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貴族社会を奇策で殴る  作者: 水守 鳴
24章 後日譚
131/133

ep.130 兄妹の幸せとヴァンパイア魔王の苦悩

◇◇◇ 

 それから十年後――。


「チェーザレお兄さま! 今日はどこに行かれるのですか?」


 身支度を整えて部屋を出ると、廊下の向こうからセツナが駆け寄ってきた。


 僕はセツナに笑いかけた。


「おはよう! セツナ。今日から花人魚の国に行くのさ」


「花人魚の国へ?」


 セツナは可愛らしく小首を傾げた。


「ああ。タシュビッツ領に行くんだ。領主のクレイ侯爵の兄、ノワール卿の足を治療するんだよ」


「まあ! タシュビッツですか! クレイ侯爵にならお会いしたことありますわよ! 頭が切れる商売人の女性って感じでした!」


「そうか。セツナは今日はどこに行くんだ? ずいぶんめかしこんでるじゃないか?」


「シトリン侯爵とデートです! 昨日、彼がヴァンパイアの国に到着したんですよ!」


「そうか。楽しんでね。じゃあ、行ってきます」


「行ってらっしゃいませ!」


 僕はひらりと手を振ると、螺旋階段を下り始めた。

 

◇◇◇ 

 色使いとして覚醒してから、色々なことがあった。


 まず、カノン領地から帰国するなり、治療の申し込みが殺到した。


 魔界には、不治の病や治療が難しい病がまだまだ沢山ある。


 灰色の色炎は、それら全てを治すことができたのだ。


 折れた足を焼けば、足はたちまち元に戻り、重い心臓病に苦しむ者を焼けば、心臓が健全な動き方をするようになった。


 当然、僕は各国から引っ張りだこになった。


 青い色炎と灰色の色炎によって、気づいたら僕は医者扱いされるようになっていた。


――病に苦しむ魔族を助けたい!


 強く思った僕は、就くはずだった寝室侍従の仕事を辞退した。そして、各国を駆け回るようになった。


 灰色の色炎は二日に一回生み出すことができる力だったので、僕は多くの魔族を救うことができた。


 身分制度の関係で、どうしても貴族優先にはなってしまうが、平民にも治療を施した。


 医者として充実した日々を過ごしている内に、ある日ふと気づいた。


――公爵になる必要、なくないか?


 各国を馬車で駆け回る僕は、移動に大量の時間を使う。公爵になれば、社交や領地管理に時間を割かなければならない。


 その時間があれば、苦しむ患者をより多く救うことができる。


 十五歳になった頃、僕は公爵位継承戦を辞退した。


 あれだけ公爵になりたかったのに、自分からやめるなんて不思議な話だ。


 意外なことに、セツナも継承争いを辞退してしまった。


 ワルシャワ公爵家の爵位継承者はアヤナお姉さまだけになり、後継者の座はアヤナお姉さまのものになった。

 

◇◇◇ 

「セツナ、俺と結婚してください!」


「喜んで、シトリン侯爵!」


 私は笑顔で赤薔薇の花束を受け取った。


 花束を抱きしめると、ドラゴンレッドローズの甘い香りが鼻先をかすめた。


「結婚したら、セツナは侯爵夫人だよ。でも、本当にワルシャワ公爵にならなくていいのかい?」


 シトリン侯爵はクスリと笑った。


「もー! からかってるのね!」


 私はほおを膨らませて、そっぽを向いた。


「五年前に、爵位継承戦は辞退しました! アヤナお姉さまってば、強すぎるんだもの。それに、政治と社交の泥沼の世界は、私には難易度高すぎたわ! 公爵なんて、無理!」


「……今なら我がメイズ侯爵家が力になってあげられるよ?」


 シトリン侯爵は悪戯っぽく笑った。私が公爵になる気がないと分かった上で言っているのだ。


「昔の私は、劣等感の塊だったのよ。姉妹は皆特別な存在だし……。


特に、爵位継承争いのライバルのアヤナお姉さまのこと、憎んでたわ……。


でもね、気づいたの。私は私のままで良いんだって。無理して公爵になる必要ないってね。


ワルシャワ公爵への要求水準、高すぎよ! 公爵になるなんて無理!」


「それはそうだ。ワルシャワは世界有数の権門だからね」


「うん……。それにね、アヤナお姉さまってば、私のこと大好きなのよ。マラリアで死にかけて生還したとき、号泣してたわ。


その日は一緒に入浴したんだけどね。お姉さまの涙でバスタブがいっぱいになりそうだったわ」


 私は思い出して、クスリと笑ってしまった。あの日は、あんまり泣いてばかりいるから、水鉄砲で遊ぼうなどと提案してしまったのだ。


「私、アヤナお姉さまに嫉妬するばかりだったのよ。でも、お姉さまが私のことをこんなに愛してるって分かって、嫉妬がどっかいっちゃった!」


「そうか。助かって本当に良かったよ……。じゃなきゃ、こうして君に出会えなかったからね」


 シトリン侯爵は荒っぽく私を抱きしめた。


 本気で言っているのが伝わってきて、自然と笑みがこぼれた。


「あなたに『俺にとって世界一美しくて魅力的なレディはセツナです』って告白されたときはびっくりしたわ。それ、アヤナお姉さまだと思ってたから」


「アヤナ公爵夫人は魅力的だが……俺にとっては君が一番だよ!」 


「嬉しい! ありがとう! そうだ! 来週の全魔界ピアノコンテストには絶対に来てね! 今年こそ、世界一位になるんだから!」


「もちろんだよ。でも、毎年二位でも十分凄いよ。コンテスト結果がどうであれ、俺にとって世界一美しい音色はセツナの奏でる音さ」


「ありがとう!」


 私たちは笑い合った。


◇◇◇ 

 側近が青い顔で俺の執務室に駆けこんで来た。


「大変です! ヴァンパイアの魔王様! ワルシャワが……ワルシャワが!」


 俺は持っていたペンを置き、即座に身構えた。


「なんだ!? ワルシャワがどうした!? 今度はなんなんだ!」


 側近は倒れそうな顔で告げた。


「セツナとチェーザレがそれぞれ結婚するんですよ!」


「くそ……! 何年も前のデジャヴだ! ついに結婚か! で、相手は誰なんだ? いや待て、セツナの相手はシトリン=デ=メイズ侯爵か? 一年前から交際していた気がするが……」


「おっしゃる通りです!」


「まじかよ。ワルシャワはどんだけジュエルドラゴンと結婚するんだ。どこまでドラゴンの国にパイプを作るんだよ」


「次女のエンナ竜王妃様と三女のルージュナ親王妃様に続いて、末っ子のセツナまでドラゴンの国に嫁入りです」


「だが、メイズ侯爵家はドラゴンの侯爵家中、序列は二位だ。ワルシャワにしては平凡な嫁ぎ先だな」


「魔王様! ワルシャワが強い婚姻ばっかりするから、基準がおかしくなってます! 侯爵夫人は十分上澄みです!」


「……お前の言う通りだよ」


 俺は盛大なため息をついた。


「で、チェーザレの結婚相手は誰なんだよ? あいつ、医療一筋だろ? 大量の縁談を断り続けていたが?」


 側近は叫び声を上げた。


「お相手が、クレイ=デ=タシュビッツ侯爵です! チェーザレは半年前にクレイの兄のノワール卿の足を治しに行ったでしょう? 


そのときに親密になり、二人は恋に落ちたとか。結婚式は半年後です」


「なにぃ! タシュビッツだと? あれは花人魚の国一番の大富豪だぞ! 


ワルシャワめ! 宰相ポジションに飽き足らずに竜王家と婚姻したばかりか、魔油まで獲得したくせに……! 次は財力か!? 


どれだけ俺を脅かせば気が済む!?」


「魔王様! 落ちついて! 今のところ、アヤナもチェーザマリーも忠実です!」


「良い臣下と忠実な臣下は別だ……くそお! ワルシャワ家はどれだけ権力拡大すれば気が済むんだ?」


 頭を押さえたときだ。


――コンコン。


 扉をノックする音が響いた。


「魔王様、アヤナ公爵夫人がいらっしゃいました」


「何!? アヤナが? 通しなさい」


 命じると、ほどなくしてアヤナが姿を現した。


「魔王様にご挨拶いたします」


「やあ。よく来てくれたね。用件はなんだい?」


 先ほどまでのやりとりが存在しなかったかのように、俺は明るい笑顔を向けた。


 魔王とはいえ、ワルシャワ一族の者には、好意的に接する必要がある。最悪なことに、魔王の俺ですら気を使わざるを得ない家門だからだ。


「実は、甥のカリヌス=デ=アーチャーから、魔王様への贈り物と文を持って参りました」

 

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