ep.2 権力で法律を突破します
――大伯父様。なんでそんなに冷たい顔をしてるの?
「ガーネットは勘当されたんだ。男爵家からも、ユリジェンヌ侯爵家からもね」
「ええ!? どういうことですか?」
「マリアンヌが結婚して十数年が経った頃、男爵は亡くなった。姪のガーネットは父親の死を悲しむあまり、部屋に閉じこもってしまった」
「それは心配ですわ……」
「そんなある日、ガーネットがおずおずと私たちに切り出した。『私、人間界に行ってみたいの。猫として暮らしてみたい』とな。私とマリアンヌは賛成した。やっと部屋の外に出てくれると安堵した」
化け猫は、猫の姿に変化して、人間界で暮らすことがままある。
猫だから、人間と暮らすこと自体は嫌いではない。
化け猫は自分が気に入った家庭の飼い猫になり、自由に外出して鼠なども狩る。
化け猫として、魔界で人の姿のままずっと暮らしてもいいし、たまに人間界に行って猫になってもいいのだ。
「猫生活をする中で、ガーネットは人間界で貧しい人間と恋に落ちて駆け落ちした」
「ええ!?」
「だが、結婚生活はうまくいかなかったようだ。ガーネットは体を壊して亡くなった。亡くなる直前に、私はお前を引き取ったんだ」
「まあ……。そうだったんですか」
――なんでお母様は駆け落ちなんてしたんだろ?
「暗い話をして、すまなかったな。悲しいか?」
私は首を横に振った。
私には母に抱かれた記憶がない。しかし、大伯父と祖母に愛されて育った。
私には、悲しいという感情がよく分からなかった。
――大伯父様とお祖母様しか知らないからかな?
そう思ったとき、大伯父は急に表情を引き締めた。
「私はユリジェンヌ邸にお前を連れてきた。だがな、大きな障害が私を待っていた」
「障害? なんですか? それは?」
「化け猫の国では、人間と結婚したら化け猫資格は剥奪だ。化け猫は人間を見下してる。でも、飼い猫になるのは好きだけどな。……つまり、人間との混血のリトは、そもそも化け猫の国で暮らす資格がないんだ」
「ええ!? でも私、ユリジェンヌ邸で暮らしてますわよ?」
「私はお前をユリジェンヌ侯爵令嬢にしてやりたかった。だから、権力で法律をねじ曲げることにした」
「……は?」
「化け猫の国は、公爵家が二家、侯爵家が八家しか存在しないことは前に説明したな?」
「はい。十家は革命で生き残った家門。革命で大活躍したのが、ジュナドイ公爵家、ウィブルー公爵家、ユリジェンヌ侯爵家なんですよね?」
私がはしゃいだ声を上げると、大伯父は満足そうに頷いた。
「つまり、ジュナドイとウィブルーとユリジェンヌが化け猫の国最恐の三名家だ」
「やっぱり、ユリジェンヌは凄いですわ」
「そうだ。そういうわけで、私はジュナドイとウィブルーと結託した。『リトをユリジェンヌとして認めろ』と、様々な手段で化け猫の魔王様に圧をかけた」
「侯爵家八家は大伯父の陰謀に協力しなかったんですか?」
私が聞くと、大伯父はふっと笑った。その笑みは、絶対的権力者の余裕に満ちていた。
「わざわざ侯爵家の力を借りなくていいだろ? 借りは少ない方がいいし。それに、ジュナドイとウィブルーとユリジェンヌだけで事足りるよ」
「大伯父様ってば、流石です!」
「二週間で、魔王様は折れた。だがな、魔王様にも意地がある。『言いなりになってたまるか!』と思ったみたいだ」
「それで?」
「魔王様はリトをユリジェンヌにすることを認めた。だが、リトがオン称号を名乗ることを禁止した。譲歩するのはここまでだとな」
「え? 私はリト=オン=ユリジェンヌじゃないんですか?」
貴族は、名前と姓の間に称号がつく。
称号には、デ、オン、ファルの三種類があり、どの称号を名乗るのかは家門ごとに違う。
ユリジェンヌ侯爵家の称号はオンだ。
「そうだ。お前は今は、リト=ユリジェンヌだ。今はな」
「今は?」
「魔王様は『貴族の男と結婚すれば、将来は称号を名乗れるだろ? 過去に富豪の平民が貴族と結婚したとき、富豪は結婚相手の称号を名乗るのが許可された。結婚すれば全て解決だ』と言った。めちゃくちゃな理屈だった」
「ええー!?」
「あまり魔王様を追い詰めすぎるのは良くない。引き際は大切だ。それで、お前はユリジェンヌ侯爵令嬢になったんだ」
「そんなことが……」
「貴族の男と結婚すれば称号獲得だ。将来は好きな貴族と結婚しろ。ケチつけてくるやつは、私が潰す」
「大伯父様、頼もしすぎます!」
私がにっこりと笑うと、大伯父の顔つきが厳しくなった。
「最大の難関はデビュタントだな」
「デビュタント? なんですか? それ?」
「デビュタントとは、成人した令嬢と令息が魔王様に挨拶する舞踏会さ。舞踏会には、化け猫の国の貴族の全家門が集まる。
デビュタントでは、お前が人間との混血だからとケチをつけてくる奴がいるはずだ」
――大丈夫かな?
不安になったときだった。大伯父は私の両肩をがしっと掴んだ。その表情は、真剣そのものだ。
「デビュタントには、当然、私は参加する。公爵夫人もバッグにつく。安心しなさい」
私は胸を撫でおろした。しかし、ふと疑問が湧き上がってきた。
「あの、公爵夫人は私が嫌いじゃないんですか? 人間との混血は悪いことなんでしょう?」
「ジュナドイもウィブルーも頭が柔軟だ。私たちは婚姻を頻繁にしているし。侯爵家も同様だ。お前に冷たくするメリットはないな」
「貴族にとって、メリットって大事なんですね」
「そうだ。それに、猫は子猫が好きだ。私はお前が赤子の頃から、公爵家と侯爵家の連中に会わせていたし」
「まあ……。皆さん、優しいですね」
「そうだ。だが問題は、伯爵家以下だ。嫉妬して、色々言ってくるに決まっている」
「私、不安になってきました……」
「だから、リトの存在は公爵家と侯爵家の連中しか知らないぞ。あとはマリアンヌと仲良しの権力者だけだ」
「……どういうことですか?」
私は目をぱちぱちさせた。
「陰口言われたら嫌だろう? お前が変に気にしなくて済むようにしたくてな。デビュタントまではお前の存在は秘密だ」
「ええー!?」
「外野なんか気にしないで、屋敷でのびのび過ごすといい。頻繁に公爵家と侯爵家の奴らも呼ぶ。仲良くするんだぞ? デビュー前に、がっちり足場を固めておくんだ」
――ちゃんと味方をつくらないと危険だわ……。化け猫たちに色々言われるに決まってる……。でも、公爵家と侯爵家を味方につけるだけで、本当に安全なの?
しかし、私の不安は杞憂だった。デビュタントは、私を馬鹿にした者たちのデスゲームになったのだから。




