ep.116 アヤナお姉さまの恋の陰謀
◇◇◇
「卒業おめでとうマキュナ。頑張ったな」
「ダータン伯爵! ありがとうございます!」
卒業式が終わると、ダータン伯爵がチューリップの花束を持って迎えに来てくれた。
「今日まで頑張れたのは、ダータン伯爵のおかげです!」
「そんなことないよ。マキュナが頑張ったからさ」
嬉しさのあまり抱きつくと、ダータン伯爵は優しく抱きしめ返してくれた。
マインも見送りに来てくれた。
「卒業おめでとう! これ、私が自由課題で作った石鹸よ。良かったら使ってね」
そう言って、袋いっぱいの石鹸をプレゼントしてくれた。
マインは物作り科に進学していた。通常なら今年で卒業だが、あと三年は学校に残り、今度は香料専門科に進学するそうだ。
「マイン! 頑張ってね! 今日までありがとう!」
――魔界に帰ったら、皆は私のことを忘れちゃうんだ……。マインの中からも私は消えるんだ……。
寂しくなったが、私はマインに笑顔を向けた。
そして、石鹸の袋を握りしめた。
――絶対に、一つは使わないで残して永久保存しよう!
後にその石鹸は、お金では買えない私の大切な宝ものになる。
◇◇◇
魔界に戻ると、私は香水ブランドフクシェルの調香師になった。
――よし! 素敵な香水を沢山作るぞー!
やる気がある私を、先輩調香師は熱心に指導してくれた。
魔法を使った香水の作り方から珍しい植物のブレンドまで、色々と丁寧に教えてくれたのだ。
フクシェルは父のブランドで、私は公爵令嬢だ。けれど、フクシェルの調香師たちは誰も私を特別扱いしなかった。まだ幼いのに、子ども扱いされることもなかった。
充実した日々を過ごしていたが、すぐに心にガタがきた。
――ダータン伯爵に会いたい!
原因はそれだった。
毎日彼に会い、学校での出来事をつまびらかに報告する内に、そんな日常が当たり前になってしまっていた。
彼の笑顔を見て、今日あったことを報告したかった。
けれど、ダータン伯爵は週三日は人間界で皇帝に、週三日は魔界で悪魔の魔王様に仕える方だ。
ヴァンパイアの国から悪魔の国までは魔道で二十時間かかる。
会いたいからと言ってすぐに会えるわけでもない。
――研修期間が終わったら、会いたいって手紙を出そう! それをモチベーションに頑張るぞ!
心に決めると、さらに熱心に研修に打ち込むようになった。
しかし覚えることが多かったので、研修時間は予定より長びいた。気づいたら十二月になっていた。
その間、ダータン伯爵も私も忙しかったので、一度も会えなかった。
けれど、私の誕生日の十一月一日にはダータン伯爵から誕生日プレゼントが届いた。四つ葉のクローバーの模様のひざ掛けだった。
大きめのひざ掛けだったので、私はそれを毛布代わりにして、毎晩眠った。
ようやく研修期間が終わると、ダータン伯爵に手紙を書いた。
返事はすぐに来た。ダータン伯爵も久しぶりに会いたいと言ってくれたのだ。
◇◇◇
「ダータン伯爵! 会いたかったです!」
再会するなり、私はダータン伯爵に抱きついた。彼は笑って受け止めてくれた。
「俺も会いたかったよ。学生時代は毎日会ってたのにな」
ダータン伯爵は、ヴァンパイアの国までわざわざ来てくれたのだ。
私たちはレストランで食事を楽しんだ後、美術館を三つも巡った。
けれど、楽しい時間はあっという間だった。すぐに、ダータン伯爵が帰国する時間になった。
「じゃあね、マキュナ。香水作り、頑張って。マキュナならきっと良い香水が作れるよ」
そう言って、ダータン伯爵は馬車に乗り込もうとした。
――行かないで!
広い背中に抱きつきたくなった。でも、できなかった。
再会したときは彼に抱きついたのに、なんだか恥ずかしくなってしまった。
その瞬間、気づいてしまったのだ。
――ああ! 私、ダータン伯爵が好きなんだ!
◇◇◇
――人気調香師になって、私が作った香水をプレゼントして告白しよう!
私は決心した。そして、商品開発に打ちこんだ。
――もしダータン伯爵が恋人になったら、こんな香りを嗅いでもらいたいな……。
彼のことを思い浮かべるだけで、調香技術に磨きがかかった。
得意のフルーティー系香水の研究に打ち込み、ターゲットをデートする女性に絞った。
私は社交界にも頻繁に行くようになった。レディたちに試供品を試してもらい、その場で感想を聞くことができるからだ。
フクシェルが有名ブランドなのと、私が公爵令嬢だったこともあり、皆が快くモニターになってくれた。
この香りは好き。これは嫌い。こういうときにつけたい。もっとこうして欲しい。
そういったフィードバックが、私の成長を後押ししてくれた。
私は急速に調香の腕を上げた。
十六歳になったときに、ついに私はヒット商品を生み出した。
甘酸っぱくて新鮮な苺の香りをメインにした香水、ラブベリーシリーズが大ヒットしたのだ。
自信をつけた私は、ウッディ系やグリーン系の香水の研究にも打ち込むようになった。
他の調香師仲間とも協力して商品開発をするのが、楽しくて仕方なかった。
時が経ち、私は十九歳になった。
◇◇◇
「悪魔国の王城パーティーの招待状?」
「そうよ。一緒に行きましょうよ。ダータン伯爵も来るんですって。二人、仲良しでしょ?」
マキュナはぱっと笑顔になった。
「行く! 行きたい! アヤナお姉さま、一緒に行こう!」
――分かりやす……。
純粋な妹は気づかないだろう。
私が主催者に頼んで、わざわざ招待状を二枚にしてもらったことに。
「で、いつ告白するの?」
私がストレートに聞くと、マキュナは飲んでいた紅茶を吹き出した。
「ええ!? なんで分かったの!?」
「逆になんで分からないと思うのよ。三カ月に一回、デートしてるじゃない? その日はうきうきで帰ってきてるわよ。ていうか、彼のこと話すときの顔で一発よ」
「デートじゃないもん! 一緒にご飯食べて、観光してるだけだもん!」
「ふーん。ダータン伯爵はわざわざ二十時間かけて、ヴァンパイアの国までマキュナに会いに来てくれるのに? 毎年誕生日プレゼントもくれるのに?」
マキュナは真っ赤になった。
「告白……はまだ先かな……。もっと素敵な香水を作ってから、彼にプレゼントするの。そのときに言う」
「何悠長なこと言ってんのよ。権力者たちに重用される序列一位の書聖伯爵よ? 超美形だし、あいつがどれだけモテるか知らないわけ? さっさと告白しなさいよ」
「ダータン伯爵、モテるの?」
マキュナの顔が、急に不安でいっぱいになった。
「そうよ。でも、結婚する気ゼロらしいわよ。爵位目当ての女がうざくて、パーティーだと既婚女性としかダンスしないんだって。未婚令嬢はけんもほろろよ。あなた、特別枠よ」
「……だって、小さいときから可愛がってくれてたし。でも、全然女性として見られてない気がする」
――そんなこと、ないと思う。
マキュナを家まで送ってくれたときのダータン伯爵の目は、好きな女を見る目だった。
――ダータン伯爵は、家格を気にしてるのかしら?
なら、自分から告白を遠慮するのも自然ね。 それなら、マキュナから言い出さなきゃ関係は進展しないわよ。
可愛い妹の結婚相手にふさわしいか調べるために、私はダータン伯爵の情報を集めた。
結果は合格。そもそも、マキュナの恋なら応援してあげたい。
――パーティーで、一芝居打ってやりますか。
◇◇◇
会場に入ると、貴族たちが一斉に私たちを見た。
「見て。ワルシャワ家のご令嬢方よ」
「美しいわね……」
「竜王家の姻戚だぞ。三女のルージュナ公爵令嬢と第三王子様が結婚なさるからな」
ひそひそ声が聞こえてきたが、私は特に気にしないで辺りをきょろきょろ見回した。
――ダータン伯爵、いるかな?
すると、アヤナお姉さまが私の手を引いた。
「まずはこの会場で上位の有力貴族たちに挨拶よ。私が紹介してあげるから付いてきなさい」
――アヤナお姉さま、頼もしすぎ! でも、早く終わらせてダータン伯爵と話したい!
◇◇◇
「わざわざ人間界で五年も学ばれてたのですか。 その経験も、ラブベリーシリーズの開発に活きているんでしょうね!」
「ありがとうございます……」
――話、長いな。早く終わらせたい……。
ある程度挨拶回りを終えた私とアヤナお姉さまは、二人の男性とお喋りしていた。
一人は悪魔の魔王様の第一夫で宰相のザクロ公爵。もう一人は第三夫で魔王様の書記官のスカーポリー侯爵だ。
――お姉さま、人脈、えぐいって……。
先ほどから、超大物たちと立て続けに話している。そろそろ緊張で疲れてきた。
「ところでマキュナ……」
お姉さまが言いかけたときだった。
「あれ? マキュナ公爵令嬢じゃないか? 久しぶりだね」
背後から美しい声が聞こえ、私は振り返った。
そこにいたのは赤銅色の髪と、銀色の瞳を持つ美男だった。
――なんか、見覚えのある男性だな……。誰だろ?
私は急にはっとした。
「あなたは、グリフィンの国のハノン=オン=カノン公爵!? お久しぶりです!」
「ああ。月日が流れるのは早いね。あのとき君は七歳だったっけ?」
ハノン公爵が微笑むと、スカーポリー侯爵が驚いた顔で私に聞いた。
「ハノン公爵と知り合いなのかい?」
ザクロ公爵も興味深そうに目を細めた。
「ハノンから話しかけるなんて。珍しいこともあるものだな」
「えっと……。私とハノン公爵はバー・ゴスメーデで会ったんです。そのときにジュースを奢ってもらいました」
「そうなんだよ。今君はいくつだい?」
「十九です」
「十二年前か。感慨深いな。よかったら、あっちのソファで俺と少し話さないか?」
ハノン公爵は静かに微笑んだ。
お断りする理由もないので、私は頷いた。
「まあ。良かったじゃない、マキュナ。お話してきなさい」
アヤナお姉さまは軽く私の肩を叩いた。




