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貴族社会を奇策で殴る  作者: 水守 鳴
22章 末っ子マキュナは調香師で伯爵夫人
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ep.115 序列一位の子爵家の後継者に侮辱されたので、伯爵が反撃します

 私は大声を出した。ダータン伯爵は意表を突かれたように目を見開いた。


「毎日マキュナに会いに来てくれるし、励ましてくれるし、魔法まで使って今日は勉強させてくれたし……。


ときどきおいしいレストランに連れて行ってくれるし、字は芸術作品みたいだし、テストが終わるとプレゼントくれるし……。


ダータン=デ=アーチャーは最高です! 伯爵じゃなくても、私はダータン伯爵が好きです!」


「……ありがとう、マキュナ。嬉しいよ」


 ダータン伯爵は花が咲いたように笑った。


 その笑顔に、私はドキリとした。


 だが、彼はすぐに暗い笑みを浮かべた。


「俺がこんなにマキュナに親切なのはな、ワルシャワ公爵令嬢だからかもしれないぞ? 貴族の大人をあんまり信用しすぎるな」


「そんなことありません! だって、マキュナに優しいし、実際に毎日会いに来てくれるもん! 打算なら行動が優しすぎます!」


「そっか……。ありがとう」


 ダータン伯爵は優しく微笑んでくれた。


――もしかして、ダータン伯爵の周りは"伯爵"しか見ない魔族ばっかり?


 そんな疑問が浮かび上がった。微笑んでいるのに、そういう孤独で寂しい空気を感じた。


「皆……ダータン伯爵の肩書しか見てないの?」


「全員じゃないけどな。ほぼそうだ。未婚の令嬢なんて伯爵夫人の座しか見えてないぞ?」


「えー! こんなに素敵なダータン伯爵の良いところが見えなくて、"伯爵"ばっかり見るなんて馬鹿ですね!」


 私がプンプンすると、ダータン伯爵は愛しそうに私を見つめた。


「マキュナといると楽しいよ。ありがとう」


◇◇◇ 

「おめでとう! 今回の調香試験はマキュナさんが一位だよ! 甘い香りもさることながら、時間の経過による香りの変化も素晴らしかった」


「ありがとうございます! 先生!」


 バードアフタヌーンティーの後――。私はフルーティー系の香りの製作に全力で力を注いだ。


 その結果、七月末の期末テスト――特別調香試験香水部門で、私は一位を獲得したのだ。


――やったあ! やったわ!


 先生から受け取った評価シートと採点シートをファイルにしまい、私はルンルンで教室を出た。


――早くダータン伯爵に報告しなきゃ! ホームルーム遅くなっちゃったし、もう面談室で待ってるよね。


 駆け足で階段を降りようとしたときだった。


「おい。お前、ちょっと待てよ」


 冷たい声に、私は振り返った。


 そこにはクラスメイトのキアン=オン=カナタが仁王立ちで立っていた。しかも、私のことを睨んでいる。


 キアンは帝国貴族だ。序列一位の子爵家の一人息子で、帝都男子学校からアビス科学学園の専科に途中編入してきた。成績は常に三位以内をキープしているエリートだ。


――え? 何? なんか怒ってる?


「お前、まぐれで一位になったからって、調子に乗るなよ」


――は? 調子になんて乗ってませんけど!


「お前さ、貴族令嬢のくせになんで科学学園にいるわけ? どうせ結婚したら、働かないんだし意味ねーだろ」


――えっと。こういうときは……。


「勉強が好きで家族が応援してくれたら。結婚したら家庭に入ります」


 私はダータン伯爵に教えてもらった切り返しをした。


 すると、キアンは一層睨みを利かせた。


「は? 楽しくて学校に来てるわけ? 女が科学なんてべんきょーしても、意味ねーだろ」


 キアンは一歩私に詰め寄ると、冷たく言い放った。


「女のくせに、目立って生意気なんだよ。男より出しゃばるな。結婚でもして無難に生きとけ」


 すぐには言われたことが理解できなかった。


 頭が、真っ白になった。


◇◇◇ 

「マキュナ? 暗い顔をしてどうしたんだ?」


 面談室に入った途端、ダータン伯爵はすぐに椅子から立ち上がった。


 私の前まで来ると、しゃがみ込んで目線を合わせた。


「何かあったのか?」


「ダータン伯爵……。酷いことを言われました……」


 私はダータン伯爵に抱きついた。両目から涙が溢れた。彼はすぐに受け止めてくれて、怒った顔をした。


「誰に何を言われた? 落ち着いたら話しなさい。俺がそいつを締めてやるよ」


 ダータン伯爵は私の目尻を指先で拭ってくれた。


 私が全てを話すと、ダータン伯爵は見たこともないような冷たい笑みを浮かべた。


「キアンは今どこにいるかな? 男子寮かな。理事長に確認してみるか」


「キアンは地理クラブに所属してます。今は部活動中かと」


「そうか。なら、今すぐその教室に乗り込むぞ。ついて来なさい」


◇◇◇ 

「俺はダータン=ファル=ショウだ。俺のいとこ姪を侮辱したキアン=オン=カナタってのはどいつだ?」


――はわわ! 本当に乗り込んじゃったー!


 私が地理クラブの教室まで案内すると、ダータン伯爵は躊躇いなく扉を開けた。


 教室にいたのは五名。全員が、ぎょっとした顔でダータン伯爵を見た。


 キアンは青ざめていた。彼の目には、ダータン伯爵の隣にいる私は映っていないみたいだった。


「俺がキアンです……」


 ダータン伯爵はつかつかとキアンに歩み寄ると、冷え切った眼差しでキアンを見下ろした。


 キアンは長身だが、ダータン伯爵の方が上背がある。


「マキュナを侮辱するとはどいいうつもりだ?」


「侮辱なんてしてません……!」


「はあ? 『まぐれで一位になったからって、調子に乗るなよ。女のくせに、目立って生意気だ。男より出しゃばるな。結婚でもして無難に生きとけ』と言ったらしいね。どこが侮辱じゃないんだ?」


「女は控えめに生きるものでしょう?」


「論点が違うな。君からは反省が感じられない。君は現実が見えているか?」


 ダータン伯爵の冷え切った声に、キアンの肩が震えた。他の四人は固まっていた。


「君は序列一位の子爵家の後継者だけどね。俺は序列三位の伯爵だ。


帝国の伯爵家の数は五十。俺と君の間には、四十七の壁がある。伯爵と子爵という名の越えられない壁も存在する。


貴族社会では、個人への侮辱は所属先にも向かう。ここで質問だ。マキュナの保護者は誰だ?」


「……序列十位のシュピンク子爵では?」


「違うな。マキュナは俺の家族だ。彼女の保護者は俺だ。マキュナへの侮辱は、我がショウ伯爵家への侮辱と見なす。


君はマキュナを侮辱し、俺を侮辱し、ショウ伯爵家を侮辱したんだ」


「そんな……俺が注意したのは子爵令嬢マキュナだけです!」


「ではお前は、ショウ家の身内に失礼なことを言って良いと思っているのだな? 


子爵ごときが。伯爵の俺に喧嘩を売ってんのか? マキュナを侮辱されて、俺が黙って見ているとでも?」


「いえ! 違います!」


「しかし、君の行動はそういうことなんだよ。今日のことはショウ伯爵家から、カナタ子爵家へ正式に抗議させてもらうよ。子爵夫妻と一緒に、マキュナに謝罪に来なさい」


「そんな! あんまりです! 止めてください!」


 キアンが真っ青になると、ダータン伯爵は馬鹿にしたように笑った。


「俺の出勤時間を知ってるか? 俺はアビス王城で、アビス国王に何時から何時まで仕えていると思う?」


「……知りません。何の話ですか」


「出勤時間は八時から十五時。つまり俺は、一日七時間国王と一緒にいられる人間なんだ。


そして、俺を国王の元に派遣したのは誰だ? 当然、皇帝陛下だ。俺は皇帝に重用されている」


 ダータン伯爵は、一拍溜めると、冷え切った声で続けた。


「今度皇帝に会ったときに言おうかな。『カナタ子爵家には、レディに無礼を働く品の無い後継者がいる。俺の親戚が彼に侮辱された』とね」


「お許しください!」


 キアンはその場にひれ伏した。


 ダータン伯爵はキアンから視線を外して私に微笑んだ。


「今から理事長室に行こう。科学学園の教育方針について抗議する」


――ダータン伯爵……かっこよすぎる。頼もしい……。もう、大丈夫なんだ……。


◇◇◇ 

「学問に性別は関係ない! 我が校は差別的な発言を一切認めない!」


 話を聞き終わった理事長がそう言うと、ダータン伯爵は微笑んだ。ちょっと怖い笑みだった。


「そうですか。素晴らしい教育理念ですね。では、キアンは男子寮で謹慎処分にしたらどうでしょう? 貴族に重い罰を下すのは学校としても、しんどいでしょうし」


――私とキアンがクラスとかで会わないように、配慮してくれてるのかな?


◇◇◇ 

「この度は息子が本当に申し訳ありませんでした! どうかお許しください! よく言って聞かせます!」


 一週間後。カナタ子爵夫妻は帝国から船に乗って、わざわざアビスに来た。


 そして、ホテルに行くより先に科学学園に来て、私とダータン伯爵に謝罪した。


「キアン! お前も謝罪なさい! マキュナ子爵令嬢とダータン伯爵に謝罪するのです!」


「申し訳ありませんでした!」


 カナタ子爵夫妻は私たちの目の前で、キアンを厳しく叱責した。両親から怒られて、キアンは泣いていた。


――あんなに最低だったキアンが、小物に見えてくるわ……。


 三人が何度も謝罪すると、ダータン伯爵は冷たい笑みを浮かべていった。


「息子さんは、帝国の男子学校に戻されてはいかがでしょう?」


――科学学園から出てけってこと!?


「それなら、男子しかいないので、有能な女子生徒に苛つくこともないかと。またキアンが女子に問題発言をしたら、言われた女子が可哀想ですからね」


――嫌味が凄まじいよ!? めちゃくちゃ責めてるじゃん!


 結局、キアンと子爵夫妻は一時間以上、私たちに謝罪にしていた。


 キアンはすぐに転校してしまった。


 この件は学校中に広がり、生徒には差別発言をしないように厳重注意がされた。


 結果、私は"触れたら終わる子爵令嬢"と呼ばれるようになってしまった。


 けれど、どうでも良かった。ダータン伯爵への信頼は強まり、毎日彼に会えるだけで嬉しかったからだ。


 勉強にも打ち込み、私は充実した毎日を過ごしていた。


 そんな日々はあっという間に過ぎて行き、とうとう、学園を卒業するときがやってきた。


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