ep.16 俺が13歳で伯爵になり、成功した理由
◇◇◇
「というわけで、僕は人間界に来ました! でも、セバスが激務のときは、店長に呼ばれます。店長はいつでも僕を召喚できる権限があるからね。店長曰く、『有望な若手が後継者争いの流れ弾で死んだら損失だから、特別に人間界研修を許可する』だそうです! アハハハッ」
「まあ……。それで人間界にいらっしゃったんですか」
――面白すぎる理由だわ……。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢も人間界に逃げてきたんでしょ? じゃあ、僕とダータンとお揃いだね」
「お揃い……? ダータン伯爵も人間界に逃げてきたんですか? なのに、人間の皇帝の代筆官?」
――そもそもなんで、週の半分ずつ、人間界と魔界を行ったり来たりしてるのかしら?
私が不思議に思って目をぱちぱちさせると、マスターが吹き出した。
「お客さんが人間界に逃げてくれてよかったですよ。じゃなきゃ、私のライバルでした。カクテルに何か入れてしまったかもしれません」
ダータン伯爵が苦笑いすると、ネルヴァー卿とチェーザマリー公爵は笑い出した。
「ちょっとマスター! 冗談にしては怖すぎるよ! 毒でも入れるつもり?」
「おいおい。アルフィス、お前、異物混入は飲食店のポリシーに反するんじゃなかったか?」
――チェーザマリー公爵は、マスターをアルフィスって名前呼びする仲なのかな? どっちも元宰相だしね。両公爵家は親密らしいし、当然か。
「ダータン伯爵が人間界にいらした理由って、なんですか?」
私が首を傾げると、ダータン伯爵は少し笑った。
「なかなかユニークな逃避行さ。まあ、聞いてくれよ」
ダータン伯爵は語り出した。
◇◇◇
俺は、代々魔王様の代筆官を務める、名門アーチャー伯爵家の一人息子として生まれた。
魔族は子どもができにくい。俺は両親が晩年になってできた子どもだった。念願の後継者誕生だった。
アーチャー家のルールは、最も麗筆な悪魔が爵位を継ぐ、だ。だが兄弟姉妹がいない俺は、後継者争いの競争とは無縁だった。
父親は俺を可愛がり、同時に厳しく教育をした。
俺のスケジュールは、朝から夕方まで書道。夕方から深夜までは伯爵になるための後継者教育だった。
父親は俺を愛したが、母はなぜか俺に冷たかった。母は父にも冷たい女性だった。
「お母様は、俺とお父様が嫌いなの?」
父は冷たい表情で答えた。
「家同士のために結婚した仲だからな。貴族にはそういう夫婦もいるんだよ」
「そうなんですね」
父と母の仲は冷え切っていた。
俺はそれを悲しいとは思わなかった。生まれたときからそういう環境だったせいかもしれない。
そんな日々を過ごし、あっと言う間に俺は十二歳になった。あと半年で十三歳になるというとき、母が懐妊した。
――まじかよ。後継者争い勃発か。
俺はむしろ燃えた。爵位は無条件で与えられるものではない。最も美しい字を書く者に与えられる称号だ。
――絶対に、伯爵になってやる。弟か妹には負けない!
それに、俺は単純に母の懐妊が嬉しかった。
――生まれるのは弟かな? 妹かな? 兄妹ってどんな感じかな?
アーチャー家では後継者争いで毒殺などは禁止されている。比較的平和的な家門だ。そういった理由もあり、弟妹の誕生に抵抗は一切なかった。むしろ、楽しみだった。
しかし、悲劇が起こった。
母が出産で亡くなってしまったのだ。子どもは死産だった。無事に産まれていたら、弟だった。
父は盛大な葬儀を執り行った。
俺は、ただ衝撃を受けるばかりだった。
◇◇◇
葬儀が終わり、来賓の対応をしていると、父の姿を見失った。
探し回った末、母の墓石の前で父を見つけた。
父は墓石にすがって泣いていた。
俺は驚いた。父は葬儀中も、母の訃報を聞いたときでさえ、泣かなかったのだから。
俺が理由を聞くと、父は泣きながら理由を打ち明けた。
父と母は確かに政略結婚だった。けれど、母には結婚前に好きな男性がいたのだ。相手は、子爵家の卿だった。
母の両親は大反対して、父との結婚を押し進めた。貴族の常識で考えたら当然だ。片方は序列一位の伯爵。片方は爵位を継がない、子爵家の卿なのだから。
父は当初、母に恋人がいると知らなかった。だが、母が父に打ち明けた。
「お願い! 婚約をあなたから破棄して欲しい。私、恋人がいるのよ! 彼が好きなの! あなたなら、もっと素敵な女性と結婚できるわ!」
父は母の申し出を断った。父は、母に恋していたからだ。
母は父の気持ちを知ると、むしろ怒った。
「だから婚約を破棄してくれないのね!」
そう言って泣いたらしい。
父と母は結婚した。父は母のために様々な贈り物をして、衣食住は快適に整えた。伯爵家の財産も自由に使わせ、庭には母の好きな薔薇を沢山植えた。しかし、母が父に心を開くことはなかった。
「できるだけ、私に関わらないで。優しくしないで」
母は父を完全に拒絶した。
「あのとき、婚約破棄していればよかったんだ! そしたら死なずに済んだかもしれない! すまなかった! 許してくれ! 君が好きだったんだ!」
父は俺の前で、叫んで泣き崩れた。
――なんてことだ……。見えてる世界だけが、全てじゃないのか……。裏に深い事情があることがあるんだ……。冷たい顔が、本心とシンクロしているわけじゃないんだ。
思えば、このときからかもしれない。俺が周囲をよく観察するようになったのは。
俺は父に同情した。人生で初めて、少しだけ泣いた。
◇◇◇
父はショックから体調を崩し、寝込んでしまった。
そのせいで、王城に出仕できなくなってしまったのだ。
「ダータン。頼む。俺の代わりに魔王様にお仕えしてほしい。早すぎるが、爵位を継いでくれないか? 当主になれば、年齢に関係なく代筆官の資格を得られるから」
父に頼まれて、俺は承諾した。
俺は、十三歳という驚異の若さで伯爵になった。そして、悪魔の魔王様の代筆官として、彼女にお仕えすることになった。
初めて俺の書いた文字を見た魔王様は、驚いた声で言った。
「まあ。書聖の初代アーチャー家当主のような麗筆じゃな。なんと美しい」
魔王様は頻繁に俺を呼び、招待状や重要文書、他国への手紙の代筆を俺に任せた。
初めての王城勤めだったが、俺のことを侯爵や公爵たちがフォローしてくれた。
俺は幼少期から、頻繁に父に社交場に連れ出されていた。父は、侯爵、公爵たちと親しく、俺は自然な流れで侯爵家と公爵家の悪魔たちと仲を深めていたのだ。
それに、俺の仕事は代筆官。政治的な発言をする必要もなければ、派閥に所属する必要もない。
重要文書を書くとはいえ、国家予算を決めるために、大臣たちと議論したりするのとはわけが違うのだ。
仕事に慣れると、父がしていたように、公爵家と侯爵家の代筆も引き受けるようになった。代筆するのは主に、要人への招待状だ。
俺は権力者たちとますます親しくなった。
様々な文書や招待状を代筆する中で、誰と誰が親しいのか。彼らが何を考えているのか。大臣や魔王様などの権力者たちが考えていることが分かるようになった。
また、俺はよく悪魔たちを観察した。その中で、敵意や悪意は隠しても漏れてしまうものなのだと知った。
権力者たちの人間関係を把握し、火の粉を避ける。麗筆で彼らに貢献する。そうやって、俺は自分のポジションを固めた。
「あの若さで大したものだ。伯爵なのも納得だ」
悪魔たちは俺を褒めそやした。
そんな日々が続き、俺は十八歳になっていた。
このとき俺は、ある問題に悩まされていた。
それは、他の伯爵家からの嫉妬だ。
俺は若くして成功した。公爵家と侯爵家とは親しい。さらに、魔王様にも重宝されている。加えて、父親譲りの超美形だった。
悪魔の国には伯爵家が三十ある。そのうち、アーチャー家は代々の魔王様から特別に引き立てられている。彼らが若い俺の足を引っ張りたいと考えたのは当然だった。
ロッカーに保管していた筆の破壊。注文した良紙が破られて自宅に届く。伯爵家同士のパーティーで俺だけ呼ばれない。社交場で避けられる。そんなことが頻繁に起こるようになった。
特に敵愾心を燃やしてきたのは、伯爵家序列二位のキリアツ=デ=シャイン伯爵。彼は俺の母の兄で伯父だが、母と仲が悪かった。そのため、俺とは交流がほとんどなかった。
王城で活躍する優秀な甥が気に食わなかったらしい。キリアツ伯爵の攻撃が一番酷かった。
それらを誰かに相談しようとは思わなかった。嫌がらせが公になれば、俺が舐められている証明になるからだ。
――ださい嫌がらせしかできないんだな。
彼らのことは放っておくことにした。迷惑行為には淡々と対処した。そして、伯爵家とは仲良くしないで、侯爵家と公爵家とだけ仲良くすることにした。
やがて、親しくしていた侯爵の一人、スカーポリー侯爵が嫌がらせに気づいた。スカーポリー=デ=チェシャー侯爵は魔王様の第三夫だ。
有能で絶対的権力者の彼から口頭注意を受け、伯爵たちからの嫌がらせは鳴りを潜めた。
俺がスカーポリー侯爵にお礼を述べると、彼は爽やかに笑った。
「陰湿なのは好きじゃなくてね。それに、彼らのおかげでダータン伯爵に恩が売れたよ」
――怖……。さらっと借りにされちまった。まあいいか。代筆で借りは返そう。
「ありがとうございます。今後は、スカーポリー侯爵の代筆を他の侯爵より優先しますよ」
「助かるよ」
スカーポリー侯爵は満足そうに笑った。
これで、問題は解決だと思っていた。




