ep.3 私は史上7人目の色使いだった
◇◇◇
気付けば、私は十四歳になっていた。デビュタントまではあと六年だ。
公爵家と侯爵家の化け猫貴族とは、順調に仲を深めていた。特に、公爵夫人は私を可愛がってくれた。
しかし、私の不安は募るばかりだった。
――ああ! 本当に大丈夫かな? 名門貴族が味方してくれたら表立って嫌なことは言われなくても、陰では色々言われるんじゃないかな? 私だけの強い武器が欲しい!
何かが足りない。そんな気がしていた。
◇◇◇
その日、私は大伯父と夕食を共にしていた。
デザートを味わっているときだった。ふと、燭台のろうそくに目が引き寄せられた。
オレンジ色の炎は柔らかな光で、盛りつけられたフルーツ皿を照らしている。
私は、シャンデリアの光より、炎の光が好きだった。そんな私のために、大伯父は屋敷の各所に様々な形の燭台を配置してくれた。
――綺麗な光だな。やっぱり、炎の光って素敵だわ。
私は炎に見惚れながら、ゼリーをスプーンで一口すくって口に運んだ。
――このゼリーみたいに、虹色の炎があったら、どんなに美しいだろう。
そう思ったときだった。
風も吹いてないのに、突然、燭台の炎がゆらりと揺らいだ。そして、オレンジ色の炎が突如として虹色に変色したのだ。
虹色の炎はプリズムのようなきらめきを放っていた。
「ええ!? なんで!」
私は手にもっていたスプーンを落としてしまった。
大伯父も同様だった。手に持っていたスプーンを落とすと、虹色の炎を凝視して固まった。
数秒間の沈黙の後、大伯父は炎から視線を外し、じっと私を見つめた。
「これは、お前がやったのか? リト?」
私は、こくりと頷いた。すると、大伯父の声が震えた。
「なんてことだ……! これは……色炎の魔法だ! リトにこんな才能があったとは! 史上七人目の色使いの誕生だ!」
「あの……。大伯父様。色炎の魔法と、色使いってなんですか?」
歓喜の笑みを浮かべる大伯父に、私はまったくついていけていなかった。
大伯父はすぐに表情を引き締めた。
「色炎の魔法というのは、炎の色を自由自在に変えられる魔法だ」
「……それは、そんなに凄いんですか?」
「ああ。超上級魔術だ。過去に使えた者は、魔界全体で六人しかいないからな」
「ええ!? 色を変えるだけなのに?」
「この魔法の凄いところは、色が美しく変わるだけじゃない。変色した色ごとに、効果があるんだ。文献によると、虹色の炎を枕元に飾って眠ると、楽しくて幸せな夢を見られるらしい」
「……ということは、この燭台を飾れば、楽しく安眠?」
「そういうことだ。他には、黄金の炎だと疲労回復。紫紺の炎は病などの苦痛の緩和だったか。色使い個人ごとに、何色に変色させられるかは変わってくる」
「では、私の変色は虹色なんですか?」
そう聞くと、大伯父の瞳が輝いた。
「いや。それはまだ分からない」
「どういうことですの?」
「歴代最強の色使いだった魔族は、グリフィンの国のアレン=カイコーだ。彼は四種類の変色が可能だった」
「四種類!?」
「そうだ! アレンの変色は、金、黒、緑、ピンクだ。リトも、何種類か変色できるかもしれない。もちろん、一種類しか変色できないこともあるが」
「ほんとですか?」
――ということは、虹色以外もできるかも!
「色炎は、その珍しい美しさと効能から、権力者たちに重宝されてきた。過去に使えたのは六人だけだ。今すぐ確かめよう!」
◇◇◇
私と大伯父は、食堂から別室に移り、実験を始めた。
まずは、大量に蝋燭を用意した。そして、大伯父が蝋燭にマッチで着火する。
大伯父が用意してくれた色見本を見ながら、私はその炎を変色させようと試みた。
最初は、虹色になって欲しいと願った。
――虹色になってほしい! あのプリズムみたいな輝きを見たい!
私が願うと、炎は虹色に変色した。
「やりました! 成功です!」
私がはしゃぐと、大伯父も嬉しそうに笑った。
紅、青、橙、――色見本に並ぶ色を、私は片っ端から試していった。
――ピンク色に変色してほしい!
――紫色が見てみたい!
しかし、色は変わらなかった。落ち込む私を大伯父は優しく励ましてくれた。
「そんなに肩を落とすな。歴代の色使いは、六人中三人は一種類のみ変色が可能だった。アレンは四種類だが、残りの二人は二種類と三種類だ。一色変化させられるだけで凄いよ」
何度も繰り返し、残る色は黄金色と銀色になった。
――お願い! 黄金色に変わって!
私が願っても、黄金色には変色しなかった。あとはもう、銀色だけだ。
――どうかお願い! 銀色になって!
私は強く願った。
すると、蝋燭の炎がふわりと揺らいだ。
私と大伯父は、息を呑んだ。すると、炎が銀色に変色したのだ。銀色の炎は、白い一等星のような輝きを放った。
「やったわ! 最後の最後で、銀色になりました!」
「よく頑張ったな」
大伯父は、そう言って私の頭を撫でてくれた。
「大伯父様、銀色の炎の効能はなんですか?」
「銀色はリラックス効果だ。長時間見つめると、緊張を緩和したり、安らかな気持ちにしてくれるらしい。何より、その輝きの美しさから、竜王が愛したことで有名だよ」
「へえ! 安眠効果の虹色の炎と、相性が良さそうですわ」
「そうだな」
「ところで、歴代最強のアレンはどんな色使いだったんですか?」
「アレンはな、貧しい生まれだった。だがめげなかった。色使いとして覚醒すると、グリフィンの王城に自分を売り込んだ」
「まあ……。ガッツがありますわ」
「ああ。アレンの色炎はすぐにグリフィンの魔王様に気に入られた。アレンの炎は、王城の晩餐会とパーティーを美しく彩った。特に有名なのは、黄金の炎だ。会場中をゴールドに染め上げた」
「黄金のパーティー会場だなんてわくわくするわ!」
「彼は最終的に、王城パーティーの責任者の地位にまで上り詰めた」
「凄いわ……。ところで、色使いにはどうしたらなれるんでしょう? 私みたいに、ある日突然能力が目覚めるんですか?」
「実はよく分かってないんだ。記録によるとだな。炎を見ているときに、突然能力が開花したらしい。しかも、全員がそのパターンだ。色炎の魔法には謎が多い」
「奇妙な魔法ですわね」
「ああ。一説によると、炎を愛する者が何かを強く願ったときに、色使いとして覚醒するらしい」
私ははっとした。
――もしかして、虹色に変わってほしいって願ったから覚醒したのかな? ……ううん。あれは何気なく思っただけだった。……まさか、前から思ってた、私だけの武器が欲しいって願いに、炎が応えてくれた?
色炎は特別な魔法だ。上手く使えば、混血だと指をさしてくる者たちを圧倒できるかもしれない。
大伯父も似たようなことを考えたのだろう。急に、顔つきががらりと変わった。有能な侯爵らしい目つきだった。
「リト。私と一緒に、この力をどう使うかじっくり考えないか?」
「ええ。ちょうど私、素晴らしいアイデアを思いつきました。まだこの力は内緒にしてくださいね」
私はにやりと笑った。
――この力を上手く使って、私もアレンのように這い上がってやりますわ。
心の中で誓ったときだ。ふと疑問が湧き上がってきた。
――この銀色の炎に別の蝋燭の先端をつけたら、着火するよね。そしたら、沢山の銀色の炎がつくれるんじゃないかな? この部屋を、沢山の銀色の炎の蝋燭で照らしてみたいな。
やってみたくなった私は、手元に置いてあった未使用の蝋燭を、銀色の炎に近づけた。
「あれ?……なんで?」
蝋燭の先端を銀色の炎の中に入れても、蝋燭に着火されることはなかった。先端は焼けることもなく、綺麗なままだ。
「何やってるんだ? リト?」
大伯父が、少し屈んで私の手元を覗き込んだ。
「別の蝋燭に着火しようと思ったんです。銀色の炎の蝋燭が何本もあったら綺麗でしょう? でも、なぜか着火しないんです……」
「ああ。色炎はな、普通の火炎魔法と違って、直接着火させるのは無理だ」
「ええ? どういうことですの?」
「色炎はな、中に紙を入れようが、木の枝を入れようとなぜか燃えないんだよ」
「ええー!? この炎は温かいのに?」
「ああ。燃えてはいる。この銀色の炎も、蝋燭が溶けたら消える。ただし、着火はできない。色炎を別の物に着火させるには、炎玉が必要だ」
「炎玉って、なんですか?」
「ゴルフボールくらいの大きさの火の玉だ。その中に蝋燭の先端とかを入れれば、初めて着火するよ。炎玉があれば、最大五十本の蝋燭に着火できる」
「不便な面もあるんですね。でも、炎玉って、どうやってつくるんです?」
「私にも分からない。だがな、知り合いに優秀な研究者がいる。専門は炎と光の魔法だ。彼を屋敷に呼ぼう。色々試してみようじゃないか」




