ep.26有能すぎて人間界に追放された宰相は、人間界で無双する
◇◇◇
「それで、魔王様にキスしたんですよ。私はびっくりしました」
「そりゃビックリするわ」
シェルバ公爵がそう言うと、マスターは楽しそうに笑った。
「違いますよ。魔王様があんまりキスが上手いのでびっくりしました」
――ええ!? びっくりした理由、そっちなの?
「魔王様は私に『これから毎日、六日間会いに来い。惚れさせてやるから』と言いました。私は合計七日で完全に陥落しました」
――なにその馴れ初め!?
私が赤くなると、チェーザマリー公爵が私を見てくすりと笑った。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢。頬が赤いぞ?」
――な……!?
マスターとチェーザマリー公爵とシェルバ公爵とダータン伯爵とネルヴァー卿は、微笑ましそうに笑った。
「残りの六日は内緒です。ユリジェンヌ侯爵令嬢が赤くなってるので。二日目と四日目は刺激が強いのでね」
マスターが笑うと、ネルヴァー卿が言った。
「ええー!? めっちゃ気になる! そんな刺激的な恋愛、してみたい!」
「お前な、結婚はめんどくさいんじゃなかったのか?」
ダータン伯爵が即座に突っ込むと、ネルヴァー卿は笑った。
「今は興味ないけど。僕もいつか運命の出会い、しちゃうかもよ?」
ネルヴァー卿がおどけて言うと、シェルバ公爵とチェーザマリー公爵が笑った。
「ネルヴァー卿はモテるからね。その気になれば、運命の出会いなんて楽勝だよ」
「俺の予想では、こいつの結婚はだいぶ先だぞ」
マスターはクスリと笑った。
「ザクロ公爵は嫉妬深い。私は彼と仲いいですけど攻撃されるのはごめんです。だから、店の休業日に、毎月数回だけ魔王様に会いにいくんですよ。ザクロ公爵からすれば、私の攻撃順位は最下位です。なんせ、月に数回しか会わない別居夫なので」
マスターは可笑しそうに笑った。だが、私は首を傾げた。
「それで、マスターはどうして人間界に来たんですの? 酒対決の時点ではまだ、宰相ですわよ?」
「実はですね。求婚した翌日に、急に頭が冷えてきまして……。私は七日目に魔王様に求婚して、八日目に魔王様に相談に行ったんですよ」
マスターは続きを語り出した。
◇◇◇
私は起床すると、ベッドの上で急に不安に駆られた。
――まって。自分から「魔王様、私と結婚してください」と言っておいて……。ザクロが怖いな。さすがに私に手は出してこないだろうけど……。いやしかし、先日ラクライ侯爵が食事で毒盛られてたな。三日で回復したし、犯人としてラクライ侯爵の侍従がつかまったが……。侍従が毒を盛った理由は、日々理不尽に怒鳴られた恨みだったか……。だが、ラクライ侯爵は厳しいが、そこまで怒鳴るか? あれ、ザクロの仕業じゃないかな? ……自分が無事でいられる保証、ないな。
私はベッドから降りると、寝間着からローブに着替えた。
着替えが終わった瞬間、私は奇策を思いついた。
――寵愛争いはごめんだ。そうだ! 人間界へ行こう! 公爵位も継がなきゃいいんだ!
私は王城に行くと、魔王様に相談した。
「実はバーテンダー時代が忘れられず、屋敷にバーカウンターを作って、休日はカクテルをつくるのが趣味なんです。宰相を一旦引退して、バーテンダーに戻りたいです! それに、元々人間界に行ってみたかったんですよね。人間界で魔族と人間向けのバーを開きます」
魔王様は驚いて目を見開いた。
「それと、私は公爵位を継ぐ気ありません。父からは『そろそろ公爵位を継がないか?』と言われているのですが」
魔王様は驚愕した。
「は? お前はゴスメーデ家の唯一の後継者だぞ? どうするんだ?」
私は自信満々に答えた。
「魔王様はまだ子どもをご希望ではないようですが。将来、私と魔王様の間に子どもができたら、その子が銀髪金眼銅爪だろうと、ゴスメーデ公爵家を継がせます。そしたら兄弟姉妹で王位争いしなくて済みます。王位はザクロと魔王様の子どもが継げばいいのでは? 私を飛ばして子どもに公爵位を継がせますよ」
――親を飛ばして子どもが爵位を継いだ前例はあるし、大丈夫なはずだ。
「私は月に数回だけ魔王様に会いに来ます。公爵のザクロから見れば、私は月に数回しか会いに来ない別居夫。しかも、爵位無し。溜飲が下がるでしょう? 私は爵位がなくても、人脈もありますし、公爵の父親として影響力をもてます。バーテンダーにも戻れるし、最高です。ザクロにも相談しましょう。人間界行きは確定です! ザクロの嫉妬攻撃はごめんですよ。」
――もし古代魔法で攻撃されたら、勝てないですしね。
魔王様は爆笑した。ザクロはもちろん快諾した。
そうして私は、人間界でバー・ゴスメーデを開店したのだ。
「お前の作戦、面白すぎるだろ。ハハハッ」
友人のチェーザマリーは、バーに来店すると大爆笑した。
――伝説の神バーテンダーが復帰した!
噂を聞いてカラファントム時代の客たちも魔界から、わざわざ来店してくれた。
人間界での私の設定は、十五歳で修行を開始して、二十歳で開店したバーテンダーという設定だ。
それから約三十年間、私はバーテンダー人生を再び謳歌した。
◇◇◇
「……というわけで、今は開業して三十年目です。なかなかユニークな人間界行きルートでしょう?」
「まあ……。そんな事情があったのですか……」
私が目を丸くすると、マスターは幸せそうに笑った。
「魔王様は素晴らしい女性です。毎月数回、会いにいくのが楽しみですよ」
――マスター。愛妻家ね。
「ちなみに、他の侯爵夫たちも、魔王様と子どもができたら王位継承争いはさせずに、自分の子が銀髪金眼銅爪だろうと侯爵位を継がせる気みたいです。次の王位継承は平和的継承になりそうですね。おそらくザクロ公爵の子が継ぐでしょうから」
――なるほど……。ザクロ公爵も魔王様も銀髪金眼銅爪だもんね。なら、生まれる子どもも銀髪金眼銅爪なはず……。継承資格は満たしてるわ。
「なるほど……」
私が呟くと、シェルバ公爵がクスリと笑った。
「チェーザマリーが人間界に来た理由は聞いた? 超面白いよ。なにせ、ヴァンパイアの魔王様が一杯食わされちゃったからね。アハハハッ」
シェルバ公爵が楽しそうに笑うと、チェーザマリー公爵は誇らしそうに笑った。
「俺を政治の世界から排斥しようとするからさ。俺のワルシャワ公爵家は代々、かなり忠実にヴァンパイアの魔王様に仕えてきたのに。余計な警戒は不要だったな」
「えー! ヴァンパイアの魔王様の気持ちは分かるよ! 敏腕宰相の摂政とか、嫌すぎる!」
シェルバ公爵は笑うと、ジュースを飲み干した。
「マスター。次は苺ジュースちょうだい。でかめのグラスで!」
「かしこまりました」
私とチェーザマリー公爵とダータン伯爵とネルヴァー卿は笑ってしまった。
「ぜひ、チェーザマリー公爵が人間界に来た経路や理由を知りたいですわ! そもそも、なんで宰相を辞めて調香師をしてるんですの?」
私がチェーザマリー公爵に聞くと、ネルヴァー卿がわざとらしく身震いして言った。
「調香師だけじゃないよ。チェーザマリーは麻薬の密売人もやってるから。魔族に麻薬は効かないけどね。チェーザマリーから白い粉を貰っちゃだめたよ」
チェーザマリー公爵は笑い飛ばした。
「俺は犯罪者しか麻薬漬けにしない。売り上げは孤児院に寄付してるし。犯罪者は体を壊して世の中から消える。俺は人間社会に貢献してるよ」
――いや、麻薬の密売はだめよ……。
「えっと……。大伯父様から言われてます。バーには麻薬の密売人がいるから粉は貰っちゃいけないって。密売人って、チェーザマリー公爵のことだったんですね」
私は角が立たないように柔らかく微笑んだ。
チェーザマリー公爵はもうすぐ宰相に復帰予定の絶対的権力者だからだ。
すると、マスターが私に言った。
「彼はヴァンパイアですからね。人間の血がまずくて飲めないと困ってたときに、麻薬と出会ってしまったんですよ。まあ、話を聞いてあげてください。それと、麻薬は絶対にいけませんよ」
チェーザマリー公爵は、黒い笑みを浮かべると語り出した。
◇◇◇
俺はヴァンパイアの国のワルシャワ公爵家のひとりっ子として生まれた。両親が晩年になってやっとできた息子だった。盛大な誕生祝いの宴が開かれた。
俺は両親に幼いときから社交界を連れ回され、徹底的に公爵になる英才教育を施された。
ワルシャワ公爵家は多くの宰相を輩出した超名門。序列一位の公爵家なのだ。
俺はわずか十歳から、宰相である父親の補佐をしていた。
俺が三十歳になったとき、両親は亡くなった。
俺は公爵位を受け継いだ。そして、宰相になることにした。
賄賂や、今まで作ってきた人脈など、あらゆる手段を使って宰相のポストを獲得した。俺は若いが宰相として大活躍した。
その後、約二百年、宰相として国家に貢献した。
そんなある日、ヴァンパイアの魔王様が棺で眠りについたのだ。




