ep.131 書の天才なワルシャワ一族
アヤナは金箔で装飾された豪奢な箱を差し出した。
「カリヌス? ああ。ワルシャワ四女のマキュナ伯爵夫人と悪魔のダータン=デ=アーチャー伯爵の息子だったか。カリヌスは今、十二歳だっけ? ……贈り物?」
俺は訝しみながら、アヤナから箱を受け取った。
箱の蓋を開けた瞬間、ぎょっとした。
「なんだ……この書は!?」
俺は即座に中から和紙を取り出した。
そこには、君主を褒め称える有名な詩が書かれていた。
しかし、その筆跡が問題だ。
今まで俺が見たどんな書よりも美しい。
線の緩急は繊細でありながら、躍動感を感じさせる。
「なんだこの達筆さは……! まさか、カリヌスの直筆か!?」
アーチャー伯爵家は代々悪魔の魔王様の代筆官を務め上げる家系だ。
代々の当主は麗筆で名をはせている。特に、初代アーチャー伯爵と現当主のダータン伯爵は、書聖として有名だ。
「はい。甥の直筆でございます」
アヤナは深々と頭を下げた。
俺は書を丁寧に脇に避けると、手紙を取り出して、封を開けた。
内容を確認して、仰天した。
「悪魔の魔王様じゃなくて、ヴァンパイア魔王の俺の代筆官になりたいだと!? なんで!? アーチャーなのに悪魔の魔王様に仕えないのか!?」
横で無言で控えていた側近も、目を見開いた。
対照的に、アヤナはおっとりと微笑んだ。
「悪魔の魔王様には、ダータン伯爵と、カリヌスの弟のカリサイがお仕えしますわ」
「いやいや! なんで俺なんだよ!?」
「カリヌスは伯爵位を継ぎません。当主にはならないので、悪魔の魔王様の代筆官になる必要はありませんわ。何の仕事をしようが自由です」
――質問の答えになってねぇよ。
「当主にはならない? アーチャーは最も麗筆な者が爵位を継ぐんだったな。まさか、弟のカリサイは兄のカリヌスより麗筆なのか?」
「おっしゃる通りです。ダータン伯爵はすでに、後継者はカリサイにすると決定しました」
「は? 双子はまだ十二歳だろ? 早くないか?」
――ていうか、弟の字はこの書より上手いってこと!?
「いえ。カリヌスは自分で爵位継承を辞退しました」
「なんで!?」
「弟には敵わないと悟ったとか。それより、自分はワルシャワの血筋でもあるから、ヴァンパイアの国で活躍したいと言っていました。
兄弟で悪魔の国で競い合うより、別々の君主に仕えた方が良いだろうと……」
――まずい……。断れない。
ワルシャワの血筋が俺に仕えたいと言っている。王城としては、よほどの理由がない限り、大貴族を雇用しないわけにはいかない。
しかも、カリヌスは達筆だ。
その上、アヤナが直々に贈り物と文を持ってきたのだ。突っぱねるわけにはいかない。
――代筆官か……。またヴァンパイアの王城のハイランクポジションにワルシャワが入るのか……。
代筆官は様々な書類や手紙に触れることができる。自然と、王の側近になりやすい。
「カリヌスはヴァンパイアの魔王様に誠心誠意お仕えして、ワルシャワと陛下の架け橋になり、友好関係を維持したいと言ってましたわ」
――親戚を俺の側近ポジションに送り込んできたか……。
「陛下、いかがでしょうか?」
――これは、断る正当な理由が存在しないな……。
俺は笑顔で頷いた。
「分かった。前向きに検討しよう。それと、他の作品も見せてくれ。その上で決めようじゃないか」
「ありがとうございます!」
アヤナは嬉しそうに笑った。
◇◇◇
アヤナが退出すると、俺は机に突っ伏した。
「またワルシャワがポジション入りか……」
側近ははらはらした顔で聞いた。
「魔王様! いかがされますか?」
「どうもこうもないわ! 友好とまで言われて、断れん!」
俺は書を手に取るとまじまじと眺めた。
――こんな字を書くとは……。信じられん。
「これは、採用するしかないな……ああ……」
俺は深いため息を吐いた。




