ep17. 結婚妨害を要求します
◇◇◇
二十歳になったときだった。王城に、妙な噂が流れ始めた。
――ダータン伯爵は、魔王様と結婚するらしい。
俺は焦った。魔王様からそんな話をされたことはなかった。仮に魔王様がその気だとしても、絶対にごめんだった。魔王様の夫の地位に莫大な利益があってもだ。
なぜなら、第一夫のザクロ公爵が猛烈に嫉妬深いからだ。
悪魔の国では、魔王だけが複数の伴侶をもつことが認められている。悪魔の国の王家、ヌレンナ一族は多産の家系であり、沢山の伴侶をもつのが普通だった。公爵家や侯爵家、名門伯爵家と婚姻して、貴族と王家の結びつきを強めるためでもあった。
結婚により、王家と上位貴族は敵対することもなく、協力して上手く国家を運営していた。
しかし、ザクロ=オン=シャルファ公爵は嫉妬から他の夫を攻撃した。
魔王様の夫は合計十四名。内訳は、子爵が五名、伯爵三名、侯爵四名、公爵一名、まだ公爵位を継いでいないアルフィス=デ=ゴスメーデの十四人だ。
子爵たちは皆、莫大な富を持つ美男だったが、ザクロ公爵からの攻撃で心を病み、精神崩壊してしまったのだ。
伯爵三名は、遺伝病が原因で亡くなっていた。しかし、ザクロ公爵が魔法で持病を悪化させたのではないかとの噂が、まことしやかに囁かれていた。
――やばい。結婚したら終わる。俺の家系に遺伝病はないが、絶対に終わる。というか、この噂だけですでに危険だ。だが、結婚する気はありませんなんて言ったら不敬にあたる。……くそっ。なんて厄介な噂だ。誰が言い始めたんだ。
噂の出どころなんて、探しても見つからないだろう。俺はひとまず、様子見をすることにした。
しかし、噂が流れて数日後、俺はザクロ公爵に呼び出された。
◇◇◇
呼び出されたとはいえ、それは表向きは食事会の招待状だった。
ザクロ公爵は王城の庭園で、俺と公爵だけの小さな食事会を催した。
――一対一とか怖すぎる……。食べ物に何か入ってないよな……。だが、公爵からの招待で残すなんてできない……!
ステーキを切り分けながら、ザクロ公爵が言った。
「最近は雨ばかりで気が滅入るね」
「……そうですね」
――もしかして、噂のせいで気分が悪いって意味か? 最近の雨降りと苛立ちを重ねてるのか!? 噂は雨みたいな存在だからな。
「そういえば、スカーポリーの姪は病弱で、外出もできないそうだよ。可哀想に」
ザクロ公爵は、急に暗い表情をした。
俺はワイングラスをテーブルに置くと口を開いた。
「それはお気の毒に。よく効く薬が見つかるといいですね」
ザクロ公爵は頷いた。
「ああ。あんまり可哀想だからね、僕はその子におもちゃを沢山贈ってあげたんだ。ほら、スカーポリーとは同じ夫仲間だし。気遣いって大事でしょ?」
――気遣い? 待ってくれ。なんかもう怖すぎる……。
ザクロ公爵は、笑顔で世間話をした。何気ない世間話一つ一つに、俺は震えていた。
デザートのケーキの最後の一口を食べると、ザクロ公爵は微笑んだ。
「ダータン伯爵。いつも僕の招待状の代筆してくれてありがとね」
「恐れ入ります。むしろ光栄です」
「手首、痛くならないの?」
「なりません。身体強化魔法と治癒魔法を組み合わせているので」
ザクロ公爵はおおらかに笑った。
「流石はアーチャー家の当主だね。ところで、今日は君に大事な話があるんだ」
――うわ……! 来た! 本題!
俺は自然と表情をひきしめた。
ザクロ公爵は笑顔で続けた。
「王城で噂が広がってるでしょ? あれ、事実になるよ」
――は? どういうことだ?
「魔王様は君と結婚するみたいだ。魔族は長寿だから年の差婚は珍しくないし、人間みたいに老いない。魔王様は美しいし、良い結婚話じゃない?」
――待ってくれ。全力で嫌だ。
「魔王様に聞かれたんだ。『ダータン伯爵と結婚したいんだが、どう思う?』って。もちろん僕は賛成したよ。君は超名家の伯爵だし、王家に貢献してるじゃないか?」
――笑顔で言ってるが、ザクロ公爵の目が笑ってない……。絶対に、嫌だろ。他の夫が増えるの。
「というわけで、これから夫仲間としてよろしくね」
――夫仲間? ザクロ公爵と? 怖すぎる……。
ザクロ公爵は親切そうに微笑んだ。
「僕からのアドバイスだよ。結婚したら、夫同士の食事会ではあんまり食べない方がいいよ。身分の高い順に沢山食べる暗黙ルールがあるからさ。今日は残さず食べてくれて嬉しいけどね。食事会でやったらアウトだよ」
――伯爵の俺は、身の程をわきまえろって意味か……!?
俺はもう、正直に全てを打ち明けることにした。
「ザクロ公爵。実は俺、結婚したくないのです」
ザクロ公爵は驚いて仰け反った。
「ええ!? 魔王様との結婚を拒否!? 魔王様はあんなに魅力的なのに!? 魔王様の夫になれば、良いこといっぱいあるよ?」
「俺は穏やかに暮らしたいんです。寵愛争いは怖いから嫌です。……身の危険もありますしね」
「はあ!? 愛は勝ち取るものじゃない?」
「魔王様は俺のことを好きじゃないです。伝統的に、伯爵序列一位の俺と結婚したいだけでしょう」
「それは僕もそう思う。でも、本当にいいのかい?……断りずらくない?」
俺はザクロ公爵の金色の瞳をじっと見つめた。
「ですのでお願いがあります。ザクロ公爵に、結婚妨害をして頂きたいのです。ザクロ公爵は宰相で魔王様の右腕です。しかも、寵愛も一番深い。あなたなら、頼りになります」
ザクロ公爵の瞳がきらりと輝いた。
「それは良い。僕に任せな。ダータン伯爵」
俺とザクロ公爵の利害が完全に一致した瞬間だった。
すると、ザクロ公爵は急に心配そうな顔をした。
「ところで、君は最近、伯爵家から嫌がらせを受けてるんだって? スカーポリーから聞いたよ。前にも色々されたんだって?」
「ええ。でも、今回は自分で対処します。借りを増やしたくないので」
「そうか……。困ったらいつでも相談してよ。親切って大事じゃない?」
――五人の夫を精神崩壊させた男が、親切? 怖すぎる……。この男にだけは、絶対に借りは作らん。
◇◇◇
後日、俺は魔王様に呼び出された。
「いつも、ダータン伯爵には激務をさせたが労ってなかったな。褒美をやろうではないか」
――よっしゃあ!
「魔王様。俺に、休暇をください。週に四日、お休みにしてください。そのかわり、残りの三日はお仕えします。俺は週に三日は人間界で暮らします」
魔王様は驚いた顔をした。
「はあ? 週に三日勤務だと? それは……」
言いかけて、魔王様はにやりと笑った。
「あー。分かった。お前、伯爵たちからのやっかみが嫌なんだろう? 私に重宝される時間が減れば、嫉妬も減るかもな」
――その通りです! 嫉妬がめんどくさいので、伯爵たちからも魔王様からも物理的に距離をとらせて頂きます。
「いいだろう。休暇をくれてやる。週三日、緩く働け」
「ありがとうございます!」
「ただし、勤務時間は倍だ。今までは十時から十六時だったけどな。九時から二十一時だ。仕事量は減らさないからな」
――まじか。まあ、代筆官の仕事は好きだし、いいか。
「ところで、王城で変な噂が流れてたな。あれはただの噂だ。私からも言っておくから、気にするな」
――ザクロ公爵! ありがとうございます! 既に妨害は完了したんですね!
俺は心の中で、ガッツポーズをした。
◇◇◇
俺は人間界に来た。
――さて、人間界での身分を用意しないとな。潜伏先はどこにしようかな。
俺が目をつけたのは、帝国のショウ伯爵家だった。なんと、ショウ伯爵家は皇帝の代筆官を務める家系だったのだ。
ショウ伯爵家の伯爵は高齢だった。しかし、跡継ぎの一人息子は放蕩息子として有名で、字も綺麗ではなかった。
――運命の女神が俺に微笑んでるな。
俺は魔法で、貴族たちの記憶を改変した。
シナリオはこうだ。
伯爵には二人の息子がいる。一人は長男のダータン=ファル=ショウ。次男は放蕩息子のリュウ=ファル=ショウ。長男は病弱だが達筆。伯爵は高齢のため、長男のダータンが十六歳のときに爵位を譲ったという筋書きだ。
俺は十六歳から皇帝に仕える、ダータン=ファル=ショウ伯爵の身分を手に入れた。
病弱なため、皇帝に仕えるのは週に三日。しかも、勤務時間は九時から十四時だ。
俺は、帰宅してから寝るまでは、魔界の悪魔の公爵と侯爵の代筆を行った。
そして、週三日魔界で勤務、週三日は人間界で勤務。残りの一日は休暇のルーティンが完成した。休暇の日は、魔界で社交をしたり、読書や模写を楽しんだ。
そして、二十一の誕生日を迎えた五日後に、七歳のネルヴァーに出会ったのだ。
◇◇◇
「そういうわけで、俺は人間界暮らしを始めて十九年目。人間界では三十五歳ってことになってる。本当は三十九歳だけどな。ネルヴァーは人間界暮らし五年目だ」
「僕は三十歳って設定だよ! 実際は二十五歳なんだけどね。アハハハッ」
「まあ……。皆さんはきっちり設定を作ってるんですね」
私は感心してしまった。すると、ダータン伯爵は目を細めた。
「人間相手なら、記憶改変みたいな大規模魔法も使えるからな。魔族相手にそんな強力な魔法は使えないけど。ボロが出ないように、偽装はしっかりしてるよ」
「なるほど……」
私が頷くと、チェーザマリー公爵が面白そうに目をきらめかせた。
「皆さんはきっちりって言ったな。ユリジェンヌ侯爵令嬢はきっちり設定を作ってないのか? 猫として人間界で暮らしてるんだろう?」
私は、少しだけ頬を膨らませた。
「きっちりしてます、と言いたいところですけどね。私の場合はきっちりする必要はありませんわ」
「なんでだ?」
「私、シャム猫のブリーダーの記憶を妖力で改変したんです。そのブリーダーの手持ちのシャム猫は五匹でしたけどね。六匹だったことにしたんです」
「ハハハッ。面白いな」
チェーザマリー公爵もマスターもダータン伯爵もネルヴァー卿も、可笑しそうに笑った。
「私が人間界に来たのは三週間前です。来て一日で、ブリーダーのところに買い手が来ました。私はオッドアイのシャム猫なので人気なんですよ」
チェーザマリー公爵は興味津々で身を乗り出した。
「それで、ユリジェンヌ侯爵令嬢の滞在先はどこなんだ? 誰が君を買ったんだ?」




