ep.30 十一人兄妹の末っ子ですが公爵になります
「ネイルしたら、ますます可愛くなっちゃうんじゃない? 帰り道、気をつけてね。送ってこうか?」
「シャム猫の姿で帰るから大丈夫ですわよ」
私が言うと、シェルバ公爵は頷いた。
「そっか。危ない人間がいたら、妖力で眠らせればいいもんね」
「まあ。マリアンヌ男爵夫人から聞いたけど……。ユリジェンヌ侯爵令嬢は本当に人間界で猫暮らしをしてるのね」
ディスシーン卿は少しだけ目を見開いた。
「ええ。そうなんです。今はスノーレディ男爵家で過ごしてますが。三カ月後にはシバ伯爵家に行く予定です」
「まあ。なんだか不思議なルートね。まあいいわ。……どの見本が好き?」
ディスシーン卿はショルダーバッグから透明なファイルを取り出した。中には、八種類のネイルの見本チップが入っていた。
「わあ! 可愛い!」
青い鳥が描かれた童話のようなネイル、まるで人魚の鱗のようなネイル、ハート模様のネイル……。様々なネイルに、私の心は高鳴った。
「私、ネイルは一回しかしたことがないんです……。昔、祖母がネイリストをユリジェンヌ邸に連れてきてくれたんですよ。そのときは青いワンカラーで塗ってもらいました」
「そうなのね。ワンカラーも素敵だけど、アートネイルも楽しいわよ! どれがいい? 気に入ったデザインはある?」
「はい! 私、このハートのネイルが好きです」
「じゃあこれにしましょう。ハートのサイズはもう少し小さくして、細かく模様を描いてみましょうか」
ディスシーン卿はショルダーバッグから筆やコットン、マニキュアなどを取り出した。マニキュアは、透明な小さな円形の容器に入っていた。
――なんだか、わくわくしちゃうわ!
私は横目でカウンターを見た。
マスターはステア棒でステアをしていた。
シェルバ公爵とチェーザマリー公爵とダータン伯爵とネルヴァー卿は、楽しそうに談笑している。
――そういえば、アートネイルってどうやるんだろ?
「あの、アートネイルってどうやってやるんですか? 私、ネイルには全然詳しくなくて。私の飼い主のアンはネイル大好きですけどね」
「魔界のネイルはね、人間界のネイルと全然違うわ。人間界のマニキュアは塗ったら五日で落ちるけど。魔界のマニキュアは最低一か月は持つわよ。塗り方の手順も違うしね」
「それは良いですね! そういえば、昔塗ったワンカラーは五週間くらい持ったわ」
「ええ。まずは、爪やすりとかで爪を整えるわ。人間はその後に甘皮処理をするけど、私たち魔族は甘皮はないから不要」
「へえ。楽でいいですね」
「その後、ベースコートを塗ったらカラーマニキュアを塗るわ。アートネイルの場合は、アートマニキュアっていう専用のマニキュアで、カラーマニキュアの上にイラストを描くのよ。最後にトップコートを塗って完成ね」
「なるほど」
「速乾液っていうのを使うから、ベースもカラーマニキュアもアートマニキュアもすぐ乾くわよ」
「なんだかわくわくしちゃいます!」
私たちのやりとりを、エメラルド公爵はにこにこしながら見ていた。
すると、マスターがトレーを持ってやって来た。
「お待たせしました。セックス・イン・ザ・プールです」
――わあ! 綺麗なピンク色のカクテル! 可愛い!
マスターはロンググラス三つを私たちの前に置くと、カウンターに戻って行った。
「じゃあ、ユリジェンヌ侯爵令嬢! 両手を出してね!」
「はい! よろしくお願いします」
◇◇◇
「わあ! これがアートネイル! 可愛い! 爪に絵が乗ってる!」
ディスシーン卿のアートネイルは素晴らしかった。
小さなハートを組み合わせて、四つ葉のクローバのような模様を沢山描いてくれたのだ。
ハートの形も、左右対称のものだけでなく、形を崩したものなど様々だ。
メインの色は、赤と黒。けれど、ピンク色がところどころに使われている。
とても可愛らしいが、色彩のせいか、大人っぽいネイルに仕上がっていた。
「ありがとうございます! とっても素敵です!」
私が笑顔でお礼を言うと、ディスシーン卿は嬉しそうに笑った。
「よろこんでもらえて、嬉しいわぁ。私、可愛いレディを見るとネイルしたくなっちゃうのよね。ユリジェンヌ侯爵令嬢、とびきり可愛いもの」
「ありがとうございます……!」
――こんなに綺麗な女性から可愛いって言われるなんて……。嬉しいな……。
「可愛いネイルだね。ユリジェンヌ侯爵令嬢にぴったりだよ。ディスシーンはやっぱりセンスが良いね」
エメラルド公爵は柔らかく笑った。
「えー? 終わったの? 見せて見せて!」
「ディスシーンのネイルは貴重だ。塗ってることがステータスだしな」
ネルヴァー卿とチェーザマリー公爵は立ち上がると、私の側まで歩み寄って来た。
「見てください! ハートがとっても可愛いんですよ!」
私が爪を見せると、二人は感嘆の声を上げた。
「素敵なデザインだね! 小指の重ねたハート模様が可愛い! ドレスのリボンをこんな風に組み合わせたら可愛いかも……!」
「マニキュアの色も綺麗だな。ラメはピンクか。きらきらしてていいな」
「ありがとうございます! 今度ユリジェンヌ邸に帰ったら、大伯父様に自慢します!」
私が再度ディスシーン卿にお礼を言うと、彼女は微笑んだ。
「まあ。ありがとう。ユリジェンヌ侯爵に見せるの? 侯爵ってば、イケメンよね。あんな大伯父が側にいて羨ましいわあ」
すると、エメラルド公爵が拗ねた顔をした。
「ユリジェンヌ侯爵は魔界一美しい男だけどね。婚約者の僕もイケメンだと思うよ」
「なにを拗ねてるのよ。私にとって世界一かっこいい男はあなただから、安心しなさい」
ディスシーン卿が笑い飛ばすと、エメラルド公爵は嬉しそうに笑った。
「ヒュー。ラブラブじゃん! どっちから告白したの? 家同士の政略結婚って感じしないし。二人は恋愛結婚でしょ? いつから好きだったわけ」
ネルヴァー卿がテンション高めに聞くと、エメラルド公爵が照れたように笑った。
「実は、僕からなんだ」
エメラルド公爵がそう言った瞬間、談笑していたマスターとシェルバ公爵とダータン伯爵が、驚いた顔でこちらを見た。
「ええ!? エメラルド公爵はディスシーン卿に惚れてたんですか!? 私、接客と観察眼には自信があるのに全然気づきませんでした」
「恋心隠すの上手いね! 神隠し精霊の俺もびっくりだよ! 俺、隠すのが専門なのに!」
「俺も全然気づきませんでした……」
ディスシーン卿は照れたように笑った。
「彼、私にネイルされたときに惚れたらしいわよ」
――ネイルされたときに?
私はエメラルド公爵の爪を見た。そして、はっとした。エメラルド公爵はフレンチネイルをしていたのだ。
――全然気づかなかった……。ドラゴンは男女ともに美容大好きって、本当だったんだ……。
「二人の馴れ初めと今日までのラブストーリーが聞きたいよ! 気になるー!」
ネルヴァー卿がはしゃいだ声を上げると、ディスシーン卿とエメラルド公爵は笑った。
「お話しするから、座ったら?」
「実は、僕はずっと彼女に惚れてたんだ……」
ネルヴァー卿とチェーザマリー公爵が席に戻ると、ディスシーン卿とエメラルド公爵は語り出した。
◇◇◇
僕はモスグリーン公爵家に生まれた。
エメラルドのようなジュエルアイをしていたので、エメラルドと名付けられた。
ドラゴンの中には、ジュエルアイと呼ばれる、宝石のように光り輝く不思議な瞳を持つドラゴンがいる。
彼らはジュエルドラゴンと呼ばれる特別なドラゴンだ。なぜなら、侯爵家以上の血筋と竜王家にしか、ジュエルアイを持つドラゴンはいないからだ。
珍しい瞳を守るため、ドラゴンの国では侯爵家以上の家門は、伯爵家以下との婚姻が禁じられた。ジュエルドラゴン以外のドラゴンの血が混ざると、子孫にジュエルアイは発現しなくなってしまうからだ。
摩訶不思議なジュエルアイのせいで、ジュエルドラゴンはジュエルドラゴンとばかり婚姻を繰り返す。その結果、婚姻により、侯爵家以上の貴族たちと王家の結びつきは強まったのだ。
そういった背景もあり、ドラゴンの国では、侯爵家と公爵家と王家は皆仲良しだ。
しかし、家の中では熾烈な爵位継承争いが起こる。
ジュエルドラゴンは多産なのだ。それが、血みどろの爵位継承戦争を生み出した。
僕は十一人兄妹の末っ子だった。十人の兄と姉は、僕にとっての障害だった。
――絶対に公爵になってやる。公爵家に生まれたからには、公爵になりたい。一番になりたい。
僕は五歳のときに決心した。野心があった。




