ありがとうございます」
「いえいえ。お役に立てて良かったです。前にチェーザマリー様にはお世話になりましたから」
「お世話に……?」
私が首を傾げると、店長は嬉しそうに笑った。
「三年前に、サイモンでチョコレートの香りの香水が販売されたんですよ。それで、ウルティカとサイモンがコラボしました」
「そうなんですね」
「商品開発会議で、首都店舗代表として私は出席しました。そのときに、会議にいらっしゃったチェーザマリー様と仲良くなりました。チェーザマリー様は当時、新作販売当日はサイモン本店でお客さまを直接ご案内する予定だったんですよ」
「ええ!? トップ調香師が直々に? それは凄いですわ」
「実は、サイモンでは、調香師自ら香水の説明をするのは珍しくありません。当店でも香水を並べたんですけどね。本店と当店が近いので、チェーザマリー様はわざわざ当店にも来てくださって、お客さまに香水の説明をしてくださいました」
「まあ。そうなんですか」
「超有名調香師が来てくれて、話題はさらに沸騰。在庫は七日であっという間に完売しましたよ」
「チェーザマリーはそんなに知名度があるんですね」
「ええ。サイモンは元々人気ブランドですが、サイモンの香水を爆発的にブレイクさせたのはチェーザマリー様ですよ。彼の香水は香りが良くて女優や貴族がこぞって買いますから」
――チェーザマリーってば、やっぱり凄いわ。
感心していると、チェーザマリーが戻ってきた。
「お待たせ。店長。わざわざ案内してくれてありがとう」
「いえいえ。またいつでもいらしてください」
私たちはお礼を言ってお店を後にした。
店を出るなり、私はチェーザマリーに言った。
「チョコレートが気になりますわ! 今すぐ食べてみたいです!」
チェーザマリーは楽しそうに笑った。
「そうか。なら、あそこのベンチで食べよう」
「はい!」
私たちはすぐ近くのベンチに並んで座った。
私はリボンを解くと、鳩のチョコレートを口に入れた。
「おいしいですわ!」
食べた瞬間、強い甘さと滑らかな口どけに驚いた。
口の中で、チョコレートはとろけたのだ。
「私、溶けるお菓子って初めてですわ! アイスなら食べますけど、あれは冷たいですし」
甘さが舌に残る感じがたまらなかった。
「チェーザマリー、ありがとうございます! 人間界のお菓子って面白いですわ!」
「喜んでもらえて嬉しいよ」
チェーザマリーは嬉しそうに笑った。
私は次に、フラミンゴのチョコレートを口に入れた。
「んー! これは甘酸っぱいですわね! つぶつぶしてますわ!」
チョコレートには、細かく砕いたドライストロベリーがたっぷり練り込まれていた。噛む度に、ドライストロベリーの甘さが口の中に染み渡った。
目を輝かせて頬張る私を、チェーザマリーは楽しそうに眺めていた。
「残り二つは、帰ってからじっくり味わいますわ。深夜なら男爵一家は寝てますからね」
私はバッグにチョコレートの箱をしまうと、ベンチから立ち上がった。
「では、サイモンの本店に行きましょう」
◇◇◇
「いらっしゃいま……」
本店に一歩踏み入った瞬間、店員たちが驚いて私たちを見た。
「チェ……チェーザマリー様! いかがされました?」
すぐに、入口にいたスーツ姿の女性店員がチェーザマリーに話しかけた。
チェーザマリーは穏やかに笑った。
「やあ。クリさん。今日はプライベートで来たんだ。こちらのレディは親戚の子でね。今、首都を案内してるんだ。香水を色々見せようと思って」
チェーザマリーが私を手で指し示すと、店員は私に微笑んだ。
「まあ。そうだったんですね。どうぞごゆっくりお選びください」
店員は丁寧に一礼すると、近くで香水を選んでいるお客さんに声をかけて、接客を始めた。
私はガラス張りの店内を見渡した。
白い棚には、色も形も様々な香水瓶が、広い間隔をとって並べられていた。
客は二十名弱だ。広い店内なので、窮屈には感じない。
「まあ。素敵な形の香水瓶がいっぱいありますわ! どれがいいんでしょうか?」
私がはしゃいだ声を上げると、チェーザマリーは中央に設けられた広い机を指差した。
そこには、様々な形の香水瓶が広い間隔をとり、二本ずつ並べられていた。
「あれは見本だ。二本の内片方はテスターだよ。色々試してみよう」
「わあ! 楽しそうですわ!」
中央の机まで行くと、私は天使の形をした小さな香水瓶を手に取った。
「これ、可愛い瓶ですわね! 羽がついてますよ! ゴージャスです」
「ああ。それはサイモンで一番有名なやつだ。九十八番の香水だよ」
「九十八番……?」
私が首を傾げると、チェーザマリーは誇らしそうに笑った。
「俺が調合した香水なんだ。ある有名な歌劇歌手が気に入ってくれてな。彼女が歌う前に必ず吹きかけたことで有名になったんだよ。今ではレディたちの憧れの香水さ」
「へえ。それは人気が出そうですわね」
私は金色の値札プレートを見た。そこには、三万ニャンと書かれていた。
「ニャンってなんですか?」
「ニャンは通貨の単位だ。帝国の一般国民の最低時給が千ニャンだよ」
「まあ。三十時間働いたら、やっとこの香水が買えますわよ?」
「そうだ。本店には、高級なやつしか置いてない。最低でも二万ニャンだな」
「流石一流店ですわね」
「そうだな。ところで、そっちのテスターを試したらどうだ? そこの紙に吹きかけると、香りを試せるんだ」
私はもう一つの天使の香水瓶を見た。その隣にはガラスのコップがあり、スティック状の紙が何本も入っていた。
私は香水瓶を置くと、テスターの香水瓶と紙を手に取り、紙に吹きかけてみた。
その瞬間、ローズマリーの爽やかな香りが広がった。ほのかにラベンダーの香りもする。
「わあ! とっても良い香りですわね! 気分がリフレッシュできそうです!」
「そうだろ? 色々試してみると良い。今日は好きなやつをプレゼントするよ」
「え? チョコレートも夕食もご馳走になるのにいいんですか?」
チェーザマリーはクスリと笑った。
「ああ。俺も稼いでるから問題ない。社割もあるから遠慮するな」
「まあ。ありがとうございます。お礼に、今度バーでお会いしたら好きなカクテル奢りますわよ? その代わり、隣に座ってくださいね?」
「ハハハッ。上手い返しだ。また一本とられたよ」
「この前の復習ですわ」
私たちは声を上げて笑い合った。
「ところで、チョコレート香水っていうのはどれですか? 先程のウルティカのやつです」
「ああ。あれはあっちの壁棚にあるよ。ついて来てくれ」
チェーザマリーについて十歩ほど歩くと、近くの壁棚の端に、茶色い小瓶があった。
小瓶の形は長方形で、すこし平べったい。凹凸があり、まるで板チョコのような形の香水瓶だ。
チェーザマリーはテスターの瓶とテスター用紙を手に取ると、用紙に香水を吹きかけた。
その瞬間、甘くてビターな香りが広がった。バニラのような濃厚な香りと、ほんのりローズの香りも感じた。
「わあ! なんだか甘くておいしそうな香りですわ!」




