ep.110 面倒な皇太子をノックアウト
◇◇◇
「……エンナ卿からの快諾のお返事? おめでとう! 兄上!」
俺は心の中で拍手した。
エンナ卿に返事を保留されてから、兄上はずっと苛立っていた。常に笑顔だったが、俺には兄の不機嫌がすぐに分かった。
次期竜王の機嫌は、俺の身の安全に直結する問題だ。
――これで、兄上の不機嫌とはおさらばだ!
先ほど、ワルシャワ公爵家から連絡鳩が飛んできて、嘴に咥えていた手紙を兄上に渡した。
内容を確認した兄上――皇太子は、歓喜の笑みを浮かべた。
「手紙にはなんて書いてあったんですか?」
「アメシストも読んでみろ」
兄上は上機嫌で俺に手紙を渡した。
~皇太子ルビー=オン=デ=ファル=ブラック様~
先日は告白してくださり、ありがとうございます。
皇太子様のあまりにも真剣な眼差しを見て、私もあなたと真剣交際をしたくなりました。
家同士の話などは、機会を設けてじっくり話し合いましょう。
――まじ? たった三行?
俺はちらりと兄上を見た。兄上は幸せそうに笑っている。
――まあ……。兄上が良いならいいか。
手紙を返すと、兄上の顔つきが急に変わった。
「エンナ卿は私に気がないみたいだ。皇太子妃の座が欲しくなって承諾したようだな」
「……やっぱりそう思います? 甘い雰囲気ゼロですもんね」
「だが、別に良いよ」
「は!? 良いの!?」
「交際して、結婚したら私の女だ。まずは手に入れる。時間をかけて惚れてもらえば良いだけだ」
――まじかよ!?
「エンナ卿はレディに大人気だ。強い女性ネットワークを持っている。王妃に向いている。それに、私は元々外国人と結婚したかったんだ」
「今までは、ジュエルドラゴン同士でしか結婚できなかったから、国内貴族としか結婚できませんでしたもんね」
「そうだ。だがこれからは、外国人と結婚するジュエルドラゴンが勝つ。外国の新しいコネやパワーが入ってくるからな」
「だから、エンナ卿にされたので?」
「いや。彼女がジュエルドラゴンでも求婚したよ。魅力的すぎるからな」
兄上はうっとりした顔をした。完全に、恋する男の目をしている。
――俺もルージュナのこと考えるとき、ああいう顔してんのかな?
「それに、王子妃と皇太子妃が仲良し姉妹だなんて最高だ。もし仲が悪ければ、面倒事が増えるからな」
――兄上、現実的だな……。
「まずは贈り物でもするか。何が良いと思う?」
「ルージュナに聞いたんですが。エンナ卿はぶどうが好きだそうです。レッドドラゴンマスカットはいかがですか?」
「ありがと、アメシスト。そうするよ。変なものを贈って嫌われたくないからな」
「もし……嫌われたらどうします?」
兄上は可笑しそうに笑った。
「私を嫌いになっても、皇太子妃の位を嫌いにはならないだろ? 側にいてくれれば良いよ。その内挽回するから」
――そっか。自信満々だな。エンナ卿、頑張れ。
兄は皇太子の座を獲得しただけあって、粘着質だ。
俺ならこんな男と絶対に付き合いたくない。腹黒いし、めんどくさそうだ。
――エンナ卿、交際中に嫌にならないかな? 大丈夫か? ナルシストな男は止めとけって教えてやりたいくらいだ。
だが、兄の決定に余計な口出しをするわけにはいかない。兄上がその気になれば、俺は紙くずのように吹き飛ぶだろう。
――妻も迎えるし、身の振り方にはこれからより一層気をつけなくては。
ひとまず、兄上とエンナ卿の今後を見守ろう。
俺はそう決心した。
◇◇◇
「それでね、ルビーってば、めんどくさいのよ。私が他の男と仲良く話すと嫌なんだって。余裕がない男は嫌いよ」
「……皇太子様にそんなこという女は、エンナしかいないわよ」
私は呆れてため息をついた。他の女が聞いたらどれだけ羨ましがることか。
いや、エンナはレディたちのスターだ。これぐらいの発言なら、かっこいいで終わるかもしれない。
「ルビーって、スキンシップ大好きなんだよね。接触で親密さが上がると思ってるみたい」
「それで? スキンシップもめんどくさいの?」
エンナは驚いた顔をした。
「正解! アヤナ! 凄いね!」
「あなた、恋愛向いてないんじゃない?」
「私もそう思うよ。全くときめかない。私がときめくのは皇太子妃の位だけだ」
「はい、エンナ、最低ー」
「アヤナが言うか? アヤナも地位と権力で相手を選ぶ気満々だろ?」
「大正解。私に気がある男性の中から、一番良い男を選ぶわ。結婚なんて高みに昇るための手段よ」
「だがな、好きな男と結婚したらどうだ? アヤナはもう、公爵確定だろ?」
私はにっこりと笑った。
「うん。私に譲ってくれてありがとう」
「お安い御用さ」
エンナに「公爵位は継がない」と言われたときは驚いた。だが、理由を聞いて納得した。
妹が王妃になると知り、少し嫉妬もしたが、嬉しくなった。
エンナには至高の地位がお似合いだ。妹には優しいところも柔軟なところもある。努力家だし、王妃に向いているだろう。
「来年の春に結婚でしょ? そしたら私は皇太子妃の姉か。なかなか良い肩書ね。多いに利用させてもらうわよ」
私がにやりと笑うと、エンナは吹き出した。
「アヤナなら特権を乱用しないだろ。力になれることがあったら何でも言ってくれよ」
「頼もしいわ。一緒にワルシャワ家を魔界最強にしましょ。そのためにも、皇太子様とは仲良くしてもらわなくちゃね」
「男は何されると嬉しいんだ? モテモテで男友達の多いアヤナなら知ってるだろ?」
「男は頼られるのと立てられるのが大好きよ。例えば、重い書類の束があるとき、持つのを手伝って欲しいって頼むの。喜ばれるわよ?」
「ハハハッ。私には使えないテクニックだな」
「なら、公の場で、さらっと皇太子様を褒めるとか」
「困ったな。レディたちは私に黄色い声を上げる。皇太子より私が人気だぞ? その状況で褒めんのか?」
「うーん。状況にもよるけど、こうこうこういうところを尊敬していますとか、チャンスがあれば皆の前でさらっと言うのよ」
「ほう?」
「一応ね、形式上は国王の方が王妃より上よ。王妃は夫を立てなくてはいけないわ」
「分かったよ。やってみる」
◇◇◇
「あの……皇太子様との馴れ初めを聞かせてください!」
ドラゴンの王妃様主催の王城パーティーで、私はドラゴン貴族のレディたちに詰め寄られた。
――まじか。馴れ初めなんてない。それっぽく事実を捏造しよう。
私は少し離れたところにいる皇太子――ルビーをちらりと見た。
――あいつ、こっちに聞き耳立ててんな。
皇太子はワイングラスを右手に持ちながら、外国の貴賓たちと談笑している。だが、馴れ初めの一言に意識がこちらに傾いてしまったらしい。
――よし! アヤナのアドバイスを実践だ!
「皇太子は、私の剣と剣舞の腕前と笑顔を見初めてくださったようだ」
「分かりますわ! エンナ卿の笑顔は爽やかで素敵ですもの!」
「ありがとう。でも、君の笑顔は愛らしくてとても素敵だよ」
「キャー!」
私が甘く微笑むと、レディたちが騒ぎ出した。
「私は皇太子の、先見の明を尊敬している。臣下は君主を映す鏡だというけどね。ルビーを見てるとその言葉の意味が分かるよ」
「ラブラブですわね!」
レディたちがキャッキャとはしゃいでいると、皇太子がこちらに来た。
「ありがとう。嬉しいことを言ってくれるね!」
――アヤナありがとう! 大成功だよ!
内心でガッツポーズを決めたときだ。皇太子の唇の端に、赤ワインがほんのり残っていることに気づいた。
――とってやるか。
「ルビー。ちょっとワインがついてるぞ」
私は右手を皇太子の顎に添え、左手の人差し指でそっとワインを拭った。
皇太子は軽く目を見開いた。
その瞬間、レディたちが黄色い声を上げた。
私は人差し指を軽く舐めた。レディたちの唇に生クリームがついていたときにこれをやったら喜ばれたことがあるからだ。
「またついてたらとってやるけどな。気をつけろ」
私が皇太子に微笑むと、レディたちの歓声は最高潮に達した。
皇太子は少しだけ頬を赤くした。




