ep.114 王太后と公爵夫人と侯爵夫人に、私の香水を試してもらいます!
◇◇◇
「ダータン伯爵が親戚だなんて羨ましいわ。こんなに美男なんですよ? 四十代だなんて信じられませんわ。まるで二十代の青年のようです」
貴婦人たちはそう言うと、うっとりした顔でダータン伯爵を見つめた。
ダータン伯爵は彼女たちに微笑んだ。
「ショウ伯爵家の家系には、いくつになっても若々しい者が多いんですよ」
――ダータン伯爵、それは嘘設定よ。本当は魔族だから外見が老けないだけなのに。
私は心の中で突っ込んだ。
バードアフタヌーンティー――それは、アビスの王太后が毎週一回開催するお茶会だ。
招待されるのは侯爵夫人か公爵夫人のみ。
しかし、今日のバードアフタヌーンティーには私とダータン伯爵が招かれていた。
この場にいる貴婦人は、公爵夫人と侯爵夫人がそれぞれ五名と王太后の十一名だ。
普通なら足を踏み入れるのも許されない茶会に参加できた理由は、ダータン伯爵がアビス貴族のレディたちのアイドルになってしまったからだ。
際立った美貌を持つダータン伯爵は、人間界の帝国で令嬢たちから憧れの的だった。それが、アビスに来てさらに加速した。
アビスは外見に重きを置く文化だそうだ。特に、王太后は美しい男が好きで、愛人を何人も持っていた過去がある。
ダータン伯爵はアビスに到着するなり、即王太后に気に入られた。しかも、書の腕は超一流。
王太后から頻繁に代筆を任されている内に、バードアフタヌーンティーにまで招かれるようになったそうだ。
「親戚の子がアビス科学学園で香水を作っているんです。バードアフタヌーンティーのメンバーは、香水が大好きとお聞きしました。
高貴なレディの観点から、いとこ姪に直接アドバイスして頂けませんか?」
ダータン伯爵がとびきりのスマイルでお願いすると、王太后は承諾した。結果、子爵令嬢設定の場違いな私がここにいる。
「マキュナ、そろそろ貴婦人たちに香水をお披露目したらどうだ?」
ダータン伯爵の言葉に、私ははっとした。
――ついに来た! ジャッジタイム!
「はい!」
私は持ってきた箱から、試験用の小さな香水瓶を取り出した。どれも、私が調香したものだ。
自由研究や授業の創作時間に作った自信作を持ってきた。
四年間の学校生活で、最も自信のあるブレンドだ。
香水瓶とテスター用紙を貴婦人たちに手渡すと、私は緊張しながら説明を始めた。
「一つ目はハーバル系の香水です。ラベンダーの香りがメインで、寝るときにつけて頂くイメージです」
「まあ。まだ子どもなのに、自分で作ったの?」
「凄いわね」
レディたちは私を褒めるとテスター用紙に香水を吹きかけて嗅いだ。
紙に香水を吹きかけるプッシュ音に、私はどきどきした。
――大丈夫? ちゃんと香ってる?
まずは王太后が口を開いた。
「率直に言ってほしいとダータン伯爵が言っていたので言いますけどね。私はあんまり好きじゃないわ。濃密すぎて、寝る前にはくどい気がします」
「私もそう思いますわ」
貴婦人たちは次々同調した。
――ガガーン。そうなんだ……。
すると、黒髪の女性が口を開いた。
「もう少しだけ濃さを薄めれば、蠱惑的になるかもしれません。夫と一緒に寝るときに良いかも」
「旦那さんと寝るとき……?」
私が首を傾げると、夫人は大人びた笑みを浮かべた。
「そうよ。夫を魅了したいもの。お子さまには早い話かしら?」
――お子さまー!?
私が赤くなると、夫人はクスリと笑った。
「それで? 次の香りは?」
「あっ! はい! 次はグリーン系の香水です!」
ハーバル系の香水瓶とテスター用紙を回収すると、グリーン系の小瓶と新しいテスター用紙を貴婦人たちに手渡した。
貴婦人たちはテスター用紙に吹きかけると、香りを嗅いだ。
「いかがでしょう?」
今度は金髪の貴婦人が口を開いた。
「青々しいし清々しいわね。でも、使いたいかと聞かれたらノーだわ」
――えー! なんで!?
「アビスのレディの間では、官能的な香りが人気なのよ。爽やか系は誰もつけないわ」
他の貴婦人たちも口々に同意した。
――つまり、需要がゼロ? そんなことってあるんだ……。
放心しそうになると、黒髪のレディが口を開いた。
「でも、寝起きには良いかもしれないわ。遅くまでパーティーをした翌朝とかに、すっきりできそう」
――凄い……。そんな発想なかった。
「けど、ちょっと青臭さがあるわね。そこは直してちょうだい」
――うっ! 調香の課題だー!
◇◇◇
その後も、何種類も香りを嗅いでもらった。
レディたちの評価は辛口だったが、私は真剣にアドバイスに耳を傾けた。
ダータン伯爵は、腕を組みながら黙って一部始終を見ていた。
合計で八種類を嗅いでもらい、私は最後の一つを差し出した。
「次は、フルーティー系の香りです。パーティーとかでつけるイメージです」
――これも辛口かな?
レディたちはテスター用紙に香水を吹きかけた。その瞬間、表情が変わった。
「甘い香りね!」
「りんごの蜜みたいだわ!」
――あれ? 好感触!?
彼女たちは香りを嗅ぐと笑顔になった。
「フレッシュで美味しそうだわ!」
「華やかな感じがするわ!」
「ダンスパーティーとかに良いかもしれません」
――嬉しい! やったぁ!
私が笑顔になると、赤髪のレディが言った。
「マキュナ子爵令嬢は、フルーティー系が得意なんじゃない? さっきのウッディ系とかはあまり好きじゃないけど、これは良いわ」
「私もそう思うわ。四番目に嗅いだ柑橘系は酸っぱい感じが強かったけど、そこさえ直せばよくなりそうよ」
王太后がそう言うと、銀髪のレディが同意した。
「開発するなら、明るい感じの香りが向いているのでは? 官能系やスパイシー系は苦手なのかもね」
「分かりました! ありがとうございます! 次の試験では、フルーティー系を磨いてみます!」
◇◇◇
「ありがとうございます! ダータン伯爵が用意してくれたチャンスのおかげで、色々と課題が見えてきました!」
帰りの馬車の中で、何度もお礼を言うと、ダータン伯爵は優しく微笑んだ。
「力になれて良かったよ。また行きたかったら言ってくれ」
「ええ!? バードアフタヌーンティーって、そんなにほいほい行けるものなんですか!? ダータン伯爵の人脈が凄すぎます!」
「そんなことないよ。小細工したのさ」
「……小細工?」
ダータン伯爵は自嘲気味に笑った。
「俺がティータイムに呼ばれるのは、顔のおかげ。アビスの女は美しい顔が好きだからな。別に俺が好きなわけじゃないよ」
――? そうなの?
「でも、マキュナが呼ばれたのは俺の魔法のおかげ。実は、王太后に『マキュナを連れて行かせてください』って頼んだら、即却下された。子爵令嬢なんて論外だってな」
「えー!? ほんとは私は公爵令嬢ですよ?」
「誰もマキュナがワルシャワ公爵令嬢だなんて知らないからな。そもそも魔族であることが内緒だ。王太后が聞いてくれそうにないから、精神干渉魔法を使って、快く受け入れてもらったわけ」
「……ダータン伯爵のとびきりの笑顔にやられたわけじゃない?」
「全然違うよ。それは建前。魔法で思考操作しただけさ。でも、これくらい良いだろ?」
「良いの!?」
ダータン伯爵はふっと笑った。ミステリアスで危険な感じのする笑みだった。
初めて見る、悪魔の顔だった。
「悪魔にとって、人間は餌さ。契約すれば、魂だろうが幸せだろうがぶんどれる。人間は簡単に魔法にかかるし、遠慮不要さ」
――怖……。ダータン伯爵って、やっぱり悪魔なんだ。私が人間だったら逃げ出したい。けど……危険な感じでちょっとかっこいいかも……。私が魔族で良かったー!
彼の笑みに、少しだけ、鼓動が早くなるのを感じた。
「貴族社会って感じだな」
「貴族社会?」
「そうさ。上には媚びて下を見下す。マキュナは俺のいとこ姪なのにな。マキュナをティータイムに呼べって話だ」
「私、子爵令嬢だからって拒否される経験なんて初めてです。身分ってやっぱり大事なんですね」
「そうだな。もし俺が伯爵じゃなくて……。顔だけ良い男爵とかだったら、アビスの貴族レディは親切にしてくれなかっただろうな」
「そんなことありません! ダータン伯爵は素敵です! 例え男爵でも世界で一番くらいにかっこいいです!」




