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貴族社会を奇策で殴る  作者: 水守 鳴
23章 次男チェーザレは、暗殺旅行で、史上八人目の色使いに覚醒する
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ep.128 悪意と覚醒の瞬間

◇◇◇ 

「息子が無礼を働き、申し訳ありませんでした!」


 父上は僕の代わりに頭を下げていた。その姿に、胸が痛くなった。


 ギョクリンお兄さまから事の次第を聞くなり、父上は一瞬で顔色を変えた。


 僕は説教をされ、父上に連れられて、ハノン公爵の元に再度謝罪させられに来ていた。


 部屋には、ソファに座るハノン公爵と、立ったまま謝罪する父上と僕の三人だけだ。


「チェーザマリー公爵に頭を下げられる筋合いはないかと。不愉快な発言をしたのはあなたの令息なのでね」


 冷え切った目でハノン公爵に見られ、僕は頭を下げた。


「本当に申し訳ありませんでした」


 ハノン公爵は僕から目を逸らすと、父上に微笑んだ。


「チェーザレの言う通りかもしれませんね。わざわざ向日葵園を貸し切らない方が良かったかも。


王城にも連れて行かない方が良かったかもしれない。


蚊が多い魔油の森に連れて行こうとしたことなんて論外。


そもそも、屋敷に招待しなきゃ良かったかな? 俺なりの親切だったんだけど。余計なことをしたね」


 ハノン公爵の一言一言が、僕を刺した。


「そこまで親切にして頂いたのに、不愉快にさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした!」


――宰相の父上が、こんなに謝るなんて……。


 父上が顔を上げると、ハノン公爵は笑顔でソファを指し示した。


「二人とも、座ると良いよ。立たせたままなんて悪いからね」


 僕と父上が並んで腰掛けると、ハノン公爵は笑顔を消し、別人のように冷たい顔をした。


「十歳になれば、分別がつくだろう。ワルシャワ家のしつけがなってないんじゃない? 


最も、アヤナもギョクリンも素晴らしい後継者だから、チェーザレの資質と性格の問題かもしれないね」


「……息子にはよく言って聞かせます」


「失言をする前に、言って聞かせておくべきじゃない? 君の教育スタンスは、事後処理だったのか?」


「……本当に申し訳ありません」


「あまり恩着せがましい言い方はしたくないが……。俺はこんなにもてなしたんだよ? 


セツナのことは不幸な事故だったけどね。俺のせいにされたのは、好意を蔑ろにされたみたいで嫌だな」


「おっしゃる通りです。こんなに厚遇されたのに……。息子が礼儀知らずなのです。どうか、広い心でお許しを」


 いたたまれなくなり、僕は膝の上で強く両手を握りしめた。


 すると、ハノン公爵が僕を見た。


「ところでチェーザレは、公爵になりたいのかい?」


――な!? なんで今、そんな話を!?


 僕は即座に気づいた。


 この場でなりたいと言えば、最高に気まずいことに。


――どうしよう……。父上には、公爵になりたいですって伝えてしまっている……。


「なりたいです……」


 僕は蚊のなくような声で答えた。


 すると、ハノン公爵は馬鹿にしたように笑った。


「へぇ。これがワルシャワ家の後継者レースですか」


 僕は唇を噛んだ。すると、父上が口を開いた。


「誰でも、失敗は犯します。今回、息子は絶対にしてはいけない失敗をしました。


失敗を教えて正すのが親の役目だと思っています。俺に免じてお許しください。よく言い聞かせますから」


「……そうか。なら、もしセツナが目覚めたら、セツナにも言って聞かせてあげてくれないか?」


「……セツナに?」


 ハノン公爵はゆったりと足を組み替えると、冷たく笑った。


「セツナは姉への礼儀を知らないようです。


アヤナが宰相になるとワルシャワは警戒されるから、自分が公爵に相応しい、アヤナはヴァンパイアの魔王様から嫌われている……というようなことを食事の席で言っていました」


「なんだって!?」


 父上はぎょっとした顔をした。


――は? ハノン公爵は突然、何を言い出すんだ?

セツナはマラリアで苦しんで寝てるんだぞ!?


「俺も言われましたよ。俺が魔油の採掘権を分けたから、アヤナはますますヴァンパイアの魔王様に嫌われたとね」


「……セツナが、そんなことを言ったのですか? 本当に?」


「そうだよ。ギョクリンとアヤナに確認したら? その場にいたからさ。そのときは聞き流したけどね。実は、内心では不愉快だったんだ」


「……すぐにアヤナとギョクリンに確認します」


「そうか。でも、話はセツナが元気になってからにしておやり。俺は苛立ったけど、それと義妹の回復を願う気持ちは別だよ」


 ハノン公爵は冷たい表情から一転、優しい笑みを浮かべた。


「まだ回復の兆しは見えませんが。青い色炎もありますし、専門家もついてます。俺にできることがあれば何でもしますので、気兼ねなく頼ってください」


「……ありがとうございます」  


 父は深々と頭を下げた。すると、ハノン公爵は僕に微笑んだ。


「チェーザマリー公爵とアヤナに免じて、今回のことは水に流すよ。忘れるから、もう気にしないでくれ」

 


◇◇◇ 

 部屋を出て回廊を歩き始めると、父上は急に優しい声を出した。


「今回の感情的な失言は問題だが……。失敗は誰でもするものだ」


――え?


 俯いていた僕は顔を上げた。


 父上は微笑んでいた。


「一度した失敗は、二度としないようにしなさい。でも、沢山失敗していいよ。してはいけない失敗も世の中には沢山あるけど……。


失敗から学べることも沢山ある。何か問題が起きたら、父親の俺も対処する。過剰に自分を責めすぎないようにね」


「……ありがとうございます。父上」


 僕は泣き出してしまった。父上は頭を撫でてくれた。


「セツナが心配だったんだな。リトもついてる。きっと良くなるよ……」


「はい……」


 僕が泣き止むと、父上は辺りを見回した。そして、誰もいないことを確認すると、声を潜めた。


「悪意ある者の前では、発言に慎重になりなさい。今回のように揚げ足をとられるからね」


「悪意……?」


 父上は急に視線を鋭くした。


 僕ははっとした。父上が公爵と宰相の顔をしていたからだ。


「そうだ。気づいていないのか? ハノン公爵がチェーザレとセツナを疎んじていることに。いや、攻撃したがっていることに」


「……どういうことですか?」


「ハノン公爵はアヤナのためなら何でもやる男だ。アヤナが公爵になりたいなら、チェーザレとセツナは邪魔だ。いくらでも引きずり降ろそうとしてくるだろうね」


「ハノン公爵が僕たちを? こんなにもてなしてくれたのに」


「心の中と表面的な態度は、必ずしも一致しない。……ハノン公爵に招待されて親密に過ごせば、そういうことに気づくかと思ったんだが」


 僕はびくりとした。これは、減点されたときの顔だ。


 急に、僕は違和感に気づいた。


 グリフィンの魔王様とお茶をしたときのハノン公爵――あのときの発言が、今になって妙に引っかかる。


――まさか、セツナに恥をかかせた? 無理して覚えなくていいってのもわざと?


「公爵になるなら、相手を見抜かないといけないよ。悪意ある者の前では、特に言動に気をつけなさい。細心の注意を払うように」


「……はい」


 急に、父上は渋い顔をした。


「それにしても……。今回は相手が悪すぎる。ハノン公爵はワルシャワだろうと気を使う権力者だ。子どもの相手にはきついな」


 そこまで言うと、急に、試すような眼差しを向けてきた。


「公爵になるということは、ああいう大物とも渡り合うということだ。分かったかい? ワルシャワだからと普段からもてはやされるのとは、別物なんだよ」


――公爵になるって、こんなに大変なことだったんだ……。


◇◇◇ 

 八月十四日の黄昏時になった。


 広い窓から差し込む光が、部屋をぼんやりとオレンジ色に染め上げていた。


 青色の色炎が染め上げた青い空間と、夕焼けの赤色がわずかに混じり合っている。


 部屋には沈黙だけが落ちていた。


 母上の青色の色炎のおかげで、セツナの熱は下がった。


 しかし、その呼吸は荒く、目を覚まさないままだ。


 刺されてから、すでに九日目になっていた。


 家族全員でセツナに付き添っていると、ハノン公爵と研究者が暗い顔で部屋に入ってきた。


 研究者は静かな声で父上に告げた。


「血液中のマラリアの量を調べたところ、致死量に達しています。明日まで持つかどうか分かりません……。お心の準備をされた方が良いかと……」


「なんてことだ……ああ! セツナ!」


 父上はセツナの片手を両手で包みこんだ。その両目は潤んでいた。


「セツナ……親より先に逝ってはだめです……」


 母上がそう言って泣きながら崩れ落ちると、ギョクリンお兄さまが母上の肩を支えた。しかし、お兄さまも泣きそうだ。


 アヤナお姉さまも泣き出してしまった。


「セツナ……まだこんなに幼いのに……死なないでちょうだい……」


 アヤナお姉さまがしゃくり上げると、ハノン公爵はさっと顔色を変えた。そして、アヤナお姉さまを抱きしめた。


「アヤナ……大丈夫か?」


「大丈夫なんかじゃないわ! セツナを喪うなんて、耐えられない! ああ!」


――アヤナお姉さまが泣くなんて……。


 アヤナお姉さまが泣くところを、僕は初めて見た。


 気づいたら、僕も泣いていた。


――セツナ……。君を失ったら、僕はどうすればいいんだ……。


 もう、笑いかけてもらえないのだろうか。可愛い声を聞けないのだろうか。


――もう、セツナと話せないんだ……。冥界に行ってしまうんだ……。いやだ。いやだ。そんなことは耐えられない!


 胸をかきむしられるような心地がした。体が引き裂かれそうだった。


――セツナ! お前を失いたくない! 愛してる! 


 そう思った瞬間だった。


 全身が、焼かれたかのようにかっと熱くなった。


 しかも、右手が異様に熱い。


「うわあああ!」


 熱した鉄を当てられるような痛みを右手に感じて、僕はその場にうずくまった。


「チェーザレ! 大丈夫か!? 辛いのは分かるが、落ち着くんだ!」


 父上がすぐに僕の側にしゃがみ込んだ。


「違う! 右手が……痛い! ああ!」


 叫び声を上げたその瞬間だった。


 握り締めた右手が、今度は急に冷たくなった。


 手が一瞬で、氷になってしまったかのようだ。


――なんだ?


 握りしめた拳を開いた。そのときだ。


 手のひらに、小さな灰色の炎が宿った。


「え……」


 父上が息を呑んだ。次の瞬間、灰色の炎は勢いよく燃え上がった。


 右手が炎に包まれ、焔は生き物のように揺れ動いた。


 全員が、あっけにとられて僕を見ていた。


――なんだ……!? この炎は!?

 

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