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貴族社会を奇策で殴る  作者: 水守 鳴
2章 書聖とデザイナーの人間界逃避行
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ep.15 ついに魔王様のドレスを仕立てます

◇◇◇

 ドレスが完成すると、僕は王城にドレスを持参した。


 いくつかある謁見室の内の一室にトルソーを用意して、魔王様を待った。


 魔王様は入室してドレスを見た瞬間、少しだけ驚いた顔をした。

「なんだ。真っ暗なドレスにしたのか……」

 言いかけて、魔王様ははっとした顔をした。


「いや、違うのう。黒いドレスに黒い糸で刺繍をしたのか……」

「はい。そうです」


 僕はにっこりと笑った。


 僕は、黒いドレスに黒い糸で刺繍をするという独特なデザインを思いついた。


 Aラインのドレスには、幅十センチほどの透明なブラックフリルを、何段も螺旋状に巻きつくように配置した。そして、フリルとフリルの間には、黒糸で薔薇と胡蝶の刺繍をほどこした。


「なぜ黒にしたのだ? 私に似合う色が黒だと思ったのか?」

 魔王様に聞かれ、僕は上品に微笑んだ。


「黒は裁判官の色です。意味は、私は何者にも染まらない。魔王様は唯一無二の方であり、魔王様の思考を染めるなど不可能です」


 魔王様は、満足そうに口角を少し上げた。


「この薔薇は滝薔薇です。滝薔薇は激しい滝の中にしか咲かない、強く逞しくミステリアスな花です。胡蝶を刺繍したのは、魔王様が今度のパーティーで第一夫のザクロ公爵をパートナーとして参席されるからです。第一夫への寵愛は深く、お二人をイメージして刺繍しました」


 魔王様は、じっと耳を傾けてくれた。


「ドレスも刺繍も黒なのは、近づいたときに初めて刺繍が分かるからです。遠くから見れば真っ黒なドレス。しかし、近づけば違うと分かります。むしろ、ドレスを見た者は刺繍の柄をじっくり見たくなるでしょう」


 表情とは裏腹に、僕の心臓はばくばくしていた。


――どうしよう!? 気に入ってもらえるかな? いや、僕のアイディアはかなり良いはずだ! ああ! 魔王様からの依頼とか、デザイナー人生で一番の大事件だよ!?


 そんなことを考えていると、魔王様はにやりと笑った。

「このドレスは気に入った。私は特にお気に入りのデザイナーはいない。しいて言うならセバスの店長だな。だが、気が向いたときはまたお前に注文するとしよう」


――それ、僕を少しは気に入ったって意味では……? よっしゃあ! 成功だ! 


 魔王様は、ドレスの代金を支払った。金貨の詰まった小袋には、二倍の代金が入っていた。


――よし! ここからが本番だ!


 僕は、セバスの店長に事情を話して、数日休暇をもらった。


 僕はそのお金で、ルビーのチョーカー二つとアメジストのネックレスと琥珀のイヤリングと有名店の菓子を買った。


 ルビーは、ミマサク伯爵夫妻が好きな宝石なのだ。そして、アメジストはマオ師匠が好きな宝石だ。


 僕はグリフィンの国に行き、真っ先にマオ師匠に会い行った。

「今の僕があるのは、師匠が厳しく愛ある指導をしてくれたおかげです。このアメジストのネックレスは、今回の依頼の報酬で買いました。受け取ってください」


 マオ師匠は喜んで受け取ってくれた。


「あと百年したら自慢の弟子にしてやってもいい」

 冗談めかして、そう言ってくれた。


 次に僕は、ミマサク邸を訪れた。もはやここは、僕の第二の実家だ。ミマサク伯爵夫妻は僕を大歓迎してくれた。


「ミマサク伯爵夫妻が支えてくださったので、デザイナーとして成功できました。このルビーのチョーカーを受け取ってください」


 伯爵夫妻はもちろん、喜んで受け取ってくれた。伯爵夫人は涙を流していた。

「こんなに立派になって……。あんなに小さかったのに……。悪魔の魔王様のドレスを仕立てるなんて凄いわ……」


 伯爵も頷いた。

「ネルヴァーは僕と妻の誇りだよ。いつでも帰っておいで」


 僕は、ミマサク邸の使用人たちとマオドレス店で働く者たちには、菓子を配った。世話になったお礼だと言うと、全員が喜んでくれた。


 それが終わると、僕はすぐに帰国した。そして、セバスの店長に琥珀のイヤリングを持っていった。


「このイヤリングは今回の報酬で買いました。店長は虫入りの琥珀がお好きですから。……魔王様のドレスをつくる光栄に預かれたのは、ここで働かせてもらっているおかげです。これからもよろしくお願いします」


 僕が礼を述べると、店長はにやりと笑って言った。

「ネルヴァー。お前、全部計算してやってるな。世渡りのデザインまで上手いな」


――バレてるー!? いや、本心からの感謝が半分、計算が半分です!


「魔王様御用達のドレスが作れる新人がうちの店にいて、誇らしいよ。これからもバリバリ働きな」

「ありがとうございます!」


――セバスの店長、やっぱりかっこいい!


◇◇◇

 数日後、僕は家族と夕食を共にしていた。


 家族全員で食事をするのは、半年ぶりだった。


 僕は母と楽しく会話をしていたが、兄三人は父に積極的に話しかけていた。


 兄たちは仲が悪く、彼らと一緒にいるだけで肌にひりつきを感じるような気がする。


――お兄様たちは、やっぱり侯爵になりたいんだな。官僚同士、ライバル意識があるのかも。僕は官僚じゃないけど、権力者たちと関係を深められた! むしろ、デザイナーになってラッキーかも。


 僕の職業はデザイナーだから、官僚と違って政治派閥には属していない。だから、権力者たちの僕への態度は柔らかい。そもそも、自分のためにドレスを作るデザイナーを警戒する必要はないのだ。


 侯爵家出身の僕は、貴族同士の礼儀も熟知している。さらに、女性が多い職場で育ったからレディには慣れている。


 僕は、高貴な夫人や、女性の公爵や侯爵と良好な関係を築いていた。もちろん、彼女たちの夫とも。ダータン伯爵の紹介も強力な武器だった。


――人脈大事。もしかして、デザイナーって最強の職業では?


 僕はスープを飲みながら、ちらりと兄たちを見た。


――七歳のとき以来、お兄様たちとはあんまり話してないんだよな……。ずっとグリフィンの国にいたし。悪魔の国に来てからは仕事三昧で、社交もしたわけだし……。お兄様たちって、僕のことどう思ってるんだろ?


「ネルヴァー。このスープ、美味しいわね。隠し味は人魚の鱗のパウダーなんですって」

 母に話しかけられて、僕は微笑んだ。


「人魚の鱗? 潮の香りが効いてる食材だよね。だから海鮮スープなのかな?」

「そうかもね」


 和やかに話す僕と母と、アピール合戦をする兄と採点者の父。そこには、同じ食卓とは思えない境界が存在した。 


◇◇◇

 食後酒を飲んでいると、父が優雅に口を開いた。

「突然だけどね。後継者争い開始宣言をするよ。今日からは、毒殺暗殺なんでもありだ。勝った者が、侯爵だ」


――はあ? 殺し合いとか勘弁してくれ。絶対にごめんだ。


 僕は真っ先に口を開いた。

「お父様。僕は争いから降ります、侯爵にはなりません」


 そう言うなり、兄たちが声を荒げた。


「それは本当か?」

「過去には参加しないと言いつつ、油断させて兄弟姉妹を毒殺した奴がいる。お前がやらない保証はないだろ?」

「お前は権力者たちと親しくしてるじゃないか。魔王様のドレスまで仕立てて気に入られたんだろ? 本当は侯爵になりたいんじゃないか?」


――なれるなら侯爵になりたいけど、殺し合いはごめんだ。僕は逃げる! デザイナー一本で幸せだ!


「僕はデザイナーとして生きていきたいんだ。侯爵で領地経営して、王城に仕えて、デザイナーまでするなんて意味わかんないよ。僕は予約で忙しいんだ」


 僕が率直に言うと、長男が僕を指差した。

「忙しいとか言いながら、お前は社交の場によく行くじゃないか」


「あのね、お兄様。顧客を開拓したり、お客さんのレディと良好な関係を維持するのは大事だよ。そもそも、公爵家の招待とかは断れないじゃん」


「だから、断れないような貴族から、沢山招待を受けてるんだろ」

 長男は苛立たしげにテーブルを叩いた。

 次男と三男は僕を睨んだ。


 父は感情の読めない微笑みを浮かべている。母は心配そうに僕たちを見つめている。


――うわ……。これはもう、別の方向から攻めるしかない。兄たちのメリットになろう。


「僕はお兄様たちの役に立つ。僕の名前を出せば、レディの気を引けるよ。予約も優先してとってあげる。人気デザイナーとして、新侯爵に貢献するよ。婚約者ができたらドレスも仕立ててあげる」


 兄たちは顔を見合わせた。

「……それは、確かに便利だが。俺たちにもメリットがある」

「いや。魅力的だが、俺は信用できないね」

「そうだ。こいつの人脈は危険だ。人気デザイナーになれるくらい、頭が回るじゃないか」


――くっそ……。何言っても信じてもらえないじゃん! 野心なんてないってば!


 心の中で叫んだとき、父が口を開いた。

「降りたら、爵位継承争いに再参加不可でもいいか? ネルヴァー」


「はい! もちろんです!」

 僕は即答した。そして、その瞬間、素晴らしいアイディアを思いついた。僕は兄たちに微笑んだ。

「安心してくださいよ。僕は脅威じゃありません。僕、人間界に行きますから」


「は……?」

兄三人と、父も母も、間の抜けた声を出した。


「ダータン伯爵から、人間界は面白いし、魂が食べ放題って聞きました」


――ダータン。勝手に理由で使ってごめん。


「前から行ってみたかったし、人間のドレスが気になります。人間界には流行という概念があるとか。人間界に行って、新しいデザインを見たり刺激を受けてブラッシュアップします。そもそも魔界にいないんだから、後継者争いできませんよ」


 兄たちはぽかんとした顔をしたが、父は豪快に笑った。

「ハハハッ。面白い。確かに。住んでる世界が違うのに後継者争いは無理だな」


 母は僕の肩をぽんと叩いた。

「行ってきなさい! デザインの幅が広がれば、お客さんも喜ぶはずよ! セバスの店長も賛成してくれるでしょう」


 最終的に、兄三人も納得してくれた。


 事の顛末をダータンに話すと、ダータンは大爆笑した。


「お前、兄たちから逃げるために七歳でグリフィンの国に行って……。今度は後継者争いから逃げるために人間界に逃亡かよ! 戦略が変わってないな」


「うん! 人間界でもよろしく! ダータン! 人間界の先輩として、色々教えてよね!」




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