ep.105 王子様から求婚されたけど、保留です!
◇◇◇
「大変です! ルージュナ様! 第三王子様がいらっしゃいました!」
「……は?」
その日は、演劇ホールが休業日の月曜日だった。私はトレーニングを終わらせると、朝から入浴して寛いでいた。
本を半分ほど読み終わったときだ。侍女が血相を変えて部屋に飛び込んで来た。
「第三王子様は、銀薔薇の花束を持っていますよ! 竜王家の男性が求婚するときに差し出すやつですよ!」
「ええー!?」
昨夜、マルベリー邸に竜王家から赤薔薇が山ほど届いた。薔薇を持ってきた使者は「涙天女の成功を祝して、竜王家からの贈り物です」と言っていた。
「なんで赤から銀になった?」
「お嬢様がスター女優で、美人で家柄もよくて素敵だからですよ! 早く行ってください!」
「ちょっと待って。お会いするのは半年ぶりだわ。まずは髪を整えて頂戴」
◇◇◇
身だしなみを整えて応接室に向かうと、第三王子様はソファに座らずに、立ったまま待っていた。その腕には、銀薔薇の花束を持っている。
「あの……。第三王子様、本日はどのようなご用件で?」
ドキドキしながら聞くと、第三王子は私の足元に跪いた。
「ルージュナ=ファル=ワルシャワ公爵令嬢。俺と結婚を前提に付き合ってください! 涙天女の演技とアンコールの笑顔に、惚れました!」
――ええー! 嬉しい!
今日までずっと憧れていた王子様が、私に花束を差し出してくれたのだ。私は、受け取ろうとした。
喜んで。そう言おうとした。だが、伸ばしかけた手が止まった。
――待って……。よく考えたら私、第三王子様のことを何も知らなくない?
五歳のときに、彼の美貌にときめいた。それは今でも変わっていない。美しい色彩に胸はときめく。毎日彼を見られたら幸せだろう。
――でも、それでいいのかな?
私は急に、タンザナイト前侯爵を思い出した。
初めて会ったときは、あの鋭い眼差しが怖かった。
けれど、その瞳で真実を見抜き、誰よりも愛情深く私を育ててくれたのは彼だ。
第一印象で人柄は測れない。中身が何より大切だと、私は彼から学んだ。
――そういえば、第三王子様って、どんな方なんだろう? 私、何も知らないや。
私は、第三王子の紫のジュエルアイをじっと見つめた。
タンザナイト前侯爵のブルーのジュエルアイの方が、美しい気がした。
――結婚するなら、タンザナイト前侯爵みたいな男性がいいな。
そう思ったときだ。私は恐ろしいことに気づいた。
――待って!? 王子妃になったら、王族の仕事や社交があるよね!? 演技の時間、ある?
仕事を辞めたくない。だが、王子妃が女優などと、聞いたことがない。そもそも、貴族で女優になったのは私が初の事例だ。
私は伸ばしかけた手を下げた。
「あの……考える時間を頂けませんか?」
「なんだって!?」
第三王子はぎょっとした顔をした。
――王族に求婚されて、すぐに頷かない変人って。もしかして私だけ?
◇◇◇
「それで、返事を保留したのか? なんてことだ……」
お父さまは頭を抱えた。
第三王子様に告白された翌日、お父さまがマルベリー別邸を訪ねて来た。
お茶を飲みながら私が全てを打ち明けると、お父さまは苦い顔をした。
「でも私、女優業に専念したいです。王子妃になったら無理じゃないですか?」
「それはそうだ。舞台に立つ王子妃など、前代未聞だ」
「じゃあ……。お断りしようかな。男のために人生を捨てるのはちょっと……」
「その男が王子なんだが? 貴族令嬢の発言とは思えん」
お父さまは盛大なため息をついた。
「王子妃になったらな、甘い汁を吸いたい色んな連中が群がってくるぞ。ルージュナは全然社交をしていない。
経験ほぼゼロで、社交界でいきなり王子妃はしんどくないか? こんなことなら、舞台稽古の合間に社交に連れ出すんだった!」
「いやです。お喋りに花を咲かせるより、お芝居の練習がしたいですね」
「貴族より、平民と仲良くしてたんだろう? 影響を受けてしまってるな」
「平民って! 先生や観客や劇団員のことですか! 皆を馬鹿にしないでください!」
私が勢いよく椅子から立ち上がると、お父さまはすまなそうな顔をした。だが、演技のプロの私には分かった。それが作った顔だと。
「悪かった。許せ」
「お父さま! 嘘はいけません! ばればれですよ!」
お父さまは急に顔色を変えた。そして、盛大なため息をついた。
「これほどまでに洞察力と演技力と賢さを兼ね備えているとは……。ルージュナが後継者争いに参加していたら、公爵にしたかもしれない」
「領地運営や官僚の仕事より、演技の世界には高揚と夢がありますわ!
後継者バトルは長女のアヤナお姉さまと次女のエンナお姉さまの一騎打ちだとか。頑張ってくださいまし。
そういえばお姉さまは元気ですか? もう一年くらい会ってないわ。妹のマキュナはこの前会いに来てくれたけど……」
「その話は今は置いておこう。単刀直入に言うけどな。非常に断りづらい話だ。しかも俺は竜王家に娘を嫁がせたくない。だが、あちらから無言の圧がかかってるよ」
「無言の圧?」
「お前は知らなくていい」
「じゃ、お父さまに全部任せますわ! で? なんで竜王家との縁談が嫌なんですか?」
「ルージュナは竜王家の歴史をどれくらい知っている?」
私はすぐに竜王家の泥沼事情を思い出した。
現竜王様は十人の弟を蹴散らし始末して、玉座に登った怪物だ。
その竜王様には子どもが六人いる。しかし、生き残っているのは第三王子と第二王子の皇太子のみだ。
第一王女と第一王子は皇太子と激戦を繰り広げ、政争で死亡。
第二王女は皇太子を呪詛して処刑。
第四王子はずっと気弱な王子を装っていた。しかしそれは偽りで、皇太子を暗殺しようとして寝所に忍び込み、その場で成敗された。
皇太子は事前に暗殺計画を察知。竜王様と寝所で元々待ち伏せしていて、犯行現場を竜王様に見せた上で、その場で第四王子を捕らえて剣で斬ったとか。
――よく考えたら、私の義兄になるかもしれない皇太子、怖すぎない?
「竜王家は子どもが生まれる度に、血みどろの継承争いを繰り返してますわ」
「そうだ。魔界で一二を争う苛烈な家門だ。あんなところに娘を嫁がせたくない。しかし、ひじょーに断りづらい。それだけ王権も強いし、豊かな強国だ」
「……お父さまはワルシャワ家のために、私に結婚して欲しいですか?」
「ルージュナの意思を尊重したい。だが、第三王子アメシストなら、竜王家だろうと俺は押す」
お父さまは、真剣な眼差しで私を射抜いた。
「なんでですか?」
「第三王子は処刑された第二王女と親密だった。だが、連座されなかった。皇太子からも信頼されてる」
「唯一の生き残りですものね。第三王子様には野心がないのですかね?」
「ある。だが、野心を捨てるのが上手い。勝てないと分かってる相手には引く男だ。皇太子や竜王や王妃を立てるのも上手い。有能だし、社交力もある。アメシストなら結婚していい」
「でも、アメシスト様のことをよく知らないんですよね……」
「なら、お試しでデートしたらどうだ? 俺はリトと何度も出かけてから結婚した。女優を続けたいことも相談するといい」
「……うーん。分かりました。明日竜王様に語りに行く予定ですから、終わったら第三王子様に会いに行ってきます」
◇◇◇
「そのとき、ディーラーは言いました。『さあ、オールベットだ!』」
私がそう言った瞬間、砂時計の砂が落ちきった。
「くっそ! 今回もいいとこで終わったな!」
竜王様は続きが気になって仕方ないらしい。
私はにっこりと笑った。
「では、続きはまた来週です」
「今日もありがとう。面白い話のお礼に、良かったら、俺とティータイムをどうだろう? おいしい茶菓子はどうだ?」
「ありがとうございます! 頂きます!」
「そこのソファに座りなさい」
私が座ると、竜王様がベルを鳴らした。すぐに、制服を着た男性が台車を引いてお茶とお菓子を持ってきた。
男性は手際よくティーカップにお茶を淹れ、ケーキやクッキーをテーブルに並べた。
それが終わると、恭しく一礼して退出した。
「ルージュナの好きなフルーツケーキを何種類か用意したよ。食べ終わってから帰りなさい」
「ありがとうございます! 頂きます」
「俺も一緒に食べていいか?」
「もちろんです!」
竜王様は執務椅子から立ち上がると、私の隣に座り、クッキーに手を伸ばした。
私はケーキを一口食べると笑顔になった。
「すっごく美味しいです! ドラゴンの王城のパティシエは腕が良いですね!」
「そうか。竜王家に嫁げば、毎日食べられるよ?」




