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貴族社会を奇策で殴る  作者: 水守 鳴
23章 次男チェーザレは、暗殺旅行で、史上八人目の色使いに覚醒する
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ep.127 公爵に働いた無礼の代償

◇◇◇ 

 十四時になると、専門医と研究者が到着した。


二人は、今まで治療していた医師と交代して、治療や血液採取、分析を始めた。


 セツナが心配で仕方がない僕は、ベッドの脇に椅子を置いて、ずっと付き添っていた。アヤナお姉さまとギョクリンお兄さまもそうしていた。


 ただ、治癒魔法を施す医師とセツナを見守っていた。


 ハノン公爵は急な仕事の都合で、医師たちが治療を始めるなり、屋敷から出て行ってしまった。


 帰宅は深夜になるそうだ。


――セツナ! 頑張って耐えるんだぞ! どうか助かってくれ!


 僕は祈ることしかできなかった。何もできない自分に腹が立った。


 二十三時になると、ハノン公爵が帰宅した。


 彼はすぐにセツナの部屋に来て、セツナを気遣ってくれた。


「アヤナ、セツナの容態はどうだい?」


「全然熱が下がらないわ……。呼吸も苦しそうだし……」


「そうか。でも、きっと良くなるよ。専門医が来てくれたんだからね」


 ハノン公爵がアヤナお姉さまの背中をぽんぽんしたときだった。


 部屋に、研究者の男性が飛び込んできた。


「ハノン公爵! 大変です!」


「どうした?」


 研究者は真っ青な顔でハノン公爵に駆け寄った。


「採取したセツナ公爵令嬢の血液から、黒グリフィンマラリアが検出されました!」


「黒グリフィンマラリアだって!?」


 ハノン公爵が目を見開くと、アヤナお姉さまとギョクリンお兄さまの顔が真っ青になった。


「なんだって!?」


「黒!? 嘘でしょう!」


――黒グリフィンマラリア?


 僕は隣に座るギョクリンお兄さまの服の袖を引っ張った。


「ギョクリンお兄さま、黒グリフィンマラリアってなんですか?」


「……グリフィンマラリアには、いくつか種類があるんだ。黒は最も体内での繁殖力が高くて、危険な種類だ」


――なんだと!?


「そんな……。黒グリフィンマラリアは、この辺りじゃほとんどいないよ? どうしてセツナは刺されてしまったんだい?」


 ハノン公爵が青い顔で研究者に聞くと、研究者は厳しい声で言った。


「黒グリフィンマラリアは、グリフィンの国に広く分布しています。この辺りにはほとんどいないとはいえ、ゼロではありません」


「そんな……セツナは大丈夫ですか?」


「助かりますか?」


 アヤナお姉さまとギョクリンお兄さまは研究者に怖い顔で詰め寄った。


「最新の良く効く薬を処方しました。医師の治癒魔法は、マラリアにも特化しています。経過を見るしかありません……」


「セツナ!」


 僕は思わず、セツナに両手を伸ばした。しかし、その手をハノン公爵に掴まれた。


「触るな! 今、医師が治癒魔法を使ってるじゃないか? 邪魔になってしまうよ!」


――邪魔? 邪魔だって!?


「……ハノン公爵はなんでそんなに冷静でいられるんですか! セツナはあんなに苦しそうなんですよ!」


「こういうときこそ、冷静にならなくてはいけないよ」


 ハノン公爵は僕を落ちつかせるように、優しく微笑んだ。


「無理です……」


――こいつがピクニックなんて勧めたから、こうなったんだ……。


「……あなたが虹色向日葵園でのピクニックなんて勧めなきゃ良かったんだ!」


「……え?」


 ハノン公爵は驚いた顔をした。


「そしたら、セツナは刺されなかったのに……」


 言いかけて、僕ははっとした。


――僕は何を言ってるんだ!


 自分で自分の言ったことが信じられなかった。


――僕は、最低だ……。


「チェーザレ! 何を言ってるんだ! ハノン公爵に謝れ!」


 ギョクリンお兄さまの怒鳴り声が部屋に響き渡った。


 お兄さまに怒鳴られたことなんて、初めてのことだった。


「……申し訳ありません」


 僕が頭を下げると、ハノン公爵は冷たい声を出した。


「心外だな。俺はセツナを心配しているのに……。そんなこと言われるなんて。もういいよ」


 優しい笑みから一転、ハノン公爵は冷え切った表情を浮かべた。


 その眼差しに、僕は凍りついた。まるで、汚物を見るような目だった。


 ハノン公爵が踵を返して部屋から出て行こうとすると、アヤナお姉さまとギョクリンお兄さまが後を追いかけた。


「ハノン! 待って! 私から謝るわ! ごめんなさい!」


「申し訳ありません! どうかお許しください!」


――バタンッ。


 三人が出ていき、扉が閉まる音が、嫌に大きく聞こえた。


――なんてことを言ってしまったんだ……。


 僕はただ、一人でその場に立ち尽くしていた。


◇◇◇ 

「チェーザレ! ハノン公爵はしばらく、お前とは口を聞きたくないそうだよ! なんてことしてくれたんだ!」


 ギョクリンお兄さまは、私室に僕を呼び出すと、厳しく叱責した。


 僕は俯いて、小さくなることしかできなかった。


「セツナが心配で取り乱したのは分かる。でもね、ハノン公爵が君たちに何をしてくれたと思う? 


わざわざ王城に連れて行ってくれて、普段は入れない聖堂の部屋まで見せてくれた。


ピクニックだって、僕たちのために貸し切りにしてくれたんだよ? こんなに良くしてもらっておきながら、なんて失礼なことを!」


「申し訳ありませんでした……」


「君が十歳なのは言い訳にならないよ。僕たちは名門のワルシャワなんだ。発言一つ一つが、家の看板を背負っているんだ。


チェーザレが無礼を働いたのは誰だ?」


「……ハノン=オン=カノン公爵です」


「そうだ。魔油の一大産地の領主で、序列一位の公爵で、グリフィンの魔王様に重用されている方だ。無礼を働く相手の区別もつかないのか?」


――お兄さまがこんなに怒るなんて……。


 ギョクリンお兄さまは鬼のような形相で僕を叱った。その気迫に僕は震え上がった。


 お兄さまは、一切感情的に怒っていない。けれど、一つ一つの正論が、冷たく心臓を刺した。


「ハノン公爵は、絶対に悪い関係を築いてはいけない相手だ。アヤナがいなかったら、最悪、ワルシャワとカノンの間に亀裂が入ったかもしれない。しっかり反省しなさい!」


 ピシャリと言い渡すと、ギョクリンお兄さまは僕を部屋に返した。


 部屋に戻るなり、僕はベッドに突っ伏した。


 深い後悔が込み上げてきた。


――でも、ハノン公爵が提案しなければ、セツナはマラリアに罹らずに済んだんだ……。


 そんなことを考えてしまう自分が嫌になった。


――セツナが死んだらどうしよう。


◇◇◇ 

 八月十日になった。


 朝になって食堂に行くと、アヤナお姉さまとギョクリンお兄さまとハノン公爵が席についていた。


「おはようございます」


 僕がハノン公爵に挨拶すると、ハノン公爵は返事をしてくれなかった。


 ハノン公爵はアヤナお姉さまとギョクリンお兄さまとだけ話して、僕とは一切話さなかった。


 僕だけが、ずっと無言で食べていた。


 新鮮なはずの魚料理の味が、生臭く感じられた。


「明日になったら、ワルシャワ夫妻が来てくれるね。セツナは眠り続けたままだけど、両親が手を握ってくれたりしたら、目が覚めるかも。きっと、気力を取り戻すよ」


 ハノン公爵がそう言うと、アヤナお姉さまは安心したように笑った。


「そうね。セツナは絶対に治るわ」


――ワルシャワ夫妻が来てくれるね。


 そのひと言に、背筋が冷たくなった。


――父上と母上に、この状況をどう説明すれば良いんだ?


 理不尽にハノン公爵を責めて不興を買った。口も聞いてもらえない。


 そんなことが知られたら、両親からも酷く怒られるだろう。そもそも、ギョクリンお兄さまとアヤナお姉さまが詳しく話をするはずだ。


――当主になりたいのに……大幅減点だ……。


◇◇◇ 

「万事、順調ですね! ハノン公爵!」


 私はハノン公爵の周りを飛び回った。


 ハノン公爵は機嫌良さそうに笑った。


「ああ。それにしても、君が血を吸っているときに、気づかれなくて良かったよ。叩き潰されたら、せっかくの貴重な人員が死んでしまう」


「私は血を吸うのが上手いのでね。おまかせを。いやあ、黒グリフィンマラリアに寄生されたときはどうしようかと思いましたが、結果オーライですね」 


「ほんとだよ。今、蚊の諜報員で黒を持ってるのは君を除けば三号だけさ。ハハハッ」


――子どもを手にかけるなんて、最低最悪だな。


 笑顔で上司に同調しながら、私は震えていた。


 私たち虫は、魔法で絶対服従を誓わされている。


 上司の機嫌を損ねるわけにはいかない。


「さて、明日が楽しみだな。父親のチェーザマリーになんて言ってやろうか。これを機に、チェーザレも少しは蹴落とせそうだな」


――チェーザレも削る気、満々なんですね。


 この男に無視される。ただそれだけで、あの少年は孤立だ。


――まったく。これだから貴族社会は怖いよ。


「それにしても、虫よけの臭いを我慢してターゲットに近づくのは大変でした」


「よくやってくれたね。報酬は弾もう。何がいい?」 


 ハノン公爵は口角を吊り上げた。


――あなたにとって、暗殺は作業ですか……。


◇◇◇ 

 八月十一日の夕方になった。


 血相を変えた父上――チェーザマリーと、母上――リトがカノン邸に到着した。


「母上!」


 二人が玄関ホールに着くなり、僕は真っ先に母上に駆け寄った。


「母上は青い色炎が使えるではありませんか! 炎の治癒力でセツナを治してあげてください!」


 母上は表情を暗くした。 


「青い炎には強力な治癒力があるけど……。マラリアを殺す力はないわ。熱を下げるのが限界よ……」


「そんな……!」


 僕が悲痛な声を上げると、アヤナお姉さまとギョクリンお兄さまが母上を励ました。


「熱が下がるだけでも、セツナにとってはプラスですわよ!」


「そうです! 母上の色炎は大きな手助けになります」


 すると、ハノン公爵が厳しい顔で言った。


「セツナが刺されたのは八月五日。もう六日も経っています。回復の気配は薄い。すでにセツナの部屋には燭台を用意しました。行って、早く色炎を灯しましょう」


「分かりましたわ!」


 母上が力強く頷くと、父上が深々と頭を下げた。


「ハノン公爵! セツナのために尽力なさってくださって……。感謝してもしきれません!」


「いやいや。義妹だし、当然ですよ。さあ、行きましょう」


 ハノン公爵が親切そうに微笑むと、ギョクリンお兄さまが前に進み出た。 


「父上。セツナの容態を確認したら、少しお話があります」


 ギョクリンお兄さまはちらりと僕を見た。


 僕の心臓が跳ね上がった。



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