ep.18 男爵令嬢を最悪な婚約から守ります!
「スノーレディ男爵一家ですよ」
私が答えると、ネルヴァー卿が驚いた声で言った。
「ええ!? 男爵家!? シャム猫飼ってる人間って、普通は伯爵以上か神官とかじゃん! なんで男爵!?」
すると、ダータン伯爵が肩をすくめた。
「知らないのか? スノーレディ男爵の領地は小さいけどな。先代のときに金脈が見つかったんだよ。だから裕福なのさ。シャム猫代も払えるってわけ」
ネルヴァー卿はぽんっと手を叩いた。
「なるほどね! 僕の顧客名簿にない家門だから、分からなかったよ」
ネルヴァー卿がそう言うと、マスターがグラスを拭く手を止めて、私に微笑んだ。
「ネルヴァー卿は人間界でも人気デザイナーなんですよ。彼の偽装身分は大商人の甥のネルヴァー=ンリップって設定です。皇女様がネルヴァー=ンリップの大ファンなんですよ」
ネルヴァー卿は誇らしそうに笑った。
「そうなんだよ。彼女、リボンとフリルが大好きなんだよね。腹黒い性格からは考えられないよ」
「まあ。デザイナー、ネルヴァー=ンリップのお話が聞きたいですわ」
「それよりさ、僕はユリジェンヌ侯爵令嬢の話が聞きたいな。人間界でどんな感じ? 僕の話はその後でいいよ」
マスターとチェーザマリー公爵とダータン伯爵も頷いた。
「私も詳しく聞きたいですね。なにせ、お祖母様から任されてるので」
「俺も気になる。なあ、ダータン?」
「ええ。何か困ってることはないか?」
「実は、あります。滞在先のスノーレディ家のことなんですけど……」
私は、語り出した。四人は興味津々で身を乗り出した。
◇◇◇
――誰が私を買うかな?
私はボールで遊びながら、わくわくしていた。
私は、シャム猫の姿に変化して人間界に潜伏した。
私のブリーダーの名前は、ヒナタ=ハン。ぽっちゃりした体形の優しいブリーダーだった。
「おやつだよ。さあどうぞ」
「ニャー」
ボールを転がしていると、ヒナタが私にささみをくれた。
――ささみ、美味! 人間界の食べ物っておいしいわね。
私がささみをもぐもぐしていたときだ。
金髪碧眼の女性と、青髪に茶色い目をした男性が部屋に入ってきた。
「いらっしゃいませ。お客さま」
ヒナタはすぐに営業スマイルを浮かべた。そして、私を指差した。
「この子がこの前お話ししたシャム猫ですよ。純血のシャムは普通は両目が青いのに、オッドアイなんですよ。とても珍しいですよ」
女性と男性は、私を見ると驚いた顔をした。
「オッドアイのシャム猫なんて、初めて見たわ。ねえ、あなた」
「ああ。右目がダークブラウンで、左目がスカイブルーだなんて、神秘的だな。これは、他の貴族に自慢できるぞ!」
ヒナタはやんわりと微笑んだ。
「首都のブリーダーで、私の他にオッドアイの猫をもつ者は今はいませんよ。いかがですか?」
「ぜひ、買わせてもらうよ! 今すぐ買う!」
男性は興奮した声で即答した。
◇◇◇
「さあ。ここが今日から君の家だよ」
猫用のケースの中で、馬車に揺られて三十分。
ケースにかけられた布が外され、扉が開かれたので、私は外に出た。
――なんだか成金くさい家ね。
私の第一印象はそんな感じだった。
リビングは、豪華なシャンデリアの明かりで照らされ、ところ狭しと美術品が並べられていた。
――こんなにビチビチにしないで、余白をとって配置した方が絵画も調度品も映えるのに? ユリジェンヌ邸ではそうしてたけど? そもそも、絵画に統一性、なさすぎない?
そんなことを考えながら、私は部屋の中を行ったり来たりした。
すると、部屋の扉が開き、十六歳くらいの女の子と十歳くらいの男の子が入室してきた。
「わあ! その子がシャム猫! 可愛い!」
男の子は私のところまでドスドスと駆けてきた。私は反射的に、ソファの向こうに隠れた。
「だめよ、タン。猫が怖がっちゃうわ。まずはそっと撫でてあげないと」
金髪碧眼の女性は、愛しそうに男の子に声をかけた。男の子は女性にそっくりだった。
「はあい! お母様!」
男の子は元気よく返事をした。
私はちらりと女の子を見た。女の子は、扉の近くでもじもじしていた。女の子は、青髪で茶色い瞳をしていた。顔立ちは金髪碧眼の女性にそっくりだった。
私はなんとなく女の子が気になり、女の子の足元まで駆けて行った。
すると、女の子は嬉しそうな顔をして、しゃがみ込むと私を撫でた。そのときだった。
「ちょっと! お姉様だけずるいよ! 僕にも撫でさせて! あっち行ってよ」
男の子が怒った声を出した。
すると、金髪碧眼の女性も言った。
「そうよ。タンに譲りなさい」
青髪の男性も頷いた。
「そうだ。常に弟を優先するんだ」
女の子は泣きそうな顔をすると、部屋から出て行ってしまった。
――は? 何この人たち?
◇◇◇
私を買った金髪碧眼の女性と青髪に茶色い目をした男性は、スノーレディ男爵夫妻だった。
男爵夫妻の子どもは二人だ。一人は長女のアン=デ=スノーレディ。もう一人は長男のタン=デ=スノーレディ。
普段は家族四人でスノーレディ領地で暮らしている。しかし、タンが首都の男子校に入学することになり、夫妻は首都に別邸を買ったのだ。
つまりここは、首都の別邸だった。
アンは寂しい子だった。タンが生まれる前は家族に可愛がられていたが、タンが誕生した瞬間、家族の関心はタンに移ってしまった。
理由は、帝国では爵位は長男が継ぐもの、と決まっているからだ。
私はカルチャーショックを受けた。化け猫の国では、爵位を継ぐのは男性のみだが、兄弟で一番優秀な者が爵位を継ぐ。
悪魔の国では、爵位継承に性別は関係ない。ヴァンパイアの国、グリフィンの国、ドラゴンの国も同様だ。
ちなみに、化け猫の国では、化け猫の魔王になれるのは女性のみだ。
――慣習が違うと、性別に序列がつくのね……。
私は衝撃を受けた。
タンはまるで、王様みたいだった。男爵夫妻はタンを溺愛し、どんなわがままも許していた。逆に、アンには関心が薄かった。
アンはデビュタントしたばかりらしい。
人間の貴族女性には婚期というものがあり、デビュタントをするとすぐに結婚相手を探しはじめるようだ。
アンにはすでに婚約者がいた。相手はアスカ=デ=クラビット伯爵だ。
屋敷の使用人たちが、伯爵と婚約が決まってめでたいと話しているのを聞いた。
私は嬉しくなった。
――よかったわね! アン! 伯爵は男爵より上よ! 上昇婚よ! 男爵令嬢から伯爵夫人になれるわよ!
私はアンの出世を喜んだ。
――これで、アンは報われるわ! 今まで寂しい思いをした分、幸せになってね!
◇◇◇
人間界に来て四日目。私はアンの寝室を訪れた。
――今日はアンと寝よう。タンも男爵夫妻も嫌いだし。
私はリビングのキャットベッドで毎日寝ていた。タンは私と寝たがったが、私は拒否していた。
私がアンの部屋の扉を爪でカリカリすると、アンは扉を開いた。そして、驚いた顔をした。
「まあ。クレハ。来てくれたの? 嬉しいわ」
スノーレディ男爵は私に、クレハという名前をつけていた。
アンがベッドに入ると、私はジャンプしてベッドにもぐりこんだ。
「嬉しい! 一緒に寝てくれるの?」
アンは幸せそうに笑った。私はその笑顔に、暗い影を感じた。
「ニャー」
私が頭をすりすりすると、アンは突然泣き出した。
「クレハ。聞いてくれる? 私ね、結婚したくないの」
――ええ!? なんで?
「アスカ伯爵はね、デブで不細工で、高齢なのよ。六十歳なの」
――それは嫌だわ。男爵夫妻ってば、なんて奴とアンを婚約させてんのよ!
「アスカ伯爵は、今までに三人の妻と結婚してるわ。でもね、子どもができなかったの。それで、奥さんたちは離縁されたのよ。帝国貴族の男性は、子どもが産めない女を離縁するのよ」
――はあ? 最低最悪。帝国の文化、最低ね。女性をなんだと思ってるの?
「貴族の女性以外なら、仕事をしてるから一人で生きていけるわ。でも、帝国貴族の女性の就労は禁止なのよ。夫の庇護が生活の全てなの。離縁されたら、終わりだわ……」
私は絶句した。
「アスカ伯爵は、パーティーで私を見初めたの。それで、両親に結婚を申し込んだわ。両親は二つ返事で承諾よ。スノーレディは成金の男爵家だもの。伯爵家との縁談なんて、手放せないわ」
――私が親なら、伯爵だろうと結婚させないわ。
「体調が悪いときでも、夫が求めてきたら応えないといけないんだって。私、嫌だよ! あんな男に嫁ぎたくない!」
アンは声を上げて泣き出した。
――アン! 安心しなさい! 私がなんとかしてあげるわ! 化け猫は飼い主を守るものだもの!




