ep.115 序列一位の子爵家の後継者に侮辱されたので、伯爵が反撃します
私は大声を出した。ダータン伯爵は意表を突かれたように目を見開いた。
「毎日マキュナに会いに来てくれるし、励ましてくれるし、魔法まで使って今日は勉強させてくれたし……。
ときどきおいしいレストランに連れて行ってくれるし、字は芸術作品みたいだし、テストが終わるとプレゼントくれるし……。
ダータン=デ=アーチャーは最高です! 伯爵じゃなくても、私はダータン伯爵が好きです!」
「……ありがとう、マキュナ。嬉しいよ」
ダータン伯爵は花が咲いたように笑った。
その笑顔に、私はドキリとした。
だが、彼はすぐに暗い笑みを浮かべた。
「俺がこんなにマキュナに親切なのはな、ワルシャワ公爵令嬢だからかもしれないぞ? 貴族の大人をあんまり信用しすぎるな」
「そんなことありません! だって、マキュナに優しいし、実際に毎日会いに来てくれるもん! 打算なら行動が優しすぎます!」
「そっか……。ありがとう」
ダータン伯爵は優しく微笑んでくれた。
――もしかして、ダータン伯爵の周りは"伯爵"しか見ない魔族ばっかり?
そんな疑問が浮かび上がった。微笑んでいるのに、そういう孤独で寂しい空気を感じた。
「皆……ダータン伯爵の肩書しか見てないの?」
「全員じゃないけどな。ほぼそうだ。未婚の令嬢なんて伯爵夫人の座しか見えてないぞ?」
「えー! こんなに素敵なダータン伯爵の良いところが見えなくて、"伯爵"ばっかり見るなんて馬鹿ですね!」
私がプンプンすると、ダータン伯爵は愛しそうに私を見つめた。
「マキュナといると楽しいよ。ありがとう」
◇◇◇
「おめでとう! 今回の調香試験はマキュナさんが一位だよ! 甘い香りもさることながら、時間の経過による香りの変化も素晴らしかった」
「ありがとうございます! 先生!」
バードアフタヌーンティーの後――。私はフルーティー系の香りの製作に全力で力を注いだ。
その結果、七月末の期末テスト――特別調香試験香水部門で、私は一位を獲得したのだ。
――やったあ! やったわ!
先生から受け取った評価シートと採点シートをファイルにしまい、私はルンルンで教室を出た。
――早くダータン伯爵に報告しなきゃ! ホームルーム遅くなっちゃったし、もう面談室で待ってるよね。
駆け足で階段を降りようとしたときだった。
「おい。お前、ちょっと待てよ」
冷たい声に、私は振り返った。
そこにはクラスメイトのキアン=オン=カナタが仁王立ちで立っていた。しかも、私のことを睨んでいる。
キアンは帝国貴族だ。序列一位の子爵家の一人息子で、帝都男子学校からアビス科学学園の専科に途中編入してきた。成績は常に三位以内をキープしているエリートだ。
――え? 何? なんか怒ってる?
「お前、まぐれで一位になったからって、調子に乗るなよ」
――は? 調子になんて乗ってませんけど!
「お前さ、貴族令嬢のくせになんで科学学園にいるわけ? どうせ結婚したら、働かないんだし意味ねーだろ」
――えっと。こういうときは……。
「勉強が好きで家族が応援してくれたら。結婚したら家庭に入ります」
私はダータン伯爵に教えてもらった切り返しをした。
すると、キアンは一層睨みを利かせた。
「は? 楽しくて学校に来てるわけ? 女が科学なんてべんきょーしても、意味ねーだろ」
キアンは一歩私に詰め寄ると、冷たく言い放った。
「女のくせに、目立って生意気なんだよ。男より出しゃばるな。結婚でもして無難に生きとけ」
すぐには言われたことが理解できなかった。
頭が、真っ白になった。
◇◇◇
「マキュナ? 暗い顔をしてどうしたんだ?」
面談室に入った途端、ダータン伯爵はすぐに椅子から立ち上がった。
私の前まで来ると、しゃがみ込んで目線を合わせた。
「何かあったのか?」
「ダータン伯爵……。酷いことを言われました……」
私はダータン伯爵に抱きついた。両目から涙が溢れた。彼はすぐに受け止めてくれて、怒った顔をした。
「誰に何を言われた? 落ち着いたら話しなさい。俺がそいつを締めてやるよ」
ダータン伯爵は私の目尻を指先で拭ってくれた。
私が全てを話すと、ダータン伯爵は見たこともないような冷たい笑みを浮かべた。
「キアンは今どこにいるかな? 男子寮かな。理事長に確認してみるか」
「キアンは地理クラブに所属してます。今は部活動中かと」
「そうか。なら、今すぐその教室に乗り込むぞ。ついて来なさい」
◇◇◇
「俺はダータン=ファル=ショウだ。俺のいとこ姪を侮辱したキアン=オン=カナタってのはどいつだ?」
――はわわ! 本当に乗り込んじゃったー!
私が地理クラブの教室まで案内すると、ダータン伯爵は躊躇いなく扉を開けた。
教室にいたのは五名。全員が、ぎょっとした顔でダータン伯爵を見た。
キアンは青ざめていた。彼の目には、ダータン伯爵の隣にいる私は映っていないみたいだった。
「俺がキアンです……」
ダータン伯爵はつかつかとキアンに歩み寄ると、冷え切った眼差しでキアンを見下ろした。
キアンは長身だが、ダータン伯爵の方が上背がある。
「マキュナを侮辱するとはどいいうつもりだ?」
「侮辱なんてしてません……!」
「はあ? 『まぐれで一位になったからって、調子に乗るなよ。女のくせに、目立って生意気だ。男より出しゃばるな。結婚でもして無難に生きとけ』と言ったらしいね。どこが侮辱じゃないんだ?」
「女は控えめに生きるものでしょう?」
「論点が違うな。君からは反省が感じられない。君は現実が見えているか?」
ダータン伯爵の冷え切った声に、キアンの肩が震えた。他の四人は固まっていた。
「君は序列一位の子爵家の後継者だけどね。俺は序列三位の伯爵だ。
帝国の伯爵家の数は五十。俺と君の間には、四十七の壁がある。伯爵と子爵という名の越えられない壁も存在する。
貴族社会では、個人への侮辱は所属先にも向かう。ここで質問だ。マキュナの保護者は誰だ?」
「……序列十位のシュピンク子爵では?」
「違うな。マキュナは俺の家族だ。彼女の保護者は俺だ。マキュナへの侮辱は、我がショウ伯爵家への侮辱と見なす。
君はマキュナを侮辱し、俺を侮辱し、ショウ伯爵家を侮辱したんだ」
「そんな……俺が注意したのは子爵令嬢マキュナだけです!」
「ではお前は、ショウ家の身内に失礼なことを言って良いと思っているのだな?
子爵ごときが。伯爵の俺に喧嘩を売ってんのか? マキュナを侮辱されて、俺が黙って見ているとでも?」
「いえ! 違います!」
「しかし、君の行動はそういうことなんだよ。今日のことはショウ伯爵家から、カナタ子爵家へ正式に抗議させてもらうよ。子爵夫妻と一緒に、マキュナに謝罪に来なさい」
「そんな! あんまりです! 止めてください!」
キアンが真っ青になると、ダータン伯爵は馬鹿にしたように笑った。
「俺の出勤時間を知ってるか? 俺はアビス王城で、アビス国王に何時から何時まで仕えていると思う?」
「……知りません。何の話ですか」
「出勤時間は八時から十五時。つまり俺は、一日七時間国王と一緒にいられる人間なんだ。
そして、俺を国王の元に派遣したのは誰だ? 当然、皇帝陛下だ。俺は皇帝に重用されている」
ダータン伯爵は、一拍溜めると、冷え切った声で続けた。
「今度皇帝に会ったときに言おうかな。『カナタ子爵家には、レディに無礼を働く品の無い後継者がいる。俺の親戚が彼に侮辱された』とね」
「お許しください!」
キアンはその場にひれ伏した。
ダータン伯爵はキアンから視線を外して私に微笑んだ。
「今から理事長室に行こう。科学学園の教育方針について抗議する」
――ダータン伯爵……かっこよすぎる。頼もしい……。もう、大丈夫なんだ……。
◇◇◇
「学問に性別は関係ない! 我が校は差別的な発言を一切認めない!」
話を聞き終わった理事長がそう言うと、ダータン伯爵は微笑んだ。ちょっと怖い笑みだった。
「そうですか。素晴らしい教育理念ですね。では、キアンは男子寮で謹慎処分にしたらどうでしょう? 貴族に重い罰を下すのは学校としても、しんどいでしょうし」
――私とキアンがクラスとかで会わないように、配慮してくれてるのかな?
◇◇◇
「この度は息子が本当に申し訳ありませんでした! どうかお許しください! よく言って聞かせます!」
一週間後。カナタ子爵夫妻は帝国から船に乗って、わざわざアビスに来た。
そして、ホテルに行くより先に科学学園に来て、私とダータン伯爵に謝罪した。
「キアン! お前も謝罪なさい! マキュナ子爵令嬢とダータン伯爵に謝罪するのです!」
「申し訳ありませんでした!」
カナタ子爵夫妻は私たちの目の前で、キアンを厳しく叱責した。両親から怒られて、キアンは泣いていた。
――あんなに最低だったキアンが、小物に見えてくるわ……。
三人が何度も謝罪すると、ダータン伯爵は冷たい笑みを浮かべていった。
「息子さんは、帝国の男子学校に戻されてはいかがでしょう?」
――科学学園から出てけってこと!?
「それなら、男子しかいないので、有能な女子生徒に苛つくこともないかと。またキアンが女子に問題発言をしたら、言われた女子が可哀想ですからね」
――嫌味が凄まじいよ!? めちゃくちゃ責めてるじゃん!
結局、キアンと子爵夫妻は一時間以上、私たちに謝罪にしていた。
キアンはすぐに転校してしまった。
この件は学校中に広がり、生徒には差別発言をしないように厳重注意がされた。
結果、私は"触れたら終わる子爵令嬢"と呼ばれるようになってしまった。
けれど、どうでも良かった。ダータン伯爵への信頼は強まり、毎日彼に会えるだけで嬉しかったからだ。
勉強にも打ち込み、私は充実した毎日を過ごしていた。
そんな日々はあっという間に過ぎて行き、とうとう、学園を卒業するときがやってきた。




