ep.103 舞台袖・正当な嫉妬
◇◇◇
「なんだって……!? カイシャとタスランから個人レッスン!?」
俺はぎょっとした直後、急に真面目な顔になった。
「つまり、一生懸命練習してたのか? しかもルージュナは集団レッスンでちゃんと指導してもらえてないのか?」
「はい。そうなんです」
――なんてことだ。それでは才能を潰してしまう。
急に、俺ははっとした。そして、ランチルームをぐるりと見渡した。
ランチルームでは、何人もの劇団員や子役が楽しそうにお喋りしながらお弁当を食べていた。
しかし、ルージュナはひとりぼっちだ。
「……ところで、君はなぜ一人で食べている?」
――なぜ取り巻きがいない?
「誰も私に話しかけてこないですし……」
ルージュナは寂しそうな顔をした。
俺は彼女をまじまじと見つめた。
「なら、屋上に行かないか?」
「屋上?」
「そうだ。俺は毎日屋上でランチを食べている」
「先生と一緒にってことですか? いいんですか!?」
ルージュナはぱっと顔を明るくした。俺は少しだけ視線を逸らした。
「俺は一人ランチが好きなんだ。だがな、君が俺の隣でランチを食べるのは自由だ」
「わーい! 嬉しいです!」
ルージュナは万歳して顔を輝かせた。
――ただの、五歳児だったのか……。
誤解していた自分が恥ずかしくなった。
彼女はただ、一生懸命努力しているだけだ。考えてみれば、配役を決定したのは上層部だ。ルージュナがユリア役にしてくれと頼んだわけでもない。
貴族だからと、自分が偏見の固まりになっていたことに気づいた。
「それと、今日からは、舞台稽古が終わったら一時間は残るように」
「一時間?」
「そうだ。俺は努力していて見込みがある役者には、個別指導をしてるんだ。カイシャとタスランの指導は素晴らしいけどな。俺には俺が考えるユリアがある。
カイシャの頃と今では演出に若干の違いもあるし……。先生たちが指導してくれないなら、俺が指導してやろう」
「本当ですか!? 嬉しいです! ありがとうございます!」
ルージュナの笑顔を見て、口元がほころんだ。
俺が初めて彼女に笑顔を向けた瞬間だった。
◇◇◇
さらに一カ月半が経った。ついに、"黒い月と冠"の上演が始まったのだ。
「行って来い! 観客の度肝を抜いてやれよ」
「はい! ラミラン先生!」
舞台袖で、ラミラン先生は私の背中を押してくれた。
今日はタンザナイト前侯爵夫妻も、カイシャ先生もタスラン先生も、家族も観に来てくれている。
第三王子様まで観に来てくれているのだ。
「やるなら主役を目指せ! お前が主役じゃないとおかしいと全員に分からせる演技をしろ! コネ扱いされたら演技力で黙らせろ!」
私はカイシャ先生の言葉を反芻した。そして、舞台に駆け出した。
観客の視線を感じた瞬間、私の胸は高鳴った。
――ああ! 見られてる! 皆が私を見てる! 私の舞台だわ! 私を見て! 努力の成果を見せつけてあげるんだから!
「ジュリエット! 私、ユリアよ! どうして私を一人にするの! 行かないで!」
私は目を潤ませて、声を張り上げた。
◇◇◇
初舞台は大成功だった。
幕が下りると、会場は盛大な拍手に包まれた。
観客全員が、スタンディング・オベーションだった。
演技が終わると、役者たちはホールに出て、観客たちと握手をしてお見送りをする。
ホールに出ると、沢山のお客さんが私を取り囲んだ。
「可愛いわね!」
「上手な演技だったわ!」
そう言われて、私は素直に嬉しくなった。
「ありがとうございます! また来てください!」
私が握手しようと手を伸ばすと、お客さんたちは皆、驚いた顔をした。
「貴族が握手をしてくれるなんて……」
そう言って、びっくりしながら握手をしてくれた。
◇◇◇
広い楽屋に戻ると劇団員や関係者やお祝いに来た出演者の身内で楽屋はごった返していた。
ソファに座って水筒のお茶を飲むと、ラミラン先生が私に声をかけてくれた。
「今日は良かったよ。でも、明日はもっといい演技にするんだ。明日からも頑張りなさい」
「はい! 先生!」
元気よく返事をしたときだ。楽屋にカイシャ先生とタスラン先生とマルベリー前侯爵夫妻が入室してきた。
「あれ、俳優のカイシャとタスランじゃない!?」
「見て! ジュエルアイよ! ドラゴンの貴族だわ!」
楽屋は一気にどよめいた。四人は私の前まで来ると、笑顔で私に話しかけた。
まずはタンザナイト前侯爵とアキシナイト前侯爵夫人が褒めてくれた。
「凄く上手な演技だったよ」
「練習、頑張ったのね!」
タンザナイト前侯爵に頭を撫でられて、私は嬉しくなった。
「タンザナイト前侯爵の応援のおかげです! ありがとうございます!」
お礼を言うと、カイシャ先生が冷たい眼差しを送った。
「私とタスランにお礼はないのか?」
「もちろん感謝してます! ありがとうございます!」
私は頭を下げた。
「ひとまず及第点だ。明日のためにも今日はゆっくり休め」
「悲しみの歌のソロパートはやり直しかな。今から練習しようか?」
――ええ!? 今から!?
タスラン先生の提案により、その場で練習が始まった。
私が歌い出し、タスラン先生が注意をしている間、楽屋は静まり返っていた。
全員が私たちを見ていた。
指導が終わると、私はラミラン先生を四人に紹介した。
ラミラン先生は緊張した顔で四人に挨拶をした。
挨拶が終わったときだ。
楽屋の扉を開けて、第三王子様が入室してきた。
「ちょっと……。あれ、第三王子のアメシスト様じゃない?」
全員がさっと顔色を変え、第三王子に一礼した。私も頭を下げた。
「ドラゴンの国の月に挨拶いたします」
「楽にしなさい。俺のことは気にしなくていいよ」
第三王子様がそう言うと、全員顔を上げたが、ひそひそ話を始めた。
第三王子様は視線を気にしないで、私の側まで来ると笑顔で言った。
「ルージュナ。初舞台おめでとう! 凄く上手だったよ!」
「ありがとうございます!」
私は笑顔になった。けれど、ラミラン先生もカイシャ先生もタスラン先生もぎょっとした顔をしていた。
楽屋の全員が、私たちを見ていた。マルベリー前侯爵夫妻だけが微笑んでいた。
「ブーケを受付に渡しておいたから。あとで受け取ってくれ」
「わーい! ありがとうございます!」
――私の演技、見てくれたんだ! 嬉しい!
「俺は予定があるから、もう帰るよ。すぐにワルシャワ夫妻と君のお姉さんとお兄さんと妹さんも楽屋に来てくれるよ」
「ほんとですか!? 嬉しいです!」
――皆、私の演技をどう思ったかな? お父さまとお母さまに褒められたいな!
◇◇◇
お母さまとお父さまは、私を褒めちぎってくれた。
お姉さまも妹もお兄さまも、大絶賛してくれた。
しかし、長話はできなかった。明日も朝から公演があるので、早く帰って休んで寝ないといけないからだ。
――もっとお話ししたかったな。
後ろ髪を引かれる思いで、私はマルベリー前侯爵夫妻と馬車に乗った。
しかし、座ろうとしてはっとした。
――どうしよう! 台本を楽屋に忘れちゃった! いっぱい書き込みしてるのに! 帰って復習できなくなっちゃう!
私は急いで楽屋に戻った。
楽屋の扉を開けようとしたときだ。
「ルージュナってやっぱりコネじゃん!」
ジュリエット役の女性の大声がして、私は取っ手に手をかけたまま固まった。
「王子様まで労いにきて、タスラン様が指導してたのよ! ラミラン先生にも可愛がられてるし! 特別扱いにもほどがあるわ!」
「でも、ルージュナは上手じゃないか?」
「公爵令嬢だからって、ずるいわよ! 私がどんだけ苦労してジュリエットになったと思ってるのよ!」
「でも、仕方ないじゃない……。だって貴族よ? しかも、竜王様のお気に入りなんでしょ? 毎週会いに行ってるって、噂で聞いたわ」
「呑気にしてられるのも今の内よ! ルージュナが大人になったら、コネで良い役とられるに決まってるわ! そしたら、私たちの枠が減るじゃない!」
ジュリエット役の金切り声が怖くて、私は踵を返した。
――頑張ったのに、認めてもらえないの?




