↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貴族社会を奇策で殴る  作者: 水守 鳴
22章 末っ子マキュナは調香師で伯爵夫人
119/133

ep.118 伯爵はついに心を決める

◇◇◇ 

――なんで、会話嫌いのハノン公爵がマキュナと喋るんだ!? 一緒にいるんだよ!


 目の前の光景が信じられなかった。


 ソファを譲ると、俺はフルーツを食みながら、聞き耳を立てていた。


「香りを操るレディとは……。魅力的だね。さぞやモテるんじゃないか?」


――ハノン公爵、今なんて言った!? 魅力的!?

 マキュナを魅力的って思ってるのか!? ハノンが!?


「えっと……。そんなことありませんわ」


――何言ってるんだ! マキュナは世界一可愛らしいレディだ!


「君は美しいし、一目惚れする男だっているはずさ」


――は? 一目惚れ? まさか、ハノン公爵が一目惚れしたんじゃないだろうな……。


 俺は梨を噛んだ。瑞々しくて果汁が溢れるのに、じゃりじゃりした砂を噛んでいるようだった。


「……実は、俺も最近結婚を考えてるんだ」


――なんだって!? 結婚する気か!? まさか、相手はマキュナじゃないだろうな?


 俺はワインの残りを飲み干した。


――ごくり、と。


 その音が嫌に耳についた。


 カノンとワルシャワ。序列一位公爵家同士、お似合いの組み合わせだ。


 伯爵の俺の出る幕なんて、一ミリもない。


 「え!? ハノン公爵が!? 話すことが嫌いなんですよね? 結婚生活、大丈夫なんですか?」


 マキュナが大声を出すと、何人かの貴族がこちらを見た。次第にざわめきが広がっていった。


「なんでハノン公爵が姿を見せて令嬢と話してるんだ?」


「まさか……ワルシャワとカノンが? お似合いだな」


 お似合い。そのひと言に、心臓が破れそうだった。


――マキュナは今、どんな顔で喋ってるんだ?


 ハノン公爵はレディたちの憧れの的だ。マキュナもきらきらした眼差しで彼を見つめているのだろうか。


 俺は視線をソファに向けた。その瞬間、ハノン公爵が言った。


「実は、話していて楽しいレディを見つけたんだ」


――まさか、マキュナのことか!?


 一瞬、くらりときた。


「そうなんだよ。世界一美しくて賢いレディさ。優しいところもある」


 ハノン公爵はうっとりと笑った。


――なんて顔だ……。本気の相手がいるのか。この状況的に、やっぱりマキュナか?


「あれ? 髪に花びらがついてるよ。馬車を降りたときについたんじゃないか?」


 ハノン公爵は右手を伸ばして、マキュナの美しい髪に触れた。


――止めてくれ! マキュナに触らないでくれ! 俺の好きな女性なんだ!


 その言葉を飲み込んだ。喉が締め付けられて、苦しくなった。


――もう見ていたくない……!


 俺は目を逸らした。なのに、見たくて仕方なかった。


「はい。とれたよ。今はゴルッシュフラワーが満開だからね」


「ご親切にありがとうございます。ところで……あの、聞いてもいいですか? ハノン公爵のお相手の方ってどなたですか?」


「実は、まだ想いを告げてないんだ」


「そうなんですか!? ハノン公爵ほどの方なら、即決OKでは?」


――ハノンなら、即決? マキュナもか? 申し込まれたら、承諾するのか?


 俺はハノン公爵とマキュナが笑い合っている姿を想像した。


 心臓が止まったかのように、苦しくなった。


「これから真剣交際を申し込むつもりなんだ。でも、相手は内緒さ。すぐに分かるよ」


――すぐに分かる!? やっぱり、相手はマキュナか? 実は自分だったっていうサプライズか!?


「そうですか……。魔油王で序列一位公爵のグリフィン、ハノン公爵が告白……。社交界に激震が走りそうですね。ハノン公爵は粋がある方ですし、きっと上手くいきますよ!」


 魔油王。序列一位。公爵。完璧だ。俺じゃ太刀打ちできない。しかも、粋があるとは。マキュナはハノン公爵に好意的じゃないか。


「ありがとう。そうだ、何か食べないかい? とってくるよ。ちょっと待ってて」


――来ないでくれ。


 この完璧な男の側にいたくない。だが、マキュナに触れる権利がある男も、隣にふさわしいのも、ハノン=オン=カノンだ。


◇◇◇ 

「やあ、ダータン伯爵。フルーツはおいしいかい?」 


「ええ、とても。とくにこの梨はフレッシュですね」


 俺が話しかけると、ダータン伯爵はぎこちなく微笑んだ。


「そうか。じゃあ、梨も持っていこうかな。マキュナ公爵令嬢が苺が食べたいって言うんだけどね。苺以外も美味しそうだし」


 俺は小皿を二枚手に取った。そして、トングで手際よく苺と梨を乗せ始めた。


 カットされた苺を五粒乗せると、俺はにやりと笑った。


「聞き耳は品がないね。伯爵様ともあろう者が。バレバレだよ」


 俺は"伯爵様"という単語を強調した。


 ダータン伯爵は動揺することなく、微笑んだ。


「何のことでしょう?」


「とぼけるなよ。ばっちり会話を聞いてたんだろ? まあ良い。お気づきだろうが、俺はマキュナ公爵令嬢に真剣交際を申し込むつもりなんだ」


 一瞬黙ると、ダータン伯爵はぎこちなく微笑んだ。


「そうですか。ハノン公爵に告白されて、喜ばない令嬢なんていないでしょうね」


「だろうね。俺は公爵だから。公爵って肩書が気に入ってるんだ。公爵家には公爵家がふさわしい。あとは格下だからな」


――さて、ヴィランになるか。これからやること、かなり最低だぞ? 


「マキュナ=ファル=ワルシャワが公爵令嬢じゃなかったら、告白なんてしないけどな」


「……は?」


 ダータン伯爵は目を見開いて、息を呑んだ。


 俺は苺と梨をトングでつまみながら、意地悪く笑った。


「俺はワルシャワと繋がりが欲しいんだ。ワルシャワ公爵令嬢なら誰でもいい。素直そうだし、相手はマキュナ令嬢でいいかな?」


「……ハノン公爵は、マキュナに気があるんじゃないんですか? 楽しそうに喋っていましたが」


「そんなわけないだろ。退屈で仕方ないよ。でも、付き合うなら好印象を持ってもらわなきゃ。適当に笑ってただけさ」


 ダータン伯爵は微笑んでいる。だが、その瞳にはっきりと怒りが宿った。


 俺はトングを置くと、二枚の小皿を左手で器用に持ち直した。


 そして、右手で軽くダータン伯爵の肩をつかみ、顔を耳元に近づけて囁いた。


「お前はマキュナ公爵令嬢に気があるのか? 邪魔だから、伯爵はひっこんでなよ。俺はワルシャワが欲しいんだ」


 ダータン伯爵の顔から、表情が消えた。


 こんな顔をした男を見たことがなかった。


「明日、告白しようと思ってるんだ。マキュナ公爵令嬢が他の男を選ぶっていうなら引くけど……。俺より良い男はいないだろ?」


 手を離すと、俺は明るく笑った。そして、白ワインのグラスを手に取った。


「それじゃあね。愛だけの男は黙って見てな」


「……引っ込むのはあなただ」


「……は?」


 ダータン伯爵は恐ろしい眼差しで俺を睨んだ。


 俺は背筋がゾクゾクした。


「俺の愛する女性を侮辱する奴は許しません」


「侮辱? してないけど」


「こんな男にマキュナは渡せない。退屈で仕方ない? ワルシャワなら誰でもいい? それは、マキュナに対する侮辱だ。マキュナの良さも、努力も笑顔も知らないし見えてない男が不純な動機で近づくな」


 ダータン伯爵は一歩距離を詰めた。


「爵位だけの愛無し男はひっこんでな」


 ダータン伯爵は足早にソファに向かった。そして、マキュナ公爵令嬢の足元に跪いて言った。


「マキュナ。俺と庭園に行こう。赤向日葵が美しく咲き誇ってるよ」


「えっ……庭園ですか?」


 マキュナ公爵令嬢は困ったように俺を見た。


――良いじゃん。ダータン伯爵。よし、あともう一押しだな。


 俺はソファに歩み寄ると、ダータン伯爵ににっこり笑いかけた。


「赤向日葵? マキュナ公爵令嬢には白薔薇が似合いそうだよ。可憐だし」


 ダータン伯爵もにっこり笑った。


「そうですか。でも俺は、向日葵が好きです。昔、マキュナとアビス向日葵園に行った思い出がありますから。……マキュナ、一緒に来てくれ」


「えっと……せっかくハノン公爵がフルーツを持ってきてくれたので、食べ終わってからでも大丈夫ですか?」


「良いよ。そこの"伯爵"と行ってきなよ」


 マキュナ公爵令嬢ではなく、俺はダータン伯爵に冷たい笑みを向けた。


「では、俺たちはここで失礼しますよ」


 ダータン伯爵は俺に冷たく微笑むと、マキュナ公爵令嬢の手を取って立ち上がらせた。


 何も知らないマキュナ公爵令嬢は嬉しそうに笑った。


――かっこいいじゃん、ダータン伯爵。対する俺、今日何? 最低?


 ついつい笑いそうになったが、必死で堪えた。


――さて、アヤナに報告だな。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。