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貴族社会を奇策で殴る  作者: 水守 鳴
23章 次男チェーザレは、暗殺旅行で、史上八人目の色使いに覚醒する
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ep.120 嵐の前の静けさ

◇◇◇ 

「そんな顔してどうしたんだ? アヤナ?」


 俺が聞くと、アヤナはティーカップに口をつけるのを止めて、笑顔を向けた。


「そんな顔って何? ハノン?」


「新しく生まれる双子が嫌なのか? エンナが皇太子妃になることが決まって、公爵位を継ぐのはアヤナだけになった。


なのに、双子が生まれたらまた爵位継承戦をしなきゃいけないからな」


 アヤナは図星を突かれたようだ。顔に出ている。


 次女のエンナはドラゴンの皇太子と真剣交際中。将来王妃になるから爵位継承戦からは降りた。


 女優兼王子妃の三女、ルージュナは公爵位になんて興味がない。


 末っ子のマキュナも同様。調香にしか興味がなく、もうすぐ結婚して伯爵夫人になる。


 長男のギョクリンはユリジェンヌ侯爵になるから競走外。


 つまり、次期ワルシャワ公爵になるのは長女のアヤナしかいない。


 アヤナはエンナと爵位継承戦をして、切磋琢磨していた。


 エンナというライバルが消えてくれて、目の前に公爵位が差し出されたと思ったら、母親が双子を懐妊。


 つまり双子が公爵位を望むなら、アヤナは二人を蹴落として公爵にならなくてはいけない。せっかく公爵の地位が手に入ったかもしれないのに、白紙になった。


 もやもやした顔になるのも当然だろう。


「……そんなことないわよ。お母さまとお父さまはとっても喜んでいるわ。妹って、可愛いものよ? 男の子なら初めての弟だし、生まれるのが楽しみだわ」


「夫になる相手に、嘘は良くないな」


「……双子が嫌なんじゃないわ。お母さまの懐妊を純粋に祝えない自分が嫌なのよ」


 アヤナは辛そうに目を逸らした。


 俺はアヤナの顔を覗き込むと、彼女が手に持っていたティーカップを取り上げてソーサーに置いた。


「温かい飲み物は、邪魔だな」


 そう言うなり、アヤナを抱き寄せて口づけた。


 ソファの背に軽く彼女を押し付けて、腕の中に閉じ込めて逃げられないようにする。


 アヤナは苦しそうに吐息を漏らした。


 五分以上経ってようやく顔を離すと、彼女を抱き寄せた。


 身長の低いアヤナは、すっぽりと胸の中に収まってしまう。


「ワルシャワ公爵家は、毒殺禁止だったっけ? ぬるいね。 なら、それ以外の手段で排除したら? 俺が協力してあげるよ」


「ちょっと何言ってるのよ。あなたは兄弟親戚全員消し去って公爵になった過激な男よ? 双子が毒牙にかかったら可哀想だわ」


「毒牙? 爵位継承戦ってそういうものだろ? いつもは打算的なのに、いやにぬるいじゃないか?」


「……ちょっと疲れただけよ。安心してよ。私は負けないわ。絶対に次期ワルシャワ公爵になってやるんだから!」


 瞳に勝ち気な光を宿した直後、アヤナは俺をまじまじと見つめた。


「あなたの家族、変な死に方が多かったわよね……。森林散策中に猛毒蜂に刺されるとか。とにかく、双子に変なことしないでよね!」


――あー。これ、バレたら嫌われる奴だな。双子を消すならバレないようにやんなきゃ。


 世界中の魔族に嫌われても、アヤナにだけは、嫌われたくない。


「まあ、アヤナならきっと大丈夫だよ。優秀な宰相補佐だし、人脈もあるし。困ったら、カノン公爵家もいくらでも手を貸すよ。君が公爵になれるように、全力で支援してあげるから」


 愛しいアヤナに欲しいものがあるなら、できるだけ与えてやりたい。それが公爵位というだけだ。


「ありがとう。頼もしいわ!」


 アヤナは嬉しそうに笑った。


――双子が野心を出したら、代わりに消してやるか。


 俺はアヤナを抱きしめ直すと、バレないように、にっと笑った。

 

◇◇◇ 

 側近が俺の執務室に駆けこんで来た。その顔色は悪い。


「ヴァンパイアの魔王様! 大変です! ワルシャワが……」


「ワルシャワが、どうした!? 今度はなんだ!?」


「ワルシャワ家の色使いが、二人になりました! 次男のチェーザレが、色使いに覚醒したんですよ!」


「なんだって!? チェーザレが!?」


 十年前、ワルシャワ家には、新たに双子の男女が誕生した。


 チェーザマリーそっくりの二男はチェーザレ、リト公爵夫人そっくりの五女はセツナと名付けられた。


「色炎の能力は、子どもに遺伝しないんじゃなかったのか?」


「過去の六人の色使いたちはそうでした。ですが、初の事例です。色使いの力は遺伝するのです!」


「なんてことだ!? チェーザレは十歳にして、史上八人目の色使いか!」


 荒っぽく叫んだ直後、恐ろしいことに気づいた。


「ワルシャワの血統に色使いが生まれるなら、誰もがワルシャワと婚姻したがるぞ! また権門と結婚される」


「ええ。チェーザレはまだ十歳ですが、将来は婿にしたいと考える者が続出するでしょう」


「炎の色は何色だ? チェーザレは何種類変色できる?」


「二種類です。一つ目は青色です! リト公爵夫人と同じで、治癒能力です!」


 色使いのリトは三つの色炎を扱える。


 安眠効果・楽しい夢を見られる虹色の炎、治癒能力の青の色炎、リラックス効果の銀色の色炎だ。


「くそっ。一種類だけなら良いものを。ダブルユーザーか。で、二つ目は?」


「それが、グレーなんですよ!」


「なにい! グレーだとお!?」


 理解してしまった。グレー。その力がワルシャワにもたらす恩恵を。


◇◇◇ 

「だからね、カノン領地に行かない? ハノンが招待してくれたのよ。私とギョクリンとセツナとチェーザレの四人で行きましょ!」


「良いんですか!? アヤナお姉さま!」


 僕は思わず、大きな声を出した。


「カノン領地って、魔油が沢山採れる場所でしょ? セツナも行ってみたーい!」


 セツナもはしゃいだ声を上げた。


「良かったな。セツナ、チェーザレ。ハノン公爵が直々に招待してくれることなんて、そうそうないぞ? ハノン公爵は話嫌いで有名だし」


 ギョクリンお兄さまは優しく微笑んでくれた。


 僕の名前はチェーザレ=ファル=ワルシャワ。ヴァンパイアの国序列一位、ワルシャワ公爵家の次男だ。


 長男のギョクリンお兄さまは次期ユリジェンヌ侯爵。


 長女のアヤナお姉さまは宰相補佐で公爵夫人。


 次女のエンナお姉さまは竜王妃。


 三女のルージュナお姉さまは女優で第三親王妃。


 四女のマキュナお姉さまは人気調香師で伯爵夫人。


 お父さまは宰相。お母さまは史上七人目の色使い。


 ……という肩書が華やかすぎる家門に生まれた。


 そんな僕は、お父さま似の平凡な顔だちの十歳。髪と瞳だけは、ターコイズブルーでそれなりに美しい。


 対するお姉さまたちとお兄さまは絶世の美貌の持ち主。


 特に、ギョクリンお兄さまの美しさは凄まじい。


 おじいさま譲りの魔界一美しい顔だち、髪はターコイズブルー、右目はターコイズブルー、左目はスカイブルーのオッドアイ、おまけに高身長。


 同じ兄弟とは思えない。僕もお姉さまとお兄さまのように生まれたかった。世の中は理不尽すぎる。


 にこにこ顔のお兄さまを見つめながら、僕は苦い思いで紅茶を飲んだ。今は家族四人でティータイムの最中だ。


「チェーザレお兄さま! 旅行、楽しみだね!」


「うん。そうだね」


 双子の妹のセツナが愛らしい笑顔を向けてきた。


 セツナはお母さまに生き写しの可愛らしい女の子だ。


 髪はダークブラウン、右目もダークブラウン、左目はスカイブルーのオッドアイ。天使みたいだ。


 なぜ僕だけが遺伝ガチャで外れを引いてしまったのか。しかし、落ち込んでばかりでもいられない。


 僕は笑顔でアヤナお姉さまにお礼を言った。


「ありがとうございます。アヤナお姉さま。ぜひ、行かせてください」


 このときは予想できるはずもなかった。


 ハノン公爵の危険な目的も、僕が色使いとして覚醒するなんてことも。


◇◇◇

 僕たち四人がハノン公爵から招待を受けたのには、理由がある。


 ギョクリンお兄さまは、化け猫の王城から一カ月の休暇が出て、王都のワルシャワ別邸に帰省している最中だったのだ。


 アヤナお姉さまも一カ月の夏季休暇中。その間は元々、お姉さまはカノン領地で暮らす予定だった。


 アヤナお姉さまの夫はハノン公爵で、二人は普段から別居している。けれど、二人は頻繁に会ったりお互いの屋敷に泊まったりしていた。


「グリフィンの国は夏でも涼しいし、快適だよ。良かったらアヤナと一緒にカノン領に来ないか? 


セツナとチェーザレにとっても社会勉強になるだろうし。帰省中のギョクリンも一緒にどうだい?」


 ハノン公爵からそう提案され、アヤナお姉さまは喜んで僕たちを招待した。


 季節は八月。魔界はまだまだ、うだるような暑さに覆われている。涼しい国に行けるなんて魅力的だ。


 八月三日。僕たち四人は船に乗り込んだ。


 グリフィンの国は広大な島国だからだ。


 デッキに出て、四人で風を浴びていると、セツナがはしゃいだ声を上げた。


「見て! 綺麗な青アゲハ蝶がいる!」


 僕はセツナが指差した方を見た。


 少し離れたところにある椅子の周りを、青いアゲハ蝶が飛び回っていた。


「なんで船に蝶がいるんだ?」


 僕が首を傾げると、ギョクリンお兄さまは楽しそうに笑った。


「船の積荷に紛れてたんじゃない? それか、この船には花がいたるところに飾られてるから、原因はそれかも」


――ふーん。そうか。


「青い羽が美しいね!」


 セツナが駆け寄ると、蝶はふわりと高く舞い上がった。そして、セツナの頭に止まった。


「まあ。髪飾りみたいで可愛いわ」


「ほんと? アヤナお姉さま、鏡持ってる?」


 アヤナお姉さまはバッグから手鏡を取り出すと、セツナに手渡した。


 二人は鏡を見ながら楽しそうに喋っている。


――楽しい旅行になりそうだな。


 このときの僕は、本気でそう思っていた。

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