↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貴族社会を奇策で殴る  作者: 水守 鳴
20章 三女、ルージュナは女優で妃
105/133

ep.104 あなたがいたから、女優として覚醒できた

◇◇◇ 

 暗い顔で馬車に戻ると、タンザナイト前侯爵がすぐに異変に気づいた。


「台本はどうした? なんで手ぶらなんだ?」


 私は正直に先ほどの出来事打ち明けた。すると、タンザナイト前侯爵は厳しい声で言った。


「ルージュナは、カイシャに言われたことを忘れたのか? 演技力で黙らせろと言われただろう?」


 私が俯くと、タンザナイト前侯爵はさらに厳しい声で言った。


「そう言うことを言う奴がいるということは、君の実力がまだ不十分ということだ」


「ちょっとあなた、厳しすぎるわよ」


 アキシナイト前侯爵夫人がたしなめたが、彼は軽く無視して続けた。


「演技の世界は厳しいよ。君は批判に負けて、台本を置いてきた。その分、帰って復習ができなくなる。それではいけない。もう一度取りに行きなさい」


「ええ!?」


 アキシナイト前侯爵夫人は驚いて声を上げた。


 私はじっとタンザナイト前侯爵を見つめた。


「君は才能がある。もっと伸びるよ。また素晴らしい演技を見せてくれ」


 優しい笑顔を向けられて、私の瞳から涙が溢れた。


――タンザナイト前侯爵は、私のことを愛してくれてるわ……。本当に、私のことを考えてくれてるんだ……。


「はい! 取ってきます! あと、演技力を磨きます! コネなんて言わせませんから!」


◇◇◇ 

 "黒い月と冠"の公演が終わると、今度は別の役にチャレンジした。


 今度は、きちんと選定オーディションを受けた。


 結果は合格。それでも「どうせコネ」だと陰でコソコソ言う者たちはいた。それでも、もう気にしないことにした。


「いいか? 楽に役が取れるならな、遠慮しないでもらえ。ただし、ふさわしい実力をつけろ! やるなら主役を目指せ! お前が主役じゃないとおかしいと全員に分からせる演技をしろ! コネ扱いされたら演技力で黙らせろ!」


 カイシャ先生の言葉を、私は胸に刻んだ。タンザナイト前侯爵に演技を観てもらえることもモチベーションになった。


 オーディションを受けて役を獲得し、公演が終わるとまたオーディションを受ける。週一回は竜王様に会いに行く。


 そんな日々を過ごしている内に、私は十八歳になっていた。


 その頃には、何度も主役を演じる公爵令嬢として、私は一躍有名になっていた。


「ルージュナ=ファル=ワルシャワは美しいし、演技が抜群に上手い!」


「オーディションで落ちたことがないらしい」


「貴族なのに、平民と握手してくれる!」


 公演が終わってホールに行くと、私はお客さんたちに囲まれた。一人一人と握手すると、皆が喜んでくれた。まだ若いのに、ファンまでできてしまった。


 稽古に打ち込むあまり、貴族令嬢なのに社交界にはまったく行かなくなっていた。それでも、充実した日々を送っていた。


 しかし、不幸は突然訪れた。


 タンザナイト前侯爵が心臓発作で亡くなったのだ。


◇◇◇ 

 葬儀に参加すると、人目をはばからずに大泣きした。


――死なないで! もっと一緒にいて!


 願っても、タンザナイト前侯爵は棺の中に横たわっているだけだった。


 葬儀が終わると、私は部屋に引きこもってしまった。頭がぼんやりして、何もやる気が起きなかった。


 しかし、引きこもって三日目に、カイシャ先生とタスラン先生とラミラン先生がマルベリー邸を訪ねて来た。


「悲しいのは分かる。友人が死んで私たちも悲しい。だが、役者なら悲しくても舞台の上では笑わなくてはいけない!」


「泣き暮らしてたら、タンザナイト前侯爵が悲しむぞ」


「ルージュナは"涙天女"の主役だろ! 稽古を休み続ければ、代役に役を取られるぞ!」


 三人に叱責されて私が俯くと、ラミラン先生はぐっと優しい声で言った。


「冥界で、タンザナイト前侯爵はルージュナの演技を見続けてくれるよ。彼のために、演じるんだ」


 その言葉に、私の目から涙が溢れ出した。


◇◇◇ 

 涙天女は悲恋の話だ。


 主人公は天女と人間の青年サビト。二人は恋に落ち、身分違いの恋故に天帝から大反対に合う。


 しかし、愛の力で二人は結婚する。幸せな日々を過ごすが、結婚から三十年が経ち、かつて青年だった夫は病で亡くなる。


 天女は棺に縋って号泣するというストーリーだ。


「今回は演技に感情を乗せるんだ! 観客を泣かせろ!」


「はい! ラミラン先生!」


 演技をするときは、タンザナイト前侯爵を思い浮かべた。恋人ではないが、大切な家族だからだ。


 猛特訓の日々を過ごすうちに、あっという間に公演初日になった。


◇◇◇ 

「どうして……私を残して逝ってしまったのですか?」


 私は震える声を絞りだした。


 目の前には黒い棺があった。それを、タンザナイト前侯爵の棺だと思うことにした。


 その瞬間、葬儀の光景を思い出して、涙が溢れ出した。


「私は天女です! あと千年は生きます! あなたのいない千年なんて耐えられない!」


――タンザナイト前侯爵を失って、あと千年生きるなんて無理よ!


 私は棺に縋った。


「わああああ! 行かないで! 行かないで! 側にいて! あなたの笑顔が見たい! 笑いかけて、私を抱きしめて! サビト! 愛してるの! 行かないでー!」


 私の絶叫が演劇ホールに響き渡った。


 観客たちが呼吸を止め、見入っているのが分かった。


「愛してる! あなたのいない世界なんていらない! あああー!」


 自分でも、信じられないような金切り声が出た。


 タンザナイト侯爵を思い浮かべるだけで、涙がとめどなく溢れて、棺にいくつも染みを作った。


 会場は静まり返っていた。


 やがて、沢山のすすり泣きが聞こえてきた。

「サビト。あなたが死んでしまったなんて受け入れられない……」


 私は小声で呟いた。その声は小さいのに、観客の耳に届いた。


 そして、幕が下り始めた。


 幕が下り切るまで、私は慟哭していた。


 そこにいたのは、タンザナイト前侯爵を亡くしたルージュナだ。けれど私は、夫を亡くした天女そのものだった。


 幕が下り切ると、割れんばかりの拍手が響いた。


 観客は全員がスタンディングオベーション。


 その拍手は、間違いなく私に向いていた。


 涙天女は大人気を博し、私の名声は一気に高まった。評判が評判を呼び、チケットは完売。連日満員だった。


 涙天女の公演の直後、もう誰も「あの子はコネだ」と言わなくなった。


 タンザナイト前侯爵が、私を一段上まで押し上げてくれたのだ。


◇◇◇ 

――なんて美しいんだ……。この世のものとは思えない……。


 舞台の上のルージュナは、風に乗り舞う天女のようだった。 


 風もないのに衣装の長い布がなびき、その動きは一切の体重を感じさせない。


 目の前に天女がいる。そう、錯覚させた。


 彼女はサビトと幸せそうに笑い合い、愛のセリフを囁いた。


 その笑顔と、サビトを見つめる一途な眼差しに、俺はくらりときた。


 他の役者は背景だった。俺はただ、ルージュナだけを見つめていた。


 後半になると、世界は一気に変わった。


「愛してる! あなたのいない世界なんていらない! あああー!」


 絶叫が響き渡り、俺は呼吸を忘れた。


 幕が半分まで下りて、意識がようやく現実に戻ってきた。


 即座に立ち上がると、拍手を送った。


 アンコールで舞台に戻った彼女の顔は、達成感で輝いていた。


――なんて素敵な女性なんだ……。


 あんなに小さかったのに。ただの可愛らしい少女だったのに。


――彼女が欲しい! あの輝くような笑顔を自分に向けて欲しい! 


 拍手が終わり、余韻に浸りながらぼーっとしていると、護衛騎士が俺に聞いた。


「第三王子様。久しぶりの演劇はいかがでした? 気晴らしになりましたか?」


「……すぐにマルベリー別邸とワルシャワ邸に花束を贈るぞ」


「……は?」


「まずは父上と兄上に相談だ。次にチェーザマリー公爵に相談するとしよう。実家に圧をかけた方が早い。公爵家に手紙を贈ったら、マルベリー別邸に行くぞ」


「えっと……。何の話でしょう?」


 俺は騎士に笑顔を向けた。


「決まってるだろ。真剣交際のお申し込みさ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。