ep.21 堕天精霊の国のぶっとんだ建国秘話
◇◇◇
「……という作戦なんです。いかがでしょう?」
私が聞くと、ダータン伯爵は笑顔で頷いた。
「上手いな。仮面舞踏会にはぜひ参加させてくれ。俺は病弱設定だから、ダンス開始前には帰るよ。開始までの一時間あれば十分だな」
「ありがとうございます!」
私は瞳を輝かせた。すると、マスターとチェーザマリー公爵とネルヴァー卿は楽しそうに笑った。
「私が精神干渉を使うより、面白いですね。箔もつきますし、この作戦でいきましょう」
「なかなか名案じゃないか」
「これは男爵夫妻のリアクションが楽しみだー! あとでダータンに詳しく聞かなきゃ!」
ネルヴァー卿はうきうきした声を出すと、ワインの残りを飲み干した。
「マスター! 同じのもう一杯ちょうだい!」
ネルヴァー卿が注文すると、マスターは微笑んだ。
「かしこまりました」
マスターがそう言った瞬間だった。
――リリリン。
ベルの音が鳴り、一人の男性が入店した。
「いらっしゃいませ」
マスターが微笑むと、男性は明るく笑った。
その男性は、オレンジ色の髪にピンク色の瞳をもつ美男だった。
「マスター! こんばんは! 人間界に半年ぶりに来ちゃったよ……」
言いかけて、男性は私を見るとはっとした顔をした。
「ええ!? ユリジェンヌ侯爵令嬢!? ほんとにいた!」
――え? 誰?
私が戸惑うと、チェーザマリー公爵とネルヴァー卿が私に聞いた。
「こいつと知り合いか?」
「えー? 堕天精霊と接点あったの?」
私が首を振ると、オレンジ色の髪とピンク色の瞳をもつ男性は笑った。
「いきなりごめん。びっくりしたよね」
――この男、ほんとに誰?
混乱してると、男性は微笑んだ。
「俺は堕天精霊のシェルバ=ファル=チョコレータ公爵です。はじめまして。ユリジェンヌ侯爵令嬢」
――ええ!? あの有名なシェルバ公爵!?
私は立ち上がると、丁寧に礼をした。
「はじめまして。リト=ユリジェンヌと申します。お会いできて光栄です」
私が顔を上げると、シェルバ公爵は拍手した。
「凄い! 超綺麗な礼だね! ユリジェンヌ侯爵が自慢してたのも分かるー! ただの親ばかじゃなかったんだね!」
「あの……どうして私を知ってるんですか?」
私が戸惑った声で聞くと、シェルバ公爵は明るく笑った。
「数日前にさ、ユリジェンヌ侯爵邸のパーティーに行ったの。それで、『久々に人間界に行って神隠ししてきます』ってユリジェンヌ侯爵に言ったわけ。あっ。俺は神隠し精霊だからさ」
「神隠し……精霊?」
「うん。物とか子どもを隠す悪い精霊のことだよ」
シェルバ公爵はあっけらかんと笑った。
――へえ。堕天精霊には色々な種類がいるって聞いたけど、神隠しなんて聞いたことないジャンルだわ。シェルバ公爵は音楽に長けてるってしか知らなかった……。
「それで、ユリジェンヌ侯爵に言われたんだよね。『またバー・ゴスメーデに寄るのか? もしかしたら、私の大姪がいるかもしれない。ダークブラウンのロングヘアにダークブラウンとスカイブルーのオッドアイの娘がいたらリトだよ。大姪に会ったらよろしく』ってね」
「なるほど……。そういうことだったんですね」
私が頷くと、ネルヴァー卿が明るい声で言った。
「びっくりしたー! シェルバといつ知り合いになったんだって感じだよ。化け猫は成人するまで領地から出られないじゃん? また凄技使ったのかと思ったよ」
「ほんとだよ。俺なんて、貴族で混血の化け猫がいるのかと初見で困惑したからな」
「ええ。ユリジェンヌ侯爵令嬢がいるなんて聞いたことなかったですし」
チェーザマリー公爵とダータン伯爵が同調すると、シェルバ公爵が驚いた声で言った。
「ええ!? お前ら、ユリジェンヌ侯爵令嬢を知らないの? 今、超有名だよ」
「え? そうなの?」
ネルヴァー卿が驚くと、シェルバ公爵は呆れた声で言った。
「有名にならない方がおかしくない? 史上七人目の色使いだよ? お前らは逆に、なんで知らないわけ?」
すぐにネルヴァー卿が答えた。
「僕さー。ドレスの注文で、ここ二カ月くらい忙殺されてたんだよね。やっと片付いて、久々にゴスメーデに来たんだよ」
「俺は悪魔の魔王様から二カ月の完全休暇を頂いてたんだ。『いつも代筆で激務をさせてるから褒美だ』ってな。それで、人間界でゆったり過ごしたり旅行してた。一週間前に、この首都に帰ってきたんだよ」
「なるほどね……。魔界の情報に触れる機会がなかったのか? チェーザマリーはなんで?」
シェルバ公爵が聞くとチェーザマリー公爵が答えた。
「俺も二カ月間、仕事で忙殺されてた。新作香水十種類販売キャンペーンとか開発でやばくてな。その間、ゴスメーデには一回しか来れなかったから、他の魔族とあんまり喋ってないんだよ。領地にも帰ってなかったし」
「香水……?」
私が呟くと、チェーザマリー公爵は誇らしそうに笑った。
「俺は人間界では、調香師のチェーザマリー=アヴェランなんだ。サイモン化粧品店のトップ調香師さ」
「ええ!? サイモン!? 人間の女子の憧れブランドですわよね! アンもサイモンの化粧品が好きなんですよ」
――ところで、なんでチェーザマリー公爵は人間界で調香師をしてるんだろ?
不思議に思ったときだった。シェルバ公爵が私の左隣の椅子を引いて言った。
「隣に座ってもいい?」
「ええ。もちろんですわ」
私が頷くと、シェルバ公爵は明るく笑って椅子に腰掛けた。
その瞬間、マスターがネルヴァー卿にワインを差し出した。
「お待たせしました」
「ありがとう。マスター」
ネルヴァー卿は受け取ると、一口飲んだ。すると、シェルバ公爵が私に話かけた。
「マスターってば、タイミングバッチリだよね。俺らの会話が一段落するまで出さないで待ってたんだよ」
「一流の接客ですわね」
「……ありがとうございます」
マスターは嬉しそうに笑った。
すると、シェルバ公爵がマスターにひらりと手を振った。
「マスター! ブラッドオレンジジュースちょうだい! あっ。飲み終わったら、次はマスカットジュースね」
「かしこまりました」
マスターが微笑むと、ネルヴァー卿が吹き出した。
「ちょっと! シェルバってばまたジュース? せっかくだしノンアルコールのカクテルにしなよ」
「いやいや。ここのジュースは美味すぎる。やっぱり原液でしょ?」
「バーに来てる意味が分からん」
ネルヴァー卿が腹を抱えると、ダータン伯爵とチェーザマリー公爵も楽しそうに笑い出した。
マスターも、冷蔵庫を開けながら、肩が少し震えている。
――シェルバ公爵って、個性的かも。
「いや、来てる意味はある。ここは楽しいし。マスターが好きすぎる。初来店のときにファンになっちゃったんだよ」
シェルバ公爵がそう言うと、マスターはグラスに氷を入れながらお礼を言った。
「ありがとうございます。シェルバ公爵にそう言って頂けるなんて光栄ですよ。なにせ、百七十年連続公爵ですからね」
「もー。公爵なんかじゃないって。俺は純粋な貴族公爵じゃないしー」
シェルバ公爵が明るく笑ったので、私は驚いた。
「ええ!? シェルバ公爵は公爵ですわよ?」
私がそう言うと、シェルバ公爵はクスリと笑った。
「え? もしかして、堕天精霊の国について詳しく知らない感じ? 俺が今から教えてあげるよ」
「え? ……ああ。ありがとうございます」
私が頷くと、マスターがシェルバ公爵にブラッドオレンジジュースを差し出した。
「お待たせしました」
「ありがとう。マスター」
シェルバ公爵は一口飲むと、語り出した。
◇◇◇
元々、全ての精霊たちは人間界に住んでいた。
しかし、良い精霊と悪い精霊が対立していた。 良い精霊は浄化の力や木々を成長させる力などが強い。一方で、悪い精霊は木々を枯らしたり、水害や噴火を起こす存在だった。
両者の溝は深まり、ある日人間界で精霊戦争が勃発した。
そして、悪い精霊たちは思ったのだ。
――争いはめんどくさい。そうだ! 魔界に移住しよう。そしたら人間界に住む良い精霊と争う必要、なくないか?
このとき、魔界には誰も住まない不毛の広大な大地があった。
悪い精霊たちは、精霊の力でその土地を開墾した。
他の魔族たちは、誰も止めなかった。不毛の土地など不要だと思っていたからだ。
結果、悪い精霊たちは広大な王国を手に入れた。
――やったぞ! 我々の国の誕生だ!
以来、悪い精霊たちは魔界に定住した。そして、ときどき人間界に行っては水害などを起こして暮らした。
悪い精霊は次第に魔族たちから、堕天精霊と呼ばれるようになった。
悪い精霊の国は、堕天精霊の国と名付けられた。
◇◇◇
建国当初、堕天精霊たちは思った。
――戦いは好きだが、戦争はめんどくさい。もし、王や貴族制度をつくったら、権力争いが起きるのでは?
そこで彼らは、十年に一回、精霊大会を開催することにした。
筆記試験、武闘、舞、交渉戦などを行い、全員で投票をするのだ。
そして、選ばれた十人の精霊が全員公爵になり、十年間国家運営をすることになった。
十年後に爵位は返上される。そして、新たな当選者十人に公爵位が付与される。
さらに彼らは毎年国民投票を実施した。
不信任票三割で、公爵位は失脚になる。
つまり、王不在、十公爵制度が誕生した。
――やったぞ! 自由で実力主義の素晴らしい国が生まれた!




