ep.121 野心家な双子
◇◇◇
「アヤナ! 待ってたよ! おかえり!」
カノン邸に着くと、玄関ホールにハノン公爵が出迎えに来てくれた。
ハノン公爵は真っ先にアヤナお姉さまを抱きしめると、軽くキスを交わした。
隣でセツナは、少しだけ赤くなっていた。
抱擁を解くと、ハノン公爵はギョクリンお兄さまに目を向けた。
「ギョクリン。来てくれてありがとう。自分の屋敷だと思って寛いでくれ」
「ありがとうございます。滞在中はよろしくお願いします」
ギョクリンお兄さまは丁寧に頭を下げた。
普段は丁寧に頭を下げられる側のギョクリンお兄さまがこんなに丁重に接している。それだけで、ハノン公爵の持つ影響力の強さが分かるというものだ。
ハノン公爵は僕とセツナにも目を向けた。
「やあ。チェーザレ、セツナ。久しぶり」
「お久しぶりです! 招待してくださり、ありがとうございます」
「今日から三十日まで、よろしくお願いします」
僕とセツナも、丁寧に礼をした。
「チェーザレとセツナは、カノン邸に来るのは初めてだよね。よかったら、俺が屋敷を案内するよ」
◇◇◇
――凄い……。ワルシャワの本邸より豪華かも……。
カノン邸の内装は、紫で統一されていた。
オブジェや彫刻などの回廊の置物も素晴らしいが、特に目を引くのは天井画だ。
古典や史書の重要な場面を描いた天井画は、終わりが見えない。
歩いても歩いても回廊の天井画は途切れず、下から見上げた螺旋階段の裏にすら緻密な絵が描かれていた。
――何この無限の財力……。魔油王は伊達じゃない。
魔油とは、人間界でいう石油のようなもの。食用にもなる油だし、燃料としても使える。生活に欠かせない品だ。
産出できる地域は魔界全土で五地域のみ。カノン領はその内、二つの地域を持っている。
魔界全体の魔油の生産量の三割は、カノン産だ。
「わあ! チェーザレお兄さま! ここにも彫刻が彫られてるよ!」
セツナはそっと欄干の手すりに触れた。
そこには、冥界の神々の姿が彫られていた。
――階段の手すりって、彫刻するものだったっけ?
手すり全体には、薔薇やリーフのモチーフが彫刻されていた。
さらに、階段はバリエーション豊富な青色で統一されていた。一段一段ごとに青色の色味が異なっている。
――歩いてるだけで美術館みたいな屋敷に初めて来たわ……。アヤナお姉さま、どんだけ良い相手と結婚してんの?
だが、手放しでは喜べない。
つまりは、お姉さまの背後には、この屋敷を持つことができる夫がついているということだ。
公爵になるなら、ハノン公爵ごとアヤナお姉さまを蹴散らす必要がある。
◇◇◇
「じゃあ、ハノン公爵も休暇中なんですね」
僕が確認すると、ハノン公爵は頷いた。
「そうなんだよ。三日前にようやく仕事が終わってね」
「お仕事はどんな感じなんですか?」
セツナが聞くと、ハノン公爵は優しく微笑んだ。
「仕事内容のことかな? 俺は"最終確認部"っていう王城の珍しい部署に勤めてるんだ。財務部とか交易部とかが重要な決定をしたら、本当にそれで大丈夫か審査をして、GOサインを出す仕事だよ」
――それ、改めて考えたら凄くない? 最終確認部の承認がないと、重要な政策とかが通んないってことだろ?
ハノン公爵は、最終確認部の副部長らしい。
当然、これが表の肩書で、裏では彼が諜報長官だなんて、誰も知らない。
「えっと……どんな感じっていうのはそういう意味じゃなくて……。ハノン公爵は凄く優秀だって聞きました。部長にはならないんですか? なんで副部長?」
――はー! セツナの奴、どこに切り込んでんだよ!
僕とアヤナお姉さまとギョクリンお兄さまの顔が強張った。
僕はフォークを持つ手がわずかに震えた。
今は皆で、晩餐の最中だ。
ハノン公爵はワインを一口飲むと、優雅に微笑んだ。
「俺は魔油の流通と管理をしなくちゃならない。長官になったら多忙すぎて、手が回らないよ。
副部長なら週三日勤務が可能だし。副部長は他にも何人かいるから休みやすい。長官になる必要はないかな?」
「なんだ。そうだったんですね」
セツナが納得して頷くと、ギョクリンお兄さまがセツナに鋭い眼差しを投げた。
「セツナ。質問の仕方が失礼すぎるよ」
「えっと……じゃあ、なんて聞けば良かったですか?」
「いいよいいよ。気にしないで。あっ。セツナってライチが好きなんだって? ライチジュースを給仕に持ってこさせようか?」
――ハノン公爵、親切すぎない?
ハノン公爵は話すことが嫌いらしい。ワルシャワ邸に来ても、アヤナお姉さま以外とはあまり喋らない。
なのに、話してみると普通に優しくて気前の良い男性だ。
「妹が失礼なことを言ってすみません」
ギョクリンお兄さまが謝ると、アヤナお姉さまもすまなそうな顔をした。
ハノン公爵はひらりと片手をふった。
「別に良いよ。アヤナの妹だからね。俺にとっては義妹だからさ。気になることがあったら聞いてよ」
――それ、アヤナお姉さまがいなかったらキレてるって意味じゃないよな?
「えっと……じゃあ、最終確認部で大変なことはなんですか?」
「色々あるけど、却下の場合は理由を説明しなきゃいけないことかな。俺は話すことが嫌いだからね。長々と説明したくないんだよ」
――大変なとこって、そこなの!?
「じゃあ、なんでハノン公爵は今日、いっぱい喋ってるんですか?」
――それはちょっと、僕も気になる。
「今日は久しぶりにアヤナに会えて、機嫌が良いからかな? それに、君たちはアヤナの家族だからね。いつでも話しかけてくれて構わないよ」
「ほんとですか? ありがとうございます!」
セツナは嬉しそうに笑った。
――セツナ、気づけ。動機は全部アヤナお姉さまだから。アヤナお姉さまがいなかったら、俺たちは笑いかけてすらもらえないと思うよ。
「ところで、セツナとチェーザレは十二歳になったらヴァンパイアの王城で働き始めるんだって? なんの仕事に就くつもりだい?」
「はい! 私は王城楽団に入ります! 楽器が得意なんです!」
「そういえばセツナは、全魔界ピアノコンテストで最年少三位だったっけ? 十歳なのに凄いね。セツナを見てると、才能に年齢は関係ないって名言が思い浮かぶな」
ハノン公爵が手放しで賞賛すると、セツナは嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます! ヴァンパイアの王城に来る貴賓の方々とかを、美しい演奏でもてなしたいです!」
「そうかそうか。チェーザレは?」
――僕が多分、華やかな兄妹の中で一番地味です。
「ヴァンパイアの魔王様の寝室侍従長の元で、見習いをします」
寝室侍従――魔王様の寝所を快適にする仕事だ。
仕事内容は、魔王様を起こす、着替えの手伝い、
洗面の用意、ベッドメイキング、睡眠中は側に待機して何かあったら対処する、急な来客の取り次ぎ等――。
「良い仕事じゃないか。魔王様と密に関われるし、私的な会話もしやすい仕事だ。特に、来客の取り次ぎはおいしいね」
「なんでですか?」
セツナが首を傾げると、口を開きかけた僕じゃなくてハノン公爵が説明した。
「夜中に魔王様に会いたい貴族や客は、寝室侍従長の顔色を気にする。万が一取り次ぎしてもらえなかったら困るからね。不要な面会だと判断されたら追い返されてしまうし」
「なるほど! でも、寝てるときに会いに来られる魔王様も大変ですね!」
「そうだね。魔王様は多忙な方だからね。ところで、チェーザレはなんで寝室侍従を希望したんだい?」
――ヴァンパイアの魔王様と仲良くなりたいからです!
ワルシャワが強くなり過ぎたせいで、魔王様はワルシャワを警戒している。表面上は丁寧だが、内心では疎んじているようだ。
それは、一族の将来に影を落とす危険がある。
そこで僕は考えた。
――まずは魔王様と仲良くなったらどうかな?
リラックス空間の寝室を完璧に整えてパーソナルなスペースに入り込み、信頼を築けば、ワルシャワ一族とはいえ、僕への印象は変わるかもしれない。
一族の中で、僕が一番魔王様と親しくなれば、お父さまからの僕への評価は上がるだろう。
次期ワルシャワ公爵には、魔王様との友好関係だって必要だ。
何より、寝室侍従は夜の時間帯の魔王様への面会権を握っている。貴族たちからしたら、寝室侍従からは嫌われたくない。
つまり、貴族たちと良好な関係を築ける可能性がある。
自分の政治的なキャリアを築くのは、寝室侍従として実績を積んでからがいいだろう。正攻法では、未来の宰相候補と名高いアヤナお姉さまに太刀打ちできない。
……などと、正直に言えるわけがない。アヤナお姉さまに警戒されてしまう。何か手を打たれてしまうかもしれない。
ひとまず、無害を装おわねば。
――それっぽい理由を言っておくか。
「かなり前に、寝室侍従長とお話したことがあるんです。そのときに仕事内容について色々教えてもらって興味を持ちました。
僕はセツナみたいに特定の得意分野があるわけじゃないですし。まずは寝室侍従長の側で修行します」
「そうか、頑張ってね。セツナが楽団を希望したのは当然、演奏が得意で好きだからだよね?」
ハノン公爵が聞くと、セツナは明るく笑って衝撃的なことを言った。
「違います! ワルシャワ公爵になりたいからです!」
――……は?
ギョクリンお兄さまとアヤナお姉さまはぎょっとした顔をした。
ハノン公爵は不思議そうな顔で聞いた。
「なんで公爵志望だと、楽団に入るんだい?」




