ep.107 ワルシャワ公爵家の二人の後継者
◇◇◇
「っていうのがアメシストとの馴れ初めよ! だからね、二十歳の誕生日に結婚するんだ! あと三ヶ月後よ!」
「おめでとう。それは良かったわね」
「アヤナお姉さまは? 好きな男性いないの?」
「いないかな」
――好きな男となんて結婚するわけないでしょ。爵位継承に有利になる男と結婚するだけよ。
結婚なんて、高みに昇るための手段だ。
「私たちはワルシャワ公爵令嬢よ。相手なんて腐るほどいるわ」
「確かに! アヤナお姉さまのスカイブルーの瞳に見つめられたら、くらっときちゃいそう!」
ルージュナはワインを一口飲むと、大輪の薔薇のような笑みを浮かべた。
――ルージュナ、無邪気すぎない? あなたは魔界最高峰クラスの男と結婚してるのよ。あなたの婚約者より良い男なんて、そうそういなわよ?
他の女に言われたら、遠回りなマウントだと思うだろう。だが、妹は性格が良い。ただのピュアガールだ。
「アヤナお姉さまはお母さまそっくりの美人だもん! ダークブラウンの髪の艶なんて、もはや反則級! 私が男なら結婚したいわー!」
無邪気にステーキを頬張る妹を、私はまじまじと見つめた。
ルージュナは五歳のときからワルシャワ邸を離れ、家族と離れて演技だけに打ち込んでいた。
女優になると言い出したときは、ライバルが一人減ると歓喜したものだ。
それがどうだ。ルージュナは女優になって王子様からプロポーズ。
妹は誕生日を迎えたら、王族になる。私が欲しいワルシャワ公爵よりも上の地位、王子妃になるのだ。
――なんともおめでたいことだわ。
妹に出し抜かれた気分だが、私は優しく微笑んだ。
妹の幸せな結婚は、姉としても嬉しいことだ。
「スター女優にそう言われて嬉しいわ」
「ありがと。ところで、このステーキおいしいわ! アヤナお姉さまおすすめの店、最高! 食事に誘ってくれてありがとう!」
「ルージュナはなかなか帰ってこないからね。たまには一緒にご飯でもと思ったのよ」
嘘だ。王子妃になる妹と仲を深めたかっただけだ。しかし、あまり意味はなさそうだ。
――王子妃になっても女優業に専念するなら、ルージュナは王家の広告塔ってとこか。
国民からも人気らしいし。だが、仲を深めるなら各国の有力者の方がやはり良いわね。
妹は政治に無関心だ。竜王家の奴らにがっちり守られてるし、利用するのは難しそうだ。
「ところで、マキュナも成人したら、即結婚でしょう? 伯爵夫人だね! めでたいわ!」
私はワインを飲もうとするのを止めて、ため息をついた。
「あなたね、それを社交界で言ったら嫌味になるから気をつけなさい。あなたは王子妃、末っ子マキュナは伯爵夫人よ? 姉妹で序列離れすぎよ」
「何言ってるの? マキュナが幸せなら良いじゃない! ダータン伯爵はマキュナに首ったけ。ダータン伯爵は超美男で名門で、悪魔の魔王様に重用されてるのよ! 最高の結婚相手よ!」
――論点はそこじゃない。ルージュナに何を言っても無駄かもしれない。
そもそもルージュナは、平民と握手するところからして意味不明な妹だ。私には理解できない存在だ。
「私の恋愛話ばっかりじゃなくて、アヤナお姉さまの話も聞きたいわ! お父さまの補佐をしてるんでしょ?
宰相補佐なんてかっこいい! 皇太子様が『アヤナ公爵令嬢は優秀だ』って言ってたわよ!」
「皇太子様が? それは嬉しいわ」
「そういえば、エンナお姉さまは? 騎士団で頑張ってるんでしょ? 二人のこと、応援してるよ!」
「ありがとう。でも、公爵になるのは私よ」
――エンナもルージュナとマキュナみたいに、爵位継承に興味がなかったらいいのに。
双子のギョクリンはずるい。性別が男というだけで、ユリジェンヌ侯爵ルートが確定だ。
――でも、まあいいわ。ワルシャワ公爵になりさえすれば、私は侯爵より上。実力で勝ち取ってやるわ。
私はワイングラスを手に取ると、残りを一気にあおった。
◇◇◇
「エンナ卿! 今日もかっこいいですわ!」
「あの……次は私と握手してください!」
「お願いです! プロポーズしてくれませんか?」
パーティー会場に入った瞬間、私はレディたちに囲まれた。
会場の男たちの誰よりも、私が令嬢と貴婦人に囲まれていると言っていいだろう。
――女なんて楽勝だな。
私は、プロポーズのお願いをしてきた令嬢の足元に騎士らしく優雅に跪いた。そして、令嬢の赤い瞳を真っ直ぐに見つめた。
「ずっと前から好きでした。愛しています。結婚してください!」
「キャー!」
レディたちから黄色い声が上がった。
――こんな茶番が楽しいとは。何が楽しいのかさっぱり分からん。
だが、レディたちはこういうお遊びが好きらしい。
私は立ち上がると、令嬢の顎にそっと手を添えて、くいっと顎を上げさせて、顔を近づけた。
「私が男性なら、あなたに恋してしまったかもしれません。あまりにも可憐で可愛らしいので」
「あの……嬉しいです!」
令嬢は真っ赤になって、潤んだ瞳で私を見つめた。
「エンナ卿! 次は私にプロポーズしてください!」
「抱きしめてくれませんか!」
「私にも顎クイしてください!」
令嬢と貴婦人たちはきゃあきゃあと騒ぎたてた。
「おい。見ろよ。エンナ=ファル=ワルシャワ公爵令嬢だぞ。いや、令嬢よりやっぱり卿がしっくりくるな」
「今日も男泣かせだ」
「さっきの令嬢、ソファに倒れたぞ!」
「俺があんなことしたら、通報されるよ……」
男たちは羨ましげな視線を私に送った。
私の名前はエンナ=ファル=ワルシャワ。
ワルシャワ公爵家直系の次女であり、ヴァンパイア王城騎士団所属。
顔立ちは魔界一美しい男、ユリジェンヌ侯爵生き写し。髪と瞳の色は父親譲りのターコイズブルー。
身長は百九十二センチ。髪はショートカット。服装は常にパンツスタイル。
ついたあだ名が魔界一のイケメン公爵令嬢。もう一つの二つ名は男泣かせのエンナ卿。
私がパーティー会場にでも入ろうものなら、令嬢たちも貴婦人たちも私に駆け寄り、レディたちをかっさらってしまうからだ。
「剣の腕前はヴァンパイアの国一、ヴァンパイア剣術大会五年連続一位! 次期公爵はエンナ卿に確定かもしれないわ!」
令嬢たちはそう囁き合った。有力な公爵候補であることも、私の人気の一因だ。
レディからの私の人気は凄まじく、騎士団の練習風景を覗きに来たり、本気のラブレターを送ってくる令嬢が後を絶たない。
そんな令嬢たちの最近のブームはプロポーズごっこ。
私からプロポーズの真似事をしてもらうのが楽しくて仕方ないらしい。
私はこの現状に大いに満足していた。既婚・未婚に関わらず、各国のレディたちから絶大な人気があるからだ。
――計算高いアヤナがあざとさと品格で男たちから人気を博すなら、私は社交界のレディたちを押さえてやる。
抱き寄せて欲しいと言われれば令嬢を抱き寄せ、壁ドンを頼まれれば、望むようにした。
結果、私は社交界のスターになった。
「エンナ卿! 次は剣舞を見せてください!」
「もちろん良いよ」
私が微笑むと、レディたちは黄色い歓声を上げた。
私は腰から剣を抜き、その場で舞い始めた。
男も女も、私の一挙手一投足に釘付けになっていた。
舞い終わると、会場は割れんばかりの拍手に包まれ、卒倒する令嬢が続出した。
一人一人の手を取って立ち上がらせると、さらに黄色い歓声が上がった。
「エンナ卿! ダンスが始まったら私と踊ってください!」
「私とも踊ってください!」
「ちょっと! ずるいわ! 私がファーストダンスよ!」
ダンスは男女で踊るものだが、私がレディと踊るのは社交界の定番になっていた。
むしろ、男性たちは私にダンスの申し込みをするのをためらった。霞んでしまうからだ。
なんなら、私のダンスを奪ったと令嬢たちから睨まれてしまう。
「みんな、喧嘩しないで。全員と踊るのは無理だが、踊れなかったレディにはサービスさせてもらうよ」
「サービスって、何ですか?」
一人の貴婦人がきらきらした瞳で私を見つめた。
私は艶めいた笑みを浮かべた。
「あなたのお望みのままに。姫抱っこでも手の甲へのキスでも、なんでもしますよ」
「キャー! ダンスはあきらめるから抱っこしてください!」
「もちろんさ」
私は貴婦人をさっと姫抱っこした。この貴婦人はヴァンパイアの序列五位公爵夫人だ。
魅了しておいて、損はない。
「ご気分はいかがですか? レディ?」
「夫よりかっこいいですわ!」
――だろうな。私よりイケメンな男など、いるわけない。
「光栄ですが、公爵に申し訳ないですね」
私が控えめに微笑むと、公爵夫人はおおらかに笑った。
「エンナ卿なら、夫は怒りませんわ。むしろ納得するでしょう」
「そうですか。でも、後で公爵に謝らなくては。こんなに麗しい公爵夫人からの賛辞を頂いてしまいましたからね」
私が爽やかに笑うと、女性たちは再び黄色い声を上げた。
男性たちは尊敬と嫉妬と諦めの眼差しを私に送った。
――今日のパーティーも、私が主役だな。
まだパーティーは始まったばかりだ。今日も楽しめるだろう。
何より、この会場には高位貴婦人たちが多い。彼女たちから色々と有力な情報を引き出せそうだ。
私はレディたちに甘く微笑んだ。
このときは思ってもいなかった。私が竜王家に嫁入りすることになるなんて。




