ep.35 最年少公爵が誕生
僕は詰まった。何を貰うべきか、迷ったからだ。
すると、第二王女が口を開いた。
「エメラルド卿は公爵になりたいとか。お父様、彼にモスグリーン家の公爵位を授けてはいかがですか? 彼は命の恩人ですから」
竜王は面白そうに口角を上げた。
「それはいい。爵位継承者は親が決めるものだがな。公爵夫妻は俺が説得してやろう」
俺が言葉を失うと、第二王女は竜王に微笑んだ。
「それに、エメラルドを公爵にすれば、彼は王家に大きな借りができますわよ。私を助けたとはいえ、王家の後押しで公爵になるんですから。エメラルドは今日まで国家に貢献してくれました。これからも、王家に忠実に仕えてもらうため、公爵位を付与しましょう」
――うわ……。病弱で部屋に籠もってた王女なのに。発想が完璧に王族だな……。
竜王はにやりと笑った。
「それはいい。エメラルド。公爵にならないか? その代わり、これからもしっかり働けよ」
僕は控えめに面を伏せた。だが、目はぎらついていた。
――ついに手に入れた!
「謹んで頂戴いたします。これからも、誠心誠意、竜王家にお仕えします」
竜王と第二王女は満足そうに笑った。
こうして、僕はエメラルド=オン=モスグリーン公爵になった。
史上最年少、十七歳の公爵が誕生したのだ。
◇◇◇
――ついに公爵になった! 嬉しい! もっと実績を積んで、一流になってディスシーンに告白するんだ!
僕は決心すると、領地の運営や仕事、占星魔術の研究により一層打ち込んだ。
そして、十年の月日が流れた。
僕は二十七歳。ディスシーンは六十歳になっていた。
――よし! そろそろ良いだろう! 告白するぞ!
僕はベラに聞いた。
――告白は成功するか?
ベラは冷たい声で囁いた。
――告白は成功しない。
――なんでだ!? 僕は実績を積んだ公爵なのに!? 公爵夫人になれるのに!? どうしたら良いんだ!
僕が心の中で叫ぶと、ベラは優しい声で囁いた。
――全てを正直に打ち明けろ。負け犬だと思ったことも。彼女を尊敬したことも。今日まで彼女を想い続けたことも。そうすれば成功する。
――なんだって!? 馬鹿正直に全てを打ち明けるのか!?
驚いたが、僕はその通りにすることにした。
翌日、僕はディスシーンの元を訪ねて、薔薇の花束を贈って告白した。そして、洗いざらい全てを打ち明けた。負け犬だと馬鹿にしたことも含めてだ。
ディスシーンは、激怒して僕を追い払った。
「はあ? 私が負け犬? 最低! あなたは爵位に執着しすぎよ!」
帰宅して、僕は人生で初めて泣いた。
――振られた……。嫌われた。正直に打ち明けたら、成功するんじゃなかったのか? ベラが僕に嘘をつくなんて……。
僕はショックで、その日は食事すらとらなかった。
しかし、翌日。ディスシーンが西の塔を訪ねて来て、僕に謝ったのだ。
「昨日はごめんなさい。よく考えたら、あなたは私を尊敬してくれたってことよね。それに、ずっと私に恋して努力してきたんでしょう? 嬉しいわ。私、あなたと婚約してもいいわよ。私と結婚したいんでしょう?」
僕は歓喜した。そして、誠心誠意、失礼なことを考えたことを謝った。
「僕には、爵位しか見えてなかったんだ。すまない。こんなに素敵な生き方があるなんて知らなかった。……好きだ。君を尊敬してる。結婚してくれ」
ディスシーンはクスリと笑った。
「いいわよ。でも、また失礼なこと考えたら、婚約破棄するからね。私、公爵様に振られても問題ないわ。なんていったって、今や魔界一の人気ネイリストだもの」
◇◇◇
「……という成り行きで、僕たちは婚約したんだ」
エメラルド公爵とディスシーン卿が幸せそうに笑うと、ネルヴァー卿がはしゃいだ声を上げた。
「ええー! 凄いロマンチックだね! 愛を感じる。ねぇ、ダータン?」
「ああ。尊敬から始まった愛ってのが素敵だな」
「きっと、婚約破棄はされないよ。エメラルドはディスシーンを愛してるんだからな。振られたら、また食事できなくなっちまう」
チェーザマリー公爵が笑うと、マスターもクスリと笑った。
「なるほど。欺きの魔術を使ったから、恋愛感情が見抜けなかったんですね。ディスシーン卿に会う度にそんなの使われたら、いくら観察眼があっても分かりません」
――素敵な恋愛だな。こんなのもあるんだ。
私が目をきらきらさせると、シェルバ公爵が急に大爆笑した。
「エメラルドってば、黒過ぎない? 五歳で野心満々かよ。あー。お前が公爵になったときの、兄と姉のリアクションが気になるわー」
エメラルド公爵はブラックな笑みを浮かべた。
「両親から聞いたんだけどな。悔しくて地団駄踏んで、屋敷は騒音状態だったらしいぞ? なにせ、別居末っ子に出し抜かれちゃったんだから」
「いや。別居先が王城はエリートすぎる。しかもそのとき七歳かよ。天才だな」
シェルバ公爵が楽しそうに言うと、バーは笑いに包まれた。
笑いが収まると、ディスシーン卿が壁にかけられている時計を見上げた。
「それにしても、ムーンとアメシストってば。遅いわね。もう二十二時よ」
「まあ、その内来るよ」
柔らかく笑ったエメラルド公爵に、私は恐る恐る聞いた。
「ムーンとアメシストって、まさか第二王女と第三王子殿下ですか?」
「うん。そうだよ。新薬の件以来、超仲良くなってね。第二王女のムーンは今は健康だし。今では四人で酒を飲む仲さ」
――このバー。王族も来るんだ……。
そう思ったときだった。ディスシーン卿がきらきらした目で私を見た。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢は、好きな相手いないの? 可愛いしモテるでしょう」
「えっと……。いません。今は結婚とか興味なくて……」
「まあ。そうなの? よければ、ジュエルドラゴンのイケメンで性格の良い男を紹介するわよ? ネイルさせてもらったし……。ジュエルドラゴンなら、ユリジェンヌ侯爵令嬢の隣に並んでも映えそうだわぁ」
ディスシーン卿が世話焼のお姉さんのような声で言ったときだ。ネルヴァー卿とダータン伯爵がぎょっとした顔をして言った。
「ディスシーン、それ、冗談?」
「ジュエルドラゴンはジュエルドラゴンとしか結婚できないじゃないですか?」
ディスシーン卿はクスリと笑った。
「あら。一カ月くらい前にね。『ジュエルドラゴンはジュエルドラゴン以外のドラゴンと結婚した場合は、ジュエルアイが遺伝しない。ただし、ドラゴン以外の魔族と結婚した場合は、子どもにジュエルアイが遺伝する』ってのが研究で分かったのよ」
「だから、これからはジュエルドラゴンは外国の魔族と結婚できるんだ。かなりビッグニュースなんだけど……。知らない?」
エメラルド公爵が聞くと、シェルバ公爵が吹き出した。
「二人は休暇と激務だったから、しゃーない」
店が再び笑いの渦に包まれた。
笑いながら、私は思った。
――そろそろ帰ろうかな。
「マスター。私、そろそろ帰ります」
「かしこまりました。またお待ちしてますよ」
私が代金を支払うと、チェーザマリー公爵が私に言った。
「猫生活もいいけどな。人間に紛れて暮らすのも楽しいぞ。人間界約三百年の俺が、首都を案内しようか?」




