ep.112 貴族令嬢ですが、名門科学学園に入学します
◇◇◇
お母さまはカクテルを、私はトマトジュースを注文した。
お母さまと私とマスターの三人で五分ほどお喋りをしたときだった。
――リリリン。
扉が開き、二人の男性が入店した。
「いらっしゃいませ」
「マスター! こんばんは!」
黄色い髪とエメラルドグリーンの瞳をもつ男性はマスターに明るく笑いかけると、すぐに私とお母さまに気づいた。
「あっ! マキュナ! リト! 久しぶり!」
栗色の髪と瑠璃色の瞳をもつ男性も、私に微笑んでくれた。
「また身長が伸びたんじゃないか? 子どもが大きくなるのは早いな」
二人はネルヴァー=オン=ハエディスト卿とダータン=デ=アーチャー伯爵だ。
ネルヴァー卿は、悪魔の国の序列二位・ハエディスト侯爵家の四男で、職業はドレスデザイナー。
ダータン伯爵は、悪魔の国の序列一位の伯爵家・アーチャー家の当主だ。
アーチャーは代々悪魔の魔王様の代筆官を務める家系で、麗筆で名声をはせている。
ネルヴァー卿は爵位継承争いに巻き込まれたくなくて、現在は人間界でデザイナー修行をしているそうだ。
でも、悪魔の国の超有名店"セバス"のデザイナーなので、ときどき魔界でもドレスを仕立てている。悪魔の魔王様のドレスを作ったこともあるそうだ。
ダータン伯爵は週三日は悪魔の魔王様に仕え、週三日は人間の皇帝に仕えている不思議な悪魔だ。
書聖として権力者たちに重宝され、他の伯爵家に物凄く嫉妬されたので、週半分は人間界で暮らすことにしたらしい。
変わった経歴を持つ二人は、お父さまとお母さまの友人だ。四人はバー・ゴスメーデで知り合ったそうだ。
私はネルヴァー卿とダータン伯爵にお辞儀をした。
「こんばんは! お二人は今日もかっこいいですね!」
私がにっこり笑顔を向けると、二人は大爆笑した。
「ハハハッ。知ってます!」
「こんなに可愛いレディに褒められて、嬉しいよ」
「ほんと!? ダータン伯爵、マキュナはレディ?」
「ああ。可愛いよ」
――ダータン伯爵、優しいから好き! ネルヴァー卿も明るいし優しいから好き!
ダータン伯爵は私の頭を撫でてくれた。
頭から手を離すと、私の隣に座ってくれた。ネルヴァー卿はダータン伯爵の左隣に座った。
「このトマトジュース、とってもおいしいんですよ! 二人もトマトジュースにしたらいかがですか?」
私が笑顔でおすすめすると、二人は大爆笑した。
「バーでジュース? シェルバみたいじゃん!」
「シェルバ公爵?」
「そう。シェルバはこのバーに来ても原液ジュースしか飲まないからさ! ねぇ、ダータン?」
「ああ。だが、せっかくだしマキュナに付き合うか。一杯目はトマトジュースで良いよ」
「たまにはいっか。マスター! ジュース二杯よろしく!」
注文を受けると、マスターは楽しそうに笑いながら、グラスにトマトジュースを注いだ。
「お待たせしました」
マスターは二人にグラスを差し出した。
「ダータン伯爵! ネルヴァー卿! 乾杯しましょ!」
「もちろんいいよ」
ダータン伯爵は自分のグラスを私のグラスにぶつけてくれた。
グラスがぶつかる音がかろやかに鳴った。
「はい乾杯!」
ネルヴァー卿も乾杯してくれた。
一口飲み終わると、ダータン伯爵が私に聞いた。
「チェーザマリーから聞いたんだが、マキュナは人間界に留学するんだって?」
「そうなんです! アビス科学学園に行くんです! お父さまが人間界にいたときに通ってた学校です! ね、お母さま!」
私がお母さまを見上げると、お母さまは誇らしそうに笑った。
「マキュナは天才なんです! 七歳なのに、超名門校の入学試験に受かってしまったんですよ!」
アビスは、人間界一広い温暖な島国だ。植物や果物が豊富で、周辺の島国には固有種も豊富に自生している。
「流石二人の娘さんですね。ところで、俺もアビスに行くことになったんですよ」
「ええ!? ダータン伯爵が!? なんでですか?」
「皇帝からの命令でね。アビスの国王は書が好きでね。友好交流として五年間、代筆官の俺をアビスに貸すことにしたんですよ。アビスと帝国は友好国だから」
――ダータン伯爵もアビスに来るの?
「それで、チェーザマリーから相談されたんですよ。マキュナの面倒をアビスで見てくれないかと。定期的に様子を確認して欲しいとか。
マキュナはいとこ姪って設定でどうでしょう。俺にいとこ姪はいませんが、人間たちの記憶の改ざんは俺が魔法でやっときます。いかがでしょう?」
「もちろんですわ! ぜひ娘をお願いします!」
「マキュナ、それで大丈夫かな?」
「はい! 嬉しいです! お願いします!」
私が頷くと、ネルヴァー卿が楽しそうに笑った。
「ダータンは人間界だと、ダータン=ファル=ショウ伯爵だよ! 帝国だと伯爵家序列三位だよ! 最強の保護者だよ! 良かったじゃん!」
◇◇◇
お父さまは人間界滞在中に調香師や髪結い師などをしていた。その経験を生かして、魔界で三つのブランドを立ち上げたのだ。
一つ目は、ゼリーブランドのフラシェル。
二つ目は、髪油ブランドヘアシェル。
三つ目は、香水ブランドフクシェル。
三つとも、高貴なレディに大人気の高級ブランドだ。
初めてフラシェルのゼリーを食べたとき、あまりのおいしさに衝撃を受けた。
「そのゼリーの材料のフルーツは香りがほぼしないんだ。でも、ゼリーのおいしさの秘密は、香りだよ。香料でおいしくしてるんだ」
お父さまは私に、ゼリーの作り方をこっそり教えてくれた。そのときに、比較対象として香料を入れていないゼリーを食べさせてくれた。
そのゼリーを一口食べた瞬間、驚いた。
――あれ? あんまりおいしくないかも……。
味わいが全然違ったのだ。
以来、私は香りに興味を持つようになった。そんな私に、お父さまは様々な髪油や香水を試させてくれた。
お花の香りがする髪油や、甘い香りの香水をつけるだけで、気分が高まるのが分かった。
――私も、香水とか髪油を作ってみたいな!
自分の気持ちを伝えると、お父さまは香水の作り方やブレンドについて教えてくれた。そして、ある日私に言ったのだ。
「俺は人間界のアビス科学学園で、調香について詳しく学んだ。あそこで学んだことは、魔界の植物とかにも応用できた。マキュナも十五歳くらいになったら通わないか?」
――通いたい! すぐにでも! 待てません!
このとき、私は五歳だった。アビス科学学園は入学テストにパスすれば何歳からでも通える。だから、猛勉強をした。
こうして、私はアビスに留学することになったのだ。
◇◇◇
「はじめまして! マキュナ=ファル=シュピンクです! 帝国から来ました。今七歳です。よろしくお願いします!」
私が黒板の前に立って自己紹介すると、クラスメイトたちの間にどよめきが走った。
「ファル称号? 貴族だぜ」
「あの子、七歳で試験に受かったのか?」
「帝国貴族の令嬢がなんで科学学園?」
「俺知ってる。シュピンクって子爵家だよ」
「はい! 皆さん静かに!」
先生が声を張り上げると、クラスメイトたちはぴたりとお喋りを止めた。
先生は私に優しく微笑んでくれた。
「マキュナさん。慣れないこともあって大変でしょうが、困ったら言ってくださいね!」
「はい! ありがとうございます」
席に戻ると、隣の席の女の子が話しかけてくれた。
「あなた、七歳にしては身長が高いわね。隣の席が貴族令嬢なんてびっくりよ。私の名前はマイン=キツモよ。お昼ご飯、一緒に食べない?」
「うん! 食べる」
◇◇◇
授業が終わり、昼休みになった。私はマインと食堂で昼食を食べていた。
「香水が大好きでアビス科学学園に来たの!? まじか!?」
「うん。マインはなんでこの学校に来たの?」
私は卵焼きをもぐもぐしながら聞き返した。
「私の実家はね、石鹸の会社なのよ。だから本格的に科学を学べるこの学校に来たわけ。私の出身はスペヒ国よ。スペヒからアビスまでは船旅で二十日かかったわ」
「遠いところに住んでるんだね」
「私みたいな子は珍しくないわ。この科学学園は留学生を沢山受け入れてるからね」
私は、食堂でご飯を食べている生徒たちをぐるりと見渡した。
肌の色も髪の色も目の色も、様々な生徒が沢山いた。
お父さまから聞いた話だと、アビスには珍しい髪や瞳の色の人間が多いらしい。
――留学生とアビス人の区別が全然つかないや。
◇◇◇
マインは黒髪に緑色の瞳を持つ十三歳の女の子だった。明るくて頭が良くて、勉強で分からないところを教えてくれた。
クラスメイトは私を含めて二十人。クラスで女の子は私とマインだけだった。あとは全員男子だ。
クラスメイトは全員私に親切だった。ひとまず、スクールライフは順調なスタートを切った。




