毒。
「こちらのお部屋をご用意いたしました。隣が女官の控えになりますが、それでよろしいのでしょうか?」
「ああ。何かあればすぐに呼べる所においておきたい」
「わかりました。それではお食事をお運びしますね」
「ああ、それもこの小凛にさせてくれないか。厨房を案内してもらえるか」
「……承知しました。では、小凛さん、こちらに」
「はい。麗旻さま」
皇后玉后付きの女官麗旻に案内された客室に落ち着いた龍月。
小凛は彼のお付きの女官というふれこみになっている分、それなりに働かなければ不自然だろうとの龍月の配慮だったけれど、どうやら女官麗旻にとっては面白くない事だったようで。
食事を運んで、ともすれば酒の酌も、と思っていた彼女の思惑ははずれ、小凛を伴って厨房に向かう際はかなり不機嫌な様子だった。
(もう、こんなに黒闇をふりまかなくてもいいのに……)
心が黒に落ちて行く様を見るのはあまり気分のいい物ではない。
けれど。
勝手にこうして機嫌が悪くなる人に対し、どうすればいいかなんかわからない。
浄化、は、できなくもない。
いや、やってできないこともない、程度か。
それでも。
この程度であれば、きっとまた勝手に機嫌も戻るだろうし。
小凛は疲れ、彼女はちょっとスッキリするだろう、それだけ。
そんなことにチカラを使ったところで虚しいだけだと、そう意識を背ける。
厨房に着き皇太子用に用意された膳をもち、運ぶ小凛に対し、麗旻は最後まで愛想が悪いままだった。でも。
(うん。直接何かされないだけましだ)
心の中でそう呟き。
「麗旻さま、ありがとうございました」
と、笑顔で挨拶する。
その笑顔のあまりの天真爛漫さが効いたのか、麗旻も別れ際には随分と黒が薄くなってくれたから。
(悪い人じゃ、ないものね……)
そうひとりごち。
膳を運んで行った。
龍月の前に膳を用意し、用意されていたお酒も注いで。
「それでは私の分ももらってきますね」
そうその場を立とうとした時。
「ふむ、よかったらこれを一緒に食べるか? この膳は量が多すぎる」
そうこちらをみる龍月。
「そんな、皇太子殿下のお食事をいただくだなんて、できませんよ」
「しかしな、これは一人では余るぞ?」
確かに、お膳には大人一人でさえ食べきれないほどのご馳走が盛ってある。
重箱三段重ねのおかずに、白米のご飯も山盛りだ。
もし足りないだなんてことになれば、と考えた料理人が多めにこしらえたのだろうとは想像がつくけれど……。
残したら勿体無い。
そんな思考が頭をよぎる。よぎるけれど……。
(ダメダメ、ダメよ――)
思いっきりかぶりを振って、断ろうとした小凛。
けれど――
「お前と一緒に食べられたら、いいんだけれどな……」
いつも強気な姿しか見たことのない龍月、唯月の、そんなさみしそうな姿。
おいてきぼりをくらった子犬のような目で、こちらを覗くように見るその瞳に。
「もう、しょうがないなぁ。じゃぁ、一緒にいただきましょう」
そう答えるしかできなかった。
ふわっと華が開くような笑顔をみせる龍月に。
その、普段の姿との違いに、心が少し溶けたような気がした。
「うまいな」
「ええ。この揚げ物、外はカリッとしてるのに中がトロッとして、とっても美味しいです」
「おお、こちらの肉もうまいぞ」
「ふふふ。そうですね。口の中でとろけるほど煮込まれていますね。柔らかくてそれでいて香ばしくって、とても美味しいです」
こんなところはとても子供っぽいなって、少し嬉しくなる。
まあ、そうだ。龍月はこんなにも大きいけれど、まだ十五歳。
小凛の本当の年齢が十七歳だから、二歳年下になるのだから。
そもそも、元々の龍神族は大人になるのが早かったのだという。
そのせいか、皇后もまだ若いのに、龍月がこんなに大きく育ったのだった。
まるで親子というよりも、姉と弟に見えるくらいだ。
また、環の国の住人は華の国の住人よりも平均して背が低く、小凛など他の女官に比べたら、子供にしか見えないほどで……。
「そうだ、小凛。密偵に探らせていた報告が届いたぞ」
(え!!?)
いつの間に……。
いきなり大人の顔になった龍月の顔をまじまじ見てしまう。
「花蓉宮の宝物庫から無くなったのは、どうやら龍玉であったようだ」
「それって……」
「龍玉は龍の魂の結晶だ。帝位を継ぐ為には必ず必要となるが、そもそも龍の真那は人の身には毒となる」
毒。
そこ言葉に体がかたくなってしまう。
「先代の花蓉妃が帝の子を身ごもった際に、柳大臣がどこからか取り寄せ、彼女のためにと贈ったものだそうだ」
「え? だって……」
「強い子を欲したのだろう。柳大臣も、花蓉も」
「でも、それって……」
「龍神の子孫だのなんだのと言われても、俺たちですらもうほとんど人と変わらぬ。龍を継ぐためには人を超える必要があるが、それでもそのためにと龍玉を喰らうのは死の危険と隣り合わせだからな。おそらく、先代花蓉の身体はその毒に耐えられなかったのだろう。子を産まぬまま、亡くなったという話だ……」
悲しい。
悲しすぎる……。
皇帝龍煌のあのあまりにも莫大な真那が、その体の中に龍玉を宿しているからだというのは、わかる。
逆に、その子である龍月にそこまではっきりした龍の真那が見えないのも、普通の人、まだ人を超えていないから、だというのも。
先代花蓉が自分の子を龍帝にしたかった、というのはわからないでもない。
けれど、そのせいで彼女はお腹の子を道連れに、帰らぬ人となってしまった。
だから。
悲しかった。小凛は、悲しくて、目の前の龍月すら、まともに見えなくなって。
「泣くな。小凛」
「まだ、泣いていません……」
「そんなにまぶたに涙を溜めて、か」
「だって、だって、私……」
「お前は優しすぎる。まだ明晩は花蓉と対峙するのだろう? 一人で大丈夫なのか?」
「大丈夫、です……。私、あした彼女と話すこと、決めました」
「ふむ」
「彼女に聞きたかったこと、なんだかもうわかった気がするから……」
「そうか」
「花蓉に、『お友達になりたい』と、そう伝えるつもりです……」
「まさかお前、自分の正体を明かすつもりか?」
「それが必要であれば、です。もうためらったりはしません……」
「そうか。ならば好きにするといい。もともとお前は自由なのだから」




