ep.117 パーティーで、公爵は伯爵を煽る
◇◇◇
「ハノンから話しかけるなんて変じゃない? アヤナ公爵令嬢とハノンは友人でしょ? どう思う?」
ザクロ公爵に聞かれて、私は上品に微笑んだ。
「さあ? 昔ジュースを奢ったガールがレディに成長したのでね。ちょっと興味を持ったんじゃないですか?」
「ハノンが他人に興味? そんなことある? しかも、ハノンは普段から、レディとはほぼ話さないよ。
ダンスパーティーだろうが、ハノンが気配を消してるのは有名な話じゃん? どのパーティーに呼ばれても、透明人間みたいにただそこにいるだけだし。随分……」
言いかけて、ザクロ公爵はわざとらしくはっとした顔をした。
「あれ? そういえばハノン、気配消しの魔術使ってなくない? さっき普通に姿が見えたんだけど?」
――やっぱりそこが気になるのね。
スカーポリー侯爵は探るような眼差しで私の目を見た。
「魔油王とマキュナ=ファル=ワルシャワ公爵令嬢の組み合わせか。なかなか絵になるね。
そういえば、ハノン=オン=カノン公爵はまだ未婚だな? そろそろ結婚しないのかな? アヤナ公爵令嬢はどう思う?」
魔油とは、人間界でいう石油のようなものだ。
魔油は食用にもなる油だし、燃料としても使える。生活に欠かせない品だ。
ただし、産出できる地域は魔界全土で五地域のみ。
カノン領はその内、二つの地域を持っている。
――ザクロ公爵もスカーポリー侯爵も、あからさますぎるわ。
「さあ? カノン公爵は喋るのが嫌いですし……。結婚はまだだいぶ先では?」
――カノン! 上手くやんなさいよ!
私は心の中でカノンを叱咤した。
◇◇◇
俺は窓際のソファに近づくと、そこに座っている男に笑顔で声をかけた。
彼は驚愕の表情でこちらを見ていた。
――こいつ、分かりやすすぎ。
俺は開場直後からパーティー開場に潜伏して、こいつが来た瞬間から観察していた。
この男は、マキュナ令嬢が入場した途端、彼女だけを見つめていた。目で追い続けていた。
「ダータン伯爵じゃないか。ワインを飲んで寛いでいるところを悪いが、そこの席を譲ってくれないか? こちらの美しい令嬢と座って話したいんだ」
俺がそう言うと、ダータン伯爵は慌てて立ち上がった。
「もちろんです。ハノン公爵」
マキュナ公爵令嬢は困惑した顔で俺を見上げた。
「あの……。ソファなら、他にも空いてますよ?」
「ここのソファはさっき座ったら、座り心地が最高だったんだ。四人掛けだし、二人で話すには調度良いだろ?」
――何このダサい言い訳。まあ、仕方ないか。
「ええっと……そうですね」
マキュナ公爵令嬢は腑に落ちない顔をしたが、ダータン伯爵に花のような笑みを向けた。
「ダータン伯爵、お久しぶりです。今日はアヤナお姉さまとパーティーに来たんです」
俺は即座に笑顔を作った。
「さっき、俺からマキュナ公爵令嬢に話しかけたんだ。一目見た瞬間、話したくなってね。寛いでいるところを悪いね」
顔色が僅かに変わったダータン伯爵から視線を外し、俺はマキュナ公爵令嬢を見た。
「久しぶりの再会だったから、どうしても話したくなったんだよ。初めて話したときの君は、なかなか印象的だった」
「まあ? ほんとですか?」
「ああ。立ち話もなんだ。座らないか?」
「ええ」
俺がソファを手で示すと、マキュナ公爵令嬢は座った。俺は彼女の隣に座った。拳一つ分の距離を空けて。
ダータン伯爵は少し離れたところに移動した。
彼はソファから歩いて七歩ほどのところにあるテーブルまで行くと、グラスを置いてフルーツをつまみ始めた。
テーブルの皿の上には、苺やオレンジが美しく盛り付けられていた。
様々な種類が用意されているから、ゆっくりと味わっているふりをするには調度良い。
――俺たちの会話、聞きたいだろうな。
俺はあえて、大きめな声で話すことにした。
「なんだか、苺の甘い香りがするな」
「まあ! 分かりますか? 私、ラブベリーの香水をつけているのです」
「ラブベリーか。フクシェルの香水だな。アヤナが好きだと言っていた」
「お姉さまが!? 嬉しいです! 実は、私が調香した香水なんですよ!」
「そういえば、君はフクシェルの調香師なんだってね。香りを操るレディとは……。魅力的だね。さぞやモテるんじゃないか?」
「えっと……。そんなことありませんわ」
「そうなのか? なぜ?」
「モテるって、アヤナお姉さまやエンナお姉さまみたいな女性でしょう? 二人は凄いですよ。エンナお姉さまは社交界のスター。アヤナお姉さまに惚れる男性も後を立ちません」
「他人と比べるのは良くないよ。君は美しいし、一目惚れする男だっているはずさ」
俺は横目でダータン伯爵を見た。
彼はカットされた梨を食べていた。
――そのまま、耳をよく澄ましとけよ。
俺は心の中で薄く笑った。
「そういえば、ルージュナ公爵令嬢が四カ月後に第三王子と結婚されるそうだね。おめでとう」
「ありがとうございます! ルージュナお姉さまと第三王子様は凄く仲良しなんですよ」
「そうか。ところで、アヤナ公爵令嬢も結婚を考えてるらしいな」
「ええ!? そうなんですか?」
「アヤナなら相手に困らないだろうね。次期公爵候補だし。……実は、俺も最近結婚を考えてるんだ」
「え!? ハノン公爵が!? 話すことが嫌いなんですよね? 結婚生活、大丈夫なんですか?」
マキュナ公爵令嬢は零れんばかりに目を見開いた。しかも、大声を出したのだ。
何人かの貴族がこちらを見た。そして、ぎょっとした顔をした。
「嘘!? あれ、ハノン公爵よ!?」
「気配消しの魔術を使ってないわ!」
「一緒にいらっしゃるのは、マキュナ公爵令嬢か……。なんで話してるんだ?」
囁きとどよめきが徐々に広まっていくのを感じたが、俺は気にしないで続けた。
「実は、話していて楽しいレディを見つけたんだ」
俺はうっとりと笑った。頭の中に、愛する女性の顔を思い浮かべながら。
「もうお相手がいらっしゃるんですか!?」
「そうなんだよ。世界一美しくて賢いレディさ。優しいところもある」
事実だが、マキュナ公爵令嬢のことではない。
――さて、ダータン伯爵はどうかな?
ちらりとダータン伯爵を見た。彼は少しだけ青くなっていた。しかも、こちらを見ている。
――もう気になって仕方ないってか? よし、アヤナの作戦のあれをやるか。
「あれ? 髪に花びらがついてるよ。馬車を降りたときについたんじゃないか?」
「え? どこですか?」
マキュナ公爵令嬢は慌てて髪を触った。
当然、ハーフアップの髪には花びらなんてどこにもない。
「ここだよ」
俺は右手を伸ばして、耳の近くの髪に触れた。
その瞬間、袖口に仕込んでいた黄色い花びらを手の中に落とした。
遠巻きに見ていたレディたちから、黄色い声が上がった。
「はい。とれたよ。今はゴルッシュフラワーが満開だからね。俺も馬車を降りたときに、肩に花びらがついたんだ」
「そうなんですね。ご親切にありがとうございます。ところで……あの、聞いてもいいですか?」
「ん? なんだい?」
「ハノン公爵のお相手の方ってどなたですか?」
「実は、まだ想いを告げてないんだ」
「そうなんですか!? ハノン公爵ほどの方なら、即決OKでは?」
――マキュナ令嬢! ナイス発言! ダータン伯爵を煽るには十分だな
「君には教えるけど……。これから真剣交際を申し込むつもりなんだ。でも、相手は内緒さ。すぐに分かるよ」
すぐに分かる。そのひと言を微妙に強調した。
――うん。まじで嘘は言ってない。ダータン伯爵の解釈の問題だ。
「そうですか……。魔油王で序列一位公爵のグリフィン、ハノン公爵が告白……。社交界に激震が走りそうですね。ハノン公爵は粋がある方ですし、きっと上手くいきますよ!」
「ありがとう。そうだ、何か食べないかい? 朝ご飯をあまり食べなかったから、ちょっと小腹が空いてきてね」
辺りを見渡す。そして、ダータン伯爵のいるテーブルに目を留める――演技をした。
「おいしそうなフルーツだな。白ワインもあるし、一杯飲もうかな? 君も飲むかい?」
「いいえ。大丈夫です。でも、苺だけ食べたくなっちゃいました。美味しそうですね」
マキュナ公爵令嬢はにっこりと笑った。俺は優しく笑い返した。
「とってくるよ。ちょっと待ってて」




