ep.32 竜王に自分を印象付けるための魔術
僕は立ち上がると、皇太子に耳打ちした。
「すみません。僕は幼いので、ベラから全てを聞き出すことはできません。一番好きな話は分かりませんでした。しかし、第八巻の中に、皇太子様の一番お好きな話があること分かりました」
皇太子は満足そうに笑った。
「そうか……。君はなかなか興味深いね。……よかったら、一緒に王族席に来てくれ。あそこは竜王家のドラゴンしかいないからね。貴族は話しかけてこないし。じっくり話をするにはぴったりだよ」
――よっしゃあ! ビッグチャンス到来! 王族に自分を印象付けるチャンスだ!
僕はにっこりと笑った。
「光栄です」
僕はちらりと兄と姉を見た。
彼らの顔は、ライバル意識が剥き出しだった。両親は、感心した顔をしていた。
「それじゃあ行こうか」
皇太子は、僕に微笑んでくれた。
◇◇◇
「竜王家の皆様に挨拶できて光栄です。エメラルド=オン=モスグリーンと申します。よろしくお願いします」
僕は王族の皆さんに挨拶した。
王族席には、第二王女と第三王子がいた。二人は並んでソファに座っていた。
王妃様と第四王子はいなかった。パーティー会場で貴族たちと談笑をしているようだ。
ちなみに、皇太子は第二王子だ。第一王女と第一王子は、過去に皇太子と熾烈な王位継承争いをしたせいで亡くなっている。
第二王女と第三王子と第四王子は、その争いに恐れをなして、王位継承争いから降りたのだ。
皇太子は僕を第二王女と第三王子に笑顔で紹介した。
「この子がエメラルドだよ。さっき確かめたら、本当に占星魔術が使えたんだ。ナネブだけじゃなくて、ベラの声も聞こえるんだって」
銀髪とムーンストーンのようなジュエルアイを持つ第二王女は僕に優しく微笑んだ。
「はじめまして。エメラルド。お会いするのは初めてね。私は病弱だから、普段は年末王城パーティーしか出席しないのよ。いつも部屋にいるし。外にはこんなに面白い子がいるのね」
第二王女がそう言うと、第三王子は腹を抱えて笑い出した。第三王子は、パープルブロンドとアメジストのようなジュエルアイを持っていた。
「さっきの挨拶、面白すぎる。伝説が生まれちゃったな。なんであんなことしたんだ?」
――正直に理由を言うか。
「僕が占星術師だと、貴族と王族の皆さんに知って欲しかったんです。それに、ああやって危険を知らせれば、兄と姉はふいを突かれます。万が一手柄を兄と姉に横取りされたら大変ですから」
第三王子は感心したように言った。
「なるほどね。俺ら王族と貴族が証人か。派手なデビューでいいな。やっぱり、公爵になるには自分を皆に印象付けなきゃいけないもんな?」
僕が頷くと、第三王子はにやりと笑った。
「公爵になりたいってのは否定しないのか。そんなに小さいのに野心満々だな。嫌いじゃないよ」
「ありがとうございます」
僕が微笑むと、皇太子は第二王女の隣に腰掛けて、第二王女と第三王子に言った。
「エメラルドは、星に聞いて、私の好きな色や本を当てたんだよ。ベラに祈ると、教えてくれるらしい。まだ幼いから、なんでも聞けるわけじゃないみたいだけどね」
第二王女は感心した顔をした。
「凄いわ! ベラって真実を教えてくれるんでしょう? 色々使えそうな能力ね!」
第三王子は興味深そうに目を光らせた。
「俺の好きな色も当ててみてくれよ」
「かしこまりました」
僕はその場に跪くと、ベラに祈った。
――ベラ。第三王子の好きな色を教えて。
すぐにベラの囁き声が聞こえた。
――紫と黒だ。
僕は立ち上がると、第三王子に言った。
「紫と黒です」
第三王子は驚いた顔をした。直後、きらりと目を光らせた。
「面白い。色々話を聞かせてくれよ」
◇◇◇
「つまり、ナネブは聞いてもいないのに危機を教えてくれる。ベラは、聞けば簡単なことなら教えてくれる。ただし、訓練次第でもっと複雑なことを教えてくれるってことか。ヒュー。可能性を感じるね」
僕が話し終わると、第三王子はワクワクした顔で口笛を吹いた。対照的に、皇太子は慎重な声で聞いた。
「ベラは使い方次第で化けるな。それで、星には夜の間なら、何回でも質問できるのか?」
「いいえ。僕は幼いので、一日に五回までしか質問できません。魔術の修練次第では、回数を伸ばせると思います。ナネブには特に制限はありません。一方的に危険を教えてくれるだけなので」
「なるほどね。ではベラに質問できるのは、今日は残り一回か」
皇太子が興味深そうに呟くと、第二王女が目をきらきらさせた。
「よかったら、私の好きな色も当ててみて! 残り一回あるんでしょ!」
僕は笑顔で頷くと、跪いてベラに祈った。
――ベラ。第二王女の好きな色を教えて。
ベラはすぐに教えてくれた。
――白だ。
僕は立ち上がると答えた。
「白ですね」
「素晴らしいわ! 当たってる!」
第二王女がはしゃいだ声をあげたときだった。
王族席と会場を仕切っている黒いカーテンが開き、ストロベリーブロンドの髪とダイヤのようなジュエルアイを持つ男性――竜王が現れた。
僕が即座に一礼すると、竜王は愉快そうに笑った。
「執事から全部聞いたよ。エメラルドは本当に占星術師なんだな」
「え? ……執事から?」
僕が首を傾げると、皇太子が僕に説明した。
「さっきから、そこの隅に執事長が立っていて、私たちの会話に聞き耳を立ててたのさ。執事長は気配消しの魔術の達人だから、エメラルドは執事長がいることに気づかなかったんだよ」
「そうだ。執事長がさっき俺のとこに来て、全部教えてくれたんだ。ちょうど、子爵家の挨拶が終わったところだったからな」
――怖……。いつからいたんだ? 王家にプライベート無しだな。
「男爵家の挨拶はまだだけどな。気になったから、休息がてらにちょっと抜けて来た。なあ、俺の好きな色も当ててみてくれ」
――どうしよう。五回分は使い切ってしまった……。だけど、竜王様に自分を印象付けたい。……そうだ!
「少々お待ち下さい」
そう言うと、僕は長い詠唱を始めた。
皇太子と第二王女と第三王子は驚いた顔をした。竜王は不思議そうに首を傾げ、詠唱が終わると僕に聞いた。
「その詠唱は、欺きの魔術じゃないか? しかも、自分用の詠唱だ。なんで詠唱した?」
「実は、ベラに聞くことができるのは一日五回までなんです。けど、竜王様にアピールしたいので、六回目に挑戦しようと思います。さっき僕は、今は四回目だと自分を欺いたので」
「ほお……。欺きの魔術が使えるのか?」
「はい。昔、一番便利な魔法は何かを聞いたらベラが教えてくれたんです。それは欺きの魔術だと。それで僕は、こういう使い方を発明しました。ただし、欺きの魔術で質問回数を増やすと体に負担がかかるので、滅多に使いませんが」
「体に負担がかかるなら、使わないほうがいいんじゃないか?」
「いいえ。今使わなくては意味ないです。僕は公爵になりたいんです。自分を竜王様に印象付けたいです」
竜王は愉快そうに笑った。
「そうか。ならやってみろ」
僕は跪くと、ベラに祈った。
――ベラ。竜王様の好きな色を教えて。
ややあって、ベラが囁いた。
――赤だ。
僕が立ち上がると、背の高い竜王は僕の身長に合わせて屈んでくれた。耳打ちで教えろという意味だろう。
僕は竜王に耳打ちした。
「竜王様のお好きな色は、赤ですね」
竜王は声をあげて笑った。
「これは面白い。氾濫の予言が当たったら、国家に貢献した褒美をやろう。人命救助だからな」
「ありがとうございます」
僕が丁寧に礼をすると、竜王は優しく微笑んだ。
「今日はご苦労だったな。欺きの魔術まで使うガッツは認めよう。だがな、体に負担がかかったんだろ? 今日はもう、帰って休め」
――竜王様って、優しいんだな。
「お気遣いありがとうございます」
僕は皇太子と第二王女と第三王子にも別れの挨拶をすると、帰宅した。
◇◇◇
そして、一月三日になった。




