ep.12 後継者争いが怖くて逃げた先のグリフィンの国は、最高の環境だった
「まあ、ハエディスト侯爵家の四男?」
「あちらにいらっしゃるのはダータン伯爵じゃない?」
「可愛くて好奇心旺盛な子ね」
そんな声が、あちこちから聞こえてきた。
――ここでこのガキを邪険にしたら最悪だ。無邪気な名家の幼い美少年に冷たくした伯爵になっちまう。くそっ、こんなことされたら、最初だけ親切にして、パーティーの途中から適当にあしらうのもやり辛くなったじゃないか。……そうしようと思ってたのに。
俺はネルヴァーに微笑んだ。今は観衆の目があるからだ。
「はじめまして。かっこいいって言ってくれて嬉しいよ。俺の名前はダータン=デ=アーチャーだ。伯爵だよ」
ネルヴァーの瞳が輝いた。
「アーチャー? 綺麗な字を書くことで有名だよね。ねえ! よかったら見せてよ!」
俺は苦笑した。
「仕方ないな。あっちのソファに座って色々話そう」
◇◇◇
俺の隣に腰掛けると、ネルヴァーは嬉しそうに笑った。
「アーチャー家って、超名門じゃん!悪魔の国に三十個しかない伯爵家の内、トップだよ!やっぱり、僕の目は間違ってなかった! お兄さんがオーラ醸し出しててラッキー!」
――なんつーガキだ。
俺は頭を押さえた。
「お前、わざと大声だしやがったな?」
ネルヴァーは笑顔で素直に頷いた。
「うん! だって、目の前のチャンスは逃がしてはいけないってお父様から教わったからさ。パーティーが終わるまで一緒にいてよ」
――コシュリ侯爵……。ちゃんと教育してやがる……。
「シナリオはこうだよ。幼い僕はパーティーでイケメンを見つけて思わず話かけたんだ。そしたら、ダータン伯爵は僕に親切にしてくれたわけ。僕が沢山お話したがったから、ダータン伯爵は付き合ってくれるの。途中で見放されたら僕、また大声出しちゃうかも」
「とんでもないガキだ。やっぱりハエディストだな」
ネルヴァーは俺の呟きを軽くスルーして言った。
「ねぇ! アーチャー家は代々代筆官なんでしょ? 麗筆で有名だよね! なんか書いてよ!見てみたい!」
俺は手帳を取り出すと、さらさらと文字を書いた。手帳には、ネルヴァー=オン=ハエディストと書いた。
ネルヴァーは瞳をきらめかせると、はしゃいだ声を上げた。
「うわぁ! すごい! 芸術作品みたい!」
――ここはちゃんと年相応なのかよ
「流麗筆致って言葉はアーチャー家のためにあるって聞いたけど、本当だったんだね!」
――こいつ、計算して褒めてやがる。俺を気分良くさせようとしてんのか。上手いな。
「お前は何が得意なんだ? ハエディストは官僚一族だろ。父親と同じで法務大臣にでもなるのか?」
「なりません!」
「ええ?」
俺が戸惑うと、ネルヴァーは明るく笑った。
「僕、十日後に、グリフィンの国に行くからさ。進路はそれから考えようかな」
「は? なんでグリフィンの国に行くんだよ?」
「僕さ、勉強が得意なんだよね。家庭教師が出した難しい問題とか、上級魔術に成功したら、お兄様三人に睨まれたわけ。それで、この前、部屋にあった参考書とか全部、ズタズタにされたんだよね」
――まじか。
「ほら、お父様が後継者争い解禁宣言したら、毒殺もなんでもありになっちゃうでしょ? まだ殺し合いは禁止だけどね、僕は身の危険を感じたわけ。馬鹿のふりしとけばよかったよ」
――七歳児でさらっと言うのがやっぱハエディストだな
「だから、思いついたんだよ! そうだ! 外国に行こうって。流石に海外までいじめに行けないよ」
「まじかよ。いつまで滞在するんだ?」
「ひとまず一年くらい。お母様の遠縁の伯爵家に滞在するんだ」
「どこの伯爵家だ? 滞在先は大事だからな」
「ミマサク伯爵家だよ。お母様のお祖母様のお兄様が婿入りした家門だよ」
「ああ。グリフィンの国に五十ある伯爵家の内、序列十位の家門か。いい滞在先じゃないか」
ネルヴァーは嬉しそうに笑った。
「グリフィンの国は、美しい建物とか、美術品や伝統工芸で有名でしょ? 僕は美術の勉強に行くわけ。お母様が賛成してくれたんだよ」
ネルヴァーがそう言ったときだった。金髪碧眼の男性がこちらに歩み寄り、俺に話しかけてきた。
「楽しそうだな。ダータン伯爵。懐かれてるじゃないか」
ネルヴァーは即座に立ち上がると、金髪碧眼の男性に笑顔で挨拶をした。
「はじめまして。ネルヴァー=オン=ハエディストです。今日初めてパーティーに来たんです。一人で心細かったので、ダータン伯爵に色々教えてもらってました。伯爵がとっても親切で安心しました」
――こいつ、大嘘付きだな。くそっ。ますます俺が親切にしなきゃいけなくなったじゃないか。
俺は男性に微笑むと、ネルヴァーを手で指し示した。
「この子はなかなか見どころありますよ。明るい性格で社交的ですね」
俺は今度は男性を手で指し示すと、ネルヴァーを見て言った。
「こちらはスカーポリー=デ=チェシャー侯爵だよ。悪魔の魔王様の第三夫さ」
スカーポリー侯爵はネルヴァーに微笑んだ。
「ダータン伯爵が褒めるなんて。初パーティーなのになかなかやるね」
ネルヴァーは侯爵にお礼を言うと俺に微笑んだ。その目は明らかにこう言っていた。
――伯爵、ありがとー! この後もよろしく!
俺は心の中でため息をついた。
――しゃーない。今回のパーティーはこいつに付き合わせられることになりそうだ。
俺は気づいていなかった。自分の口角が上がっていることに。
◇◇◇
「ネルヴァー=オン=ハエディストです。今日から一年間、よろしくお願いします!」
僕が丁寧に礼をすると、ミマサク伯爵夫妻は優しく微笑んだ。
「まあ。礼儀正しい子ね。ねえ、あなた?」
「ああ。それに母親にそっくりだな。将来はお母さんみたいに美形になること間違いなしだ」
「ありがとうございます。母に伝えておきます。きっと喜びます」
「ハハハッ。上手い子だ」
ミマサク伯爵夫妻は、優しくて親切な夫婦だった。
二人はいとこ同士らしい。くせのある茶髪も、琥珀色の瞳も、整った顔立ちまで、そっくりだった。
ミマサク伯爵邸は、白檀をふんだんに使った広大な屋敷だった。歩くだけで木の香りがした。ミマサク伯爵領には、広大な白檀の森があるらしい。
屋敷の中には、様々な芸術品が飾られていた。燭台の彫刻一つとっても素晴らしい出来栄えで、余白の取り方一つにうっとりしてしまうほどだ。
僕は三階にある、南向きの部屋を与えられた。日当たりがよくて、庭のネモフィラ畑が一望できる、来客用の一番良い部屋だった。
僕は、執事や伯爵夫人に付き添ってもらい、毎日美術の勉強に明け暮れた。
まずは、グリフィンの国の美しい景色を観光した。その中で、歴史的建造物や美術館などを見学した。他領の観光地も頻繁に訪れた。
次に、伝統工芸の職場に見学に行った。職人たちから直に説明を聞き、細工物を作る体験をさせてもらった。
「君は手先が器用だな」
どの職人たちもそう言って、僕を褒めてくれた。
特に楽しかった体験は、染め物の体験だ。真っ白な布が、まったく違う色に変わることが衝撃だった。
そんな穏やかな日々を過ごし、四カ月が過ぎた頃だ。
「今日は私の買い物に付き合ってくれない? ドレスを買いにいきたいのよ」
伯爵夫人から、僕は買い物に誘われた。僕は喜んで頷いた。
◇◇◇
「ええ!? ここがドレス店!? ドレスが沢山ある!?」
僕は入店するなり、驚いて声を上げた。




