ep.28 香りを操って、業界の頂点に立つ
俺はホテルの私室で、研究を始めた。
麻薬を購入し、動物の血と混ぜてみた。他にも薬品や魔道具を使い、研究を重ねた。
そして分かった。人間の血と帝国で流通しているファイブと呼ばれる麻薬が混ざると、特殊な成分が血液中で合成される。それが美味いのだと。
――もう飢えることはなさそうだ。
だが、裏路地で人間を漁るのは問題があった。
裏路地はかなり汚くて、臭いがきつかったのだ。加えて、ホームレスやストリートチルドレン、売春婦なども多く、人目があった。
俺は麻薬の密売人になり、自分で客を開拓することにした。
さらに、俺は魔法でファイブを改良した。狩りやすくするために、飲むと眠くなり、性格が穏やかになるようにしたのだ。
――麻薬は倫理違反だな……。
そう思った俺は、犯罪者だけに麻薬を売った。彼らは体を壊したが、性格が穏やかになった。そのため、犯罪は止められなくても凶悪犯罪には手を染めなくなったのだ。
俺は売り上げを全て孤児院に寄付した。裏路地でストリートチルドレンを見て、がらにもなく可哀想に思ったからだ。
その内俺は、麻薬組織がもつ莫大な資金と危険性に注目した。
帝国はかなりきな臭かった。上位貴族の一部は麻薬組織と関わりがあったのだ。
俺はサリスで働きながら、裏社会に加わり、裏の権力を学び始めた。そこで、麻薬組織の幹部にまで出世した。
――犯罪組織には、胸糞悪い奴が多いな。
そう思った俺は、警察の何人かと組んだ。
警察の中には麻薬組織から賄賂を受け取り、犯罪に目をつぶる奴もいた。だが俺は麻薬販売の証拠を押さえて、何人もの密売人を刑務所に送った。
裏社会でばれないように、警察に情報をリークしたのだ。
そんな日々が続いたが、俺はある日、髪結い師に転職した。美容師の息子、チェーザマリー=シェイという身分を用意した。
転職理由は、香料に興味をもったからだった。
俺は女性の髪を美しく結い上げ、特製の良い香りの髪油を開発した。次第に、俺は人気の髪結い師になっていった。
気づいたら、人間界に来てから百年が経過していた。俺は三百四十歳になっていた。
――さて。そろそろ、これまでの成果を魔界で行動に移すとするか。
◇◇◇
俺は最低でも、二週間に一回は、必ずワルシャワ領地に帰ることにしていた。
俺はワルシャワ邸に帰ると、書斎に部下二人を呼び出した。二人はルルとララという名の兄弟で、仕事のできる部下だった。
俺はルルとララに言った。
「お前らは事業に興味があるんだったな? 俺が支援してやろう」
ルルとララは目を見合わせた。その目は明らかにこう言っていた。
――僕たち、そんなこと言ったっけ?
――いや、言ってない。
俺は心の中で笑った。
――ルル、ララ、悪いな。俺の作ったストーリーに従ってもらうよ。お前らは、"事業に興味がある"んだ。
俺は二人に、資料を渡した。そこには、香り高いゼリーの作り方と、女性受けの良い髪油の作り方が書いてあった。
「これで事業を始めたらどうだ? もちろん、資金は全て俺が出資してやる。事業が軌道にのったら、二百年後に会社を買い取らせてくれ」
ルルは目をパチパチさせた。
――え? チェーザマリー公爵。最初から買収が目的ですよね? 休暇中だから自分で会社を立ち上げられないだけですよね。
ララはルルに目配せした。
――でも、うまく行けば僕たちの実績になる。出資は全てチェーザマリー公爵負担だし、俺たちにメリットがあるぞ。成功すれば僕たちは、チェーザマリー公爵からさらに重宝されるだろう。
ルルとララは視線だけで意思疎通すると、声を揃えた。
「はい! やります!」
◇◇◇
俺は半年間、髪結い師の仕事を休むことにした。
その間、人間界で暮らしつつ、報告書を確認しながら定期的に魔界に戻って事業に集中した。
そして、ルルとララを援助して、二つのブランドを立ち上げた。
一つ目は、高級ゼリーブランドのフラシェル。二つ目は、高級髪油ブランドヘアシェルだ。
俺はパーティーに積極的に参加し、社交界で影響力のあるレディたちにゼリーと髪油を配った。その結果、フラシェルとヘアシェルは魔界のレディたちに大ブレイクした。
人間界で磨き上げた香りの良さと、レディたちの口コミにより、フラシェルとヘアシェルは最初から素晴らしいスタートを切った。
俺はゼリーと髪油を配るときに、レディたちに必ずこう言った。
「部下が事業を始めるんです。もちろん、上司としては全力で支援したくて……。これは試供品です。ぜひ、使ってください」
何も知らないレディたちは俺にこう言った。
「まあ。チェーザマリー公爵はお優しいですね。とても親切な上司ですわ」
ヴァンパイアの魔王様は俺に何も言わなかった。なぜなら俺は、表面的には部下を支援しただけだからだ。
――四つ目の条件にあったしな。部下や知り合いの相談にのったり、困っていたら金銭面などの援助が可能であること、と。……宰相に復帰したら、フラシェルとヘアシェルは完全に俺のものだ。
◇◇◇
フラシェルとヘアシェルが軌道に乗ると、俺は
帝国の首都を離れて、アビスに行くことにした。アビスは、人間界一広い温暖な島国だ。
アビスは植物や果物が豊富で、周辺の島国には固有種も豊富に自生している。
帝国の首都から離れたので、俺は一旦、麻薬事業からは足を洗った。
そして、新たな身分を用意した。名前は、チェーザマリー=クダラ。
俺はチェーザマリー=クダラとして、アビスの超名門科学学園に生徒として入学することにした。
科学学園で、香料や調合について学び、沢山の実験をした。ここで、香水の調合技術も学んだ。
さらに、香料専門科に進学した。約十年間を学生として過ごしたのだ。
学園を卒業すると、アロマオイル開発会社の開発者になり、アビスで四十年活躍した。
俺の作ったブレンドアロマオイルは香りが良くて評判になった。気づいたら、俺は三百九十歳になっていた。
――そろそろ、転職するか。新しい身分を用意しよう。
俺は新たに、チェーザマリー=カンと偽名を名乗った。そして、花の品種改良の研究者になったのだ。
――良い香りを作りたいなら、原材料から作ってみよう。香料に使える素晴らしい花を沢山開発するぞ。
俺は香り高い新種の花を沢山開発した。さらに嬉しいことに、開発した新種の花のいくつかがアビス王妃のお気に入りになったのだ。
そのおかげで、俺のつくった花々は大人気になった。
アビスと帝国は友好国なので、帝国にも新種の花が沢山流通した。
そして、人間界に来てから二百年が経過した。俺は四百四十歳になった。
――さて。そろそろ帝国の首都に戻るか。今度は調香師になろう。
◇◇◇
俺は帝国の首都に戻ると、新たな身分を用意した。今度の偽名はチェーザマリー=ジェーンにした。
そして、有名香水ブランドのニールに入社した。
俺は香り高い香水をいくつも開発し、調香師として大人気になった。
同時期に、再び裏社会とも関わりを持ち出した。麻薬の密売人になり、麻薬組織の幹部になった。そして、警察と組み、密売人たちを何人も刑務所へ送った。
その売り上げは全て、首都の孤児院に寄付した。アビスの孤児院にも寄付をした。
俺は人気調香師として、高額な給料を受け取っていたが、給料の半分は孤児院に寄付していた。
俺は約七十年間、ニールの調香師を務めた。
そして、調香師を止めて魔界のワルシャワ邸に戻った。
俺は再び書斎に部下を呼び出した。今度の部下の名前はイト。彼も、ルルとララ同様に、優秀な部下の一人だった。
俺はイトに言った。
「お前、事業がやりたいって言ってたな? 上手くいったら、俺が三十年後に会社を買い取ってやる、実は事業プランも人選もある程度終わってるんだ。あとはこの通りやるだけだ。出資はもちろん、俺が全額負担する」
イトはすぐに俺の意図を理解した。そして、承認した。
イトを支援する形で、俺は香水ブランドフクシェルを創設した。
俺は社交界のレディたちに香水の試供品を配った。
すでに知られているフラシェルとヘアシェルの影響力と、試供品の口コミにより、フクシェルはレディたちに大ブレイクした。
◇◇◇
フクシェルが成功すると、俺は再び転職することにした。
新たに用意した身分は、アビス出身の青年、チェーザマリー=アヴェラン。飛び級でアビスの名門科学学園を卒業した十五歳という設定だ。
――今度は、ニールのブレイクを越える香水を作ってやる。
俺はニールのライバル会社、サイモン化粧品店に入社した。俺はサイモンの香水部門で調香師になったのだ。
採用担当者は面接で、チェーザマリー=アヴェランを高く評価した。
「飛び級でアビスの名門科学学園を卒業!? その若さで凄いね! ぜひ、香水部門で働いてくれ!」
「ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
俺が微笑むと、担当者は不思議そうな顔をした。
「そういえば、もう亡くなってしまったニールの天才調香師も、チェーザマリーという名前だったんだよ。彼の姓はジェーンさ」
――それ、俺だな。
「チェーザマリー=ジェーンは美しいターコイズブルーの髪と瞳を持っていたらしいよ。君もターコイズブルーの髪と瞳を持ってるね。偶然にしては運命的だね……」
――だってそれ、俺だから。
「凄い偶然ですね……。ターコイズブルーの髪と瞳は珍しいですが……。俺は島国アビスの出身なので、珍しい色彩なんですよ。アビスには珍しい髪色や瞳の色が多いですからね」
「へえ。そうなんだね」
――チェーザマリー=ジェーンの肖像画がなくて助かったぜ。




