ep.29 婚約した二人は公爵とネイリスト
◇◇◇
俺はそれからサイモンで、約二十年間、超有名調香師として大活躍した。
そして、ニールの香水よりサイモンの香水をブレイクさせることに成功したのだ。
◇◇◇
「というわけで、俺は今、人間界に来てから二百九十一年目目。五百三十歳だ。これが俺の人間界追放ストーリーさ」
チェーザマリー公爵がそう言うと、シェルバ公爵とダータン伯爵とネルヴァー卿が大爆笑した。
マスターはグラスを拭きながら微笑むと言った。
「まさか魔王様は、チェーザマリーが追い出した先でさらに実力をつけるとは思わなかったでしょうね」
シェルバ公爵は腹を抱えながら言った。
「フラシェルとヘアシェルとフクシェルは強いよ。今や魔界の大人気ブランドだよ。チェーザマリーは社交界で強力な武器を手に入れちゃったね。経済力、ゲットだよ」
ネルヴァー卿も頷いた。
「いや、買収は強力すぎる。ルルとララとイトに対して『事業がやりたいって言ってたな?』の一撃が強すぎるよ!」
ダータン伯爵も吹き出した。
「ニールからしたら大損害ですね。大事な天才調香師が亡くなって悲しんでいたら……。彼は転職してライバル会社のサイモンの業績を伸ばしてしまったんだから」
私も思わず笑ってしまった。
「サイモンの面接が面白すぎますわ……」
チェーザマリー公爵はふっと笑った。
「チェーザマリー=ジェーンもチェーザマリー=アヴェランも、俺だ」
「いや、毎回同じ偽名使うなって。ダータンとマスターみたいに潜伏期間が短いなら同名でもいいけどさ……。チェーザマリーは変えるべきだよ」
ネルヴァー卿が突っ込むと、バーは再び爆笑の渦に包まれた。
シェルバ公爵は苺ジュースを飲むと言った。
「裏社会のノウハウとか、組織にばれないように密告するやり方とか、魔界に帰っても使えそうだね」
「ああ。そうだな」
チェーザマリー公爵は満足そうに頷いた。すると、マスターがすっと目を細めた。
「宰相に復帰したら、人間界の裏社会とは足を洗ってくださいよ。まったく。犯罪ですからね」
「分かってるよ。最初からそのつもりだ。当時はまじで飢えがきつかったんだよ。アビスにいた頃にトマトジュースを改良してましにはなったがな」
「魔王様がチェーザマリーにダメージ与えたとしたら、銀鹿の血が飲めないことだけだな」
シェルバ公爵が呟いたときだった。
――リリリン。
ベルの音が鳴り、藍色の瞳をもつ女性と黃緑色の瞳をもつ男性が入店した。女性の髪は青く、そして光り輝いていた。ブルーブロンドだ。男性の髪は深緑で、かつ照り輝いていた。グリーンブロンドだ。
魔界では、ブロンドヘアの種類が豊富だ。様々なカラーのブロンドヘアは、魔族だけがもつ珍しい色彩なのだ。
女性と男性の瞳は、本物の宝石のように光り輝いていた。女性の瞳はカイヤナイトのようであり、男性の瞳はエメラルドのような色彩だった。
――あの瞳は……ジュエルアイだわ! まさか、あの二人はジュエルドラゴン!?
あまりに珍しく美しい色彩に、私は息を呑んだ。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりましたよ」
男性はマスターに微笑んだ。
「やあ。マスター。今日も時間ぴったりだよ」
女性は明るく笑った。
「ムーンとアメシストは遅れてくるわ。急用ができたみたい」
マスターはおおらかに笑った。
「かしこまりました。奥の予約席へどうぞ」
私はちらりと奥のテーブル席を見た。
そこには金色の札が置いてあり、予約済みと書かれていた。
「エメラルド! ディスシーン! 久しぶりー!」
ネルヴァー卿が二人に手を振ると、ダータン伯爵も二人に微笑んだ。
「お久しぶりです。今日もお美しいですね」
「婚約おめでとう。お幸せにね」
チェーザマリー公爵がそう言うと、ネルヴァー卿とダータン伯爵が驚愕した。
「ええ!? エメラルドとディスシーン、婚約したの!? めっちゃお似合いじゃん!」
「全然知らなかったです……。素晴らしい婚約ですね」
シェルバ公爵はため息をついた。
「まじかよ。ビッグニュースを知らないのか……。魔界の最新情報は追っとけ。まあ、ネルヴァーは激務、ダータンは休暇中だったし、しゃーないか」
「いやいや。香水で激務の俺の耳にも入ってきたぞ?」
チェーザマリー公爵が突っ込むと、女性はクスリと笑った。
「そう。私たち、二週間前に婚約したのよね。三年後に結婚するわ」
男性は幸せそうに笑った。
「三年後が待ち切れないな。婚約破棄されないように、頑張らなきゃ」
――婚約したジュエルドラゴン!? まさか、二人はエメラルド公爵とディスシーン卿!?
私が固まっていると、マスターが私に微笑み、二人を手で指し示した。
「こちらのレディはディスシーン=ファル=サルビアブルー卿ですよ。こちらの紳士はエメラルド=オン=モスグリーン公爵です」
私は即、立ち上がって丁寧に礼をした。
「はじめまして。リト=ユリジェンヌと申します。ご婚約おめでとうございます」
女性は柔らかく笑った。
「まあ。ありがとう。嬉しいわ」
男性はきらりと目を光らせた。
「君が噂の色使いか。会えて嬉しいよ」
「ありがとうございます。そう言って頂けて、嬉しいですわ」
私が微笑むと、エメラルド公爵は急に笑い出した。
「君は可愛い外見をしてるからね。ディスシーンの餌食になりそうだ」
――は? 餌食?
ディスシーン卿は楽しそうに笑った。
「すでにやりたいわ。ユリジェンヌ侯爵令嬢。私に爪を触らせてくれない? もちろん、お代は頂かないわ」
――ああ。そういうことか……。ディスシーン卿は確か、ネイリストだったっけ……。私の爪にネイルしたいってことかな?
「あなた可愛いし、ぜひネイルしたいわあ! どんなネイルがいい? こっちに来て! あっ! マスター。ユリジェンヌ侯爵令嬢が嫌じゃなかったら、テーブルでネイルさせてもらうわね!」
マスターは柔らかく微笑んだ。
「もちろんいいですよ。人間のマニキュアは臭いがきついからだめですよ。魔界のマニキュアでしたら無臭なので大丈夫です」
ディスシーン卿はクスリと笑った。
「面白いジョークね。私がこの店で、人間のマニキュアを使ったことなんてある?」
「ありません」
マスターとディスシーン卿は楽しそうに笑い合った。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢。私たちのテーブル席に来てくれる? 少しだけ私のネイルに付き合ってちょうだい」
「もちろんです!」
私が頷くと、ディスシーン卿は嬉しそうに笑い、奥のテーブル席に行った。そして、椅子を引くと私に言った。
「はい。こちらに座ってね。私は向かいに座るから」
「は……はい」
――凄い……。紳士みたい! かっこいいな。
私が座ると、ディスシーン卿は向かいに腰掛けた。すると、エメラルド公爵が歩み寄り、私に聞いた。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢の隣に座ってもいい? ディスシーンのネイルを近くで見たいからさ」
「もちろんですわ」
私が頷くと、エメラルド公爵は隣に座り、マスターに言った。
「マスター。セックス・イン・ザ・プール二杯ちょうだい」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
ディスシーン卿は私に微笑んだ。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢も何か飲む? 付き合ってくれるお礼に好きなカクテル奢るわ」
「ありがとうございます。じゃあ、私もセックス・イン・ザ・プールをください」
「オッケー。マスター! もう一杯よろしくね」
――どんなカクテルなんだろ?
私がそう思ったときだ。マスターが私に言った。
「セックス・イン・ザ・プールはカラファントムで人気のカクテルの一つでした。ウッカとメロンリキュールとパイナップルジュースとキャットベリーシロップで作るから、とても甘くて、今でも女性のお客さんに人気なんですよね」
「へえ。そうなんですね」
言った後に、私ははっとした。
――マスターってば、エスパー? 私が分からないことに気づいて、さりげなく教えてくれたのかな……? やっぱり一流だわ。
私が感心していると、ネルヴァー卿が私に言った。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢! 終わったらネイル見せてよ」
「俺も見たいな。なんてったって、ディスシーン卿はドラゴンの国一番のネイリストだ」
チェーザマリー公爵が言うと、ダータン伯爵も頷いた。
「ええ。もはやどうやったら予約がとれるのだろうかという腕前ですからね」
シェルバ公爵は楽しそうに笑った。
「ネイルしたら、ますます可愛くなっちゃうんじゃない? 帰り道、気をつけてね。送ってこうか?」




