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貴族社会を奇策で殴る  作者: 水守 鳴
25章 甥のカリヌスは、魔王のお気に入りで頭の切れる代筆官
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ep.132 やっぱり奇策で殴る

◇◇◇ 

――それから十年後。ヴァンパイアの魔王の私室にて。


「いやあ……。弟のカリサイが稀代の書聖すぎて、僕は埋もれてました。僕はこんなにも書の才能があるのに? 信じられます? 


それで思ったんですよ! そうだ! 出国しよう!」


「……はあ?」


 俺はクラッカーをつまみながら、変な声を出してしまった。


 目の前の男――カリヌス=デ=アーチャーはにこにこ笑っていた。 


 カリヌスは母親譲りのダークブラウンの髪と瞳を持つ美男だ。


 この笑顔を見て、くらりとこないレディはいないだろう。


「悪魔の国で代筆官をやったら、カリサイと役職が被るし、僕はカリサイの影に埋もれます。だから、外国で働くことにしました! 


僕がアーチャー史上初、外国の君主の元で代筆官になった悪魔です!」


「それで……?」


「僕は活躍して有名になりたかったんです。誰だって、そういう野望はあるでしょう? 


悪魔の国のフィールドでは敵わないので、ヴァンパイアの国に来ました! なんてったって、僕はワルシャワの親戚ですからね!」


「お前……良いように俺を利用してないか?」


「はい! 採用されて感謝してます!」


 カリヌスはにっこりと笑った。あけすけな言い方に、俺は吹き出してしまった。


「ハハハッ! 有名になりたくて俺を使うとは! とんでもない奴だ!」


 採用当初は、ワルシャワの血筋なんてうざいと思っていた。だが俺は、変に飾らないこの若者が気に入ってしまった。


 信じられないことに、今では私室で一緒にお喋りする仲だ。


「ワルシャワ一族はうっとおしいがな。カリヌスは今後も重用してやっても良い」


「……それは、僕の字が上手すぎるから?」


「ああ。そうだ」


「光栄です! 魔王様に重用されるおかげで、僕は大活躍できてます! ありがとうございます!」


――ワルシャワ一族の者を厚遇してしまうとは……。俺は何をやっているんだか……。


 自分に呆れて、笑ってしまいそうになった。


「ところで、魔王様はアヤナ伯母様とチェーザマリーお祖父様が嫌いですよね。なんでですか?」


「お前……まじでストレートだな。それはな、ワルシャワ一族が優秀で、権力を持ちすぎてるからだよ。一つの家門だけが強くなるのは良くない」


「それはそうですよね……。なら、僕とかやばくないですか? 重用されてます! 麗筆でワルシャワの名声を高めてます!」


「まったくだ。お前を重用する自分を自分で疑うよ」


「"持つ者はますます持つ"って言いますからね。これからもワルシャワは拡大すると思いますよ?」


「おいこら。嫌な予言は止めてくれ」 


「すみません! あっ! もしワルシャワの婚姻戦略がご心配なら、僕は男爵令嬢とかと結婚しましょうか? そしたら魔王様のご懸念も減るかと」


――は? 魔王のために釣り合わない家と結婚? まったく呆れた奴だ。だが、忠実なところは悪くない。


 俺は苦笑いした。


「助かるが……男爵と、ワルシャワ公爵家とアーチャー伯爵家では家格が釣り合わん。親戚に反対されるよ」


 カリヌスは明るく笑った。


「大丈夫です! マリアンヌおばあさまなんて、侯爵令嬢だったのに男爵と結婚してますからね! 不可能なことなら、奇策で突破です! 諦めたら終わりですよ!」


「お前、正気か? 魔王のために格下と結婚するとか、正気の沙汰とは思えん……」


「僕は今後もヴァンパイアの魔王様に大事にされたいので。多分、ワルシャワ一族で陛下とこんなに仲良しになれるの、僕くらいですよ?」


「自分で言うな」


 俺が吹き出すと、カリヌスも笑った。


「僕が陛下のために弱い家門と結婚したら、陛下は僕のことを大事にするでしょう? 


なにせ、権門と結婚しないワルシャワなんてレア中のレアですからね。変な結婚をして、むしろ自分の立場を強固にする! 


これが僕の奇策です! でも安心してください! 愛のある結婚をしますから!」


「そうか。そうか。全く、お前はワルシャワ一族の中の変人だよ」


「変で結構。陛下のためなら、いくらでも奇策を打ち出してみせますよ! 頭は使うためにあるのでね!」


◇◇◇ 

あれから三年後――。


「なんだって!? 男爵と結婚する!? カリヌス、お前は正気か!?」


「はい! チェーザマリーお祖父様! 僕はスピィ=オン=ハルス男爵と結婚します! 僕は男爵夫になります!」


「ハルス!? ヴァンパイアの国の最下位男爵家だぞ! そんな家格は到底受け入れられない! 結婚なんて、認めない!」


 俺は怒鳴り声を上げた。


 孫のカリヌスが、結婚の報告にやってきた。内容を聞いて仰天した。


 なんとカリヌスは、最下位男爵と結婚すると言い出したのだ。


 孫には幸せな結婚をしてほしい。だが、最下位男爵家のハルスなんて論外だ。


 カリヌスはヴァンパイアの魔王様から重用される代筆官。ワルシャワ一族にとって大切な存在だ。


 カリヌスの母は俺の娘のマキュナ。父親は書聖のダータン伯爵。


 ワルシャワ公爵家とアーチャー伯爵家の流れをくむ可愛い可愛い孫が、なんで最下位男爵なんかと結婚するのか。意味が分からない。


「お前なら、公爵夫にだってなれる。魔王様から重用され、関係は良好。美男だし、縁談の申し込みだって殺到している。考え直せ!」


「嫌です! 結婚するのはお祖父様じゃなくて、僕です! 僕の結婚は僕が決めます!」


「何を言っている! ワルシャワの当主は俺だ! 最下位男爵となんか結婚されたら、ワルシャワの格が落ちる! 俺は家門の威光を守る義務がある!」


「お祖父様は聡明でお優しい方という認識ですが……。権力を手に入れる内に、変わられてしまったのですか? 僕の幸せより、家門優先ですか?」


「は? そうじゃない。侯爵家や公爵家にも、素晴らしい女性はいる。彼女たちと愛ある結婚をすれば良いだろ? 話は以上だ」


 俺が打ち切ろうとすると、カリヌスはにやりと笑った。


「それは無理ですね。スピィ男爵は下賜品なので」


「……は?」


「実は、ヴァンパイアの魔王様から、日々の功労の褒美をやろうと言われたのです。


僕は魔王様に聞きました。『魔王様がお持ちのものでしたら、その中から褒美は何でも要求できますか?』」


「それで、魔王様はなんて言った?」


「魔王様は『もちろんだ。私が自分の所有物を下賜できないわけないだろう?』とおっしゃいました。それで、僕は聞きました。


『この国の民は当然、魔王様のものですよね?』」


「民だと……?」


「魔王様は『もちろんだ』とおっしゃいました。だからお願いしたんです。『スピィ男爵をください。貴族もヴァンパイアの国の民。魔王様のものですから』とね」


「はあ!? ふざけるな!」


「ふざけてません。お祖父様は、民が君主のものではないとお考えですか? 我々貴族は魔王様のものではないと? 


貴族は魔王に忠誠を誓うものではないのですか? 


でしたら、このことを魔王様に奏上いたします。祖父チェーザマリー宰相は、陛下の所有物に口を出す権限があるらしい、とね」


「なんだと!? 俺を脅迫するのか!」


「はいそうです。愛する女性と結婚したいので、やれることは何でもやりますよ。スピィも僕を愛してますし。


お祖父様だって、お祖母様と結婚するためなら、なんだってやるでしょう? お祖母様が他の男性と結婚して笑いかけて、子どもを産むとか耐えられます?」


「……それは無理だ」


「自分が耐えられない苦しみを、なぜ孫に押し付けるのですか?」


 カリヌスは勝ち誇ったように笑った。俺は言葉に詰まった。


「それに僕はもう、ヴァンパイアの魔王様に結婚の報告に行ってきました。半年後に結婚するってね。魔王様から頂いた妻ですし。最初に魔王様に報告するべきでしょう?」


「……なんだと?」


 カリヌスはわざとらしく首を傾げた。


「魔王様は僕に、結婚祝いの品までくださいました。結婚できないなら、返すしかありませんね。


せっかくの品を返すなんて、不敬に当たりそうですね。ああ、なんて言って返そうかな?」


「なんてことしてくれたんだ! お前、分かっててやってるだろ!」


 俺が机を叩いたときだった。


――コンコン。


 扉をノックする音が響き、妻のリトが姿を現した。


 リトは俺に明るく笑いかけた。


「チェーザマリー! カリヌスが結婚するって本当? めでたいわね!」


 そう言うと、リトは俺の隣に腰掛けた。


「全然めでたくない……。最下位男爵のスピィなんかと結婚すると言っている」


 リトは目を見開いた。


「まあ! そうなの? でも、愛し合ってるなら良いじゃない?」


「良くないよ。流石に家柄が釣り合わない」


「そうなの? なら、あなたは私が男爵令嬢だったら結婚してくれなかったのかしら?」


 リトは悲しそうに目を潤ませた。


 俺は思わずリトを抱きしめた。


「そんなわけない。リト以外考えられない。男爵令嬢でも結婚する」


 言った直後、はっとした。カリヌスが勝ちを確信した笑みを浮かべたからだ。


「……そうですか。なら、僕の結婚に反対する理由はないですよね?」


 カリヌスは嬉しそうに笑った。すると、リトの瞳が爛々と輝いた。


「よかったわね、カリヌス。チェーザマリーは認めてくれたみたいよ? 自分はやるのに、孫にはやるな、なんて言うわけないもの」


 カリヌスとリトは仲良さそうに笑い合った。


 俺は悟った。


――カリヌス、リトを使いやがったな。


 おそらく、先に妻を味方につけたのだ。


「それで、お祖父様。結婚を認めてくださいますよね?」


――やられた……!


 信じられない。この俺が、奇策にはまってしまうなんて。


 軽くめまいを覚えた。頭を殴られた気分だ。 

 

 頭を押さえた俺とは違い、カリヌスは爽やかに笑った。


「身分制度が認めない? 家格が問題? 貴族の常識で考えたらありえない? そんなことがなんだと言うのです? 障害が僕を阻むなら、貴族社会を奇策で殴らせて頂くまでですよ!」

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!


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