ep.122 危ない旅行と危険な目的
セツナは笑顔で答えた。
「それは、ワルシャワが強くなりすぎて、他の有力貴族やヴァンパイアの魔王様から警戒されてるからです!」
――何!?
「私は演奏者として、色んなパーティーや屋敷に呼ばれてます! 子どもだけど、いっぱい人脈をもってます!
それに、ただの演奏者だから、誰からも警戒されないし好意的に接してもらえます!」
そこまで言うと、セツナは急に真剣な顔になり、人差し指をぴっと立てた。
「ここで問題です! アヤナお姉さまが未来で宰相になって、公爵にまでなったら、彼らの警戒はさらに加速!
でも、演奏者の私なら? 警戒は落ちますよね? しかも、ただの演奏者じゃなく、人脈のある演奏者だから、公爵としても問題なし。
ワルシャワはそろそろ控えめに生きないと敵を作ってしまいそうです」
――セツナ、天才? なんだか視点が僕と似てるな。
「私、アヤナお姉さまが公爵になったら強すぎると思います。
だからね、アヤナお姉さまはグリフィンの国に住んだらどうかな?
だってヴァンパイアの魔王様は、お父さまとお姉さまが嫌いだもん。 それに、国を出ればハノン公爵ともいっぱい一緒にいられるよ?」
――おいおい。言い方!
僕は青ざめた。ギョクリンお兄さまも青くなった。
ハノン公爵は微笑んでいるのに、視線が鋭くなった気がした。
すると、アヤナお姉さまが笑顔で口を開いた。
「そう……。でも私はヴァンパイアの国を出るつもりはないわ。宰相補佐を続けるつもりよ」
「でも、優秀なお姉さまが宰相になったら、魔王様は嫌がるよ? それってむしろ、ワルシャワに良くないんじゃない? ワルシャワがますます嫌われちゃうじゃん」
アヤナお姉さまが一瞬、凍りついた。その瞬間、ハノン公爵が冷たい笑顔を浮かべて言った。
「セツナは公爵になりたいのか。でも、アヤナも公爵になりたいんだよ。俺はアヤナを応援してるんだ。
爵位継承戦に参加するなら、アヤナだけじゃない。このカノンを倒しな」
――怖……。待って。お姉さまの横にやばいのついてるんだけど。
「もちろんです! アヤナお姉さまが政治で頑張るなら、私は音楽と人気で勝負です!」
「……政治だけじゃない。アヤナには資源力と財力もあるよ。俺が魔油の採掘権を分けたからね」
「それ、ヴァンパイアの魔王様がすごーく嫌がってましたよ。
ハノン公爵はアヤナお姉さまのためにやったみたいだけど、結果的にアヤナお姉さまが魔王様にもっと嫌われちゃったよ?」
セツナが純粋な顔で首を傾げると、ギョクリンお兄さまが怖い声を出した。
「セツナ。ハノン公爵に謝りなさい」
「え? なんで? 本当のことだよ?」
ハノン公爵は笑顔でギョクリンお兄さまに言った。
「良いよ。気にしないで」
――待って! この晩餐が怖すぎる。
僕は食欲が失せていくのを感じた。
――公爵位を狙ってることは秘密にしよう。
セツナの代わりに何度も謝るギョクリンお兄さまを横目で見ながら、僕はそう決心した。
◇◇◇
「なんなんだ! あのクソ生意気なガキは! ちょっと親切にしたら調子に乗りやがって!」
「ハノン公爵! 落ちついてください!」
怒鳴り声を上げると、オオムラサキが羽をパタパタしながら虫語で俺をたしなめた。
「なんで俺が双子に親切にしてやってると思う? アヤナが二人を可愛がってるからだよ! でも、言って良いことと悪いことの区別もつかないのか?」
「……最初の質問にはビビりました。『なんであんたは副部長止まりなの?』という受け取られ方をしてしまっても仕方ありません。よくムカつきませんでしたね」
「……そんなことはどうでも良い」
俺が声を低くすると、オオムラサキはびくりと震えた。
俺の気迫と表情から、何に怒っているのかを察したようだ。
「セツナはアヤナに、国から出てけって言ったんだぞ? アヤナはあんなに宰相補佐の仕事を頑張っているのに、それが魔王から嫌われる理由になるとか言ってたな。
アヤナが魔王から嫌われてるともはっきり言ってた。
まるで、アヤナの存在がワルシャワに悪いみたいな言い方じゃないか!」
「アヤナ公爵夫人は、傷ついた顔をされてました……」
「ああ、そうだよ! アヤナを傷つけて、許さない!」
オオムラサキは羽をパタパタさせて、冷ややかに笑った。
「では、それ相応の償いを求めますか?」
「そうだな……。あいつ、俺が余計なことをしたとも言ってたな。
だがな、俺の魔油を使ってるのは誰だ? 俺がアヤナにあげた採掘権で、ヴァンパイアたちは他国より安く魔油を買えている。その恩恵を受けてる者にはセツナも入ってるだろ!
あのガキは音しか生み出せないけどな。俺は経済を生み出せるんだよ…!」
舌打ちすると、オオムラサキに顔を近づけて小声で命じた。
「かしこまりました。ハノン公爵の計画通りにいたします」
「ああ。頼んだよ。今日のことは後で、チェーザマリーにも伝えさせてもらう。発言が不愉快だったとな。
セツナは他人への配慮に難ありだ。チェーザマリーからは減点を食らうだろうよ。まあ、その頃にセツナが生き残ってるかは分からんな」
「……セツナは視点は悪くないですが、あの会話力では社交界でやっていけないのでは?」
「ピアノでも弾いてろ。まあ、良い。双子に野心があるなら消すと決めていた。まずはセツナだな」
「チェーザレはどうされますか?」
「あいつは公爵への野心がある。隠してるが俺には分かる。だがな、処分は後だ。セツナに続いてチェーザレまでが消えたら、流石に怪しまれる。やるなら時期を待ってからだ」
「かしこまりました」
オオムラサキは羽を優雅にパタパタさせた。
「……カノン領に招待して正解だったよ。公爵位に野心があるのか見定めないといけないし、ここなら邪魔者もなんなく消せる」
◇◇◇
「……カノン領に招待して正解だったよ。公爵位に野心があるのか見定めないといけないし、ここなら邪魔者もなんなく消せる」
酷薄な笑みを浮かべる主人を前に、私の頭は冷静に回転していた。
――野心を捨てなくては、あの双子は終わりだな。
ハノン公爵は、兄弟親戚全員を蹴落として公爵になった男だ。
暗殺から社会的な死まで、あらゆる手段を使って邪魔者を排除した。
カノン公爵家では優秀なら傍系でも当主になれるので、爵位継承争いが過激なのだ。競走相手の数が圧倒的に多い。
傍系を含めると、カノン一族は元々三十二名だった。しかし現在、生きているカノン一族はハノン公爵一名のみ。
その重さを、私は虫なりに理解していた。
「……実は、セツナについて追加でご報告があるのです。さっきセツナの部屋で待機していた蟻から報告がありましてね」
「なんだ?」
――あー。これを言ってしまったら、セツナは完全に終わりかもしれない……。




