ep.22 バーテンダーから宰相に成り上がった男
◇◇◇
「というわけで……。俺は貴族の公爵じゃありません! 公爵って肩書の、国家運営者の一人です。堕天精霊の国に侯爵以下は存在しないし、公爵という名の非貴族だよ」
シェルバ公爵は楽しそうに笑った。私は、ちょっと困った声で言った。
「あの……。その話、知ってます。有名ですから」
「ええ!? 知ってたの?」
「はい。確かに普通の公爵ではないですが……。堕天精霊の公爵はオンやデやファル称号も名乗れますし……。一度公爵になれば、爵位を返上しても称号は名乗り続けて大丈夫なんでしょう? それに、十公爵の配偶者も、パートナーと同じ称号を生涯名乗れると聞きました」
「うん。そうだよ」
「だから、『シェルバ公爵は公爵ですわよ?』って言ったんです」
「なあんだ。そうだったんだ」
シェルバ公爵が笑うと、マスターとネルヴァー卿とダータン伯爵とチェーザマリー公爵も笑った。
「丁寧な説明が聞けて、むしろ楽しかったですよ」
「ちょっと! シェルバってば勘違いだよ」
「まあ、十公爵制度はちょっとややこしいからな」
「建国歴史が面白すぎる。でも、堕天精霊の国は良い国だ。食い物は美味いし、街は整備されてるし、自然は豊かで、精霊の力で地下資源とかも豊富だ」
シェルバ公爵は嬉しそうに笑った。
「そうなんだよ。まじで堕天精霊に生まれてよかったぁ。わが国最高!」
シェルバ公爵は一気にブラッドオレンジジュースを飲み干した。すると、マスターがすぐにマスカットジュースを差し出した。
「ありがと。マスター。タイミング完璧!」
「恐れ入ります」
――マスターってば。凄いわ。
私が感心していると、チェーザマリー公爵が私に話かけた。
「マスターが人間界に来た経路も聞いたらどうだ? 面白いぞ?」
「それ、聞きたいです! あと、なんでバーテンダーをされてるかも聞きたいです!」
私がマスターを見上げると、マスターは微笑んだ。
「もちろん。お話しますよ」
◇◇◇
ゴスメーデ公爵家は、公爵家序列一位の家門だ。私は、ゴスメーデ公爵家唯一の後継者として生まれた。他に兄弟はいなかったのだ。
父は最高裁判官、母は悪魔の魔王様の妃たちの大医だった。
私は十五歳までは自宅で徹底的に英才教育を受けた。さらに、十歳から両親に社交界を連れ回された。
悪魔の国にはデビュタントはない。人脈は親の力と実力で、幼少期から作るものなのだ。
ある日、父が私に言った。
「一緒にカラファントムに行こう。美味いノンアルコールカクテルを飲ませてやる」
カラファントムは悪魔の国にある超有名なバーだ。各国からVIPが訪れる特別な場所なのだ。
カラファントムは子爵以下の貴族の入場は禁止だ。一般人は大商人のみ立ち入り可の会員制バーである。
魔界バーテンダー大会で十位までに入らないとバーテンダーになれない特別なバーだ。
私はノンアルコールのカクテルを目の前で作ってもらった。そして、バーテンダーのシェイクを見て感動した。
――なんてかっこいいんだ! シェイカーを振ってるだけなのに……。立ち居振る舞いや会話まで完璧だ!
私は帰宅するなり、父と母に頼んだ。
「将来は王城で官職につく。だから、バーテンダーにさせてくれ」
母親は驚愕して大反対した。しかし、父親はおおらかに笑った。
「悪魔の寿命は長い。ひとまず五十年なら認めてやろう。好きにすると良い」
父がカラファントムの店長に俺の弟子入りを頼んだ。店長は驚愕しつつ、公爵の頼みなら断れないと承認した。
私は十五歳で弟子入りした。
はじめは雑用から清掃、給仕などをしながら、見て技を覚えていった。
カクテルレシピの暗記は、持ち前の記憶力ですぐに覚えた。
閉店作業が終わると、バーテンダーたちからシェイクなどの猛烈指導を受けた。休日は公爵教育で激務だった。
客たちは公爵の息子がバーで働いてるので驚愕した。彼らは面白がりつつ、私を応援してくれた。
「貴族がバーで労働だと?」
中には、そう言ってドン引きする客もいた。
二年後、魔界バーテンダー大会が開催された。
私は史上最年少の十七歳で九位になった。
「よっしゃあ! やったぞ!」
私はカラファントムのバーテンダーになる資格を手に入れた。その日から、正式にカラファントムのバーテンダーとして働き始めた。
客たちは私を祝福してくれた。
「凄いね! おめでとう」
そう言ってくれた。
貴族がバーテンダーなんてと引き気味だった客も、私のカクテルを飲むと「美味い!」と言い、次第に認めてくれるようになった。
私は貴族出身なので客たちと話も合い、バーテンダーとして人気者になっていった。
◇◇◇
三年後に魔界バーテンダー大会が再び開催された。
私は五位まで順位を上げた。
そして、日々シェイクをする中で気づいていった。
――あれ? 公爵家の後継者として社交活動していたときより、貴族たちと親しくなれてるな。バーだからお客さんとプライベートな話もできるし。酒のせいか、彼らの舌もいつもより滑らかだ。
次第に私は会話スキルに磨きをかけていった。さらに、人脈までできた。客は各国の伯爵以上と大商人など特別な魔族ばかりだったからだ。
客たちと仲良くなり、社交の場では、高位貴族たちと滑らかに会話できるようになった。
◇◇◇
私は、魔界バーテンダー大会で、二十三歳で四位、二十六歳でついに一位を獲得した。
私についたあだ名は、最年少の神バーテンダー。私は大会一位をその後も維持した。
そして、六十五歳になった。約束の五十年が経ったのだ。
客たちに惜しまれながら、私はバーテンダーを引退した。
◇◇◇
私は裁判官ではなく、宰相の補佐役になった。このときの悪魔の国の宰相は、テルー=デ=シャクラ侯爵だった。
私はバーテンダー時代に磨いた会話スキルと作り上げた人脈で活躍した。宰相の補佐を完璧にこなした。
私は頻繁にテルー宰相から相談を受けた。
「アルフィス。ドラゴンの国のヴェリ外務大臣に贈り物を贈りたいのだが、何がいいと思う?」
「ああ。ヴェリ外務大臣はガラス細工が好きなんですよ。今人気の、ガラスの羽根ペンはいかがですか? 王城の近くのランスガラス工房は装飾が美しいですよ」
「なんで、ヴェリ外務大臣の趣味を知ってるんだ? ガラス細工が趣味だなんて、聞いたことがない」
「ヴェリ外務大臣はバーテンダー時代の常連なんですよ。来店する度に、ガラス細工コレクションの自慢話をしてくれました。彼にとっては、奥様にも内緒の、彼だけの秘密のコレクションらしいです」
後日、また相談された。
「アルフィス。相談がある」
「なんですか? テルー宰相?」
「最近、ガロック侯爵と気まずくてね。仕事で何回か意見が衝突したんだ。いい解決方法はないか?」
「ガロック侯爵より、奥様を先に押さえるべきです。ガロック侯爵は奥様が大好きです。カラファントム時代、酔うと惚気話ばかりしてました」
「ええ!? そうなのか!?」
「ガロック侯爵は社交場では慎重で、寡黙な方ですからね。……まずは奥様をシャクラ邸のパーティーに招待されて、贈り物などされてはいかがでしょう? 奥様の好感度に比例して、ガロック侯爵の印象はアップするはずです」
「君はなんて頼りになるんだ! 君がバーテンダーでよかったよ!」
「光栄です」
私は仕事に励み、宰相から政治のノウハウも吸収した。そんな穏やかな日々が過ぎていった。
しかし、私が百歳になったときに、大事件が起きたのだ。




