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貴族社会を奇策で殴る  作者: 水守 鳴
22章 末っ子マキュナは調香師で伯爵夫人
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ep.119 ハッピーエンドの舞台裏

◇◇◇ 

「わあ! 綺麗な向日葵! 真っ赤ですね! アビスハイビスカスみたいです!」


 私ははしゃいでいた。


――やったあ! ダータン伯爵と二人きりになれちゃった!


「連れてきてくれてありがとうございます!」


 私がダータン伯爵に笑顔を向けたときだ。彼は急に私の足元に跪いた。


「マキュナ。好きだ。愛してる。俺と結婚してくれ」


――え? ええー!


 私はフリーズした。頭が真っ白になった。


 真摯な眼差しに、息が止まりそうになった。


「ずっと前から好きだった。マキュナがラブベリーシリーズを完成させたって報告してくれたときに、恋心を自覚した。達成感に満ちた輝く笑顔に全部持ってかれた。


……ずっと前から守りたかった。ワルシャワとアーチャーじゃ釣り合わないけど……愛してる。一生大切にする! 俺にしてくれ!」


 私は涙が出そうになった。


「嬉しいです……。私もずっと好きでした。結婚します」


「俺のことを? 嬉しいよ……。夢みたいだ……」


 ダータン伯爵は立ち上がると、私を抱きしめた。


 私は背中に腕を回した。


「私も一生大切にします。釣り合ってないなんて言わないでください。あなたは世界で一番素敵な男性です……」


 ダータン伯爵は嬉しそうに笑った。だが、急にその表情が陰った。


「もしかしたら、チェーザマリーには良い顔されないかも。学生時代に面倒見てたら、そういう目で見るようになったのかって言われるかもしれない。


ワルシャワにはアーチャーじゃ到底足りないし……」


「そんなことありません! アーチャーは超名門です! 麗筆で有名で、アーチャーを知らない貴族はいません! それに、ダータン伯爵が男爵だろうと結婚します!」


「何言ってるんだ? 俺が男爵だったら諦める」


「マリアンヌひいばあさまは侯爵令嬢なのに男爵と結婚したんですよ? そのときはおばあさまと作戦会議です! ダータン伯爵以外と結婚したくないです! お父さまは私が陥落します!」


 ダータン伯爵は強く私を抱きしめた。


「ありがとう……。マキュナより素敵な女性はいないよ。ありのままを愛してくれる、君が好きだ」


 私も、強く抱きしめ返した。


「はい。私も愛しています……」


◇◇◇ 

「ロマンチックじゃないか。それで、その後はどうなった?」


 俺が聞くと、アゲハ蝶は虫語で答えた。 


「マキュナ公爵令嬢はまず、姉妹と兄とリト公爵夫人を味方につけました。家族全員でチェーザマリーに圧をかけた。


でも、徒労でした。そんなことをするまでもなくチェーザマリーはあっさり承諾したのでね」


「そうか。それで、マキュナ公爵令嬢は成人したら即結婚か。ルージュナ公爵令嬢は第三王子と結婚。二人とも今年の十一月中に結婚か。ワルシャワは結婚ラッシュだな」


 このときの俺はまだ知らなかった。約一カ月後に、次女のエンナ卿にまで良縁が来ることを。


「いやー! 諜報長官の演技力は素晴らしいですね! 結果的に、ダータン伯爵とマキュナ公爵令嬢は上手く行ったのですから! 流石は我らが主、ハノン=オン=カノン公爵です!」


 蝶が羽をパタパタしながらお追従を言うと、俺は冷たく笑った。


「それにしても、ダータン伯爵は手が早いね。即プロポーズ、その場で即キスか」


「赤向日葵園に誰も来なくて良かったですね。なかなか長いキスでしたから」


「お前途中から、命令を忘れて観察を楽しんでたんじゃないか?」


「私はただ、向日葵の周りを飛び回る蝶ですよ? 邪魔してませんし。いいでしょう?」


 俺はクスリと笑った。


――やっぱり虫は便利な部下だ。諜報の傑作だ。


 中央諜報局――それがグリフィンの王城での俺の勤務先だ。


 諜報員たちは、虫語と虫たちを操る特殊な魔術を習得する。


 虫は各国の城や有力者の屋敷に忍び込み、彼らを観察して我々に報告する。虫など誰も気に止めない。完全犯罪ならぬ、完全諜報の完成だ。


 そもそも、グリフィン自体が高速で飛行できる。


 高速連絡鳩が一時間かかる距離を、グリフィンなら二十分で飛べる。


 つまり、グリフィンの国は他国より三倍早い情報伝達網まで持っているのだ。


 俺は情報大国グリフィンの国の最高機密、虫諜報員を私的利用した。


 蝶を赤向日葵園に飛ばして、ダータン伯爵とマキュナ公爵令嬢のやりとりを報告させた。


 さらに、蟻を王都のワルシャワ別邸に忍びこませた。

 

 それにより、マキュナ公爵令嬢とチェーザマリー公爵の詳細な攻防まで知ることができたのだ。まあ、こちらの攻防は完全な徒労だったが。


 職権を乱用して、自分の部下を使ったのは、ひとえに愛する女のためだった。


「ハノン公爵も、そろそろ結婚されてはいかがですか? 気になる女性とかいませんか? 身辺調査なら我々にお任せください」


「いるよ。もうすぐ真剣交際を申し込むつもりさ。……いや、求婚にしようと思ってる」


「は!? まじですか!? お相手は誰ですか!?」


 俺は恍惚とした笑みを浮かべた。


「ワルシャワ家の長女、アヤナ=ファル=ワルシャワさ」


「はー!? 彼女とは友人じゃなかったんですか!? いつからですか!?」


「初めてパーティーで会ったとき。俺の気配消し魔術はあっさり見破られてね……。彼女、遠慮なく俺に話しかけてきて、一緒にゲームをしようと持ちかけてきたんだよ」


「ゲーム?」


「内容は内緒だ。それで、俺はアヤナに惚れたんだ。茶番に付き合ったのはアヤナの頼みだからさ。さっさと勇気を出して告白しろって話だ」


「……このロマンチックストーリーを内心では茶番だと思ってらっしゃったんですか」


 俺は嘲るように笑った。


「他人の恋愛なんてどうでもいい。ていうか演技中の俺、最低すぎるぞ? 


今度ダータン伯爵をグリフィンのパーティーに招待しよう。会って直接、アヤナと裏事情を説明する。このままだと俺の心証が最悪だからな」


「ダータン伯爵はハノン公爵のご配慮に感激なさるでしょうね」


――面白いこと言うじゃないか。上手い切り返しだ。


 虫たちは、主の内心や思考を読むのが上手い。


――真実を知ったら、ダータン伯爵はどんなリアクションをするかな?


「俺はアヤナと結婚する。あいつは公爵になりたいんだろ? 俺が押し上げてやるよ。


結婚したら、魔油の採掘権の二十%を贈ろうかな? そしたらアヤナは資源面でも影響力を持てる」


「素晴らしいアイディアです! ところで、アヤナ公爵令嬢はハノン公爵をどう思われてるんですかね? 私が探ってきましょうか?」


「それは不要だ。あいつは俺をなんとも思ってない。でも、メリットがあれば結婚してくれる。そういうところも好きだ」


「ハノン公爵が惚気るなんて……明日は雹が降ります!」


◇◇◇ 

 側近が青い顔で俺の執務室に駆けこんで来た。


「大変です! ヴァンパイアの魔王様! ワルシャワが……ワルシャワが!」


 俺は書類に判を押すのを止めて、即座に身構えた。


「なんだ!? ワルシャワがどうした!?」


「長女のアヤナと長男のギョクリンが、それぞれ結婚することになりました!」


「な……何だって!? まだ第三王子とルージュナの結婚式が終わったばかりだぞ!? 二週間後はマキュナとダータン伯爵の結婚式なのに!? 相手は誰だよ!」


「ギョクリンの結婚相手は、化け猫の国のウィブルー公爵令嬢です!」


「化け猫三名家のウィブルー公爵家か!? ユリジェンヌとウィブルーは過去に何度も婚姻してる。定番の組み合わせだな。式はいつだ?」


「来年の二月です。それより、アヤナの結婚相手が問題です!」


 側近は卒倒しそうな顔をした。


「一体、誰なんだ?」


「ハノン=オン=カノン公爵ですよ!」


「ハノンだとー!? あの魔油王と!? ワルシャワめ! 政治力と三大ブランド力に飽き足らず、今度は資源戦略か!?」


「しかも……ハノン公爵は魔油の採掘権の二十%を三百年間アヤナに贈るそうです! 公爵いわく、結納金みたいなものだとか」


「なんだそのイカれた結婚は!? 国家資源を結納金にする馬鹿がいるかよ!」


「馬鹿ではないかも……。アヤナが独断で油田を売ったりするのは禁止ですから。


一応、販売先などにはハノン公爵とグリフィンの魔王様のチェックが入るとか。ただし、アヤナにはかなり自由な裁量があります」


 俺はめまいを覚えた。そのときだ。もう一人の側近が執務室に駆けこんで来た。


「ヴァンパイアの魔王様、ご報告申し上げます! リト=ファル=ワルシャワ公爵夫人が懐妊されました」


「なんだと……!? またワルシャワ一族が増えるのか!?」


「しかも、双子だそうです!」


 俺は机に突っ伏した。


――今度の子どもは、どんな猛者になるんだ……。


 俺は震える声で絞り出した。


「祝の品を贈らなくては……。めでたいことだからな」



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