ep.11 子どもに嵌められた伯爵
マスターとダータン伯爵とネルヴァー卿は、爆笑した。
「おいこら。お前なぁ」
チェーザマリー公爵まで、突っ込みながら笑っている。
――よし! 成功だわ! なんか上手くいったみたい!
笑いが収まると、マスターは再び材料を計量した。流れるような所作でシェイカーを振り、二杯目を仕上げる。
「どうぞ。チェーザマリーのアウマッタンですよ」
マスターが笑顔でカクテルグラスを差し出すと、チェーザマリー公爵は微笑んで受け取った。
「ありがと、マスター。綺麗なコバルトブルーだな。流石だよ」
チェーザマリー公爵が褒めると、ネルヴァー卿も同調した。
「アウマッタンって、下手なバーテンダーがシェイクするとネイビーになっちゃうんだよね。僕、こんなに綺麗なコバルトブルーはゴスメーデ以外じゃ見たことないよ」
「ありがとうございます」
マスターは誇らしそうに笑った。
「確かに。カクテルの中に海があるみたいですわね。とっても美しいわ」
「アウマッタンは"漕ぎ出す海賊"って意味だからな。昔、海賊が好んで飲んだカクテルらしいけど。海賊が見てもマスターのカクテルの完成度はびっくりだ」
私とダータン伯爵も称賛すると、マスターは嬉しそうに笑った。
――美しいコバルトブルー。なんて綺麗なのかしら……。
そんなことを考えている間に、チェーザマリー公爵はカクテルを一口飲んだ。私もカクテルに口をつけた。そして、私は一息に全て飲み干してしまった。
「ええ!? 上品な一気飲みだな?」
チェーザマリー公爵が驚くと、私ははっとした。
「あんまり美味しくて、気づいたら飲んでしまっていました」
チェーザマリー公爵とネルヴァー卿は楽しそうに笑った。マスターは嬉しそうに微笑んだ。ダータン伯爵だけは、真面目な顔でじっと私を見ていた。まるで、観察しているみたいだった。
すると、チェーザマリー公爵が身を乗り出した。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢の話が聞きたいよ。なんでオン称号を名乗れない?」
ネルヴァー卿も身を乗り出して聞いた。
「それよりさ、ユリジェンヌ侯爵令嬢のお祖母様って誰?」
私は胸を張った。
「私の祖母は、マリアンヌ男爵夫人です」
チェーザマリー公爵とダータン伯爵とネルヴァー卿は驚愕した。
「ええ!? マリアンヌ男爵夫人だって?」
「悪魔の魔王様のお気に入りの? 魔王様の次に美しいって言われてるよね……。僕、初めて会ったとき、度肝を抜かれたよ。社交界の華じゃん!」
マスターだけは、彼らとは違い、穏やかに微笑んでいた。
「まあ、聞いてくださいよ。一からお話しますから」
私は微笑むと、今日までの出来事を語り出した。
◇◇◇
「……というわけなんです。ご厚意は嬉しいんですけどね。魔界にいると大伯父と祖母がよかれと思って結婚を勧めてくるんですよ。結婚が嫌で、人間界に逃げてきました。まあ、元々行ってみたかったし」
私がため息をつくと、ネルヴァー卿が明るく笑って言った。
「分かる! 僕も結婚が嫌で未婚なんだよね」
ダータン伯爵も頷いた。
「俺もだ。結婚なんてめんどくさい」
すると、ネルヴァー卿が非難がましくダータン伯爵を睨んだ。
「あーあ。僕は卿だけど、ダータンは悪魔の国の伯爵家トップで伯爵なのに。相手選び放題でしょ。もったいな」
「いやお前な。卿とはいえ、お前んとこの侯爵家は悪魔の国で十本の指に入る名家だよ。お前も相手選び放題だろ」
ダータン伯爵がネルヴァー卿を小突くと、チェーザマリー公爵も口を開いた。
「俺も結婚なんてめんどくさくてずっと未婚で通してる」
私はクスリと笑ってしまった。
「なら、このカウンター全員はお揃いですね」
「未婚をお揃い呼ばわり!?」
ダータン伯爵が、小さく呟く声が聞こえた。
すると、ネルヴァー卿が楽しそうに笑った。
「なら、マスターは仲間外れだね。この場で唯一の既婚者だもん」
「あら? マスターの妻は悪魔の国で一番素敵な女性ですわよ。良い仲間はずれですね」
私がそう言うと、マスターは嬉しそうに笑った。
「ダータンってば、モテモテなのに、女性たちを袖にするんだよ。ダンスも既婚者としかしないし。罪な男だよね」
「めんどくさいんだ。どうせ俺の爵位しか見てないだろ?」
「いやいや、ダータンは超イケメンだよ?」
「てことは、見てるのは顔か」
「いや、爵位と顔じゃない?」
ネルヴァー卿とダータン伯爵は、私から見てとても親しそうに見えた。
「お二人って、仲が良いんですね」
私がそう言った瞬間、全員が大爆笑した。
――ええ!? なんで笑うの?
不思議に思っていると、ダータン伯爵が口を開いた。
「いや、出会いは最悪だった。ガキのネルヴァーが、伯爵の俺をパーティーで嵌めたんだよ」
「ええ!? どういうことですの?」
「聞くか? 俺とネルヴァーの最悪で面白い出会いを」
私は頷いた。すると、ネルヴァー卿が言った。
「ついでにさ、僕とダータンが人間界に来た経緯も聞いてよ。それ聞くと、仲の良さがよく分かるからさ」
――人間界に来た経緯? そういえば、ダータン伯爵とネルヴァー卿はなんで人間界で暮らしてるんだろ? 人間と契約するためなのかな? ……それ以外にも、理由があるの?
私が首を傾げると、ダータン伯爵が語り出した。
◇◇◇
俺はパーティー会場の窓際で一人でワインを飲んでいた。
――なかなか美味いワインだな。
一人で静かに寛いでいたときだ。背後から子どもの声が聞こえた。
「うわー! お兄さん! 凄いかっこいいね!」
振り向くと、七歳くらいの黄色い髪とエメラルドグリーンの瞳をもつ美少年がいた。
幼いわりに、その美しさは際立っていた。
――なんだこいつ。美少年だな。ていうか、なんか見たことある顔だな
俺ははっとすると少年に聞いた。
「お前、マミ=オン=ハエディスト侯爵夫人の息子か? 顔がそっくりだ」
少年は笑顔で頷いた。
「うん! 僕の名前はネルヴァー=オン=ハエディストだよ。今七歳なんだ」
――そういえば、コシュリ=オン=ハエディスト侯爵が言ってたな。優秀な幼い息子がいるって。
「僕、お母様とパーティーに来たんだけどね。お母様、すぐにレディたちのとこに行っちゃった。『頑張って人脈をつくるのよ』って言い残してね」
――そういえば、ハエディスト家は七歳になったら社交解禁が家のルールだったな。
両親は子どもを社交界場で一人にする。確か、子どもの力を試すためだったか。兄弟姉妹の爵位継承争いは、どの家も大変だが、ハエディストは特にスパルタだったっけ。
「お母様と会場入りするのを何人かの貴族が見てたんだよ。そしたらさ、貴族の大人が僕に群がってきたから逃げてきたの」
「ハエディスト家は侯爵家序列二位の名門だからな」
「子ども相手に媚び売ってきて、みっともなくない? 僕さ、屋敷に訪れる客をよく観察してたんだよ。来客の大半は、お父様とお母様に媚び売ってるからさ。僕に話かけてきた貴族もそんな感じ」
俺は、少し屈んでネルヴァーに聞いた。
「確か、ハエディスト家は七歳までは他の貴族に会っちゃいけないルールだったな。お前、貴族に会うのは今日が初めてか? 緊張してないのか?」
ネルヴァーは子どもらしくない余裕のある笑みを浮かべた。
「保身第一だよ。子どもだからって、食い物にされて利用されたくないからね。打算まみれの大人から逃げてきた」
ネルヴァーは軽やかな笑い声を上げた。
――こいつ、面白いな。ガキのくせに、なかなかいい視点じゃないか。
「そしたらさ、美形のお兄さんが窓際で一人で優雅にワイン飲んでたわけ」
俺は少しだけ微笑んだ。
「美形のお兄さんって俺か? よく言われるよ」
「お兄さんは、媚び売られる側って感じがする。格が違う感じがするよ。お兄さん、僕のこと守ってくれない?変な大人を追い払ってよ」
俺は呆れてため息をついた。
「お前な、直感が外れてて、俺が貧乏男爵とかだったらどうすんだよ」
「え? お兄さんが裕福なのは間違いないよ」
ネルヴァーは俺のネクタイを指差した。
「そのネクタイ、デザイナーのレディアダーがデザインしたんじゃない? 彼女は天国紳士服店の人気デザイナーだからね。普通は買えないよ?」
「……なんで分かった?」
「だって、薔薇の形が独特でしょ? かなり崩した曲線だけど、僕には分かる。お母様もお父様も、おしゃれ大好きだからさ。僕もおしゃれな洋服は好き。よくお母様とお父様の買い物に同伴するんだ」
俺は感心した。
「へぇ。よく見てんな」
ネルヴァーは上目遣いで俺を見上げた。
「ねぇお願い! ボディーガードになってよ!」
「……どうしようかな?」
「ついでにさ、この会場のお兄さんの知り合いに、僕を紹介してくれない? ほら、誰から紹介されるかって大事じゃん? お母様は助けてくれないし」
――どうしようかな。ネルヴァーは頭が良さそうだが、後継者争いに勝利して侯爵になるかは分からん。
万が一こいつに肩入れして、別の兄弟が勝利したら、新侯爵と少々気まずくなる。
俺はハエディスト家の長男と次男と三男の誰とも王城の仕事ではそれなりに良好な関係を築いてるんだ。まだ誰とも仲は深めてないし。関係を深めるのは新侯爵が決まってからでいい。
今ここで、幼い四男の後援をしてやる理由がないな。……適当にあしらうか。
俺がそう決めたときだった。ネルヴァーが突然、会場中に響く大声を出した。
「お兄さん! 凄くかっこいいね! こんなに美しい悪魔、初めて見たよ!」
――こいつ、声でか! ここは千人は入る会場だぞ。招待客は八百人いるんだぞ
当然、会場中の悪魔たちがこちらを見てひそひそと話し出した。
すると、ネルヴァーはまたデカい声で言った。
「僕はネルヴァー=オン=ハエディスト! お兄さんの名前は? 色々お話聞かせてよ!」
――こいつ、周囲をまきこんで俺のことを嵌めやがった。




