ep.33 嫉妬攻撃から逃げるため、王家の住み込み占星術師になります
大河は氾濫した。しかし、事前に避難していたので、火竜たちは無事だった。
僕は火竜の長から感謝状を貰い、竜王から褒美を頂けることになった。
謁見室で、竜王は僕に優しい声で聞いた。
「褒美は何がいい? 好きなものを言え」
「西の塔の最上階に住みたいです。占星術師として、竜王族の皆様にお仕えしたいです。住み込みで働かせてください」
「……は? 西の塔? 今は使われてないぞ? なんでだ?」
竜王が驚いた顔をすると、僕は緊張した声で答えた。
「ナネブが僕に教えてくれました。『今回の功績でエメラルドは有名になったから、兄と姉に目をつけられた。危険だからモスグリーン邸からは逃げろ』と」
「それで、なんで西の塔なんだ?」
「僕はベラに聞いたんです。どこに逃げたらいいかと。ベラは『王城の西の塔だ。あそこは流星鉱石でできているから、私と相性がいい』と言いました。屋敷を離れれば、兄と姉から嫌がらせを受けずに済みます」
「なるほど……。それで、エメラルドは王家に仕えたいのか? 王家直属の占星術師になりたいのか?」
「はい! そうです! 僕を雇ってください! 公爵になるには実績が必要ですから」
竜王は大爆笑した。
「いいだろう。皇太子の占星術師にしてやろう。今日から西の塔で住み込みで働け。侍従も一人つけてやる。掃除とかはそいつにやらせろ」
「ありがとうございます!」
――よっしゃあ! ポスト獲得だ!
「食事は王城の葵食堂でとれ。あそこの飯は美味いし。警備もしっかりしてる。お前を妬む兄と姉に食事に変なものを入れられるリスクは限りなくゼロだ」
「ありがとうございます! 一生懸命働きます!」
こうして僕は皇太子直属の占星術師になった。
ディスシーンと会うのは、それから十年後のことだ。
◇◇◇
僕の住み込み占星術師生活がスタートした。
皇太子は僕に、様々な質問をした。しかも、ベラの制約を受けないように、質問の仕方を工夫してくれた。
「この政策は実施したら、国民の家計に負担がかかるか? イエスかノーで教えて欲しい」
「化け狐の公爵家に贈り物をしようと思うんだ。ドラゴンの国固有種の花とその蜂蜜、どちらが喜ばれるかな?」
皇太子はまず、イエスかノーか二択の質問をしてきた。それで十分だった。簡単な質問の仕方だったせいか、ベラは真実を教えてくれた。
イエスかノーだけでも、政策判断の重要な材料になる。二択を出せば、より良い贈り物が選べるのだ。
僕は次第に、便利な相談相手として皇太子に重宝して貰えるようになった。
だが、重宝されるからといって、怠けることはしなかった。
僕は西の塔で魔術の研究や練習を繰り返し、質問の深度を深めることと、ベラへの質問回数を七回まで増やすことに成功した。
そして、二年が過ぎた頃だった。
深夜、ぐっすり眠っていたときだった。突然、ナネブが僕に危機を教えてきた。
――ドラゴンの国の地下で、麦食い虫の幼虫が大量発生する。そのせいで、ドラゴン麦は来年は大不作になるだろう。
僕はすぐさま飛び起きると、ベラに解決策を聞いた。
ベラは言った。
――具体的な解決策は教えられない。だがな、タル木の根元を掘ってみろ。
僕はすぐに皇太子に危機を伝えた。
皇太子はすぐに動き、各地のタル木の根元を調査する組織を編成した。
タル木とは、ドラゴンの国固有の紅葉樹だ。
調査員たちは、タル木の根元を掘って驚いた。タル木の根には、麦食い虫の卵がびっしりとついていたのだ。
調査したところ、麦食い虫の卵とタル木の根の相性が良いことが分かった。
ドラゴン麦を守るため、各地のタル木の根には専用のカバーがかけられた。
これにより、ドラゴン麦の不作被害は最小限に抑えられた。僕は竜王から表彰された。
この出来事はドラゴンの国の国営新聞で取り上げられた。幼くして、僕は名声を手に入れたのだ。
◇◇◇
そんな日々が過ぎ、僕は十七歳になった。
その日、僕は宰相のマリア公爵邸のパーティーに参加していた。
この頃には、僕の実績は積み上がっていた。次期竜王である皇太子の側近の一人としても、自分のポジションを固めていた。
パーティー会場に行くと、様々なドラゴンや外国からの来賓が僕に話しかけてきた。
僕は若くして、他者から見て、コネを作りたい相手になったのだ。昔は、僕がコネを作りたい側だったのに。
様々な魔族たちと談笑した僕は、少し疲れて窓辺でジュースを飲んでいた。すると、すぐ近くのソファから女性たちの歓声が上がった。
――何だ?
そちらを見ると、ブルーブロンドと藍色のジュエルアイをもつ女性が、十数名の女性たちから囲まれて、拍手をされていた。彼女は嬉しそうに笑っていた。
――なんであんなに盛り上がってるんだ?
不思議に思った僕は、近くで一人でワインを飲んでいたレディに話しかけた。
「あの……。あちらで何が起こってるんですか? なんだか凄く盛り上がってるんですが。あのブルーブロンドの女性は何者ですか?」
僕が話しかけると、レディは朗らかに笑って教えてくれた。
「ああ。彼女はディスシーン=ファル=サルビアブルー卿ですよ」
――サルビアブルー? 確か、侯爵家中序列一位の家門だな。
「ディスシーン卿は予約が困難なネイリストなんですよ。ここ二十年はグリフィンの国の名店で働いていたんですけどね。最近、帰国したんですよ」
「へえ。そうなんですね」
「ディスシーン卿は、可愛いレディを見るとネイルをしたくなってしまうみたいで……。先ほど、リズム侯爵令嬢の花顔を見てネイルがしたくなって、彼女に無料でネイルしたみたいです。それで、レディたちが集まってきてネイルするところを見てたんですよ」
「へぇ……。ディスシーン卿は変わった方ですね」
――そういえば、僕はネイルなんてやったことないな。皇太子も第三王子もネイルは大好きだけどな。家族もネイルは好きだったな。……そういえば、最近はまったく兄と姉に会ってないな。
そんなことを考えたときだった。ソファから立ち上がったディスシーン卿が、急に僕を指差して言ったのだ。
「うわあ! 凄い良い素材を発見しちゃった!」
――は? なんだ?
ディスシーン卿は僕の前まで早足で歩み寄って来ると、笑顔で僕に聞いた。
「私、ネイリストなの。よかったら、あなたにネイルさせてくれない? あなた、とっても美形ね! 緑色のジュエルアイも美しいわ! 緑色のアートネイルが映えそうだわ!」
――なんだこのレディは……。突然、ネイルだと?
固まっていると、僕に話をしてくれたレディが僕に言った。
「まあ。ディスシーン卿にネイルをしてもらえるなんて、貴重な機会よ! やってもらいなさいな」
――まじかよ……。まあ、やってもらうデメリットないし、モデルになろうかな……。ネイルにも若干興味あるし。
「私の名前は、ディスシーン=ファル=サルビアブルーよ! あなたのお名前は?」
「僕の名前は、エメラルド=オン=モスグリーンです。はじめまして。ディスシーン侯爵令嬢。ネイル、ぜひお願いします」
僕が微笑むと、ディスシーン卿は驚いた顔をした。
「まあ……。あなたが有名な占星術師のエメラルド卿ね。……ところで、侯爵令嬢じゃなくて、卿って呼んでくれない?」
「は? なんでですか?」
魔界では、爵位継承者以外と爵位を継ぐかどうか未定の者は、男女共に卿と呼ばれる。彼らを令嬢や令息と呼んでもいいのだが、年齢や実績を重ねるごとに、卿と呼ばれる傾向がある。
――なんで令嬢って呼ばれたくないんだ? 自分が詰んだ実績に誇りがあるとか?
「だって、令嬢って発音より、卿の方がかっこよくない? だから、卿呼びが好きなんだよね」
――なんだこの意味不明なレディは……。卿なんて、ださい称号だろ。爵位を継がない者や爵位継承未定の者の呼び方なんだからな。俺はエメラルド卿って呼ばれる度に嫌だよ。
「そんなことより、ネイルしましょ。あっちのソファに来て」
――そんなことだと!?




