ep.106 第三王子様のことを知りたい
口の中の苺の欠片が喉につまりそうになった。
竜王様はにっこり笑った。
「アメシストが初恋だって言ってたな? ルージュナの恋が叶って嬉しいよ。初恋を応援する約束だったし。娘みたいなルージュナが本当に家族になってくれたら幸せだな」
――やば……。これ、王子妃になったら女優辞めなくちゃいけないので嫌ですとは言い辛いな……。
竜王様の瞳が妖しく光った。
「でも、返事は保留にしたんだって? なんでだ? 他に好きな男でもできたのか? 王家の男より良い男がいるのか?」
「ええ!? 竜王家の方々より美しい方なんて見たことないです!」
「そうか。じゃあ、他に好きな男がいるのか?」
「いいえ! いません!」
「家柄のことでも気にしてるのか? ワルシャワは超名門公爵家だぞ? 文句のつけようがないよ」
「えっと……。違います」
「血統を気にしてるのか? ジュエルドラゴンは今まで、ジュエルドラゴン以外との婚姻は禁止だったからな。だが、その法律はなくなった。すでに外国人と結婚した例もあるよ。気にしなくていいよ」
「えっと……えっとですね……」
私がしどろもどろに言いかけたときだ。
――コンコン。
扉をノックする音が響いた。
「入りなさい」
竜王様が命じると、姿を現したのは皇太子様だった。
私が立ち上がって一礼しようとすると、皇太子は笑顔で制した。
「礼はしなくていいよ。これから家族になるんだし」
――は? ちょっと待って! 結婚すること確定? 早いって!
「私もティータイムに混ぜてもらっていいかな?」
「もちろんです! 皇太子様!」
「当たり前だろ。座りなさい」
皇太子は私の正面に座ると、クッキーを一口食べて微笑んだ。
「君が竜王家に嫁いでくれたら嬉しいな。ルージュナは女優として大人気だし。平民と握手してくれる公爵令嬢として、我が国民から熱烈な人気がある。
そんなレディを竜王家に迎えられたら、王家のイメージ的にも良いね」
「……そうですか」
――皇太子様、発想が政治家ー!
「父上は君のことを可愛がってるし、義娘になってくれたら、さぞ喜ぶだろうよ」
「えっと……。でも、私、社交の経験が全然ありません……。王子妃は向いてないかも」
「安心しなよ。王子妃を利用しようとする不届き者は、私とアメシストが処理してあげよう」
「でも……。参加必須の王城年末パーティーすら十年欠席しています……。年末は劇場の稼ぎ時ですから」
「社交の場では私とアメシストがいくらでもフォローするよ。手が回らないときは、私の側近を貸してあげよう。困ったことや嫌なことが起こらないように、彼らが完璧に処理してくれるよ」
皇太子様は親切そうに笑った。すると、竜王様も笑った。
「今度ドレスを贈ろうか? それを着て、久しぶりに社交界に出たらどうだ? もちろん、アメシストも同伴させよう」
「ナイスアイディアですね父上。それと分かるように、リボンには竜王家の紋章を入れてはいかがですか?」
「それは良い」
――良くないから! そんな贈り物、断れないじゃん! お父さまが言ってた無言の圧って、もしかしてこういうやつ!?
私は急にはっとした。竜王様は「食べ終わってから帰りなさい」と言った。
つまり、食べ終わらない限りここから出られない。せっかく茶菓子を用意してもらったのに、途中退出をしたら不敬に当たるだろう。
――まさか、笑顔で逃げ道塞がれてるー!?
焦ったときだ。
――コンコン。
再びノックの音が響き、澄んだ声が聞こえた。
「父上、兄上。アメシストです。入ってもよろしいですか?」
「入りなさい」
竜王様が命じると、扉が開いて第三王子様が現れた。
第三王子様は私に微笑んだ。
「ルージュナが来てくれたって聞いて、ここに駆けつけたんだ。会いたかったからさ」
「……ありがとうございます」
美しい笑みを向けられ、少しだけ頬が赤くなった。
――どうしよう……。私やっぱり、美形に弱すぎる! アメシスト様がかっこよすぎる!
「父上。今からルージュナと庭園を散策していいですか?」
「もちろん良いよ。行ってきなさい」
――助かったー! 圧のあるこの空間を脱出!
◇◇◇
庭園には、赤薔薇が咲き乱れていた。
「それで、父上と兄上と何の話をしていたんだ?」
第三王子様は笑顔で聞いてきた。だが、その視線が異様に鋭い気がした。
――? なんだろ?
私が正直に全てを伝えると、第三王子様はため息をついた。
「やっぱり……。ドレスも菓子もわざとだから」
「? どういうことですか?」
「俺がルージュナ公爵令嬢と結婚したいって言ったら、父上と兄上はノリノリだった。
密室で二人で君に圧をかける気満々だったみたいだからさ。流石に怖いかなと思って、連れ出しに来たんだよ」
「そうだったんですか? ありがとうございます」
「いきなり政治の話をして悪いんだが。兄上が縁談に乗り気さ」
「? 皇太子様が? なぜ? 私、社交経験ほぼ皆無ですよ。お芝居しかしてません」
「それがむしろ良いのさ。逆にいえば、派閥とかに染まってない。こちらが親しくして欲しい貴族や人材と一から関係が築けるからね」
「えっとお……。皇太子様は自分の派閥の魔族と私を仲良しにしたいんですか?」
「そうさ。王子妃が勝手に変な人脈を作ったら困るからな。皇太子の子ども以外は王位継承できない。だが過去には王子と王子妃が結託して皇太子を蹴落とそうとした例もある」
――ドラゴン王家、やっぱり泥沼すぎ。
「自派閥で囲っておけば安心だ。それに君は演技にしか興味ないだろ?」
「それはそうです」
「皇太子からすれば、権力欲が無い王子妃なんて最高だよ。王子と王子妃が欲を出せば競合相手になるからな」
「あの、なんで政治の話をされるのですか?」
「王家と結婚するなら政治の世界と切っても切り離せないし。今から内部事情をちゃんと話しておこうと思って」
「でも私、お返事は保留中です。話、飛びすぎではないですか?」
私は少しだけむっとした声を出した。
――私の話、ちゃんと聞いてる?
第三王子様は気を悪くすることもなく、優しく笑った。
「返事を保留してるのはもしかして、女優を辞めたくないから?」
「……なんで分かったんですか?」
「良い返事を貰えなかった理由を、部屋で延々と考えてたらこういう結論になった」
――凄い……。当ててくれたし、考えてくれたのかな。
「女優は辞めなくていいよ。なんなら、王子妃の政務もしなくていい」
「良いんですか!?」
「でも、年末と年始だけは空けて欲しいな。国内外で交流イベント盛りだくさんだからさ」
「うっ……うーん」
「代わりに、二月から十一月は演劇一色で良いよ。社交界にも無理して出なくていい」
「えー!? なんで!?」
「政務は俺一人で十分できるよ。それより、兄上は君の国民イメージを高く評価してる。これからも、平民と握手する貴族……いや、王子妃でいて欲しい」
「王子妃が政務も社交もしないで、演技してて良いんですか?」
「言っただろ。兄上が野心を嫌うんだ。社交と政務で活躍する弟の妻は邪魔だ。
それ以上に、演じている君は輝いてた。これからも、演じている君を見たい。
君が世界初の舞台に立ち続ける王子妃さ。なんか言ってくる奴がいたら、俺と父上と兄上で黙らせる」
「……ありがとうございます。嬉しいです……でも、不安なことがあって……」
「なんだ? なんでも言ってくれ。できることはなんでもするよ」
「私、第三王子様のことをよく知らないです。お試しで付き合ってから真剣交際じゃだめですか?」
――だめって言われるかな?
私がじっと第三王子様を見つめると、彼は優しく笑ってくれた。
「もちろんだよ。お互いのことを知っていこう。それから、第三王子様じゃなくて、アメシストって呼んで欲しいな」




