ep.102 大俳優作戦!
◇◇◇
「なるほどね。やはりそうなったか」
私が話し終わると、タンザナイト前侯爵はため息をついた。
「やはり? どういうことですか?」
「いいか。私がこれから言うことをよく聞きなさい」
私が身構えると、タンザナイト前侯爵は真剣な顔になった。
「オンディーヌではな、劇団員になることは難しいが、不可能ではない。しかし、劇団員で居続けることは難しい。劇団員や子役は、自動で役がもらえるわけじゃない。選定オーディションに合格して、役を勝ち取る必要があるんだ」
「選定オーディション?」
「そうだ。劇団員になったら、誰でもレッスンは受けられる。しかし、役を得て舞台に立つには、選定オーディションに合格する必要がある。
例えば、劇団員Aが"黒い月と冠"に出演して、主役のジュリエットを演じたいとしよう。その場合、Aは選定オーディションのジュリエットテストを受けなくてはいけないんだ。
テストにパスして初めて、ジュリエットになれるんだ」
「そうなんですか? なら、ユリアを演じたいなら、ユリアテストを受けないといけない?」
「その通り。しかし君は、オンディーヌにお金を出してくれる者たちの決定で、テストを受けずにユリア役に抜擢された。
その理由は、入団テストの演技が素晴らしかったから、雰囲気がユリアらしいから。それだけだ。オンディーヌ上層部が、ワルシャワに媚びていると言ってもいい」
「ワルシャワに媚びてる?」
「そうだ。公爵家にごまをすりたいんだ。権力への遠慮もある。しかも、竜王様から花束まで頂いた。これからも君は、楽に役を獲得できるだろう。先生たちも遠慮して、厳しく指導はしないだろう」
「そんなの嫌です!」
私が叫ぶと、タンザナイト前侯爵はじっと私の目を見つめた。
「……本気で言ってるようだな。なら、私と作戦を練ろうじゃないか」
「作戦……?」
「まずはラミランをぎゃふんと言わせよう」
「ラミラン先生を?」
「そうだ。ラミラン=ハリュは有名な俳優だ。引退するまで、オンディーヌで何度も主役を演じた実力派俳優だ。まずは彼を見返そうじゃないか?」
タンザナイト前侯爵はにやりと笑った。
――ああ。タンザナイト前侯爵は、やっぱり侯爵なんだ……。
彼は頼りになる。私はそう確信した。
◇◇◇
俺は苛立っていた。
――家の力でユリア役になりやがって! とんでもない五歳児だ!
演技の世界はいつもそうだ。実力だけが評価されるわけじゃない。
コネや媚び、そういったものも配役に影響する。
中には、スポンサーなどと恋愛関係になって役を獲得する役者までいるくらいだ。
初日にルージュナ=ファル=ワルシャワを見た瞬間に不快感を感じた。
容姿に恵まれ、家柄に恵まれて、周囲から愛されている子だと一目で分かった。
彼女が着ていた練習着の布はどっからどう見ても高級品。劇団員の話によると、ランチタイムにちらりと見えた弁当の中身は高級食材ばかりだったらしい。
実力を伴わない役者は嫌いだ。
俺の怒りは、"黒い月と冠"の舞台稽古の翌日に、最高潮に達した。
なんとルージュナは、今後は午後の集団レッスンは受けずに、帰ると言うのだ。家庭の事情で欠席するらしい。参加するのは舞台稽古一本に絞るそうだ。
――ふざけるな! ちゃんと基礎レッスンを受けろ!
俺は怒鳴りたくなったが我慢した。あの五歳児のバックには、ワルシャワと竜王がついている。泣かせたりしたら、大問題に発展するかもしれない。
自分の無力さに苛立っていた。
だが、予想外なことが起こった。
ルージュナは信じられないほど上達スピードが早かった。もう一人のユリア役の子役など、ルージュナの前には霞むほどだ。
稽古初日から、一カ月半が過ぎたその日。俺は歌を歌い、踊るルージュナを見て、固まった。
――なぜ、こんなに上手い!?
気になった俺は、ランチルームに向かった。ルージュナを問い詰める気満々だった。
ランチルームに入ると、ルージュナは隅の席で一人で弁当を食べていた。
近づくと、ルージュナは俺に気づいて顔を上げ、明るく挨拶した。
「ラミラン先生! こんちには! 先生もお昼ご飯を食べに来たんですか?」
「違う。単刀直入に聞く。お前、何故そんなに上手くなった?」
◇◇◇
「違う。単刀直入に聞く。お前、何故そんなに上手くなった?」
――やったあ! タンザナイト前侯爵! ありがとうございます! 大成功!
「実は……午後は家でこっそり稽古をしていました」
「なんだって?」
ラミラン先生は口をぽかんと開けた。
私は正直に打ち明けることにした。
◇◇◇
初稽古の翌日、マルベリー邸にて――。
「今日からルージュナを指導してくれる先生だよ。こちらの美しいレディはカイシャ=ハレン、美男はタスラン=サルーだ。二人は一世を風靡した大俳優でね。私の友人なんだ」
タンザナイト前侯爵に紹介され、私はカイシャとタスランに挨拶した。
二人とも、黒髪黒目で独特なオーラのある魔族だった。
「はじめまして。ルージュナ=ファル=ワルシャワです! 今日からよろしくお願いします!」
カイシャ先生は冷たい笑みを浮かべた。
「私の演技指導を受けられるとは。光栄に思えよ。五歳だろうが貴族だろうが容赦しないからな」
――怖ー!
私が緊張しながら頷くと、タスラン先生はにっこり笑った。しかし、目はまったく笑っていない。
「カイシャは演技が、僕は歌と踊りが凄く得意なんだよ。分担して教えるから、安心して」
「はい! よろしくお願いします!」
タンザナイト前侯爵はカイシャ先生とタスラン先生に微笑んだ。
「手紙でも伝えたがね。ルージュナのバックに遠慮して、先生たちはちゃんと指導してくれないんだ。役も楽々得られるし。オンディーヌじゃルージュナのためにならないから、君たちが指導してやってくれ」
カイシャ先生は力強く頷いた。
「タンザナイトの頼みなら仕方ない。昨夜いきなり緊急鳩を飛ばしてきたからびびったが……。手紙を読んで納得したよ。びしばし鍛えてやるからな」
カイシャ先生は私を見ると、ぴしゃりと言った。
「竜王様のお気に入りだからと調子に乗るな。私たちプロもアマも虜にしてこそ一流だ。私は過去に何度もユリア役を演じたことがある。徹底指導だ」
◇◇◇
集団レッスンは欠席する。代わりに、大俳優のカイシャとタスランの指導を受ける。それが、タンザナイト前侯爵の作戦だった。
タンザナイト前侯爵は二人に手紙を送り、私のためだけに指導をお願いしてくれたのだ。
特に、カイシャ先生は心強い味方だった。彼女はオンディーヌ出身だったからだ。
私が知らないオンディーヌの表裏や内部事情まで詳しく教えてくれた。
そして、二人の指導は恐ろしく厳しかった。
「声が伸びてないよ!」
「動きが違うな」
「違う! そこのステップは、一秒溜めろ。動くのが一秒早い!」
私は泣きそうになった。けれど、高揚していた。どんどん上手くなるのが自分でも分かったからだ。
「いいか? 楽に役が取れるならな、遠慮しないでもらえ。ただし、ふさわしい実力をつけろ! やるなら主役を目指せ!
お前が主役じゃないとおかしいと全員に分からせる演技をしろ! コネ扱いされたら演技力で黙らせろ!」
「はい! カイシャ先生!」
――カイシャ先生って、タスラン先生より怖いけど、なんてかっこいいの!
私はカイシャ先生が大好きになった。自分に厳しくしてくれる存在がどんなに大切かを知った。
タンザナイト前侯爵にもタスラン先生にも心から感謝した。




