ep.13 デザイナーの才能開花と厳しい師匠
広い店内には、ところ狭しとドレスが並べられていた。視界一面がドレスだ。
伯爵夫人はクスクスと楽しそうに笑った。
「既製服のお店に来るのは初めてかしら?」
「あの、既製服ってなんですか?」
「既製服というのはね、ある程度のサイズに合わせて、大量に作る服よ。反対はオーダーメイド。注文者の体形や希望に合わせて、カウンセリングをして一から作るのよ」
「僕、既製服って初めて見ました……。お母様もお父様も、オーダーメイドしかしないので」
伯爵夫人は愉快そうに笑った。
「貴族は普通は、オーダーメイドの服しか着ないわ。上流階級専用の高級洋服店に行っても、普通は見本品しか置いてないからね」
「じゃあ……。なんで既製服?」
僕が首を傾げると、伯爵夫人は近くにかけられていたドレスを手にとって僕に見せた。
「例えばこれ、素敵なドレスじゃない?」
僕はドレスをじっと見つめた。
それは、Aラインの上品な青色のドレスだった。胸元にはコスモスの花の刺繍が散りばめられ、裾には緑色のレースがふんだんにあしらわれている。
「可愛いドレスですね。散策とかで着たくなりそうです」
伯爵夫人は頷いた。
「そうでしょう? もしこれがオーダーメイドなら、買った魔族本人しか着られないのよ。けど、既製服なら沢山作れるわ。沢山のレディが、この可愛らしいデザインを楽しめるのよ」
「なるほど……」
「大事なパーティーではもちろん、オーダーメイドを楽しむけどね。グリフィンの貴族は既製服も着るのよ。この国には"良いものは独占しないで共有する"っていう考え方があるのよ」
「素敵な考え方ですね!」
「でしょ? 何より、既製服はオーダメイドより安いわ。その分、沢山買えるのよ。沢山のデザインを楽しめるわ。金銭的にもお得よ」
「なるほど! オーダーメイドと既製服、両方を楽しむんですね!」
「ええ。そうよ。もちろん、グリフィンの貴族の中にもオーダーメイドしか着ない者はいるけどね。どっちをいつ着るかは好みの問題よ」
――凄い……。価値観って、国によって違うんだな。
「さあ、色々ドレスを見ましょう。既製服は一度に実物が沢山見られるからね。試着もできるし楽しいわよ」
◇◇◇
僕は伯爵夫人について回り、様々な既製服を見た。
実際に何着ものドレスを手に取って眺めたのは初めてだった。
赤、青、白、緑。形も色も様々な洋服に、僕は夢中になった。
――ドレスってなんて美しいんだろう。それに、デザインの幅ってこんなにあるんだ。
伯爵夫人が鏡を見ながらドレスを当てているときだった。マネキンに飾られたドレスに、僕の目は吸い寄せられた。
――あのドレス、伯爵夫人に似合いそうだな……。
それは、キャラメル色のマーメイドドレスだった。総レースになっていて、全体に白いレースがあしらわれている。
「あの! あのドレスを着てみてもらえませんか? 凄く似合いそうです!」
僕がドレスを指差すと、伯爵夫人は不思議そうな顔をした。
「まあ? あれ? なんだか上品なドレスね。私、フリルとかの可愛らしいデザインが好きなのよね」
「でも……きっと似合います。夫人は背も高いですし……。夫人の茶髪を引き立ててくれそうですよ」
「そう? じゃあ試着してみようかしら?」
伯爵夫人は、店員に頼んでドレスを用意してもらうと、試着室に入った。
僕はどきどきしながら待っていた。
そして、試着室から出てきた伯爵夫人を見て、僕は達成感で胸がいっぱいになった。夫人がいつもより、美しく見えたのだ。
伯爵夫人は嬉しそうに微笑んだ。
「このドレス、私にぴったりね。ネルヴァーはセンスがあるわ」
夫人は僕の頭を撫でてくれた。
僕は嬉しくなり、その後は夫人に似合いそうなドレスを五着も選んだ。
どれも夫人によく似合い、夫人は六着全てを購入した。
――洋服の世界って、なんて楽しいんだろう。それに、着るものを変えるだけで、印象って変わるんだな。上手く行けば、普段よりも綺麗に見える!
◇◇◇
洋服のデザインに興味をもった僕は、両親からもらったお小遣いを使い、デザインの本を大量に購入した。
ドレスのデザイン、レイアウトのデザイン、洋服の作り方。毎日そんな本を読み漁った。その内、自分でドレスのデザイン画を描くようになってしまった。
僕は紳士服よりも、ドレスやレースやフリルやリボンに惹かれた。デザインの幅がずっと広いからだ。
――もっと本格的に学びたい。いや、作ってみたいな。
そんな気持ちが高まっていった。
◇◇◇
ミマサク邸に来てからちょうど半年が経った。
その日は、両親がミマサク邸を訪れた。父が仕事の都合でグリフィンの国を訪れたからだ。
僕とミマサク伯爵夫妻と父と母は、晩餐の席を共にしていた。
「ネルヴァーは好奇心旺盛でとっても良い子ね。この前は私のドレスを選んでくれたのよ」
「私たちはまだ子どもがいないし。子どもがいたらこんな感じなのかな? ネルヴァーが自分の子どもみたいだ」
伯爵夫妻は僕を褒めちぎってくれた。
父と母は満足そうに笑っていた。
デザートを食べ終わったとき、僕は思い切って両親に切り出した。
「あのね、僕、ドレスが好きなんだ。デザインの勉強がしたい。将来はドレスデザイナーになりたい」
父は反対した。
「は? ハエディストは官僚一族だぞ? なのにデザイナー? それは認められないな」
逆に、母は賛成した。
「いいじゃない! ネルヴァーはセンスがあるし、きっと向いてるわ」
母の発言に、父は不快な顔をした。
「ネルヴァーは賢い。きっと、官僚として出世できるはずだ」
「官僚になって、侯爵になるだけが人生じゃないわ。私の実家のオブシディアン侯爵家は私も含めて六人兄妹だったわ。全員で、侯爵位を巡ってバトルよ。私は争いが嫌で、宮廷画家になったわ。結局、侯爵になったのは次女のお姉様だった。私以外の兄妹四人は毒殺とかで亡くなったわ。私はネルヴァーに、爵位継承争い以外の道も残したいわ」
母の発言に、父は詰まった。
母は僕に優しく微笑んだ。
「ネルヴァー。やってみなさい。失敗しても、やり直せるわ。なんてったって、ハエディスト家には財力がありますからね」
「お母様、ありがとうございます!」
僕は感動で胸がいっぱいになった。
すると、それまで黙って聞いていたミマサク伯爵夫妻も、口を開いた。
「他家のことに口を出したくはないが……。ミマサク家のグリフィンは代々、グリフィンの魔王様の近衛隊に勤めている。しかし、中には彫刻家になった者もいる。芸術の道もありなんじゃないか?」
「そうですよ。グリフィンの国には、有名な仕立て屋が沢山あります。著名なデザイナーに弟子入りしてはどうでしょう? 一人前になるまでの修行期間は、ミマサク邸に滞在していいですよ」
母とミマサク夫妻の説得に、父は折れた。
僕は、三人に感謝してもしきれなかった。
◇◇◇
僕は母の紹介を使い、有名デザイナーに頼みこんで弟子にしてもらい、修行を始めた。
師匠の名前は、マオ=メイドリ。彼女はフリルやリボンをたっぷりと使ったデザインが得意なドレスデザイナーだった。
ロマンチックなデザインを作るグリフィンだから、柔らかい雰囲気の女性かと思ったら、全然違った。
三つ編みのおさげ髪の女性で、青い瞳の眼光は鷹のように鋭く、厳しい方だった。
僕が自分のデザイン画を見せると、マオ師匠は
「拙いがセンスがあるな」と褒めてくれた。直後、ピシャリと告げられた。
「貴族でも容赦しないからな。この世界は厳しい競争社会だ」




