番外編 仮面舞踏会の奇策
◇◇◇
――これがスノーレディ男爵家の仮面舞踏会か。贅沢大好きで見栄っ張りって感じだな。
天井のシャンデリアは巨大で絢爛豪華。装飾にこだわるというより、宝石にこだわっているのが分かる。
テーブルに並べられたご馳走も、珍しい果物や派手なケーキが中心。酒のラインナップはシャンパンが多めだった。
招待客は百人程度。派手な服装の者が多い。
――俺なら、シャンデリアの装飾は物語性重視だな。魔界で人気の不死鳥シリーズのシャンデリアを見せてやりたいくらいだ。
そんなことを考えながら、会場の中央に設置された一人掛けのソファに腰掛けたときだ。
遠くから、オッドアイのシャム猫がこちらに向かって駆けてきた。
「可愛い! シャム猫よ!」
「凄い! オッドアイだわ! ブラウンの瞳のシャムなんて初めて見たわ」
「首のあのリボン、可愛いわね。真珠がついてるわ」
客たちの楽しそうな声が聞こえてきた。
足元に来たシャム猫――ユリジェンヌ侯爵令嬢を俺は抱き上げた。
すると、仮面をつけた夫妻と令嬢がこちらに来た。
俺はすぐに分かった。スノーレディ男爵夫妻とアン男爵令嬢だ。
男爵夫人が俺に声をかけた。
「突然我が家のシャム猫が突進してすみません。私たちの猫なんです。猫の名前はクレハです。それと、私たちが主催のスノーレディです」
「はじめまして。可愛い猫ですね。人懐っこいですね」
――超美猫だな。変化した姿、美しすぎるだろ。……でも、ちょっと童顔な感じがするな。
男爵は豪快に笑った。
「あなたの栗色の髪と瑠璃色の瞳があんまり綺麗なので、駆け寄ってしまったのかもしれません。仮面を外したら、さぞ美男でしょうな」
「ニャー」
――鳴き声、可愛いな……。
「ありがとうございます」
俺が礼を述べると、アン男爵令嬢が俺に挨拶をした。
「ご参加頂きありがとうございます。長女のアン=デ=スノーレディと申します。本日はお楽しみください」
「ああ。あなたがアン男爵令嬢ですか。シバ伯爵家の長男と婚約されたとか。おめでとうございます」
アン男爵令嬢は幸せそうに笑った。
俺はユリジェンヌ侯爵令嬢に頼まれたセリフを言うことにした。
「婚約されたというのに、浮かない顔ですね? 何かお悩みでも? 俺でよければ相談に乗りましょうか?」
――さて、演技開始だ。
俺は優雅に仮面を外した。
男爵夫妻とアン男爵令嬢は息を呑んだ。そして、会場中の人間が俺を見た。
客がいきなり仮面を外したのだから当然だ。
一瞬、会場が静まりかえった。俺は少し声を張り上げた。
「仮面を外してすみません。俺はダータン=ファル=ショウ伯爵です。相談にのるときは、名乗るのがマナーですから」
直後、会場中から黄色い声があがった。
「キャー! ダータン伯爵よ!」
「イケメンだわ!」
「なんて美しいの!?」
「あれで未婚よ!?」
「序列三位の伯爵は、オーラが違うわ……!」
俺はちらりと腕の中のユリジェンヌ侯爵令嬢を見た。
――わくわくしてんな。
ユリジェンヌ侯爵令嬢は瞳を爛々と輝かせていた。
アン男爵令嬢は固まっていた。しかし、男爵夫妻は興奮した声を出した。
「ダ……ダータン=ファル=ショウ伯爵!! 本当にいらしてくださったんですね!」
「よければ、私たちとあちらでお話しましょう。今息子も連れて参ります」
俺は男爵夫妻に無言で微笑むと、アン男爵令嬢に声をかけた。
「それで、お悩みとはなんですか?」
アン男爵令嬢はきょとんとした顔をした。
「え? 私に悩みなんて……」
――あることにさせてもらうよ。
俺は精神干渉魔法を放った。すると、アン男爵令嬢は困った顔をして言った。
「あります。実は、結婚したらクレハと離れることになるんです。クレハはスノーレディ邸の猫ですから。でも、私は嫁ぎ先でもクレハと過ごしたいんです。クレハが大好きですから」
男爵夫妻はぎょっとした顔をした。
「それは寂しいですね。……男爵夫妻。結婚祝いで、アン男爵令嬢に飼い猫を贈ってはいかがでしょう? スノーレディ男爵家の財力なら、また別のシャム猫を買えるでしょう?」
男爵夫妻が何か言う前に、俺はソファから立ち上がった。そして、すぐ近くにいた男に声をかけた。
「君、どう思う? 幸せな花嫁にはオッドアイの猫がお似合いじゃないか? オッドアイの猫は幸運を呼ぶらしいし」
男性は俺に話かけられて緊張した顔をしたが、大きく頷いた。
「はい。素敵な案だと思います。流石ダータン伯爵です」
周囲からもひそひそと声が聞こえてきた。
「ダータン伯爵ってば名案だわ」
「飼い猫と離れたくないない気持ち、分かるわあ。私の猫もとびきり可愛いもの」
「スノーレディなら、シャム猫二匹くらい買えるのでは?」
男爵夫妻は引きつった笑みを浮かべると、口を開いた。
「そうさせて頂きますわ」
「娘の結婚はお祝いしなくては」
「ニャー」
ユリジェンヌ侯爵令嬢は満足そうに鳴いた。
――楽勝だな。俺の提案を断れば、序列三位の親切な伯爵の提案を断った男爵夫妻のレッテルが貼られる。しかも、シャム猫の二匹目を買う財力がないと解釈されかねない。
アン男爵令嬢は嬉しそうに笑うと、俺に礼を述べた。
「嬉しいです! ありがとうございます!」
「婚約おめでとう。お幸せにね。祝福するよ」
俺が言うと、会場中から声が上がった。
「婚約おめでとう!」
「末永くお幸せに!」
「ダータン伯爵から祝われるなんて羨ましいわ……」
アン男爵令嬢は会場の客たちに、丁寧に礼をした。客たちは拍手すると、談笑を再開した。
直後、男爵夫妻が身を乗り出した。
「ダータン伯爵! ぜひ色々お話させてください! あちらに美味いシャンパンもございます!」
「そうです! 今息子はリコ=オン=シバ令息のお相手をしているのですが……。すぐ呼びます! ぜひ、息子とお話してください!」
俺は男爵夫妻に微笑んだ。
「いえ。婚約されたアン男爵令嬢とリコ伯爵令息とお話したいですね。アン男爵令嬢は礼儀正しいみたいですし……」
男爵夫妻とアン男爵令嬢は驚いた顔をした。直後、男爵が口を開いた。
「いや、ぜひ息子と……。息子は我が家の後継者なんです……」
腕の中でユリジェンヌ侯爵令嬢は怒ったように目を細めた。
「誰と話すかを決めるのは、伯爵の俺です」
俺が冷たい声で言うと、男爵夫妻の肩がびくりと震えた。
――たく。令嬢が可哀想だな。刺してやるか。
俺は男爵の耳元で囁いた。
「息子ばかりに関心を寄せないで、娘も見たらどうですか? 偏愛は感心しませんね。品がないですよ」
男爵は青い顔をした。しかし、俺は何もなかったかのように男爵夫妻に微笑んだ。
「リコ令息を呼んできてください。三人だけで、お話したいです」
「はっ……はい! ただいま!」
「すぐに呼んでまいりますわ!」
男爵夫妻は慌てて去っていった。
俺はユリジェンヌ侯爵令嬢に小声で言った。
「これはリップサービスさ。姉だけ冷遇されるのが嫌だったんだろ? スカッとしたな」
「ニャー」
ユリジェンヌ侯爵令嬢は嬉しそうに鳴いた。
俺はユリジェンヌ侯爵令嬢に微笑むと、緊張した顔をしているアン男爵令嬢に声をかけた。
完




