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貴族社会を奇策で殴る  作者: 水守 鳴
22章 末っ子マキュナは調香師で伯爵夫人
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ep.117 パーティーで、公爵は伯爵を煽る

◇◇◇ 

「ハノンから話しかけるなんて変じゃない? アヤナ公爵令嬢とハノンは友人でしょ? どう思う?」


 ザクロ公爵に聞かれて、私は上品に微笑んだ。


「さあ? 昔ジュースを奢ったガールがレディに成長したのでね。ちょっと興味を持ったんじゃないですか?」


「ハノンが他人に興味? そんなことある? しかも、ハノンは普段から、レディとはほぼ話さないよ。


ダンスパーティーだろうが、ハノンが気配を消してるのは有名な話じゃん? どのパーティーに呼ばれても、透明人間みたいにただそこにいるだけだし。随分……」


 言いかけて、ザクロ公爵はわざとらしくはっとした顔をした。


「あれ? そういえばハノン、気配消しの魔術使ってなくない? さっき普通に姿が見えたんだけど?」


――やっぱりそこが気になるのね。


 スカーポリー侯爵は探るような眼差しで私の目を見た。


「魔油王とマキュナ=ファル=ワルシャワ公爵令嬢の組み合わせか。なかなか絵になるね。


そういえば、ハノン=オン=カノン公爵はまだ未婚だな? そろそろ結婚しないのかな? アヤナ公爵令嬢はどう思う?」


 魔油とは、人間界でいう石油のようなものだ。


 魔油は食用にもなる油だし、燃料としても使える。生活に欠かせない品だ。


 ただし、産出できる地域は魔界全土で五地域のみ。


 カノン領はその内、二つの地域を持っている。


――ザクロ公爵もスカーポリー侯爵も、あからさますぎるわ。


「さあ? カノン公爵は喋るのが嫌いですし……。結婚はまだだいぶ先では?」


――カノン! 上手くやんなさいよ!


 私は心の中でカノンを叱咤した。


◇◇◇ 

 俺は窓際のソファに近づくと、そこに座っている男に笑顔で声をかけた。


 彼は驚愕の表情でこちらを見ていた。


――こいつ、分かりやすすぎ。


 俺は開場直後からパーティー開場に潜伏して、こいつが来た瞬間から観察していた。


 この男は、マキュナ令嬢が入場した途端、彼女だけを見つめていた。目で追い続けていた。


「ダータン伯爵じゃないか。ワインを飲んで寛いでいるところを悪いが、そこの席を譲ってくれないか? こちらの美しい令嬢と座って話したいんだ」


 俺がそう言うと、ダータン伯爵は慌てて立ち上がった。


「もちろんです。ハノン公爵」


 マキュナ公爵令嬢は困惑した顔で俺を見上げた。


「あの……。ソファなら、他にも空いてますよ?」


「ここのソファはさっき座ったら、座り心地が最高だったんだ。四人掛けだし、二人で話すには調度良いだろ?」


――何このダサい言い訳。まあ、仕方ないか。


「ええっと……そうですね」


 マキュナ公爵令嬢は腑に落ちない顔をしたが、ダータン伯爵に花のような笑みを向けた。


「ダータン伯爵、お久しぶりです。今日はアヤナお姉さまとパーティーに来たんです」


 俺は即座に笑顔を作った。


「さっき、俺からマキュナ公爵令嬢に話しかけたんだ。一目見た瞬間、話したくなってね。寛いでいるところを悪いね」


 顔色が僅かに変わったダータン伯爵から視線を外し、俺はマキュナ公爵令嬢を見た。


「久しぶりの再会だったから、どうしても話したくなったんだよ。初めて話したときの君は、なかなか印象的だった」


「まあ? ほんとですか?」


「ああ。立ち話もなんだ。座らないか?」


「ええ」


 俺がソファを手で示すと、マキュナ公爵令嬢は座った。俺は彼女の隣に座った。拳一つ分の距離を空けて。


 ダータン伯爵は少し離れたところに移動した。


 彼はソファから歩いて七歩ほどのところにあるテーブルまで行くと、グラスを置いてフルーツをつまみ始めた。


 テーブルの皿の上には、苺やオレンジが美しく盛り付けられていた。


 様々な種類が用意されているから、ゆっくりと味わっているふりをするには調度良い。


――俺たちの会話、聞きたいだろうな。


 俺はあえて、大きめな声で話すことにした。


「なんだか、苺の甘い香りがするな」


「まあ! 分かりますか? 私、ラブベリーの香水をつけているのです」


「ラブベリーか。フクシェルの香水だな。アヤナが好きだと言っていた」


「お姉さまが!? 嬉しいです! 実は、私が調香した香水なんですよ!」


「そういえば、君はフクシェルの調香師なんだってね。香りを操るレディとは……。魅力的だね。さぞやモテるんじゃないか?」


「えっと……。そんなことありませんわ」


「そうなのか? なぜ?」


「モテるって、アヤナお姉さまやエンナお姉さまみたいな女性でしょう? 二人は凄いですよ。エンナお姉さまは社交界のスター。アヤナお姉さまに惚れる男性も後を立ちません」


「他人と比べるのは良くないよ。君は美しいし、一目惚れする男だっているはずさ」


 俺は横目でダータン伯爵を見た。


 彼はカットされた梨を食べていた。


――そのまま、耳をよく澄ましとけよ。


 俺は心の中で薄く笑った。


「そういえば、ルージュナ公爵令嬢が四カ月後に第三王子と結婚されるそうだね。おめでとう」


「ありがとうございます! ルージュナお姉さまと第三王子様は凄く仲良しなんですよ」


「そうか。ところで、アヤナ公爵令嬢も結婚を考えてるらしいな」


「ええ!? そうなんですか?」


「アヤナなら相手に困らないだろうね。次期公爵候補だし。……実は、俺も最近結婚を考えてるんだ」


「え!? ハノン公爵が!? 話すことが嫌いなんですよね? 結婚生活、大丈夫なんですか?」


 マキュナ公爵令嬢は零れんばかりに目を見開いた。しかも、大声を出したのだ。


 何人かの貴族がこちらを見た。そして、ぎょっとした顔をした。


「嘘!? あれ、ハノン公爵よ!?」


「気配消しの魔術を使ってないわ!」


「一緒にいらっしゃるのは、マキュナ公爵令嬢か……。なんで話してるんだ?」


 囁きとどよめきが徐々に広まっていくのを感じたが、俺は気にしないで続けた。


「実は、話していて楽しいレディを見つけたんだ」


 俺はうっとりと笑った。頭の中に、愛する女性の顔を思い浮かべながら。


「もうお相手がいらっしゃるんですか!?」


「そうなんだよ。世界一美しくて賢いレディさ。優しいところもある」


 事実だが、マキュナ公爵令嬢のことではない。


――さて、ダータン伯爵はどうかな?


 ちらりとダータン伯爵を見た。彼は少しだけ青くなっていた。しかも、こちらを見ている。


――もう気になって仕方ないってか? よし、アヤナの作戦のあれをやるか。


「あれ? 髪に花びらがついてるよ。馬車を降りたときについたんじゃないか?」


「え? どこですか?」


 マキュナ公爵令嬢は慌てて髪を触った。


 当然、ハーフアップの髪には花びらなんてどこにもない。


「ここだよ」


 俺は右手を伸ばして、耳の近くの髪に触れた。


 その瞬間、袖口に仕込んでいた黄色い花びらを手の中に落とした。


 遠巻きに見ていたレディたちから、黄色い声が上がった。


「はい。とれたよ。今はゴルッシュフラワーが満開だからね。俺も馬車を降りたときに、肩に花びらがついたんだ」


「そうなんですね。ご親切にありがとうございます。ところで……あの、聞いてもいいですか?」


「ん? なんだい?」


「ハノン公爵のお相手の方ってどなたですか?」


「実は、まだ想いを告げてないんだ」


「そうなんですか!? ハノン公爵ほどの方なら、即決OKでは?」


――マキュナ令嬢! ナイス発言! ダータン伯爵を煽るには十分だな


「君には教えるけど……。これから真剣交際を申し込むつもりなんだ。でも、相手は内緒さ。すぐに分かるよ」


 すぐに分かる。そのひと言を微妙に強調した。


――うん。まじで嘘は言ってない。ダータン伯爵の解釈の問題だ。


「そうですか……。魔油王で序列一位公爵のグリフィン、ハノン公爵が告白……。社交界に激震が走りそうですね。ハノン公爵は粋がある方ですし、きっと上手くいきますよ!」


「ありがとう。そうだ、何か食べないかい? 朝ご飯をあまり食べなかったから、ちょっと小腹が空いてきてね」


 辺りを見渡す。そして、ダータン伯爵のいるテーブルに目を留める――演技をした。


「おいしそうなフルーツだな。白ワインもあるし、一杯飲もうかな? 君も飲むかい?」


「いいえ。大丈夫です。でも、苺だけ食べたくなっちゃいました。美味しそうですね」


 マキュナ公爵令嬢はにっこりと笑った。俺は優しく笑い返した。


「とってくるよ。ちょっと待ってて」


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