ep.101 鋭い目が私を見抜く
◇◇◇
私は帰宅すると、勇気を出して、両親に自分の夢を話した。
両親は大賛成してくれた。反対されるかもしれないと思っていたので、とっても嬉しくなった。
一カ月後、オンディーヌのオーディションを受けた。
結果は合格。私は正式に、オンディーヌの子役になったのだ。
「おめでとう。ルージュナ」
竜王様はそう言ってくれて、練習所に薔薇の花束を贈ってくれた。しかも、リボンには竜王家の紋章が入っていた。
このとき、私は歓喜していた。けれど、私は知らなかったのだ。舞台の世界の闇を。
◇◇◇
オンディーヌでは、毎日稽古が開催される。つまり、稽古に参加するには、自宅からオンディーヌの練習所に通わなくてはならない。
オンディーヌの練習所も舞台も、ドラゴンの国の王都にある。つまり、ヴァンパイアの国の王都のワルシャワ別邸から通うのはとても無理な話だ。
私は、マルベリー前侯爵夫妻の王都の別邸で、家族と離れて暮らすことになった。
マルベリー侯爵家は、ドラゴンの国序列三位の侯爵家だ。前侯爵夫妻は高齢になり、子どもに爵位を譲って、王都の別邸で二人で暮らしていた。
前マルベリー侯爵は、お父さまが宰相時代に仲良くしていた方だそうだ。
私が滞在先を探していると聞くと、快く受け入れてくれた。
「ルージュナ=ファル=ワルシャワです! 今日からお世話になります! よろしくお願いします!」
私が挨拶すると、前侯爵夫妻は私を褒めちぎってくれた。
「まあ。なんて可愛いのかしら。困ったことがあったらなんでも言ってね」
「まだ五歳なのか? 親元を離れてオンディーヌで頑張るなんて偉いな」
二人は私を大歓迎してくれて、侍女も私室も、洋服まで、なんでも揃えてくれた。
特に、私はアキシナイト=デ=マルベリー前侯爵夫人を一目で好きになった。ブラウンのジュエルアイが、お母さまのダークブラウンの右目に似ていたからだ。顔が童顔なところまでそっくりだった。
タンザナイト=デ=マルベリー前侯爵は、目つきが鋭かったので、ちょっと苦手意識を持ってしまった。
◇◇◇
初稽古の日になった。練習所の更衣室に入った途端、女性たちが一斉に私を見た。
「ほら、あの子が貴族よ」
「ワルシャワ家のご令嬢なんでしょ!」
そんなひそひそ声が聞こえてきたが、私はひとまず笑顔で挨拶した。挨拶は大事だと両親から教えられていたからだ。
「はじめまして! ルージュナ=ファル=ワルシャワです! 今日からよろしくお願いします!」
私が一礼すると、全員がぎょっとした顔をした。
「こんちには」
「今日からよろしくね」
その場にいた全員が、ぎこちない笑みを向けてきた。
◇◇◇
練習室に入ると、さらにじろじろ見られた。しかも、全員が私を見ながらひそひそと話している。
部屋には、五十人くらいの大人の男女がいた。子役の子は、女の子が一人だけだ。
――なんか、居心地悪いな。でも、ひとまず挨拶しとこ!
「はじめまして! ルージュナ=ファル=ワルシャワです! ユリア役を演じることになりました! よろしくお願いします!」
私が笑顔で挨拶すると、更衣室のときと同じで、ぎこちない笑みが向けられた。
――なんか、よそよそしいな。
私はひとまず、持ってきたお弁当を棚に置いた。そのときだ。
「おはよう! 全員揃ったか?」
ドアを開けて、赤髪の美男が入室してきた。すると、全員が姿勢を正して彼に一斉に挨拶をした。
「おはようございます! ラミラン先生!」
――あの男性が、指導してくれるのかな?
「おはようございます!」
私もすぐに挨拶した。
男性はちらりと私を見て、目を逸らした。
「まずは配役の確認からいこうか。全員で輪になって座りなさい。自分の役と、名前を言うように。終わったらストレッチと発声練習からだ」
先生がそう言ったときだ。一人の女性が練習室に駆け込んできて、先生に青い顔で耳打ちした。
すると、先生は冷たい目で私を見た。
――え? 何?
すぐに女性は出ていった。しかし、三十秒とたたずに戻ってきた。今度は、白薔薇の花束を持った男性が一緒だった。
――誰だろう?
不思議に思っていると、男性は私に近づいて来て、なんと目の前で跪いたのだ。
「ルージュナ=ファル=ワルシャワ公爵令嬢ですね。私は王城のメッセンジャーのハド=クラタと申します。こちらの薔薇は竜王様からのお祝いの品です。竜王様は『稽古を頑張れ』とおっしゃっていました」
男性は微笑むと、私に薔薇の花束を渡した。
その場にいた全員が、どよめいた。先生だけが、冷たい目で私を見ていた。
◇◇◇
「午前の稽古はここまで! 一旦休息だ!」
――あー! 疲れた!
私は棚からお弁当を取り出すと、ランチルームに移動した。
ランチルームでも、私はじろじろ見られてひそひそ言われた。誰も、私の座っているテーブルの近くに来なかった。
十三時になると、私は練習室に戻った。
十五時までは演目の練習があるからだ。
十六時から十九時までは、歌唱や踊りなどの訓練の時間だ。こちらは演目に関係なく、全員が受けるレッスンだ。
十五時から十六時までは休息時間だが、休憩室でも、私は遠巻きにじろじろ見られた。誰も、話しかけてこなかった。
十六時になると、私はレッスンルームに移った。他の子役たちと一緒に、踊りや歌の練習をするためだ。
ここでも、私は遠巻きにされた。
レッスンが始まると、先生たちは他の子役には注意するのに、私にはしてくれなかった。
――なんか、変じゃない?
◇◇◇
――いけない! 忘れ物しちゃった!
迎えに来てくれた馬車に乗ろうとして、更衣室にリボンを忘れたことに気づいた。
髪を結ぶときによく使う、お気に入りの紫のリボンだ。
「とってくるので、ちょっと待っててください!」
御者にそう言うと、私は更衣室に戻った。
リボンをポケットにしまうと、一階の玄関に向かうために、私は階段を降り始めた。
二階まで降りたときだ。下から、男性の怒鳴り声が聞こえてきた。
「だから、コネなんだろう! 舞台は貴族のお子さまのお遊びじゃないんだぞ!」
――この声は、ラミラン先生?
なんとなく怖くなった私は、物陰に隠れて耳を澄ました。階段の踊場には、舞台の小道具などが飾られている大きな棚があったのだ。
棚の脇にしゃがみ込むと、欄干の隙間から下を見た。
そこには、ラミラン先生と知らない男性がいた。
ラミラン先生は、男性に食ってかかっていた。
「選定オーディションもしないで、ユリア役なんてありえない! 真面目にやってる他の子役が可哀想だ!」
――選定オーディションって何?
「落ちついてくださいよ! ラミラン先生! スポンサーの方々や劇団の株主も、公爵令嬢が演じれば注目が集まるって考えたんですよ」
「そういうのが嫌なんだよ! 汚いな」
「でも、令嬢は演技が上手だったんでしょう? なら良いじゃないですか」
「俺の要求水準には、全く達してない!」
そう言い放つと、ラミラン先生は去っていってしまった。
――どういうこと? 公爵令嬢って、私のことだよね。
◇◇◇
「ただいま!」
帰宅すると、タンザナイト前侯爵が玄関ホールまで出迎えに来てくれた。
「おかえり。ルージュナ」
タンザナイト前侯爵は穏やかに微笑んでくれたが、私はきょろきょろ辺りを見渡した。
「あれ? アキシナイト前侯爵夫人はどこですか?」
「妻はパーティーに行ってるよ。明日の朝まで帰らない。オールナイトパーティーだからね。妻はよく外出するよ。派手好きだし、買い物や華やかなパーティーが好きなんだよ」
「そうなんですか!? 意外です!」
「ハハハッ」
タンザナイト前侯爵は可笑しそうに笑った。だが、その瞳が急に冷たくなった。
――? なんだろう?
私は妙な違和感を感じた。すると、タンザナイト前侯爵は笑顔で聞いてきた。
「ところで、初稽古はどうだった? 舞台は三ヶ月後だろう? "黒い月と冠"は有名な演目だ。ユリア役なんて凄いじゃないか」
「えっと……稽古は楽しかったです」
――ほんとは疎外感を感じました……。なんて言えないな。
私が笑顔を向けると、タンザナイト前侯爵の声が急に冷たくなった。
「必要な嘘はついてもいいがね。不要な嘘はいけない。練習所では、嫌なことが沢山あったんじゃないか?」
私はぎくりとした。
「何があったか正直に話しなさい。お腹が空いてるだろう? 話は食べながら聞くよ」
鋭い眼差しに射抜かれて、私はこくりと頷いた。
――正直に言うしかないかも……。




