ep.10 逃亡先にはハイスペしかいなかった件
◇◇◇
「ここが、バー・ゴスメーデか……」
小洒落た外観をした店ばかりが立ち並ぶ薄暗い路地を少し歩くと、行き止まりだった。
バー・ゴスメーデは路地の行き止まりに位置していた。
バーの周りには、唐草文様が刻まれた石灯籠が十個も並んでいた。バーは、赤色の灯籠の光に照らされ、幻想的な雰囲気を纏っていた。
扉には、営業中の札が揺れている。
「ふーん。漆喰の壁は年季が入ってるわね。屋根も赤くくすんでるわ。なのに、アンティークでむしろ素敵かも」
私は独りごちると、扉を押した。
――リリリン。
澄んだベルの音が店内へ響いた。
店内はこじんまりとしていた。
右側には四人掛けのテーブル席が三つ。左側には六人掛けのカウンター席。
店内には、マスターと三人の客がいた。
六席あるカウンターには、店の奥から順に、黄色い髪にエメラルドグリーンの瞳をもつ男性、栗色の髪に瑠璃色の瞳をもつ男性、ターコイズブルーの髪と瞳をもつ男性が並んで座っていた。
男性客三人は、私を見ると驚いた顔をした。
対照的に、真紅の髪と瞳をもつマスターは、私に優しく微笑んだ。
「いらっしゃいませ。人間界はどうですか?」
「こんばんは。マスター。なかなか快適よ」
私が微笑み返すと、黄色い髪とエメラルドグリーンの瞳をもつ男性が、栗色の髪と瑠璃色の瞳をもつ男性を軽く突いて呟いた。
「あの子、めっちゃ可愛くない?」
――ありがとうございます。
反射的に、私はお礼を言おうとして口を開いた。そのときだった。ターコイズブルーの髪と瞳を持つ男性が私を見て言った。
「お姉さん未成年? ここはバーだよ。ソフトドリンクは一応おいてあるけど」
私は腰に両手を当てると、ほおを膨らませた。
――ひどいわ! 童顔で、低身長で悪かったですね!
「失礼な! 私はこの前、成人しました。今二十歳です。デビュタント終えたばかりです!」
「ええ? 化け猫の貴族なのか? 君からは、化け猫の妖力の他に、悪魔の魔力と人間の気配を感じるんだが……」
ターコイズブルーの髪と瞳をもつ男性は驚いた顔をした。残りの二人も驚いた顔をしていた。
すると、マスターが私を優雅に手で指し示した。
「こちらはユリジェンヌ侯爵令嬢ですよ」
すると、栗色の髪と瑠璃色の瞳を持つ男性が小声で呟いた。
「なんだって? ユリジェンヌ……!?」
ターコイズブルーの髪と瞳をもつ男性は、大きな声を出した。
「ユリジェンヌ侯爵家!? 化け猫の国の三名家の一つじゃないか。お前、名前は?」
――は? 何このターコイズブルーの髪の男。超、上から目線なんですけど。
「失礼ですよ。自分から名乗るものでしょう? 紳士なのにマナーがなっていませんね」
私がそう言うと、どっと笑いが起きた。客の男性三人も声を上げて笑っていた。
「俺にそんなことを言う令嬢は初めてだよ」
ターコイズブルーの髪と瞳をもつ男は、笑いが収まらない様子だ。
――何この余裕に満ちた男性たち……。
彼らが笑っている間、私は微妙な顔をしていたが、笑いが収まると口を開いた。
「私の名前はリト=ユリジェンヌです」
ターコイズブルーの髪と瞳をもつ男性は不思議そうな顔で聞き返した。
「ユリジェンヌ家の称号はオンだろ? リト=オン=ユリジェンヌじゃないのか?」
「それは、話すと長くなります。私は、称号を名乗れないんです。今は、ですけど。それより、あなたも名乗ってください。私は名乗りましたよ?」
私がつんとすまして言うと、マスターが穏やかに微笑みながらターコイズブルーの髪と瞳をもつ男性を手で指し示した。
「こちらは、チェーザマリー=ファル=ワルシャワ公爵ですよ。人間界での名前はチェーザマリー=アヴェランですけど」
私は少しだけ目を見開いた。
――ええ!? 彼があの有名なチェーザマリー公爵!? 確か、ヴァンパイアの国の元宰相で、もう少ししたら宰相に復帰予定だったわよね。
「まあ、あなたがチェーザマリー公爵ですか」
私が驚いていると、マスターは二人の男性も順番に手で指し示した。
「こちらはダータン伯爵です。こちらはネルヴァー卿ですよ」
栗色の髪と瑠璃色の瞳をもつ男性は、私に微笑んだ。
「はじめまして。ユリジェンヌ侯爵令嬢。俺の名前はダータン=デ=アーチャー。人間界での名前はダータン=ファル=ショウ。人間界でも身分は伯爵さ」
間髪入れずに、黄色い髪とエメラルドグリーンの瞳をもつ男性は明るい笑顔で自己紹介した。
「はじめまして。僕の名前はネルヴァー=オン=ハエディスト。ハエディスト侯爵家の四男だよ。人間界での名前はネルヴァー=ンリップ。魔界でも人間界でも職業はデザイナーさ」
マスターがダータン伯爵、ネルヴァー卿と区別して呼ぶのには理由がある。
この世界では、ダータン=デ=アーチャーならアーチャー伯爵ではなく、ダータン伯爵と名前呼びするのが一般的だ。姓で呼び合う化け猫の国が例外なのだ。
そして、爵位継承者以外は卿と呼ばれるのが一般的だ。
「まあ、みなさま名家の方じゃないですか。私、しばらく人間界で暮らすんです。お祖母様からマスターに面倒をみてもらうように言われてるので」
――アーチャー伯爵家は確か、悪魔の国に三十ある伯爵家の内、序列一位の伯爵家だわ。ハエディスト家は悪魔の国の侯爵家の内、序列は二位だったわね。
「このバーにはこれからよく来ます。よろしくお願いします」
私はそう言うと、ギンガムチェックのワンピースをつまみ、優雅に一礼した。
すると、チェーザマリー公爵が自身の左隣の椅子を引いた。
「面白そうだ。話を聞かせてくれ。好きなカクテルを奢るよ」
「奢っていただかなくて結構です。私、稼いでるので」
「ええ!?」
「嘘でしょ?」
チェーザマリー公爵とネルヴァー卿の声がぴたりと重なった。
ダータン伯爵とマスターも、驚きが顔に出ていた。
私は、チェーザマリー公爵に向日葵のような笑顔を向けて言った。
「それに、奢ってもらうから隣に座るんじゃありません。あなたとお話したいから隣に座るんです。だからカクテルは不要です」
「ハハハッ。嬉しいよ! 面白い令嬢だ」
チェーザマリー公爵は楽しそうに笑った。
私はチェーザマリー公爵の隣に座ると、マスターを見上げた。
「マスター! アウマッタンください」
「なかなか度数が高いカクテルだな? マスター、俺にもアウマッタンちょうだい」
「かしこまりました」
私とチェーザマリー公爵が注文すると、マスターはカクテルグラスを二脚用意した。
まず一脚を手元に置き、シェイカーを用意する。
次に、バックバーから、それぞれ形の違う黄色い瓶を三本取り出し、さらに青いシロップ瓶を手に取った。
マスターはメジャーカップで材料を計り、一種類ずつシェイカーへ注いでいく。
最後に氷を入れると、シェイカーを手に取って振り始めた。
「かっこいい……!」
私がはしゃいだ声を上げると、チェーザマリー公爵がからかうような声音で言った。
「おいおい。マスターは既婚者だぞ?」
「チェーザマリー公爵はマスターがかっこいいと思います?」
私が聞き返すと、チェーザマリー公爵は頷いた。
「思う。マスターはかっこいい」
私は勝ち誇ったように笑った。
「なら、私がマスターをかっこいいと思うのも自然ですね」
「ハハハッ。上手いな。一本とられたよ」
チェーザマリー公爵は楽しそうに笑った。
「私、美しいものが好きなんです。お祖母様が『このバーには美形ばっかり、視界が楽しいわよ』って言ってましたけど、本当でしたね」
私が全員を見渡すと、ネルヴァー卿は嬉しそうな顔で私にお礼を言った。
「ありがとう」
その間にマスターはシェイクを終え、シェイカーの中身をカクテルグラスへ注いでいた。
「どうぞ。アウマッタンです」
「ありがとう。マスター」
私が礼を言って受け取ると、マスターは私に優しく微笑んだ。直後、マスターはチェーザマリー公爵を見てふっと笑った。
「こちらのお客さん二人は美形ですけどね。チェーザマリーは平々凡々な顔ですよ」
「おいこらお前。契約妨害したこと根にもってんのか?」
チェーザマリー公爵がむっとした顔をすると、マスターは楽しそうに笑った。
――契約妨害? マスターは悪魔だから、人間との契約をチェーザマリー公爵が妨害したのかな?
私はちらりとダータン伯爵とネルヴァー卿を見た。
二人は黙って微笑んでいた。
――話の流れがよく分からないけど、地味に気まずいわね。ユーモアで和まそう。
私は、チェーザマリー公爵を見てクスリと可愛らしく笑った。
「そんなに綺麗なターコイズブルーの髪と瞳を持ってるのに、顔までイケメンなら理不尽ですよ。顔くらい我慢してください」




