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貴族社会を奇策で殴る  作者: 水守 鳴
3章 猫ですが、策士です
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ep.19 猫ですが、あなたのために素敵な婚約者を見つけます

◇◇◇

 私は妖力を使い、スノーレディ邸周辺の貴族の情報を大量に調べた。


 スノーレディ邸は、貴族の邸宅が立ち並ぶ一等地に居を構えていたのだ。


 私は、ある貴族に目をつけた。


 人間界に来てから五日目。私は、散歩のふりをして、スノーレディ邸から三十分歩いたところにある屋敷に向かった。


 その屋敷の柵をすり抜けて、庭に入ると、木の枝をはさみで切っていた庭師が驚いて大声を出した。

「シャム猫だ! どこの高位貴族の猫だろう? 迷子かな?」


 庭師は慌てて屋敷に入って行った。すると、身なりの良い赤髪の紳士が屋敷から出てきて、私に声をかけた。

「可愛い猫さん。どこから来たんだい? 迷子かな?」


「ニャー」

――迷子じゃありません! スノーレディ邸宅から、わざわざここまで来ました!


 男性は微笑んだ。

「可愛い鳴き声だな。ちょっと首のリボンを見せてくれ」


 男性は私を抱き上げた。そして、私の首に巻かれているリボンに触れた。


 そこには、スノーレディ男爵家の家紋と、住所が記載されているのだ。


「ああ! 君はスノーレディ家の猫なんだね。だから、リボンに真珠の飾りがついてるのかな? あの家はこの辺りじゃ有名だよ。贅沢が好きだってね」


――スノーレディ。評判悪いわね。


「それにしても、綺麗なオッドアイだな。羨ましいよ。僕は平凡な黒い瞳だからね」

 男性は私を抱きかかえると、優しく笑った。


「安心しなさい。迷子の君を送り届けてあげるから」

 男性がそう言ったときだった。赤髪黒目の青年が、屋敷から出てきてこちらに駆けてきた。


「父上! シャム猫が来たって本当ですか? 僕、猫大好きなんです!」

 青年は、きらきらした目で私を見つめた。


「僕の名前は、リコ=オン=シバだよ。父上の名前は、リン=オン=シバ! 父上は伯爵なんだ。ここはシバ伯爵邸だよ。よかったら、何か食べていかない? さっき料理長に聞いたんだけどね。新鮮な魚が手に入ったんだって!」


 リン伯爵――赤髪黒目の男性は楽しそうに笑った。

「おいおい。リコ。猫なんだから、自己紹介しても分からないよ。伯爵の肩書も、猫の前では無意味さ」


――リン伯爵。私、ばっちり人語は理解してます。


「父上! シャム猫に魚をあげてもいいですか?」

「念の為、やめておこう。餌にはこだわっているかもしれない。それより、使用人に頼んでこの子をスノーレディ邸まで届けてもらおう」


――ちょっと待って! 私はそこの青年に届けてもらいたいわ!


 私は妖力を使い、精神干渉魔法を使った。すると、リン伯爵は発言を訂正した。

「いや、やっぱりリコが届けに行きなさい。貴族同士の交流は大切だからね」

「分かりました! 父上! すぐに馬車を手配します」


◇◇◇

「そういうわけで、猫が我が家に迷い込んだので、お届けに参りました」


 リコが私を男爵夫妻に差し出すと、男爵夫妻は狂喜せんばかりに興奮した。


「わざわざシバ伯爵家の令息が届けに来てくださるなんて! なんて親切なんでしょう!」

「よろしければ、お茶でもいかがですか?」


――男爵夫妻、伯爵家とコネを作りたいのが見え見えよ。青年相手にはしゃいで恥ずかしくないのかしら?


 リコは笑顔で承諾した。そして、男爵夫妻とお茶を飲み始めた。

 五分ほど経った頃。部屋の扉が開き、アンが現れた。


「あの……。はじめまして。お客さまにご挨拶しようと思って。アン=デ=スノーレディと申します」

 アンは緊張した顔で礼をした。リコは優しく微笑んだ。

「はじめまして。リコ=オン=シバです。迷子の猫を届けにきました」


 アンは控えめに頷くと退出した。すると、男爵夫人が口を開いた。


「申し訳ありません。せっかく伯爵家の長男のリコ様が来てくださったのに……。息子は今不在で挨拶できないんです」

「構いませんよ。もしかして、授業ですか?」


――このままだと、男爵夫妻とリコの会話になっちゃうわ。


「ニャー」

 私は鳴くと、リコのズボンの裾を噛んで引っ張た。

「こら! 来客になんて失礼を!」


 男爵が怒ったが、リコは笑い飛ばした。

「猫だから仕方ないですよ。可愛いですね。猫さん、僕を引っ張ってどうしたの? どこかに連れていきたいの?」

「ニャー」

――そうよ! ついてきて!


 リコは楽しそうに笑った。

「君について行ってみようかな」


 心配そうな顔をしている男爵夫妻は放って、私はリコを引っ張った。


「よければ、クレハと屋敷を自由にご覧になってください。私が案内させて頂きますわ」

 男爵夫人が立ち上がったので、私は精神干渉魔法を使い、発言を訂正させた。


「やっぱり、私たちはここにおりますわ。クレハと自由に見て回った方が楽しいかも。何かあれば、近くの使用人に申し付けてください」

「分かりました」


 リコは扉の外まで、にこにこしながらついてきた。

 私は裾を放すと、歩きだした。付いてこい、とときどきリコを見上げる。


 リコは楽しそうに笑いながらついて来た。


 私は、図書室の扉の前まで来ると、扉を爪でカリカリした。すると、扉が内向きに開き、アンが姿を現した。


「まあ。クレハ。どうした……?」

 アンは言いかけて、リコを見てはっとした。

「あれ? リコ様。どうされたのですか?」


 リコはアンに微笑んだ。

「僕、このシャム猫についてきたんです。そしたら、ここまで連れてきてくれたんですよ」

「ええ? クレハがリコ様を図書室に?」


 私は、本棚に向かって歩き出した。そして、一番下の棚にしまわれている一冊の本を爪で引っ張り出した。


「もう! クレハったら。何をしてるの?」

 アンは優しく笑うと、本を手にとった。すると、リコがはっとした顔をした。


「その本、探偵ジャーロックシリーズじゃないですか! 僕、大好きなんです! まさか、猫と趣味が合うとは!」

 アンは頬を紅潮させた。

「ええ!? ジャーロックが好きなんですか? 私もなんです! 一話の毒蛇暗殺事件は衝撃でした!」

「分かります! まさか、ターゲットが寝ている間に毒蛇を使うなんて思いませんでした!」


 アンとリコは、楽しそうに会話を始めた。


――やったわ! ここまでは成功よ!


◇◇◇

 私は、周辺の貴族情報を調べた。そして、シバ伯爵家に目をつけた。


 リン=オン=シバ伯爵には、一人息子がいた。名前はリコ=オン=シバ。次期伯爵だ。


――男爵夫妻が伯爵をあてがいたいなら、別の伯爵を用意するまでだわ。……アンと歳が近くて、婚約者がいない男がいいわね。


 リコは最高の相手候補だった。猫好きで、優しく、探偵ジャーロックシリーズが大好きなのだ。


――アンはジャーロックファンだったわね! これは使えるわ!


◇◇◇

 私は盛り上がる二人を、満足気に眺めていた。

けれど、心の中でアンに謝った。


――アン。ごめんね。私はリコを代わりの婚約相手にしたいけど、魔法でそこまでするのは無理だわ。私はまだ若いから、ちょっとした精神干渉魔法が限界なのよ。リコがあなたに一目惚れするような魔法が使えたらいいのに……。


 私の心配とは真逆で、アンとリコは話が弾んでいた。


 しかし、三十分ほど経った頃、男爵夫妻がやって来た。心配になり、様子を見に来たらしい。

 アンは両親に遠慮して、私室に戻ってしまった。


――私はあきらめないわ! 絶対に、アンとリコを恋愛に発展させたい!


◇◇◇

 その日から、私は毎日シバ伯爵邸を訪れた。


 伯爵夫妻とリコは私が来る度に喜んでくれた。三人は、猫が大好きらしい。


 私が伯爵邸を訪れる度に、リコは私をスノーレディ男爵家に届けてくれた。もちろん、リコが不在のときは無理だったが。


 リコがスノーレディ邸に来る度に、私はリコを連れ出してアンに会わせた。


 読書好きの二人は気が合い、毎回話が弾んでいた。


 人間界に来てから十五日目だった。

 その日も、アンとリコは本の話で盛り上がっていた。


 しかし、アンが急に泣き出したのだ。リコは驚いて、アンに理由を尋ねた。

「私、この本の主人公みたいに、自由に恋愛したいんです……」


 アンは泣きながら、理由を打ち明けた。話を聞き終わると、リコは驚愕した。

「ええ!? アスカ伯爵と結婚? それは酷い。彼は妻に冷たいことで有名ですよ!」

「私、どうしたら良いですか?」


 リコはしばらく考えると、口を開いた。

「よかったら、僕と結婚しませんか?」


――ええ!? 嘘でしょ!?


 横で様子を見ていた私の方が驚いてしまった。


「シバ伯爵家の方が、あちらの伯爵家より格上です。といっても、序列は二つしか変わりませんが。シバ家は伯爵家序列四十四位ですし。僕から父上に頼んでみますね」


「ええ!? 私と結婚!? リコ様が? なんで?」

 アンは困惑した顔をした。


 リコは優しく笑った。

「こんなに話が合う女性は他にいません。それに、あなたをそんな性悪伯爵に嫁がせたくないので」


「ありがとうございます……」

 アンは目を潤ませた。


――こんなにあっさり? まじか……。


 私が仕組んだことなのに、私の方が呆然としてしまった。


◇◇◇

「という理由で、アンはリコと婚約しました。アスカ伯爵との婚約は破棄です。昨日、アンとリコの婚約が発表されました」


 私が誇らしそうに笑うと、マスターもチェーザマリー公爵もダータン伯爵もネルヴァー卿も驚愕した。


 ネルヴァー卿とダータン伯爵は顔を見合せた。


「まじかよ……。十五日で婚約成立させたわけ? 人間界に来たのは三週間前って言ってたよね。約二十日の大健闘?」

「信じられん……。いや、リコの気持ちは分かる。どうせ次期伯爵として誰かと結婚するなら、話をしていて楽しい女がいい」


 ネルヴァー卿は頷いた。

「確かに……。ついでにアンも救済できるしね」


 マスターは心配そうな顔で私に聞いた。

「でも、アスカ伯爵と揉めなかったんですか? 婚約破棄でしょう?」


「ああ。それは、スノーレディが賠償金を払って解決しました。男爵夫妻は、より良い伯爵家と縁ができるとノリノリで……。最後は金で解決です」

「成金らしいですね。でも、アスカ伯爵の面子が潰れません? 簡単に引いたんですか?」


「実は、多少は揉めました。でも、シバ伯爵家の方が格上なので引いたんですよ」

「なるほど…。でも、シバ伯爵夫妻はアンとの婚約を認めたんですか? アンは男爵令嬢ですよ? 息子は次期伯爵。もっと良いお相手をあてがいたいと反対するのでは?」


「実は私は最初知らなかったんですけど……。シバ伯爵が事業で失敗して、借金があったんです。借金の返済を肩代わりしてもらう条件で、婚約は成立です」


「ああ。もしかしたら、リコの求婚目的はそっちだったのかもしれませんね」

 マスターが笑うと、チェーザマリー公爵が私に聞いた。


「それで? 困ってることってのはなんだ? まだ解決してない問題があるんじゃないか?」


 私は表情を引き締めた。

「そうなんです……。実は……」



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