ep.24 クーデターを大成功させる工程
シェヘラザード王女は冷たい声で言った。
「違うな。先代の魔王に忠誠を誓っていたからだ。悪魔だから悪魔の国の国民ではない。忠誠によって国民になるのだ」
――これは反論できないな……。
「お前たち三人は私に忠誠心がない。お前たちは私の国の民ではない。非国民は私が排斥する」
そう言うなり、シェヘラザード王女は立ち上がった。そして、短く詠唱した。直後、男性三人から悲鳴が上がった。
「ぎゃあああああ」
私は目を見張った。男性たちの足が、突如として菊の花になったのだ。菊はどんどん広がり、彼らの体を蝕んでいった。膝から腰へ、腹から胸へと体が無数の菊の花に変化し、肉体が花びらとなり、崩れ落ちていく。
私たち貴族は、悲鳴を上げることもできず、言葉を失っていた。対照的に、男性三人は叫んでいた。
「お許しください! どうか! どう……」
男性たちの声は、ぷつりと途切れた。頭の先までが、菊の花になったのだ。男性たちがいた場所には、菊の花の山ができあがっていた。
――なんてことだ。あれは古代魔法、菊の花変化だ。本当に実在する魔法だったのか……。
菊の花変化は、古代魔法の中でも最上級難問の魔法だ。使われた者は、体が菊の花となり、魂が消滅する恐ろしい魔法だ。
私たち貴族は、震えあがった。
すると、シェヘラザード王女が私たちを見渡して言った。
「魔王は古代魔法の達人でないとなれないけどな? 私に資格がないと思うか?」
私たちは、恐怖で口を開くことができなかった。
シェヘラザード王女とザクロ公爵は嬉しそうに笑い合った。
「おめでとうございます。陛下。反対者はおりません。今日からあなたが魔王です」
ザクロ公爵がそう言って微笑むと、シェヘラザード王女――魔王様は私たちに言った。
「これからよろしくな。私の臣下たち」
――まじか……。私の臣下と定義されてしまった……。反論したら、菊になってしまう。
私が怯えていると、魔王様はさらに言った。
「テルー宰相は高齢で引退を考えてるらしいな? 今回の功労者として、ザクロを新宰相に任命する」
「ありがとうございます。一生、側でお仕えします」
ザクロ公爵はその場で跪き、礼を述べた。そして、立ち上がると貴族たちの最前列にいたテルー宰相に向かって微笑んだ。
「テルー宰相。後任は私で良いか?」
ザクロ公爵が聞くと、テルー宰相は笑顔で頷いた。
「もちろんでございます」
――テルー宰相。完全に嵌められたな。本当に引退を考えていたとはいえ……。こんな恐ろしい二人に逆らえるわけない。こんなときでも笑顔を浮かべていられるのは流石だな。
私が冷静に分析していたときだった。魔王様は私をちらりと見ると、私を指差して命じた。
「アルフィス=デ=ゴスメーデ。私の前まで来い」
――は!? 私?
私は階を登り、魔王様の前に立った。足元には、菊の花が散っていて、花の芳しい香りがした。
会場は、静まりかえっていた。
私が一礼すると、魔王様は私に命じた。
「お前、宰相になれ。宰相補佐として活躍したそうじゃないか? この国の宰相は今日から二人だ」
私は驚愕した。会場はどよめいた。
私は菊にされる恐怖に怯えながら発言した。
「魔王様、各国の宰相は一人だけです。私は宰相補佐で結構です」
すると、魔王様はにやりと笑った。
「人間界の帝国には一帝二后制度があったな。有力な皇后候補が二人いたときに、皇后を二人にしてしまったんだ。人間はなかなか柔軟ではないか? お前は人間よりも頭が固いのか?」
――くそっ。なんだこの質問は。反論できん。
はいと言えば、私は頭の固いださい悪魔。いいえと言えば、宰相を二人にする案を認めることになる。
「かしこまりました……。二宰相制度を承知いたします」
私がそう言うと、魔王様は満足そうに笑った。
「二人で仲良く私を支えてくれ」
私とザクロ公爵が頷くと、魔王様は冷たい声で言った。
「即位祝いの宴は不要だ。さっさと政務室に行くぞ。大臣たちと書記官と宰相二人はついてこい」
会場が、再びどよめいた。
◇◇◇
政務室につき、各々が席につくと、魔王様は声を張り上げた。
「最初に着手するのは汚職官吏の摘発だ」
――汚職を暴くのか? どうやって?
私が不思議に思うと、魔王様は書記官のスカーポリー侯爵に命じた。
「お前、王城に勤めている者たち全員の名簿を持って来い」
スカーポリー侯爵は退出すると、すぐに名簿をもって戻ってきて、分厚い名簿を魔王様に渡した。
すると、魔王様は名簿に向って言ったのだ。
「この中に、汚職をしている者はいるか?」
直後、名簿が柔らかな青白い光を放った。
――なんだ?
私が驚いていると、魔王様は名簿を私に渡した。
「中を見てみろ」
私は言われた通り、名簿を開いた。そして、恐怖した。
「!? これは一体……」
名簿には、無数の名前が記されていた。そして、その名前の横に、YESやNOの文字が並んでいたのだ。
私が名簿を大臣たちに回すと、大臣たちも引きつった顔をした。ザクロ公爵だけが、楽しそうに微笑んでいた。
書記官も名簿を見終わると、魔王様は口を開いた。
「これはな、古代魔法の正誤魔法だ。正誤魔法とは、イエスかノーが紙に浮かびあがる魔法だ。真実しか映らないぞ」
私たちは言葉を失った。すると、魔王様は私に言った。
「お前の父は裁判官だな? イエスが出た奴らは、法務部に回せ。しっかり裁けよ」
――これは凄い。この方には逆らえないな。それに、菊になるのもごめんだ。
「かしこまりました」
私は丁寧に頷いた。
すると、魔王様はザクロ公爵に言った。
「あいたポストに入れる人材のリストをつくっておけよ。できあがったら、アルフィス宰相にも二重チェックしてもらえ。終わったら人材部に回せ」
「かしこまりました」
ザクロ公爵は頷くと、全員に聞いた。
「どうかな? 僕が選んで、アルフィス宰相に確認してもらう形で大丈夫?」
――うわ……。上手いな。絶対にシェヘラザードとザクロ側の人材を送り込むはずだ。だが、旧体制の私がチェックするとなれば、反対しずらい。私としても、新宰相と新魔王とは揉めたくない。ザクロのリストは基本、承認だな。
大臣たちは笑顔で頷いた。誰も異論を唱えなかった。
すると、魔王様が言った。
「次は、無能を消す。効率をよくするぞ」
――無能を消す? 一体、どんな恐ろしいことをするつもりだ?
魔王様は再び名簿に聞いた。
「こいつらは有能か? 今の仕事で充分に能力を発揮できているか?」
今度は、名簿が桜色に光り輝いた。光が消えると、魔王様は私に名簿を渡した。
私は名簿を開いてぎょっとした。
名簿には今度は、赤い文字でYES、NOが書かれていた。しかも、NOと書かれた横には、法務部記録管理課、服飾部裁縫課などと部署名が書かれていた。
私は言葉を失った。大臣たちと書記官も同様だった。
魔王様とザクロ公爵は誇らしそうに笑い合うと、魔王様が説明した。
「これが正誤魔法の真髄だ。どこに異動すれば、能力を発揮できるか教えてくれる。こいつらは人材部に回しておけよ。転勤だ。人員調整もしとけ」
私たちは騒然となった。
◇◇◇
人事改革により、四カ月ほどは王城が混乱していた。しかし、五カ月が経つと、働きやすいという声が聞こえてくるようになった。
「魔王様は恐ろしいが、有能だ。古代魔法は素晴らしい。魔王様は稀代の使い手だ」
そんな声が、王城のあちこちから聞こえてきた。
シェヘラザードは実際にかなり有能で、政務能力にも問題がなかった。そして、シェヘラザード新魔王は数々の伝説を生み出した。
◇◇◇
これは、魔王様の伝説の一つだ。
魔王様は、即位祝いでやってきたヴァンパイアの国の使節団に白薔薇の蕾を渡した。そして、使節団員それぞれに、何色が好きか聞いた。
「私は赤色が好きです」
「俺は白色が好きです。だから白薔薇も好きですね」
「僕は緑色が好きです。観葉植物を飾るのが好きですから」
魔王様は彼らに微笑んだ。
「なんだ。皆ばらばらか。一人ずつ好みの色を一色なんて、よく考えたらつまらないな」
そう言うと、魔王様は指を鳴らした。すると薔薇の蕾が膨らんで開花したのだ。さらに、魔王様が再び指を鳴らすと薔薇が白く輝き、光が消えると同時に薔薇は虹色に染まった。
それは、超上級古代魔法、虹色染色だった。
使節団員は全員、古代魔法の異様なレベルの高さに驚いた。
さらに食事会でも、魔王様は伝説を生み出した。
魔王様は、ヴァンパイアの使節団全員に、ばらばらの食事を出したのだ。
使節団員たちが不思議に思って尋ねると、魔王様は笑顔で答えた。
「ああ。古代魔法を使って事前に、皆さんの好きな食べ物を調べたんだ。一人ひとりにあったもてなしをするのが接待だろ?」
使節団員たちは震え上がった。
――新魔王様は古代魔法でどこまで知っておられるんだ! 個人の好みまで、魔法で調べられるのか? まさか、他国の国家機密までご存知じゃないよな? その気になれば、調べられるのか?
悪魔の国を訪れた各国の使節団員たちは、自国の魔王に全てを報告した。噂は広がり、他にも伝説が爆誕していった。
◇◇◇
シェヘラザード政権は、三年でほぼ安泰した。四年目には完全に基盤を固めた。
五年目にシェヘラザードはザクロ公爵と結婚した。
盛大な式が執り行われ、魔族たちは二人を祝福した。
このとき、私は百五歳だった。
その後、私が三百歳になるまでの約二百年間は日々が穏やかに過ぎていった。
しかし、百九十五年後、私が三百歳のときに、今まで他に夫を持っていなかった魔王様が、初めてザクロ公爵以外の夫をもったのだ。
私は嫌な予感がした。




